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missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
74/93

72 石鹸づくり 後編

本日2話投稿しています。こちらは後編です。錬金場面を書くための下調べが結構大変でした。読みにくい話で申し訳ないです。

「私が欲しいものは王国製の高品質な回復薬です。」


上級回復薬ハイポーションですか? それならガブリエラさんだって・・・。」


 私がそう言うとクオレさんはくすくすと笑った。


「今、私たちが展開させている軍団は総勢100万を越えているんですよ。」


 それを聞いて私はものすごく驚いてしまった。100万ていったら、王都にいる人たちのおよそ5倍ってことか。その人数をガブリエラさん一人で何とか出来るわけないよね。私の言葉にガブリエラさんは大きく頷いた。







「それでも急場をしのぐ程度の回復薬であれば、帝国内の術者や薬師を集めて何とかできないことはないわ。ただね、素材一つとっても王国と帝国では全く入手環境が異なるの。王国内でなら簡単に入手できる効力の高い薬草や魔獣由来の素材もほとんど手に入らないのよ。そして何よりも魔石が物凄く貴重なの。」


 高品質な回復薬を作るには欠かせない素材でも、王国では王都周辺の森に行けば割とすぐ手に入れることができる。それが帝国には全然ないらしい。


 魔獣や迷宮の数も王国に比べると格段に少ないため、必要な数の魔石を手に入れるのも物凄く大変なのだそうだ。


「ふむふむ。でも王国と帝国でどうしてそんなに差があるんでしょうね、ガブリエラさん?」


「一般的に大地の中にある魔力結節ノードがある場所には魔獣や迷宮が発生しやすいとされているわ。そして王国には大陸でも最大級の魔力結節があるの。」


「へー、そうなんですね。それっていったいどこなんですか?」


 そう尋ねた私を彼女はじっと見た。


「・・・ドルーア山よ。」


 彼女の言葉を聞いた私はすごく驚いてしまった。ドルーア山はずっと昔から私がねぐらにしてた場所だ。寝心地がいいからすごく気に入っているけれど、ひょっとしてその魔力結節があるせいだったのかな?


 でも今ここでそれを尋ねることは出来ない。今度ヴリトラに会ったら聞いてみようと思う。


 私がそんなことを考えていたら、黙って私たちのやり取りを聞いていたクオレさんが、再び話し始めた。






「今まで王国と帝国は敵対関係にありましたから、魔法薬はおろかその素材にも厳しい輸出制限がかけられていました。王国であれば簡単に助かるような傷が元で命を落とす者も少なくなかったのです。」


 帝国は聖女教徒がとても多い国で、ケガや病気は聖女教の教会で治療してもらうのが一般的なのだそうだ。効力の高い薬が貴重なので聖職者さんたちの役割は非常に大きいらしい。


 帝国では聖職者さんを広く育成するための仕組みがあり、貧しい人たちの中にはそれを利用して神聖魔法を身につける人たちもいるそうだ。ただ、聖女教の聖職者さんは自分の財産を持つことが禁じられているなどの厳しい戒律に縛られているため、その数はあまり多くないそうだ。






「もちろんこの30年、来るべく日に備えて私たちは準備を重ねてきました。ですが西ゴルド帝国の物量は圧倒的です。今は奇策を用いて勝利を重ねていますが、時間が経てば経つほどこちらの戦線維持は難しくなります。現地で拠点を構築して自給できるようになったとは言っても、こちらが本国を離れて遠征していることには変わりないのですから。」


 周りが敵だらけの中で少しでも味方の命を救うために、クオレさんには王国の魔法薬が必要なのだそうだ。話を聞いた私はこくんと頷いた。


「分かりました。王様にそれを伝えればいいんですね?」


 するとクオレさんは小さく頭を振った。


「いいえ、実は国王陛下には数か月前に親書をお送りしてあるのです。陛下はすでに私の願いを知っていらっしゃいます。ですがまだお返事がありません。おそらく帝国わがくにのことを信頼しきれないでいるのでしょうね。」


 別に積極的な援助をしなくても、王国が軍を動かすことなく空っぽになった帝国の後背を突かないだけでも講和の見返りとしては十分なのだとクオレさんは教えてくれた。






「でも仲良くするって決めたのなら、魔法薬を渡しても問題ないはずですよね。それなのに王様は何を心配してるんでしょう?」


 私がそう尋ねると、ガブリエラさんが呆れたように言った。


「それはさっき義母上様が話したでしょう? もし帝国が手に入れた魔法薬を使って王国に攻め込んできたらどうするの?」


「あっ、そうか!! どうなんですかクオレ様!?」


 私がクオレさんにそう聞いた途端、ガブリエラさんは頭を抱えてしまった。クオレさんは口元に手をそっと当てて上品に笑った後、私に言った。






「あなたが『全力で守る』と言った国に攻め込むほど、私は命知らずではありませんよ。それならば単騎で西ゴルド皇帝を討つ方がまだいくらか可能性があるくらいです。」


 私に「帝国が王国に攻め込むかもしれない」という話をしたのは、私から「王国を守る」という言葉を引き出すためだったと彼女は言った。


「国王陛下へ助力をお願いするために、あなたのその言葉が必要だったのです。意地悪なことを言ってごめんなさいね。私はあなたから国王陛下に何かを頼んでもらうつもりはありません。ただ今、私が話したことは陛下にお伝えいただきたいのです。この通りお願いいたします。」


 クオレさんは私に深々と頭を下げた。私は慌てて「ちゃんと伝えます」と言い、彼女に頭を上げてもらった。










「婚礼衣装の着付けは一旦休憩だと侍女たちには言っておいたわ。あまり遅くならないようにね。」


 クオレさんはそう言い残し研究室を出て行った。ガブリエラさんは周囲に念入りに魔法の結界を張り巡らせた後、私に「それで、今日訪ねてきた用件は一体何なの?」と聞いた。


 それで私はようやく、彼女に今日来た理由を話すことができた。


「なるほどオリーブオイルを使って石鹸を・・・。なかなか考えたわね。」


「えへへ、それほどでもありますよ。なんて言ったって、ガブリエラさんの一番弟子ですからね!」


「でもうまく固まらなかった。そうでしょう?」


「そうなんです。よく分かりましたね、流石はガブリエラさん!!」


 私がそう言うとガブリエラさんはくすくす笑った。






「フェッツの実の油脂は元々固まりやすい性質があるのよ。あの実をから油を搾る時には、砕いてから温めるでしょう? あれは常温の状態では油脂分が固体になってしまっていて取り出すことができないからなの。」


 それは私もよく知っている。まだエマが小っちゃかった頃、初めてフェッツの実の油を魔法で絞ろうとして私は魔力の加減を間違え、実を粉々に爆発させてしまったことがあるからだ。


 あの時は私もエマも、そして一緒に見守ってくれていたカールさんも全身緑色の油まみれになって本当に大変だったっけ。家の中も油だらけにしてしまい、三人そろってマリーさんにこっぴどく叱られたんだった。懐かしいなあ。


 大切なエマやカールさんとの思い出を振り返ったところで、私はハッと気が付いた。






「そういえばスーデンハーフのお店の人は細かく砕いたオリーブの実を温めずに一生懸命練ってましたよ。」


「よく見てたわね。オリーブの油脂はフェッツの実とは逆で、そのままでは粒子が小さすぎて絞ることができないの。水分と油脂が混ざった状態になってしまっているのね。だから砕いたものを練って搾りやすくするのよ。」


 同じ植物の油脂でも実によってそんな違いがあるなんて知らなかった。私は人間の知恵に改めて感心してしまった。ガブリエラさんはさらに説明を続けた。


「フェッツの実から採れた油は何もしなくても常温で固体になるわ。だから水に溶かした木灰の上澄みを混ぜるだけで石鹸にすることができるの。」


「それは知ってます。灰汁液あくえきですよね。ハウル村でグレーテさんたちもそうやって石鹸を作ってました。」


 フェッツの実の石鹸は村のおかみさんたちが昔から作っていたものだ。王国では割と一般的なもので、森の近くの村ではよく作られている。






「でもオリーブ油脂はそれだけでは固まりにくいの。灰汁液と混ぜたものを冷やせば一度は固まるけど、気温が高くなればまたドロドロになってしまうわ。」


「そうなんです。それで私も困っちゃって。何とかなりませんか?」


 私がそう尋ねると、彼女は嬉しそうに目を輝かせた。


「方法は二つあるわ。一つは灰汁液あくえきの濃度を高めていくことよ。やり方は単純で灰汁液を使って灰汁液を繰り返し作っていけばいいの。ただこれは手間もかかる上にあまり固まりが強くならないのよね。」


「それは困りますね。じゃあ、あと一つってどんな方法なんですか?」


「もう一つはこれを使うの。」


 そう言って彼女は立ち上がり、戸棚の中にしまってあった奇妙な道具を取り出して実験机の上に乗せた。






「?? 変わった形の釜ですね? 内側がいくつかに分かれてますよ? それに変な把手が二つ付いてます。あとこの突起は何ですか?」


 彼女は満面の笑みを浮かべながら得意そうに話し始めた。


「これは上級錬金に用いるトライノル釜よ。物質を魔力の属性に応じていくつかに分離させるために使うの。」


「ふむふむ。内側にある仕切りはそのためのものってことですか。」


「正確には仕切りじゃなくて『膜』なんだけどね。光属性と闇属性の魔力だけをそれぞれ通す特殊な膜を半分ずつ張り合わせてあるの。通す魔力の比率を変えると取り出す物質の性質を選択できるようになるわ。例えば水の場合は把手から風の魔力を注ぎ込むことで二種類の気体を・・・。」


 彼女はものすごい早口で楽しそうに分離釜の説明を始めた。この話は間違いなく長くなる。そう思った私は慌てて彼女を止めた。


「ちょ、ちょっとあの、ガブリエラ様! クオレ様に叱られますよ!」


「あっ、そうだったわね。じゃあ、今度時間がある時にゆっくり教えてあげるわ。」


 彼女は「もう、これからがいいところなのに・・・」と残念そうに言いながら、釜の中に水を入れ始めた。






「あとはこれを入れればいいわ。」


 小さな密閉壺に入った白い粉末を取り出した。


「塩?」


「ええ、この辺りで大量に産出される岩塩を私が魔力で精製したものよ。ちょっと舐めてごらんなさい。」


 私は指先にほんの少し塩をくっつけて舐めてみた。なんというかすごく尖った味がする。


「・・・塩辛いだけであんまり美味しくないですね。」


 顔を顰めた私を見て、彼女はくすくす笑った。


「旨味を感じないのは海の恵みの成分を完全に除去してあるからよ。料理に使ったらさぞ物足らない味になるでしょうね。でも錬金術に使用するならこの方がいいの。」


 不純物がない分、結果が安定するのだそうだ。彼女は釜の中にその塩を慎重に計ってから入れた。それが終わると今度は釜のあちこちから突き出た突起にガラスや金属の管を付け始める。管の先には水の入ったガラスの容器が置いてあった。






「じゃあ実際に『分離』をやってみせるわね。」


 布のマスクをしたガブリエラさんはそう言って把手を掴むと、風の魔力を釜に流し始めた。彼女の元々の魔力属性は闇。だから風の魔力を作り出すのはとても大変そうだ。


「あの、ガブリエラさん、私が代わりにやりましょうか?」


「いいえ、これは慎重な操作が必要なの。それよりも魔力の動きをよく見ておいて。」


 彼女の右手から左手へ風の魔力が流れているのが分かる。しばらくすると釜の中に入れた塩水が変化し始めた。


「あ、なんだか小さな泡みたいなものが浮かんできてますよ。」


 私がそう言うと彼女は目だけで頷いた。直後、分離釜の周りに小さな赤い光がいくつか浮かび、ふわふわと漂い始めた。






「ガブリエラ様、これって・・・。」


炎の小精霊ホムリィよ。この子たちはこの泡が大好物なの。」


 小精霊はこの世界のありとあらゆる場所に存在する不思議な生き物(?)だ。意志を持たず、普段は目に見えないが、自然の魔素が豊富な場所などではこうやって目にすることがある。


 エルフのロウレアナさんが魔法を使う時に力を借りている水の小精霊アクアリィ清流の乙女ウンディーネも精霊の仲間だ。


 炎の小精霊は釜の周りをくるくる踊るように漂っていたけれど、そのうち急にぷわーっと膨らみ始め、ポンという小さな破裂音と共に弾けてしまった。


「!! ガブリエラさん、小精霊が増えましたよ!!」


 私がびっくりして彼女にそう言うと、彼女は「いつものことよ」と小さく笑った。






「それよりもドーラ、こっちを見てごらんなさい。」


 そう言った彼女の視線の先を追うと、釜に取り付けられたガラスの管の中を黄緑色の気体ガスが通っていた。管の先は水の入った容器につながっている。気体がどんどん容器に入るにつれて、透明だった水が見る見る緑色の液体へと変化していった。


「それは緑塩水クロア溶液よ。《鑑定》してごらんなさい。」


 言われた通り鑑定してみると、緑塩水は強い土の属性を持っていることが分かった。私がそう言うと彼女は嬉しそうに頷いた。


「ちゃんと分かったみたいね。これはいろいろな錬金素材の素になる溶液なの。ちなみにこの気体ガスは猛毒だからまともに吸い込んじゃダメよ。」


「結構匂いが強いんですね。あれ、そういえば私この匂い、どこかで嗅いだことがありますよ?」


「それは多分、魔獣の匂いじゃないかしら。一部の虫型魔獣は体内に取り入れた塩分から、緑塩水を作り出すことができるらしいから。」


 そう言えば地虫型の魔獣の中に、こんな匂いのする緑色の気体ガスを吹きつけてくる奴がいたっけ。あの気体の正体はこの緑塩水だったんだ! それを知った私はなんだかすごく嬉しくなってしまった。






「ただの塩水からこんなに強い土属性の溶液ができるなんてすごいですね!」


 私の言葉にガブリエラさんは大きく頷き、嬉しそうに話し始めた。


「そう! それがこの分離釜のすごいところなのよ! これを使って適切な魔力を流せば、一つの物質から異なる属性を持つ複数の物質を生み出すことができるの。生み出せる物質はマナエール導師の考案された『マナエール六芒星の法則』に従っているから、例えば水の属性を持つ塩水に風の魔力を流すと、相対属性である火と従属属性である土を・・・。」


 またすごい早口でいつまでも語ろうとする彼女を私は押しとどめた。不満そうに軽く唇を尖らせた彼女に、私は尋ねた。


「この釜って一体どうしたんですか? 王国から持ってきたんじゃないですよね?」


「まさか。魔法銀ミスリルを加工して私が一から作ったのよ。あなたに教えてもらった《金属形成》の魔法が役に立ったわ。」


 私がフランツさんの斧を修理するために作った魔法がこんなところで役に立っているなんて、何だかすごい!


 ただ複数の属性呪文を組み合わせて同時に発動させるこの魔法はかなり扱いが難しいらしく、使える人はほとんどいない。そもそも普通の人では魔力が足りなくて使うことすらできないのだ。


 実際、ガブリエラさんがこの釜を作った時も呪文を魔方陣に書き起こし、必要な属性の魔石をいくつも準備してから作ったのだそうだ。






 釜から緑の気体が発生しなくなるのを確認した後、彼女は緑塩水を別のガラス容器に移してしっかりと蓋をした。


「あれ、その緑塩水を使うんじゃないんですか?」


「これもすごく役に立つ素材だけど、今回は使わないわ。使うのはこの残った方よ。」


「残った方? これ、ただの水ですよね?」


 私がそう言うと彼女はニコニコと笑って「《鑑定》してごらんなさい」と言った。私は釜の中の仕切りで分けられた二つの液体をそれぞれ《鑑定》してみた。






「!! こっちは普通の水ですけど、こっちは強い火属性に変わってます! なんですか、これ!?」


「これは『火蜥蜴の溶解液サラマディオ・アウフェローゼン』と呼ばれる液体よ。ただ名前が長いから火の溶解液サラフェローズっていう言い方をすることの方が多いわね。」


 彼女は慎重に火の溶解液を釜から取り出し(釜の下にあるつまみを捻ると、取り付けられた管から外に出てくる仕組みだった。すごい!)、ガラスの容器に移すと溶解液の中に葉っぱを一枚入れた。


「見ててね?」


 彼女が溶解液に火の魔力を流す。すると溶解液に浸した葉っぱはあっという間にドロドロに溶け、葉脈だけがきれいに残った。


「すごい!!」


「ふふふ、すごいでしょう? これは火の魔力に反応して、動物や植物の体をあっという間に溶かす効果があるの。」






 この火の溶解液は非常に強力で、魔力を流さない状態でも生き物の体をじわじわと溶かす効果があるそうだ。また水と触れ合うとすごい勢いで発熱するらしい。取り扱いに気を付けなくてはいけないのよ、と彼女は私に何度も言い聞かせた。


「一部の魔獣は体内でこの溶解液を合成することができるのよ。ハウル村の周辺にもいるんだけど、あなた、知ってるかしら?」


「あー知ってますよ。炎みたいな色の花びらを持つ、でっかい植物の魔獣ですよね。エマが東ハウル村の森で戦ったって言ってました。」


「そう、人喰い草マンイータープランツね。彼らは体内に火属性の魔石を持っているの。よく勉強してるみたいね。正解よ。」


 彼女はそう言って私の頭をポンポンと撫でてくれた。えへへ。






「あのー、ところでガブリエラさん。誉めてもらったのは嬉しいんですけど、私が作りたいのは石鹸なんですが・・・。」


 分離トライノル釜がすごいのは分かったけれど、こんな危険なものをみんなが使う石鹸に入れるわけにはいかない。私がそう言うとガブリエラさんはまたまたすごく嬉しそうに笑った。


「あなた、固まらなかったオリーブ油石鹸を持ってるでしょう? ちょっと貸してごらんなさい。」


 私が《収納》にしまっておいた失敗作のオリーブ油石鹸を渡すと、彼女はそれを大鉢ボウルの中に入れて火の溶解液を少しずつ注ぎ込んだ。






「あああ! そんなことしたら、ますます溶けちゃうんじゃないですか?」


「まあ、見ててごらんなさい。」


 彼女は陶製のへらを使って大鉢の中身を混ぜ始めた。すると驚くことにあんなにドロドロだった石鹸がみるみる固まりはじめ、だんだんと粘々した状態に変わっていった。


「えー!? どういうことですか、これ!?」


「油の中に含まれている水属性の物質が溶解液と反応することで中和・分解され、土属性に変わったからよ。これはマナエール六芒星の第二法則、属性の加水変化によるもので・・・。」


 彼女はまた早口で話し始めようとしたが、私がじーっと見つめていたら途中でハッとしたように言葉を止め「こほん」と小さく咳ばらいをした。






「今は魔力を使わずに混ぜただけだったけど、これに土属性の魔力中和液を加えた上で土の魔力を流せばもっときれいに早く固まるわ。その仕組みは今度じっくり解説してあげるとして、あなた今の作り方見てたでしょう?」


「はい。しっかり覚えましたよ。私もその分離トライノル釜を作ればいいんですね?」


「いいえ。これはあなたにはちょっと使いこなせないと思うの。あなたの魔力量だと最悪、釜が爆発しちゃうかもしれないもの。」


 分離釜の命ともいえる分離膜は非常に繊細なもので、魔力量の調整を間違うとたちまち燃え上がってしまうらしい。






「?? じゃあガブリエラさんが私の代わりに作ってくれるってことですか?」


「大量の石鹸を作るために必要な火の溶解液を私一人で作るのはとても無理ね。でもそんなもの必要ないでしょう?」


「どういうことですか?」


「ほら、あなたの《領域創造》の魔法があれば、分離釜そのものを魔力で再現できるんじゃない?」


「!! そうか! その通りです! 流石はガブリエラさん、天才ですね!!」


 私は思わず彼女に抱き着いて、頬ずりしながらその場でくるくると回った。彼女は「ちょ、ちょっと止めなさい、このおバカ!!」と怒った。


 でも私には分かる。これは本気で怒っているわけじゃなくて照れているだけだ。だから私は思う存分彼女に抱き着いて、気が済むまでくるくる回り続けた。






「もう、せっかく結ってもらった髪が崩れちゃったじゃない!」


 頬を染めて怒る彼女に「ごめんなさい」と謝ると、彼女は少し照れた表情をして「・・・まあいいわ。それよりも早くやってみせなさい」と私に火の溶解液づくりを催促した。


 私は彼女に教えてもらいながら、《領域創造》で作った魔力の壁を使って分離釜を空中に再現していった。途中で何度か魔力を流しすぎて失敗し、炎の中級精霊である火蜥蜴サラマンドラを大量に呼び寄せてしまったりしたけれど、練習するうちにコツを掴んでなんとか上手にできるようになった。






「うまくできましたよ、ガブリエラさん! じゃあこの魔法も一つに呪文としてまとめちゃいますね。うーん、なんていう名前がいいかな。魔力を使って属性ごとに物質を分けるから・・・《ばらばら分け》とかどうでしょう?」


「何よそれ。普通に《属性分離》でいいわ。」


「えー、なんか可愛くないですよ?」


「錬金術に可愛さを求めないで!!」


 結局、ガブリエラさんの言う通り《属性分離》という名前にすることになった。《ばらばら分け》の方が絶対、可愛いと思うんだけどなぁ。






 二人で呪文の名前を考え終えたところで侍女さんがガブリエラを呼びにやってきた。


 私はお礼を言って彼女の元を離れ、南の海に浮かぶ無人島『花摘み島』へと《転移》で移動した。ここは竜の私がトイレとして使っている島だ。


 流石にトイレの近くで石鹸の材料を作るのは嫌だったので、《飛行》の魔法で少し離れた島まで移動する。そこで海の水を使って大量の『緑塩水』と『火の溶解液』を作った。


 一度にたくさん作ったせいで火の上位精霊である火蜥蜴たちの王サラマンドラロードがやってきたのにはちょっとだけ驚いた。


 まあそれはさておき、出来た緑塩水と火の溶解液を《収納》へ仕舞ってから、私はもう一度スーデンハーフの街へ移動した。目的地は私にオリーブ油を売ってくれたあのご主人がいる精油店だ。






「よお、まじない師さん! さっきは助かったよ。またオリーブ油を買いに来たのかい?」


「はい。このお店にあるオリーブ油、全部私に売ってください。」


 私はお店のオリーブ油をすべて買い取らせてほしいとお願いした。お店の人はすごく驚いていたけれど、快くそれを引き受けてくれた。


「ありがとうございます。でもこんなに一度に買って迷惑じゃありませんでしたか?」


「いやいや、かえってありがたいよ。時間が経つとどうしても品質が落ちてくるから、絞った分は出来るだけすぐに売っちまった方がいいんだ。それに精油店は別にうちだけじゃないし、街の連中が困ることはないさ。それよりもこんなにたくさんの油を何に使うつもりなんだ?」


 私はご主人に石鹸を作る材料として使うのだと話した。彼はその話を聞いてうんうんと頷いた。


「それなら他の実から採れた油も分けてやろう。石鹸の材料にするならちょどいいと思うぞ。船乗り連中が持ち帰ったいろいろな植物の実を原料して俺が作ったものだよ。」


 店のご主人はそう言って、いろいろな瓶に入れられた油を私にくれた。これをどう使えばいいかは、またガブリエラさんに聞きに行けばいい。私はご主人にお礼を言ってお店を出た。






 店を出るともうすっかり日が傾いていて、街には夕支度をする人たちが溢れていた。私は《警告》の魔法を使ってエマの現在位置を確かめた。


 エマはすでに王都に向かってきているようだ。もう実技試験が終わったのかもしれない。3日間の予定だったのにもう帰って来るなんて、流石は私のエマだ。エマは本当にかわいくて、賢くて、冒険が上手だよね。


 私はエマを出迎えるために王立学校の女子寮に移動した。石鹸づくりはとりあえず後回し。今はエマの方が大事だからね。


 その夜、私は帰ってきたエマとミカエラちゃんから実技試験の話をたくさん聞かせてもらった。楽しそうに冒険の様子を話す二人を見て、私もとっても嬉しくなった。






 翌日、エマが試験の報告と成績を受け取りに行っている間、私はハウル村に移動して石鹸づくりをすることにした。


 家妖精のシルキーさんの助けを借りて、私は無事に大量の石鹸を作ることができた。完成した石鹸はハウル村のおかみさんたちに木の実のお礼として一抱えくらいずつ渡し、残りはカフマン商会に持って行って売ってもらうことにした。


 こうして私はまた一つ、錬金術師としての技を身につけることができたのでした。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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