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missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
75/93

73 決裂

本日3話投稿しています。これは1話目です。このお話は少しややこしいので簡単なまとめを書くことにしました。飛ばして読んでも多分問題ありません。


《まとめ》帝国との魔法薬貿易を巡って王党派と反王党派の対立が深まった。

 毎週のはじめ、ドルアメデス王城では国王と王国の主だった貴族家の者、官僚貴族を集めて御前会議が行われている。通常であれば粛々と進むはずのこの会が、その日は珍しく紛糾していた。


 その原因は国王ロタール4世が帝国への魔法薬輸出を容認すると発言したからである。あらかじめ国王が根回しをしておいた宰相以下の行政官僚たちは国王の考えに賛意を示した。しかし王国軍を指揮する将軍たちからは激しい抗議の声が上がった。


「絶対に反対です! 魔法技術は王国の根幹ではありませんか! それを敵国に売り渡すなど、愚の骨頂です!!」


 口角泡を飛ばし、巨大な円卓を叩いて抗議する一人の中年の将軍。他の将軍たちは彼の言葉に重々しく頷く。長年王国を守る為、定期的に攻め寄せてくる帝国軍と命を懸けて戦ってきた彼らにとってみれば、国王の言葉は裏切りにも等しいものだ。


 激しい言葉と険しい表情に、彼の憤懣やるかたない心情がありありと表れていた。






 そんな将軍たちに対し、宰相が立ち上がって発言する。


「お言葉ですが将軍、我が国と東ゴルド帝国とは現在敵対しておりません。王家と帝室との婚姻同盟によって停戦・講和が宣言されたではありませんか。」


 宰相の言葉に行政官僚たちが互いの顔を見合わせ、頷いて賛同の意を示す。再興されたばかりのバルシュ家当主ガブリエラを国王が養女に迎え、東ゴルド皇帝ガイウスの側室として輿入れさせたのはすでに2年前のこと。


 それ以来、両国の間に戦端は開かれておらず、王国軍は国内の魔獣討伐に力を注げるようになった。国内の魔獣の被害が減り街道が整備されたことで、商人たちは国内外の交易に力を入れてはじめている。


 ずっと制限されていた帝国との取引も品目を限定して少しずつ増えてきており、王国の西の玄関口に当たるバルシュ領都ラシータは東西公路を行き来する多くの旅人たちで賑わっていた。


 長年敵対していた帝国と結ばれた講和は、混迷の続く王国の未来を明るく照らすものだったのだ。






 多くの民はそのことを非常に喜んだ。だが仇敵との交流に不安や不満を抱く者も少なからず存在した。主戦派・反王党派と呼ばれる軍閥貴族たちだ。


 年嵩の将軍の一人は「はっ、何が婚姻同盟だ。王国で居場所のなくなった女を厄介払いしただけではないか」と小声で毒づいた。


 彼の言葉の裏にあるのは、圧倒的物量を誇る帝国軍と渡り合うために王国軍がこれまで積み上げてきた、血の滲むような努力と涙ぐましい工夫への自負だ。そしてそれを裏切ろうとする国王への怒りに他ならなかった。


 回復薬ポーションを始めとする魔法薬の開発はまさにその工夫の一つであり、数で劣る王国軍が帝国に対抗する上で非常に大きな役割を果たしてきたのだ。第一線で兵士たちと共に戦ってきた将軍たちは、その効果の大きさを文字通り肌身で感じている。






 だからこそ、それが敵の手に渡った時どれほどの脅威になるかも十分承知していた。将軍たちが強い危機感を持つのは、ある意味当然と言える。


 加えて将軍たちの代表ともいえる第二王子パウルが、西方へと旅立った後にこのような宣言がなされたことも、国王への不信感をさらに強くしていた。


 彼らは心の裡で『パウル殿下がいらっしゃればこんな馬鹿なことは一蹴されただろうに』という苦々しい思いを燻らせていた。


 もちろん彼らも国内の魔獣討伐に力を注げるようになり、民が安心して暮らせるようになったことを喜んではいる。ただ彼らの帝国に対する怒りと疑念は、それを遥かに上回るほどに強かった。


 議場にいる誰もが目に怒りや不安を宿し、上座にいる国王を見た。国王はそれを十分に分かった上で、きっぱりと臣下の者たちに向かって宣言した。 






 「今回、帝国との取引に提供するのは魔法薬の素材と完成した魔法薬のみ。魔法鉱物や魔石についてはこれまでと同じように規制を継続する。」


「しかし、陛下・・・!!」


 王の言葉を聞いてもなお、将軍たちの怒りや戸惑いの声は止まない。だがその時、議場の端に座った大男が椅子に腰かけたまま、将軍たちの声を圧するほどの大音声を上げた。


「魔法薬をくれてやるだけならば、直接の脅威とはなるまい。それとも何か? 貴殿らの率いる騎士とやらは相手の兵士が回復薬を持っただけで怖気づくような連中なのか?」






 議場が一瞬で静まり返り、将軍たちが一斉にその声を上げた男、王国中南部辺境の平原を領有するレーベン辺境伯を睨みつけた。だがそれに表立って抗議の声を上げる者はわずかだ。


 王国軍騎士が使用する名馬の生産を一手に取り仕切る辺境伯は、軍に対して非常に大きな影響力を持つ。盟友であるサローマ伯爵と共に王党派の一員となった彼の一言は、将軍たちの気炎を挫くに十分な効果があった。


 それでも一部の意気軒昂な将軍たちは、怒りを爆発させた。


「レーベン卿! いかに貴公といえどその言葉、聞き捨てなりませぬぞ!!」


 そう怒鳴り返された辺境伯はゆっくりと立ち上がり、腰に佩いた巨大な蛮刀マチェットの柄を左手でぐっと掴んだ。






「面白い、ならばどうする?」


 くだんの将軍をぐっと睨みつけながら、地の底から響くような声で辺境伯は唸った。天を突く蓬髪と長く伸びた髭に覆われた顔、そして彼の代名詞ともいえる金色の魔法の外套を纏ったその姿は、さながら野生の獅子を彷彿とさせる。


 議場の空気がピンと張り詰める。しかし落ち着き払った宰相の声がその緊張を破った。


「陛下の御前である。双方控えよ。」


 我に返った将軍が非礼を詫びるように王へ一礼したのを見て、辺境伯も軽く頭を下げどさりと席に腰を落とした。議場の空気が僅かに緩んだ隙に、王がそばに控えるハインリヒに声をかけた。


「ルッツ男爵、試算を。」


「はっ。」


 王立調停所長にして『王の懐刀』と呼ばれるハインリヒが立ち上がったことで、反王党派の貴族たちは目にあからさまな警戒の色を浮かべた。だがハインリヒはそれを無視し、手元の資料を淡々と読み始めた。






「先月届けられた東ゴルド皇帝ガイウス閣下の親書の内容をもとに、王立会計院が今後1年間で王国に新たにもたらされるであろう取引利益を試算いたしました。その額およそ3000万Dドーラです。」


「さ、3000万Dだと・・・!?」


 事前に知らされていた宰相たちを除く全員から驚きのどよめきが起きる。3000万Dといえば王家が1年間で得る税額とほぼ同じ、すなわち王国の国家予算に匹敵する額だ。


 ハインリヒは議場のざわめきが静まるまで無言で待った。そして自分に貴族たちの目が十分集まったのを確認した後、また感情のこもらない声でゆっくりと話し始めた。






「これはあくまで現在各領で流通している素材の余剰分をもとに算出した額です。もし仮に領内での素材の産出量が増加すれば、この額はさらに跳ね上がります。」


 現在、王国で生産される魔法薬は、その大半が国内で消費されている。王国民を魔獣の被害から守る兵士や魔獣を狩る冒険者たちが使用しているのだ。もちろん一部は北の山脈にあるドワーフ王国と、遥か西方にある自由都市国家同盟へ向けて輸出されているが、その量は決して多くない。


 魔法薬の国内需要には限界があるため、流通する素材には常に余剰がある状態だ。王国の各領には魔法薬の材料となる薬草や魔獣の素材がまだまだふんだんにある。


 もしもその余剰素材がすべて帝国との取引に使えるとしたら・・・。貴族たちはすぐに、取引によって新たに得られる利益を胸の内で計算し始めた。


 王はそんな彼らの様子を見計らい、ダメを押すように宣言した。






「今回に限り、輸出制限を解放する品目については両国ともに免税とすることが帝国との間で合意済みだ。禁輸品の検査等は行うが、王家も各領の取引には一切関与しない。」


 貴族たちは驚きに目を瞠った。これまで厳しく制限されていた大規模な市場が一気に解放されることを彼らは瞬時に理解したからだ。これはまさに一刻を争う事態。流れに乗り遅れれば、大きな利益を得る機会を失うことになるかもしれない。


 これにより議場の空気は国王側が優勢となった。帝国に懐疑的だった将軍たちの中にも、取引を歓迎する者が出始めている。軍内で大きな影響力を持つ将軍は、同時に広い領地を有する領主でもあるからだ。


 有力な将軍たちから「東ゴルド帝国の脅威がないのであれば王国軍は国内の魔獣の討伐に集中できる」という声が聞こえるようになると、声高に帝国との取引停止を主張していた将軍たちも次第に勢いを失っていった。






 議事の進行が狙い通りの結果になったことで、国王と宰相、それにハインリヒはそっと視線を交わした。だが宰相が国王の決定を宣言しようとしたその時、反王党派貴族の中から国王に対して発言を求める声が上がった。


「陛下、発言してもよろしいですかな?」


 そう言ってゆっくりと立ち上がったのは、王国西方に広大な領地を有する大貴族デッケン伯爵だった。反王党派の領袖である彼が発言を求めたことで、緩んでいた議場の空気は一気に緊張感を増した。


「無論だ、デッケン伯爵。」


 国王は手にした王笏おうしゃくをわずかに握りこんで伯爵の発言を促した。伯爵は慇懃な態度で一礼し、傲然と周囲の貴族たちを見回してから話し始めた。







「今回の婚姻同盟、私はあくまで一時的な停戦のための講和と理解しておりました。ですが今回の方針を見るに、王家は帝国との戦いを放棄しているかのように思えてなりません。」


 伯爵は言葉を止め、先ほど帝国との取引を容認する発言をした将軍たちを睨みつけた。将軍たちが居心地悪そうに居住まいを正すのを見た後、彼は再び口を開いた。


「ドルアメデス王国の成立は、にっくきかの帝国の東征にその端を発しています。我ら西方諸侯は一丸となって帝国を打ち破り、奴ばらに奪われた故郷を奪還するため王国にくみしたのです。すなわち帝国打倒はドルアメデス王国の国是に他なりません。」


 伯爵の発言によって、議場に居合わせた貴族たちの空気ははっきりと二分された。反王党派の貴族たちが熱の籠った視線を伯爵に投げたのに対し、王党派と呼ばれる貴族たちは何とも言えない微妙な表情を浮かべてみせた。






 現在、東ゴルド帝国の領土となっているバルス山脈西側地域は、現在の西方諸侯の祖先たちがかつて小国の王として統治していた場所だ。


 小国が乱立し争いの絶えなかったこの地域に王国が誕生したのは、東西分裂前のゴルド帝国が大陸に覇を唱え周辺国を侵攻し始めたことに端を発している。強大な力を持つ帝国に対抗するため、優れた魔法技術を持つドルアメデス王家を中心に小国家群の各諸侯がまとまることで、現在のドルアメデス王国は成立していた。


 つまり帝国を打ち払い奪われた領地を奪還することは、西方諸侯にとって父祖から連綿と続く悲願なのだ。すでに戦乱から200年が経過し、そこに暮らす人々の文化や習俗までが完全に帝国のものになっていたとしても、彼らは失った豊かな土地を奪い返すことに執着し続けている。


 その点で王国東方のサローマ家や中南部のレーベン家とは大きな意識の隔たりがある。これが王国内における王党派と反王党派の不和の原因であった。


 デッケン伯爵の言葉を聞いたレーベン辺境伯は椅子の上で大きく体を反らすと「ふん」と大きく鼻を鳴らした。蛮勇を誇る遊牧民たちの長である彼にとって、失われた領地に執着する伯爵の姿は滑稽そのものだったからだ。


 伯爵はそんな辺境伯へ「野蛮人め」と言わんばかりの視線を投げた後、再び国王に向き直った。






「それを踏まえてお答えいただきたい。陛下、帝国と戦い失地を回復する意志がおありなのですか?」


 その問いかけは議場の空気を一気に凍り付かせた。国王に国是を説いた上でのこの問いかけは、国王自身の覚悟と資質に疑問を投げかけるに等しい。王家に対する西方諸侯からの宣戦布告と取られかねない発言であった。


「無礼であるぞ、デッケン卿!!」


 近衛騎士団長が議場を揺るがすほどの怒声と共に立ち上がると、議事の記録のために控えていた文官が思わず小さく悲鳴を上げた。


 それに反応し国王と伯爵双方の護衛を務める騎士たちはさっと一歩前に踏みだした。剣こそ抜いていないもの、互いに睨み合うその目には剣呑な光が宿っている。


 それを見たレーベン辺境伯もニヤリと笑って立ち上がり、自慢の蛮刀の柄に手をかけた。だが辺境伯が動くよりも早く、議場全体にカーンという澄み切った音が響き渡った。






 王笏の先で石の床を突いた国王に議場の注目が集まる。老年に差し掛かりつつある国王はゆっくりと立ち上がると、伯爵の目をまっすぐに見つめたまま力を込めて言葉を発した。


「我が国の国是とは王国の民を脅かす者に対して諸侯が団結して立ち向かうことであると私は理解している。王国を守り民の安寧を図るためであれば、たとえそれがどんな相手であろうと容赦するつもりはない。」


 伯爵と国王。同年代の二人は無言のまま向かい合った。互いに譲れぬ正義と矜持を抱えた二人の男は、揺ぎ無い目でじっと相手の姿を見つめた。


 国王の言う「どんな相手でも」がいったい誰を指しているのか。議場に集った人々は各々の立場で考えを巡らせた。そして今この時こそが、王国の将来を大きく変える分水嶺であるとはっきりと感じ取っていた。






 永遠にも思われるほど緊迫した空気を破ったのは、デッケン伯爵であった。彼は恭しい言葉遣いで、国王に言った。


「陛下の強き思い、確かにお聞かせいただきました。無礼な振る舞い、どうかご容赦いただきたい。」


 伯爵がそう言って頭を下げたことで議場の緊張は一時的に収まった。僅かに頷いてそれに応じた国王が宰相に目で合図すると、宰相は議事の終了を宣言し会議は幕を閉じた。


 デッケン伯爵は静かに立ち上がるとまっすぐに背筋を伸ばして歩き出し、一度も振り返ることなく議場を後にした。彼の後には反王党派と目される貴族や将軍たちが落ち着きのない態度で続いていく。


 それを見送る王党派の貴族や官僚たちの目にも隠し切れない不安の色が見える。今回の国王と伯爵のやり取りによって、二つの派閥の決裂はますます決定的になったとその場にいる誰もが感じていた。


 もしかしたら国が二つに割れるかもしれない。最悪、内乱となれば王国などあっという間に外敵に滅ぼされてしまうだろう。人々の脳裏にそんな不吉な未来の姿が過る。


 来るべき時はいつ訪れるのか。またどちらの味方に付き、どう立ち回るのが生き残る道なのか。貴族たちは今後のために出来ることを考えつつ、そそくさとその場を立ち去って行った。






 ドーラによってもたらされた知らせによって、王国は長年の仇敵であった東ゴルド帝国の脅威から解放された。だが皮肉なことにそのことが、国内により大きな火種を抱えさせることになったのである。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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