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裏切りの宴会


大広間の扉は、開け放たれたままだった。

中を覗き込んだディアナは、目を見開く。


長机に囲まれた中央で、父が黒い礼服の騎士達に取り囲まれていた。

剣はまだ抜かれていない。しかし、一触即発の雰囲気だった。

父の傍には唯一、ガーランドが控えている。彼は剣の(さや)に手を掛け、辺りに鋭い視線を向けている。

おかしなことに、他のガレドニアの騎士は壁際につったったままだった。まさか飾り物ではあるまい。一体なぜ彼らは動かず、この事態を見守っているのだろう。


グスタフ王や息子のラルフは、机の傍に立ったまま、中央を眺めていた。

唯一青い顔をしているのが給仕や召使いたちだけだ。

彼らは部屋に散らばったまま、震えそうな唇を噛み殺している。


誰もが中央に視線を向け、外の様子など気にしてはいなかった。

どうにかして父の元まで行きたい。しかし、正面突破などできはしない。


ディアナは意を決し、息を殺してそろそろと中に入り込む。そうして、すぐ近くにあった机の下へと潜り込んだ。

ドレスが多少邪魔だが、体が小さいため、難なく入ることができた。

机は長くつながっている。

このままゆっくり進んで行けば、気づかれずに中央の父のところまで行けるかもしれない。


そろそろと動き出した時、グスタフ王の声が聞こえてきた。

「ジルギス王。私も気が長い方ではないのだ。そろそろ白状してもらおう」

「私ではない。何度もそう言っているだろう」

「ではこの武器はなんと説明する?」

グスタフ王が何かを差し出している。


ディアナは机にかかった白い布の下から、そっとその様子をうかがった。

血のついた短剣が、彼の手に握られていた。

以前、父が見せてくれた聖剣とは別のものだ。

それもやっぱり、独特の蔓の紋章がついており、それはヴァルムートのようにも見えた。この紋章がついた武器は、ガレドニアの王族しか持つことが許されない。

一体グスタフ王は、どこでこれを手に入れたのだろう。

父をはめるために、部下を使ってどこかから盗ませたのかもしれない。


ジルギスが悔しげな声を出した。

「……その剣をどこで……」

「先ほど私の部下が報告した通りだ。あの回廊から、少し離れたところで発見された」

ぎりり、と父が歯噛みする。

ディアナも同じ気持ちだ。

悔しくて叫んでやりたいぐらいだが、ここで飛び出せばおしまいだ。

あの少年や黒い礼服を見た、なんて言っても、狡猾なグスタフ王はしらばっくれるだけだろう。


とにかく父の前に出て、グスタフ王の隙を作るしかない。

敵の数は二十人はいる。この人数と戦うのはほぼ不可能にも思えるが、ガーランドはガレドニア一強い騎士なのだ。

もしかしたら抜け出せるかもしれないではないか。


そんな浅はかで無謀な考えにすがってしまうほどには、今のディアナは追い詰められていた。

少しずつ机の下を進んでしまうのも、深く考える余裕がなかったからだ。

小さな子どもが傍へ行っても、なんの助けにもならない。

しかし父を置いて逃げ出すなんてとてもできなかったし、だからと言って正面から立ち向かうこともできなかった。

ただ息を殺し、父の傍へ行くこと以外、何も思い浮かばなかった。


「ガレドニアの王よ。私の部下を殺し、どうするつもりだった?」

「面白いことを仰るな。やっていないことを、どう説明しろと?」

「素直に白状するといい。あなたはあの少年を遣わし、私の部下を殺させた。少年は離れたところで武器を投げ捨て、逃げようとしたが……私の護衛達に捕まった。――あなたにはまだやらせたいことがあったのだろう? だからあの少年を逃がしたのだ。部下たちも探したようだが、彼の姿は影も形も見当たらなかった」


――――嘘ばっかり。もう一度現れたら困るから、そのために殺そうとしていたんだわ。


グスタフ王の声は、面白がる様子も馬鹿にする様子もなかった。

ただ淡々と、それがまるで事実であるかのように、ジルギスへと突きつける。

「恐ろしいことだ。あなたがあの少年を使い、どうしようと考えていたのか……想像もできないな」


ディアナはゆっくりと机の下を進んで行く。見えるのはひたすら続く机の脚と、その脇に続く白い布。

時折、布の横に騎士の黒い足が現れ、ひやりとする。しかし冷汗をぬぐうこともせず、ただ前を見つめて進んで行く。


「グスタフ王、あなたは確かに、王の器をもつ人間らしい。だが私はやはり、あなたと同じにはなれないようだ」

低い声で父が言う

「要望はなんだ? 私に出来る事ならば――」

「要望? あなたは断っただろう」

グスタフ王の声は、抑揚すらない。

「ヴァルムートと罪人の売買の許可を、頼んだはずだ。だがあなたは断った」

「当然だ!」

噛みつくように叫ぶ声。ディアナはびりりとした空気の震えを感じていた。

知らなかった。そんなやり取りがあったなんて。

ヴァルムートは神聖な生き物だ。彼らを捕まえるなんて、この国では信じられないことだった。

それに、罪人の売買は奴隷を意味する。あちらの国の奴隷は、魔水晶の掘り出しのために鉱山でこき使われ、毎日死んでいくと聞いたことがあった。要するに、人権が無いのだ。


父の激昂する声が聞こえる。

「ヴァルムートは『はぐれ者』しか動かせない! 我々の手にあまる生き物だ! それに罪人とはいえ、民の一部を奴隷にしろと?」


ああどうしよう。間に合わないディアナは喉を鳴らしそうになり、必死に唾を呑みこんだ。

すぐそこだと思っていた父の元に、なぜかたどり着けない。迫りくる緊張感と、噛み殺したままの底知れぬ恐怖に、頭がどうにかなってしまいそうだ。

おかしな通路は延々と続き、まるで終わりのない回廊みたいだった。

「仕方ない。これまでだな」

その声にこたえるように、一斉に剣を抜き放つ音が聞こえる。ディアナの手は震えた。呼吸が浅くなる。それでもなんとか、その手を動かした。

――――怖い。怖い。怖い。

広間で起こっていることが、すべて夢みたいだ。夢だったらいいのに。

駄目だ、違う。これはぜんぶ現実だ。

――――父上。

叫びそうになりながらも、もはや喉からは声は出ない。

ただ進むしかないのだ。あと少しだ。

布の隙間から、懐かしい父の姿がちらりと見える。


「ガーランド」

「はっ」

剣を構えた騎士に、ガレドニアの王は告げた。

「もしもの時は、娘を頼む」

「もしもの時など、ありません」

グスタフ王が、つまらなそうな声で告げた。

()れ」



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