大谷さんは腹黒サトラレ
「大谷さん」
「……えっ……あっ……えっと……何でしょうか?」
隣の席の猿渡? 私に何の用だ? 3組最悪の根暗キモメン野郎の分際でよぉ。
「ハハハハ! 根暗キモメン野郎と来ましたか! これは手厳しい!」
「あっ……ごめんなさい」
「いえいえ! いえいえいえいえ!! あなたが謝る必要は一切合切ございません! ……少しお時間いただいてもよろしいでしょうか?」
「あっ……えっと……」
うぜぇなあ。正直関わりたくないんだけど。
しかも猿渡の野郎……何故かいつもよりテンション高いし……余計気持ち悪い。
もし告白とかだったら……最悪……。
「ハハハハハ! ご安心ください! 私は最低限の自己客観視能力は持ち合わせていますので、愛の告白を全く親交の無い女性に仕出かすような無謀はもちろん致しません!」
だったら何の用だよ。ウドのナマグサ木偶の坊の分際でよぉ。
「本題に入る前に、念のため確認しておきます。大谷さん。あなたは周囲の相手に本心が筒抜けになってしまう……俗にいうサトラレ体質をお持ちですね」
「うぅ……ごめんなさい……」
サトラレだったら何が悪いってんだよテメーは!
頼むから……私をほっといてくれよ! 私は誰とも関わらないで生きていくって決めたんだよ。これ以上私をイラつかせる気ならテメーの小さな脳ミソに年中無休で罵詈雑言思念を送り付けまくってグチャグチャに押しつぶすぞ! このゴミカス童貞野郎が!
「あっ……ううぅ……ごめん……なさい……違うんです……」
「大谷さん。どうか頭を上げてください。胸を張ってください。あなたが謝る必要は一切無いのです! 罵詈雑言思念なら、どうぞご自由に私の小さな脳ミソに年中無休で送り付けてやってください! あなたには、その権利があるのです!」
「えっ……権利……?」
「そうです権利です! 思想及び良心の自由です! 日本国憲法第十九条に、きっちりと『思想及び良心の自由は、これを侵してはならない』そう明記されております! あなたが何を思おうが、それは自由なのです! 私はこの思想及び良心の自由こそ、人間が人間らしく生きる上で最も重要かつ基本的な権利だと考えております! どんなに虐げられようとも、心の中に自由さえあれば、夢の世界で自由を謳歌する事が出来ます! 思想及び良心の自由さえ守られていれば、人は精神の安定を保ったまま生きていけるのです! その為にも、憲法で保障されている思想及び良心の自由……もっと端的に言えば心の自由……。この自由は、他の権利に変えてでも何としても守り抜かねばならないのです! ――だぁのぉにいいいいいいいいいいいいい!!!!」
うるせーな……
「ああ……大谷さん!! あなたは、哀れにも! この教室において、思想及び良心の自由を侵害されてしまっています!! あなたは本心を悟られまいと……何も考えない様にと、悲痛な努力をなさっていた! その不憫極まりない哀切の思念が……! 私には感じられてしまったのです!! 言語道断! 大谷さん……あなたは……心の自由を侵害されてしまっている! そうでしょう?…これは許されることではありません!! 到底許されざる邪知暴虐がこの教室において……ぐうううぅ……許せない……ううううぅ……失礼……ハンケチを……ううううぅ……許されない……許してはならない! 絶対にそれだけは!!」
テメーに何の関係があるんだよ。
てか泣き顔キモ過ぎるんだよ! 頼むから泣くな!
「どうか……思想及び良心の自由を……ヒック……どうか享受なさってください……うううぅ……私で良かったら、いくらでも……それこそ……私のこの小さな脳ミソに年中無休で罵詈雑言思念を送り付けまくってグチャグチャに押しつぶして頂いても……私は全く構いませんので……ヒック……思想及び良心の自由の為に死を迎えるのなら、私は本望ですので……」
「えっと……あの……」
「どうか……どうか私に思う存分の罵倒思念を……浴びせて頂いて……全く私は構いません……私はどうなっても……ううぅ……結構ですから……」
「――近寄るんじゃねぇキモブサ野郎!!」
「えっ?」
あっ。
「そんなっ……ひっ……酷いです……何でそんな酷い事……言うんですか……私だって……好きで……こんな顔に生まれた訳じゃ……ううううぅ」
……ごめん。間違って声に出ちゃった。
「うううううぅ……」
あーもう。キモいから泣くなって。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「よっ猿渡。おはよう!」
「おはようございます……大谷さん……」
「猿渡。あの時はありがとね。猿渡のお陰で、本当の私に気づけたんだ。あれからクラスにも馴染めるようになったし、学校も楽しくなったよ」
「それは……大変良かったです……」
「なんか元気ないね。どうした?」
「実は……大谷さんに……『近寄るんじゃねぇキモブサ野郎!!』と言われてしまったのが……大変に……」
「思念なら気にしてないって言ってたのに、直接言われたらダメなんだ」
「はい……」
「ごめんって。ほら、そんなに落ち込むなって」
悪い事言っちゃった。今は猿渡の事、そんなに嫌いじゃないんだけど。
「――それは本当ですか!?」
うわ……なんか滅茶苦茶嬉しそうだなあ。
でも……
「そういう事言われたら私の心の自由が侵害されちゃうんじゃない?」
「おっと……これは……失敬! アハハハハ! 今日はいい天気ですね! 大谷さん!」
「どう見ても土砂降りじゃねーか!」
「土砂降りでも、いい天気です」
――ありがと。猿渡。
猿渡の満面の笑みの向こうで、教室の窓が灰色に滲んでいた。