第9話「古本雑誌と映画と」
早速、滝沢百合の名前が表紙に載った「HIROMI」なる本を読んでみる。形式は他の雑誌とそこまで変わらないな。気になるアイドルの写真や記事はあるけれど、とりあえず目次を参照に、目当てのページへ。見出しは< 新人類世代のニューヒロイン、滝沢百合に注目だッ!>。写真では首元がやや開いた刺繍入りニットのセーターを着て頬ずえついて微笑んでいる。レコードジャケットのややクールなイメージとは対照的なアイドルらしいソフトな雰囲気で、文章はこんな感じだ。
<現在有線チャート上昇中「踊り続けて(Keep On Dancin')」で華々しくデビューしたのが滝沢百合クン。歌う時はそのアイドルらしからぬしっかりした歌唱力も相俟ってスタイリッシュでクールな印象の彼女だけど、普段はおしとやかでごくフツーな現役高校生だ。「よくクールに見られがちなんですが、実際は結構ドジで怖がりなんです。友達の何人かで遊園地のお化け屋敷に入った時、みんな私を頼ってきたんですが一番悲鳴をあげてたし、すぐ立往生してばっかりで結局友達の方が先に行っちゃったりして(笑)」そんな彼女、尊敬する&好きな歌手は?「沢山居ますけど、憧れは本田美奈子さん。洋楽ならホイットニー・ヒューストンさん、勿論カヴァーしたステファニー・マイルスさんも。実はおニャン子も好きで、河合その子さんや福永恵規さんなんか良いなって思います」3月には2ndシングルの発売が控えている。「春を先取りした爽やかな曲になりそうです。聴いてみてネ」早速今から楽しみだ!>
これだけの記事ながら、かなりの充実感。おそらく素に近い彼女のビジュアルやパーソナリティに触れられた喜びを感じるし、親近感さえ湧く。あんな風に見えてドジだったり怖がりだなんて。そんなギャップもまた良いじゃないか。尊敬する歌手達は、彼女の歌唱力を考えれば納得のチョイス(おニャン子が好きなのは、ちょっと意外だったけれど)。それにしても、2ndシングルが発売予定だったなんて初耳だ。ネット上にはそんな情報は載ってなかったし、爽やかな曲と言うけれど、どんな歌詞、どんなメロディでどんな風に彼女は歌うのだろう?なんて発売しなかったのだろう?「少女に何が起ったか」もとい、何が彼女に起こったのだろう?様々な妄想が働く。
と、時間を確かめれば映画の上映時間が迫っていることに気付く。あっという間に時間が過ぎていたらしい。すぐこの雑誌をレジまで持って行き購入、そして映画館へ向かう。安いかなと思ったら、意外と値段が張った。
外はすっかり暗くなっていて、どれだけあの本屋に長居していたかを改めて知る。息切れしながら着いた映画館。その斬新で近未来的というか、アート色の強い映画館のデザインは、これからリバイバル上映する映画のイメージとはギャップが有った。おそらくこれから僕が観る映画のことは全く知らないであろう若い女性スタッフに少々恥ずかしながら「反逆教室-傷だらけの放課後-」というタイトルを伝え、料金を払ってチケットを貰い、上映する部屋の前に飾られている当時のポスターを一瞥する。
ポスターには主演の飯村優輝が大きく写し出され、チェーンのようなものを持ってこちらを睨めつけている。彼のヘアスタイルは襟足部分だけ伸ばした、当時流行りのマレットヘア。そして学ランの下に赤シャツという、これまた当時人気だった「ビー・バップ・ハイスクール」から飛び出したような格好で、彼の周りを驚いた表情のヒロインらしき女性や同級生、教師達が取り囲んでいる的なデザインのポスターだ。滝沢百合らしき人物は、そこには見えない。
キャッチコピーは、< ~しょうもない秩序なんて、俺がぶっ壊してやる~目覚めろ!ジェームス・ディーンジュニア!底知れぬ蒼いエネルギーが疾走する、飯村優輝初主演青春アクション!>だった。う~ん、今の時代じゃ出てこないであろうキャッチコピー。
上映する部屋に入ると、当時10代20代だったと思わしき女性と男性が何十人かと、当時でもそこそこな年であっただろう年配男性が何人か既に座っていた。後者はもしかすると古い映画マニアの方々なのかもしれない。真ん中より少し脇の席に座り、上映を待つ。少し経って、ちょっと懐かしい開演ブザーが鳴る。いよいよだ。