居座った猫、やはり無能につき。②
「ひっ!」
つい、声をあげてしまった。だって、《《いる》》のだ。スーパーの隅に蠢くやつ。黒だか、銀だか分からない色。細長いが、顔は分からない。目やら口やらはおそらくは、ある。見られている感覚がひしひしと伝わってくる。あれは何なのか。分からない。
分からないが怖い。
時折、見かける訳の分からない奴ら。猫やら人やらの形を取っていれば、慣れてしまってる故にあまり怖くない。が、訳の分からないものは怖いのだ。
「あ、アポロ。」
名を呼ぶ。ここ数日、度々私の肩に乗って、時には頭にもたれる形でなぜか、私の上でくつろいでいた相棒の名を。こういう時に頼りにしなくて、いつ頼る?
視線だけを肩に向け──って、あれ?肩に重みが、そういえばない。最近の肩こりの悩みの元がいない?こんなときに??
視線を彷徨わせれば、アポロは少し離れた場所にいた。"黒い何か"のすぐそば、棚の前で目を輝かせ、口を半開きにし、よだれを今にも垂れ流さんばかりの様子で座っていた。棚に並んでいるのは猫餌。表情がどこまでも人間じみてないか、此奴は……!
てか、アポロ!背側に変なのいるのに、こんな時まで餌か!どこまで食い意地が張ってんの!
『な゛ぁう!|な゛ぁーなぁーなぁーな゛!!《これ、買ってくれ!新作だ!》』
こんの、バカ狸がっ!
私は大きく足を前後に動かし、アポロを掬い上げ、そのまま足早に歩く。
アポロと一緒に、アポロが強請ってきた餌を一緒に持ってきた自分を褒めてやりたい。
『|なぁーな゛ぁーなぁー!!《美味そうだな美味そうだな!!》』
いつの間にやら肩に乗ってはしゃぐアポロ。何の役にも立たない、ただの狸猫。あの黒い何かが追ってこなかったから良かったが、そうじゃなかったら……恐ろしい。
肩に乗っかる重たい重りを叩き落としたい気分になったが、なんとかそれを抑え、さっさと買い物を済ませてスーパーを後にした。
少しでも早く、離れたかったから。
スーパーから少し離れた場所まで来て、一息をつく。やっと、安心できた。念のために後ろを振り向くも、先ほどの"あれ"は付いてきていない。良かった。
本当、何だったのアレ。
『|なーなぁなぁーな゛ぁ?《あんなに早歩きするからだぞ?》な゛ぁあなぁー?』
近くに見える公園を指し示しながら、アポロは言う。どうせコイツは芝生で日向ぼっこがしたいだけなのだ。
猫のはずなのに、散歩が好きで、生前もたまにリードをつけては散歩に連れて行っていた。
まったく、肝心な時には役に立たない。しかし、それがどこかアポロらしい。どうにも憎めない瞳をこちらに向けるアポロにため息をつきつつ、公園に入った。
緊張状態にあった。足早に歩いてきた。だからか、アポロの言う通り、息が切れて疲れていた。少し休みたい。
近所の公園は中々に広く、中でジョギングなどが楽しめるほどの広さがある。池なんかもあり、風景を眺めつつ休憩できるようにあちこちにベンチが置かれていた。
休日の公園とはいえ、人はまばら。私は近くのベンチに腰を下ろすと、スーパーで買ったペットボトルの水を開けた。
水が喉を通っていく感覚で、少し落ち着きを取り戻す。バクンバクンとやかましかった胸の音が少しは落ち着きを取り戻していっているのを感じた。
「ふぅー……」
口端から水が垂れるのを構わず、水を満足いくまで飲むと、息を吐く。ぐいっと口元を拭きつつ横を見れば、芝生の上でアポロが幸せそうに寝ていた。
昔から変な体勢で寝ることが少なくないアポロ。今も後ろ足を開き、腹は見せているが、上体は捻り横を向くと言う変わった格好をしている。
苦しくないのか、これ。というか、外なのに野生の警戒心というものはないのか。いや、あったらさっきだって無防備に餌なんかに目を取られてないか。
アポロの呑気さにため息を禁じ得ない。