第14話 「待ち合わせ」タイプB
僕が百合さんと交流し始め、前から思っていた事。それは可能ならば、実際に彼女に会いたいという事だ。性格的に、積極的に女性を誘うタイプではないのだが、メッセージのやりとりをするにつれて、彼女への興味・好奇心は更に強くなり、思い切って無理を承知でその旨のメッセージを送ると、こちらも前から気になっていたので是非、という早速承諾の返事。
いつか百合さんと会えたら良いかな、とはなんとなく思っていたが、意外とトントン拍子で物事は進むものだ。僕はやりとりの中で、こちらの疑問や質問に丁寧に、そして本音で答えてくれる百合さんに対し、次第に好意に近いものを会った事も無いのに抱き始めていた。今の百合さんは一体どんな姿になっているのだろう。勿論当時の風貌そのままという事は絶対無いだろうが、たとえ大きく変わっていたとしても、それはそれで受け止めよう。では都内のどこかでお茶しながら話しませんか、という提案もするとそれもOK且つ、その際まだ見せてない当時の写真や保存していた記事等も見せますねと来る。
その後何度かのやりとりで、二週間後の土曜○×駅で待ち合わせる事が決まった。メッセージでも構わないが、出来れば百合さんと面と向かって色々お話したりするのに越したことはない。約束の日が近づくにつれて、階段を上るように少しずつ高まっていく期待が嬉しかった。
二週間はあっという間だった。○×駅はこっちの最寄り駅から25分程の割と大きな街の駅で、メッセージでは聞けなかった様々な質問等を書き込んだメモ帳やシングルレコード、百合さんの記事が載った雑誌「HIROMI」をリュックに入れた僕は、群衆溢れる改札口を何とか抜け駅の外へ。初夏の正午過ぎの日差しが、日焼けしていない肌を真っ白に染める。凄く楽しみで約束の時間よりもずっと早く来てしまった。かなり早く来てしまいました。とりあえず待ち合わせ場所で先に待ってます、という旨のメッセージを送る。
しかし、待ち合わせ時間を過ぎても百合さんは来なかった。それどころか、先程送ったこっちのメッセージの返事さえ無く、僕はもう少し待ってみようと思い、その後再びメッセージを送ったり30分程待ってみたがやはり返事が無い上に僕に向かって駆け寄ってくる人影は一つも無かった。時間がただ無意味に過ぎる中で、僕の脳裏にはある疑問が浮かび始めていた。
騙されたんじゃないか?
ネットを通じて人と出会うケースは、この頃から既に少しずつ浸透しつつあったが、ネット上では女性のフリをして男性を騙す連中や、待ち合わせ場所の近くで相手を眺め、その相手がタイプではない、もしくは生理的に受け付けない人間だったら結局会わずに帰ってくる連中が居る・・というのは聞いた事が有った。しかしまさか自分も騙される、あるいは逃げられるとは。確かに冴えないタイプではあるけれど、やっぱり憧れの人と会う為に今日はいつも以上に身だしなみは整えてきたのに。それにしても今までやりとりしていたのが百合さん本人であれば僕を見て逃げたのだろうか?用事でも有ったのだろうか?それとも事故?百合さんでなかったら何故あんなに細かい情報や資料を持っていたのだろう?当時の百合さんの熱狂的なマニアが僕を騙してたのだろうか?疑問は尽きない。
その日のそれからの記憶は、はっきりと覚えていない。僕はいつの間にかアパートへ戻り、灯りのない真っ暗な部屋のベッドで脱力していた事は覚えている。今まで僕は何をしてきたのか。何度も現実を否定した。懲りずに何度かメッセージを送ってもやはり返事はない。
僕は滝沢百合の「クワイエット・ララバイ」と「ほんの少しの勇気」を改めて聴いていた。<壁を超える勇気>、<心の壁 明日こそ飛び越えて>どちらの曲にも壁という共通するワードが有った事に今更気付く。勇気、か。普段女性に消極的な自分なりに「ほんの少しの勇気」は出したのだけど。それが報われないと辛いなあ。
僕は現実から逃げる為にひたすら眠りに落ちることにした。