邂逅を果たす。しかし、まて。解せぬ。
「またね──じゃあ、ね。」
またねと声をかけて、帰ろうとした。けど、出来なかった。なぜか、"またね"ではない気がして、私はじゃあねと言い直していた。
声をかけたその子は動く余裕など当にない様子だ。
目は開かれたままで閉じる様子はなく、開けられたままであるが故に、充血してしまって痛々しい。手を目の前で振ろうとも、体に直接触れてみようとも、動かぬ瞳は虚ろで、見えているかも定かではなかった。
かつては触り心地が良かったふわふわな毛はゴワゴワに変化し、ふくよかだった身体も痩せ細り骨が浮き出てしまっていた。
多分、声は届いている。だから、できる限り声をかける。多分、伝わっているはず。だから、出来るだけ撫でた。
今一度、目の前に横たわる彼の頭を撫で、私は実家を後にする。
私が去ってすぐに、急変したのだという。何とか呼吸が落ち着いたかと思ったが、それは最期の虚勢だったか。
兄から送られてきた最期の映像を見て、夕飯の調達のために入った店の中だというのに、年甲斐もなく、涙を流してしまった。
彼、アポロとの出会いは大学生の時だったか。
兄が友人から貰ってきた雑種で、実家に戻ってきた兄が一緒に連れ帰ってきた猫であった。大学生時代には共に住み、社会人になってからは実家に帰るたびに構い倒した。
食い意地がはっていて、食べるのが好きな子だった。そのおかげで、だいぶ腹は出ていて、家族からはポン太だの、おでぶだの、不名誉な愛称を付けられるような愛嬌のある子だった。
だというのに。
仕事中、危篤だと連絡が入り、慌てて仕事を終わらせ実家に駆けつけてみれば、痩せ細って変わり果てた姿があった。
なんやかんやでタイミングが合わず、会えていなかった期間は数ヶ月くらいか。
ふっくらとした腹を揺らしながら歩いていたアポロだったが、骨が触れるくらいにやつれた姿が最後に見たアポロの姿だったのが、何ともやるせない。
◇◇◇
翌朝、目覚めると瞼が重かった。
家に帰って友人と電話している最中も、泣きじゃくってしまった。友人に泣いていたことがバレていないかしんぱ──て、え?身体を動かそうとして違和感に気づく。
身体が、鉛を巻いたように《《重たい》》。
今、まさに"金縛り"にあっているようだ。原因は《《腹の辺り》》、か。"何か"が乗っているようだ。
私には幼い時から霊感があった。いわゆる霊的なものを見聞きすることができ、触れられるのだ。
才能とも言われるその力は結構厄介だ。《《奴ら》》に付き纏われる苦しみは同じ苦しみを持つ者じゃなきゃ分からないはず。
何とか目を動かし、腹の上を見ようと試みる。私には払う力があるわけではない。ただただ見えるだけ。陰陽師の家系にあるわけでもない。
『んな゛ぁーーー!んな゛ぁーなぁー!』
聞き覚えのある鳴き声がした。動物の鳴き声なのに、不思議な事に、鳴き声に副音声のような物が聞こえた気がする。鳴き声にかぶるようにして、直接、鳴き声の意味が頭に響いてきたかのような。
いや、それよりも。
それよりも、この間抜けな印象の鳴き声は!
私がよく知る声。昨日、最期の別れを果たせずに、後悔が残る形の別れとなった──…
「あ、ぽ……おもぃ。」
つぶやけば、腹にあった重みはのっそりと立ち上がると、上の方へと移動してきた。ゔ……アポロはいつだって、人の上を歩く時はわざとなのか何なのか、ピンポイントで痛いツボを踏み抜く。デブ猫とはいえ、足は大きいわけではない。痛い。
『うな゛ぁーん』
昨日、別れたばかりの愛猫。すっかり痩せ細ってしまった姿の猫。
苦しげにする私なんか、一切気にする様子もなく、自身の要求を告げてきている。何ともアポロらしい。
て、アポロ?お前、死んだんじゃないの?何でいるのかも気になるけど、ご飯なんか食べなくて良くない?何で請求してるわけ?
『ぅな゛ぁーん』
あ、ダメだこれ。ご飯あげるまで治らないやつだ。私は諦めてアポロごと身体を起こす。アポロを認識したからか、今度は身体が動かせた。