87 インゴくんの魔法 後編
本日3話投稿しています。これは3話目です。
その後、私たちは彼の固有魔法《複写》をどう役立てるべきかいろいろ考えた。いくつかは良い考えが浮かんだものの、結局これと言った方法は見つからずじまいだった。
「こういうのは魔法に詳しい人に尋ねるのが一番なんだけど・・・。」
ちょっと疲れた表情でエマがそう呟いた。他に魔法に詳しい人となると、王立学校学長のベルント先生とか各研究室の主任教師くらいしか思いつかない。私がそう言うと、イレーネちゃんはすぐにそれを否定した。
「あまり先生方に彼の魔法のことを知らせない方がいいと思いますわ。特に光魔法研究室のシュライエルマッハー先生に知られてしまったら、即退学になりかねません。」
シュライエルマッハー先生は正義感が強く、とても規則にうるさい人らしい。前任のジョン・ニーマンド先生は授業に関してはかなりおおらかな人だったとエマが以前話していたから、同じ光魔法の先生でも人によって随分差があるんだなあと思ってしまった。
ちなみにニーマンド先生はエマを『天空城』に連れて行った後、次元の壁を越えて別のところにある自分の世界に帰ってしまったらしい。だから彼のことを覚えている人はこの世界に私とエマしかいない。
私は彼とあまり面識がなかったけれど、エマはニーマンド先生のことが気に入っていたみたい。ふとした時に「先生は自分の世界を救えたのかなあ」と呟くことがあるからね。
天空城で頑張ったエマのためにも、先生が自分の世界で無事でいてくれるといいなあって思う。
そんなことをぼんやり考えていたら、エマがミカエラちゃんの方をちらりと見た後、私に視線を送ってきた。むむ、これは話さなくてもそれだけで分かる。エマは「ガブリエラ様に相談できないかな、お姉ちゃん?」と聞いているに違いない!
確かに彼女は私が知ってる中で一番魔法に詳しい人だ。でも彼女は東ゴルド帝国の皇太子妃としてすごく遠くに行ってしまった。
おまけに結婚したばかりの皇太子ユリスさんは西ゴルド帝国と戦争中。ガブリエラさんもそのサポート役としてとても忙しそうだ。固有呪文の話をしたらきっとすごく喜ぶだろうけど、相談してもインゴくんの直接の助けにはなりそうにない。
他に誰かいたかなあと考えて、私はふと思いついた人の名前を上げてみた。
「それなら王様に聞いてみたらいいんじゃないかな?」
王様はガブリエラさんと同じくらい魔法に詳しいし、魔術の扱いも上手だ。でもギョッとした目で私を見ているみんなの視線に気づいて、私はまた自分が余計なことを言ってしまったことに気が付いた。
「へ、陛下にですか? しかしそれは・・・。」
「いえ、あの、何というかその、た、ただの思い付きですよ! 本気で言ったんじゃありませんから!!」
私は慌ててそう言い訳した。ところが意外なことに、ミカエラちゃんが私の意見に賛成してくれた。
「いえ、悪くない考えだと思います。」
ミカエラちゃんの言葉で彼女に注目が集まる。自分に向けられる視線がなくなったことで、私はホッと胸を撫で下ろした。
「陛下は魔法に対する深い造詣と探求心をお持ちだと伺っています。そもそも王立学校へ平民を入学させようというのは陛下の御意向なのですから。平民の生徒が発現した固有呪文のことであれば、きっと興味を持たれると思いますよ。陛下の被後見人であるエマさんを通じて相談すれば、何ら問題ないと思います。」
ミカエラちゃんが理路整然と説明すると、皆も納得してくれた。
その日の夜。私はエマやミカエラちゃんと秘密の相談をした後、いつものように《転移》を使い王様の寝室へと移動したのでした。
「おお、ドーラさん。よく来てくれたな。」
「こんばんは王様。また本を読んでいるんですか?」
私が寝室に入った時、王様はまだ起きて私室で本を読んでいた。あの本は私がガブリエラさんから預かって王様に渡したものだ。帝国一の学術都市ビブリラクスっていう街で見つかった貴重な本を、ガブリエラさん自身が《自動書記》の魔法で書き写した『写本』らしい。
王様は本から目を上げると、子供みたいな顔で嬉しそうに笑った。
「非常に興味深い内容だ。この年になって新たな知見を得られるとは望外の喜びだよ。」
そう言って王様は名残惜しそうに本を仕舞い込み、私をいつもの応接用の小部屋に案内してくれた。部屋ではすでに侍女のヨアンナさんが美味しいお茶とお菓子を準備してくれていた。
「ところで今夜はどんな用件かな?」
私はインゴくんから聞いた話を出来るだけ正確に王様に伝えた後、彼の固有呪文《複写》について話した。案の定、王様はとても興味を持ってくれた。
「是非その少年と会って、直接話を聞いてみたい。ドーラさん、彼をこっそりここへ連れてくることは出来ないだろうか?」
「もちろんできますよ。ちょっと行ってきますね。」
「い、いや、別に今すぐにと言ってな・・・!」
王様が何か言いかけていたようだけど、その時にはすでに私は《転移》でインゴくんのいる第一男子寮の前に移動していた。
入り口にいた門衛さんを眠らせ、寮全体に張り巡らせてあった魔法の結界を《領域創造》で上書きして無効化した後、私は寮の中に侵入した。
《人物探索》を使えばすぐに彼の居場所が分かる。彼は一階北側の一番奥の部屋にピエトロくんと二人で寝ているみたいだ。私は《開錠》の魔法で鍵を開けて、暗い部屋の中に入った。
「ど、ドーラさん!? どうしてここに!?」
眠っているインゴくんを起こすと、彼は魔獣にでも出会ったみたいなすごい悲鳴を上げて飛び起きた。もちろんあらかじめ部屋の中を私の魔力の壁で覆ってあるから、その声は誰にも聞こえないけどね。
「王様が会いたいって言ってるんです。一緒に行きましょう。」
「へ、陛下が? あの、一体どういう・・・。」
「まあまあ、細かいことはいいですから。じゃあ行きますよ。《集団転移》!」
接ぎの当たった寝間着を着た彼の手を取ると、私はすぐに魔法を使って王様の客間へ移動した。
「うう、み、耳が・・・。」
移動を終えた後、インゴくんは耳を押さえてうずくまってしまった。きっと低いところから急に高いところに移動したせいだ。人間が高低差に弱いのをすっかり忘れてたよ。
「ごめんね。大丈夫?」
「・・・はい。もう平気です。」
ちょっとふらつきながらも彼が立ち上がったところで、隣の書斎から王様とヨアンナさんが姿を現した。
「おお、おかえりドーラさん。随分早かったな。彼が件の少年かね?」
「はい、インゴくんです。」
私が彼を紹介すると、王様はにっこりと笑って彼に近づいてきた。
「夜中に突然呼び出してすまなかったね。さあ、こちらで話を聞かせてくれないか。」
突然王様に話しかけられたインゴくんは、すごくおどおどしながら王様と部屋の様子を何度も見た後、私に顔を向けた。
「あ、あの、ドーラさん。こ、このおじいさんは誰ですか?」
あらら、しまった。インゴくんを紹介しただけで王様のことを紹介するのを忘れてた。でも転移前に「王様が会いたいって言ってます」って言ったと思ったんだけど、伝わらなかったのかな?
私は改めて彼に王様を紹介することにした。
「この人は王様ですよ。」
彼はぽかんと口を開けたまま、私と王様を交互に見た。
「オーサマ? おうさまって・・・まさか、ロタール4世陛下!?」
王様が彼の言葉ににこやかに頷くとインゴくんは口をあわあわと動かした後、目を回してひっくり返ってしまった。
驚いた私とヨアンナさんが介抱すると、幸いなことに彼はすぐに目を覚ました。でも目を覚ました後も、青い顔で目玉をぐるぐるさせたまま「こ、これは夢だ・・・悪い夢を見ているに違いない・・・」と呟き続けている。
うーん、困ったな。どうしたらいいんだろう?
すると王様が「ちょっと失礼する」と断ってから、彼の肩にそっと手を触れた。
「大いなる大地の女神よ。我が祈りに応え、この者の恐れを振り払い給え。《揺ぎ無き大地の勇心》」
王様が短い呪文を唱えると王様の手から金色の光が溢れてインゴくんの体を包み込んだ。たちまちインゴくんの目玉のぐるぐるが治って、顔色が良くなった。
今の呪文って確か、大地母神の祈祷師さんたちが使う神聖魔法じゃないかな。王様は錬金術師だと思っていたけど、神聖魔法も使えるんだ。すごい!
でもよく考えたら王様は毎年私の前で大地母神に祈りを捧げる神事をやっているんだっけ。もしかしたら王家の人は大地母神の神官を兼ねているのかもしれないね。
王様はインゴくんの顔色が良くなったのを見て彼に「落ち着いたかね?」と話しかけた。インゴくんがこくりと頷くと、王様は彼を応接室の椅子に座らせた。
ヨアンナさんが人数分のお茶を準備してくれた後、王様はインゴくんに彼の事情と魔法について尋ねた。実際に彼の《複写》を見た王様は瞳をキラキラと輝かせていた。
「事情は分かった。すべて私に任せておきなさい。」
王様がそう言うと、インゴくんはおずおずと王様に尋ねた。
「陛下、私は王家への反逆に加担したマイラー子爵の血を引いています。私は本当に生きていてよいのでしょうか?」
王様はその問いに答えなかった。代わりに顎髭を軽く撫でた後、ヨアンナさんに書斎から一冊の本を持ってこさせた。
「これは今年の春に更新されたばかりの『貴族名鑑』だ。貴族籍を持つ者すべての魔力と情報が登録されている魔導具だよ。」
これは王様と王家の官吏さんしか読むことができない特別な魔導具なのだそうだ。王様は貴族名鑑を開くと彼にそのページを見せた。
「ここを見給え。ザルデルン家の情報が書いてあるだろう? 君の母上の名前もちゃんと書いてある。」
私も二人に断って一緒に名鑑を見せてもらった。そこにはザルデルン家の系図が書かれていた。さらに人の名前の横には細かい字でその人に関する情報が記されている。その系図の一番端っこにインゴくんのお母さん、グレートヒェンさんの名前があった。
「ふむふむ『グレートヒェン・ザルデルン、王国歴1089年に男児を出産。男児の父親は不明』?」
「え、これはどういう・・・!?」
狼狽するインゴくんを気遣うように見ながら、王様はゆっくりと私に説明してくれた。
「そうだよドーラさん。貴族名鑑の記録ではインゴ少年は『私生児』となっている。グレートヒェン殿には結婚の記録が残っていないからね。もちろん貴族でない彼の記録はこの名鑑には記載されていない。」
インゴくんは王様の言葉を聞いてかなり衝撃を受けたようだった。王様は席を立ち、彼の側に寄り添うように立つと、彼の顔を見ながら話し始めた。
「君の父上がなぜ正式に婚姻の記録を残さなかったのか、それは私にも分からない。だがもしかしたらマイラー子爵は予感めいたものを感じていたのかもしれないな。」
「予感、ですか?」
インゴくんの呟きに王様は深く頷いた。
「当時、王国の貴族内では王党派と反王党派の対立が今よりもずっと激しかった。恥ずかしい話だが前国王、私の父が暗殺によって命を落としたことで王家の力が大きく後退し、国内が乱れていたからだ。何か大きな変事が起きるかもしれない。君の父上はそう考えていただろう。」
一心に耳を傾けるインゴくんに王様は小さく笑いかけた。
「君の父上は反王党派ではあったが、実に戦術勘に優れた人物だった。そんな彼が母上と正式に婚姻しなかったのはおそらく君と母上を守るためだったのではないかと思うのだよ。」
インゴくんはその言葉を聞いてハッと目を見開いた。王様は彼に優しく頷いた。
「君の思った通りだよ。貴族の当主に何かがあれば、その影響は良きにつけ悪しきにつけ一族全体に及ぶのだから。」
「それじゃあ、父は・・・!」
目に涙を浮かべて言葉を詰まらせたインゴくんに、王様は小さく頭を振ってみせた。
「もちろん本当のところは私にも分からない。ただマイラー子爵の前妻はグラスプ家の親族でね。明らかな政略結婚だ。そのためか夫婦仲はあまり良くなかったと聞いている。」
王様によるとマイラー子爵の奥さんは大領地の領都から嫁いできた人だったため、小さなマイラー領での暮らしが合わなかったそうだ。早くに亡くなったのもそれが原因だったらしい。
「領地や領民の暮らしを安定させるためであれば、自分の感情など二の次にするのが貴族の責任というものだ。だが後継者が成人した後、マイラー子爵が君の母上を妻に望んだのは決して責任からではない。君の父上は母上を、そして君を心から愛していた。私はそう思っているのだよ。」
王様の話を聞いていたインゴくんはしゃくりあげ始め、やがて声を上げて泣き出した。王様はそんな彼の背中にそっと手を当てたまま、彼をじっと見つめていた。
しばらくして彼が泣き止んだ頃、王様はまた彼に語りかけた。
「私は王国の法に則り君の父上を処断した。君は私を恨んでいるかね?」
インゴくんは俯いたまましばらく考え込んでいた。やがて顔を上げると、落ち着いた声で王様の問いかけに応えた。
「いいえ、陛下。恨んでなどおりません。父は誇り高い武人でした。反逆に加担するという選択をしたのも、諸々覚悟の上のことだったと思います。父は自分の信念に従って死んだのです。」
インゴくんは一度言葉を切ると目をぐっと瞑り、口の中に溜まった涙をごくんと飲み込んだ。そしてとても晴れやかな顔をして王様に言った。
「それなのに私が陛下を恨んだりしたら、父の誇りを汚すことになりますから。」
それを聞いた王様は少し上を向いたまま「そうか」と小さく呟いた。王様はしばらくそのまま目を瞑っていたけれど、やがて彼に向かって話し始めた。
「君の父上、マイラー子爵は良き領主、そして勇敢な魔法騎士だった。彼の活躍によって命を救われた王国民は数知れない。彼は汚名を得て処刑されたが、その功績を否定することは誰にも消すことは出来ないのだよ。分かるね?」
「はい、陛下!」
「よろしい。そこで私から君に頼みがある。」
「頼み? 陛下が僕に、ですか?」
驚きのあまりインゴくんが自分のことを『僕』って言ったのを聞いて、王様は小さく微笑んだ。
「ああ、そうだよ。私はこの国をもっと豊かにしたい。つまらない権力争いなど起きないくらい豊かな国にしたいんだ。そのためには多くの人の助けがいる。貴族、平民関係なく多くの人の助けがね。」
王様はそう言って、インゴくんの肩にそっと両手を乗せた。
「私が平民の生徒たちを王立学校に入学させたのもそのためだ。私は将来、君にもその一員として加わってほしいのだよ。」
「えっと、それはつまり・・・!?」
「そう、私は君をいずれは臣下として迎え入れたいと思っている。君の固有呪文はもちろん、そのほかの力も本当に素晴らしいものだ。是非私の側で役立ててもらいたい。」
インゴくんは信じられないといった顔で王様をじっと見ている。王様はそんな彼にニヤリと笑ってみせた。
「もちろん君が他の貴族の生徒に負けないくらいの実力を身につけることが条件だ。そのための援助は私が請け負う。どうだろう、私の頼みを受け入れてくれるかね?」
王様にそう尋ねられたインゴくんは、しばらくの間凍り付いたように止まったままだった。でもやがて我に返ると、椅子から立ち上がり王様の前できれいな騎士礼をしてみせた。
「このインゴ・ザルデルン、陛下の願いにお応えできるよう身命を賭して励むことをお誓いします。」
王様とインゴくんの目が合う。王様がニコリと微笑むと、インゴくんもおずおずとした笑みを返した。
「よろしく頼む。君が王立学校を優秀な成績で卒業することを期待しておく。」
二人は固い握手を交わした。私とインゴくんはヨアンナさんにお茶とお菓子をごちそうになった後、《集団転移》の魔法でまたこっそりと彼の寝室へ戻ったのでした。
その後、カールさんのお父さんのハインリヒさんによって、王国内で行われている不正な高利貸しの一斉摘発が大規模に行われた。高利貸しをする人たちはなかなか証拠を残そうとしないので捕まえるのは大変だったらしい。
だけどハインリヒさんがバルテロさんをはじめとする目ぼしい高利貸しさんたちに『非常に入念な』尋問をしたことで、たくさんの高利貸しさんたちが芋づる式に捕まったそうだ。
ちなみにその時に大量の『闇資金』を手に入れることができたので、王家の金庫がとても潤ったと後にカールさんが私にこっそり教えてくれた。
インゴくんのお母さん、グレートヒェンさんも無事にバルテロさんの屋敷から救出された。そしてその後、彼女は王様つきの侍女としてヨアンナさんと一緒に王城に住み込みで働くことになった。
グレートヒェンさんはインゴくんが言っていた通り、とてもきれいな人だった。彼女はガブリエラさんやテレサさんと違いとても儚げで、何だか放っておけない感じがする。男性に好かれるとインゴくんの言っていた意味が、私にもなんとなく分かった。
そんな彼女を急に側付きの侍女にしたせいで「陛下はついに後添いを娶られるのか!?」って、貴族の間で噂になったみたい。もちろん王様は「私はもうそんなに若くはないよ」と笑ってそれを否定していたけどね。
グレートヒェンさんの生家であるザルデルン家は『商人たちとの不正な癒着』や『違法賭博』に関わったとして改易されることになった。官職追放の上、当主も交代させられ、爵位も子爵から男爵へと降格になったそうだ。
その捜査の段階で、ザルデルン家の屋敷から『反逆に関わった貴族の持ち物だった書籍類』が大量に押収された。ただ不思議なことに、その書籍は担当文官の手違いによって『どこかへ』捨てられてしまったらしい。
ちょうど同じ頃、王立学校のインゴくんの部屋の前に大量の木箱が置かれていたみたいだけれど、きっとこの件とは関係ないよね?
インゴくんのことをきっかけに、次の年から王立学校では大規模な『学内改革』が行われた。平民の中に埋もれている固有呪文などの貴重な魔術資源をもっと研究に生かすべきだという声が、学長のベルント先生を中心に上がったからだ。
その結果、魔法騎士や魔術師になるための高度な専門教育を行う貴族科と、王国を支える官吏や衛士を育成する平民科が新設された。これと共に長年『暗黙の了解』として続けられていた男子は騎士クラス、女子は術師クラスという性別によるクラス分けもなくなったそうです。
確かに性別よりもその人の向き不向きでやりたいことを決めた方がずっといいと私も思う。ハウル村の村長だったアルベルトさんもよく「できる人間ができることをやればいい」って言っていたもんね。
ただ平民科はまだまだ生徒数が少ないし先生も足りていないので、しばらくは貴族科と一緒に授業が行われることになった。でも平民科の生徒はこれからどんどん増えていくだろうって、カールさんは言っていた。
新しくなった王立学校でどんな楽しいものが生み出されるのかな。今からそれがとても楽しみです。
あと、ここからは少しだけ未来のお話。その後インゴくんは心配事がなくなり勉強に集中できるようになったことで、めきめきと実力を伸ばした。
エマたちと一緒に魔力の鍛錬や格闘術に励んだ結果、卒業するころには中級貴族に匹敵するほどの魔力を獲得することができたのだ。
卒業後は王様直属の研究補助官として採用され、準士爵位を得た。彼の生み出した固有呪文《複写》は王様によって魔術回路の分析が行われ、光で読み取った文や絵を瞬時に他の素材に焼き付ける生活魔法として進化した。実はこの魔法づくり、私もちょっとだけ手伝ったんだけど、それはもちろん他の人には内緒だ。
魔導具化された《複写》を使うことで、簡単に文字や絵を焼き付けられるようになり、王国内では安価で大量に本を生産できるようになった。そのことで文字を読めるようになった人がいっぱい増えて、王国では様々な文化が花開くことになる。
この功績からインゴくんは昇爵を果たし男爵となった。そして小さいながらも領地も得た。彼が治めたのは旧マイラー領の領主館が置かれていた村。彼が両親と幸せな子供時代を過ごしたあの村だ。
成人した後、彼はかつてのマイラー子爵を彷彿とさせる風貌へと成長した。その公正な統治と自領の人たちを守る果敢な戦いぶりから領民たちはいつしか彼のことを「マイラー卿」と呼ぶようになった。
そしてこれは私しか知らない、遠い遠い未来の話。その時代、彼のことは魔術の研究書や歴史書の中でこう書かれている。
『偉大なる書籍文化の父、光の魔術師インゴ・マイラー』
読んでくださった方、ありがとうございました。