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missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
71/93

69 歓楽街で大暴れ? 前編

誤字報告をたくさんしていただきました。本当にありがとうございます。今後、気を付けます。あと、また長くてすみません。

 エマが実習試験に出かけて行った後、私はハウル村へ行き、いろいろな人に会いに行った。


 まずはギルドで薬の配達と魔獣の肉の引き取りを済ませ、職人街でフラミィさんとペンターさんに会って道具類の修理と金属部品の作成依頼を受ける。


 学校に顔を出して子供たちに歓楽街で買ったお菓子を配り、カフマン商会に立ち寄って魔道具や化粧品、ガラス・鏡の注文を受けた。ちなみにカフマンさんは今、旧グレッシャー領の復興事業に出かけてしまっているので留守だった。






 その後、カールさんに会うため街道北門の詰め所へ向かった。久しぶりに会ったカールさんはものすごく疲れていた。目の下に黒い隈がはっきりと浮かび上がっている。


「カ、カールさん!? 大丈夫ですか!?」


「・・・ドーラさん!! よく来てくれました。」


 いつもの執務机に座ったまま、彼は弱々しく私に笑顔を向けた。私はすぐにスカートの前の大きなポケットに手を入れ、魔法の《収納》から特製の蜂蜜入り強壮剤を取り出した。彼はそれを受け取り一息に飲み干すと「ありがとうございます」とお礼を言って、またすぐに机に座ってしまった。


「カールさん! 少し休んだ方がいいです!」


「いえ、そういうわけにはいかないんですよ。ちょっと仕事が立て込んでいまして・・・。」






 彼はフラフラになりながら机に山積みになった書類に目を通し、同じように青い顔をした文官さんに声をかけた。二人で新しい住居の建設状況や衛士さんの増員について話した後、カールさんは持っていた書類に署名サインをして、またすぐ別の書類に手を伸ばした。そして別の文官さんに声をかける。


 私が見ている短い間、カールさんは同じようなことを延々繰り返していた。疲れた顔の文官さんたちを問い詰めたり、何度も質問したり、逆に励ましたりしながら、彼はひたすら書類を読み署名を続けた。


 私は彼が心配で仕方がなかったが、どうすることもできない。カールさんになんと声をかけようかとやきもきしていたら、彼の副官を務めるステファンさんが私を部屋の外に連れ出し、こっそり話しかけてきた。






「ドーラさん、どうか子爵様に休むようにおっしゃってください。」


「え、で、でも・・・。」


 カールさんがこれだけ頑張っているのだから、きっと大事な仕事に違いない。本当に休むように言っていいのかと迷っている私に、彼が教えてくれた。


「子爵様はもう5日ほど、まともに寝ていらっしゃいません。少しの間でよいので休ませて差し上げたいのです。」


 彼の話によると夏が終わってからというもの、ハウル村に移住を希望する人たちが後を絶たない状況なのだそうだ。


 ハウル村は元々開拓村だったので、他の村と違っていろいろな場所からの移住が王様から許可されていた。アルベルトさんが村長をしていた頃から続くこの許可は、カールさんが実質的な領主になった今でもそれは変わっていない。


 ただちょっと前までの魔獣の森の中で孤立していた頃と違い、今のハウル村は王都とサローマ領を繋ぐハウル街道の重要な中継地点になっている。






 広大な農地に加え、今や王都領では2番目の規模を持つ冒険者ギルド、様々な人が集まる職人街、そして王国衛士隊の駐屯地があるため、人手がいくらあっても足りないくらいなのだ。


 その噂が行商人さんや隊商の人たちを通じて広まってしまったらしく、今ハウル村には王国の各地から仕事と住居を求めて人が続々と集まってきているらしい。


「どのくらい人が増えそうなんですか?」


「申請許可待ちの希望者を含めれば500人弱と言ったところです。ですがいくら処理しても終わりが見えない状況でして・・・。」


 ちょっと前までハウル村の住民は少し増えて800人くらいだった。それが一気に1.5倍になるってことか。うむむ、これは大変そうだ。






 基本、開拓村に移民を受け入れるには村長さんの許可があればいい。村長さんが移住希望者と面接して話を聞き、住居を準備する手伝いをするのだ。でもこれは小さい開拓村だから出来ること。


 王都領の要衝であるハウル村ともなるとそんなに簡単に許可ができないのだそうだ。


「治安や国防の面から、誰でも自由にというわけにはいきません。他領からの移住者の場合は難民を除いて、元の領主の裁可の有無を確認しなくてはなりませんし、逃亡奴隷や犯罪者でないかどうかも調べなくてはならないのです。」


 身元調査が終わっても新しい住民台帳の作成や、住居と仕事の斡旋などやることは山積みらしい。






「えっ、お家って好きな場所に建てていいんじゃないんですか?」


「小さな開拓村なら別にそれで構わないのでしょうが、この規模になるとそうはいかないんです。水利や交通の便を巡って住民同士のトラブルが起きる場合もありますし、ある程度はこちらで指定してやらないと・・・。」


 仕事についても、無職の人が増えると治安が悪化する原因になるとかで、簡単な紹介や口利きをしなくてはならないのだそうだ。


「それで文官たちは皆、仕事に追われているのです。それに加えて通常の業務もありますからね。」


 文官さんたちの仕事が遅れれば、それだけ移住希望者の人たちの生活が行き詰ってしまう。彼らはそれまでの生活をすべて捨てて、新天地を求めてきた人たちだからだ。


 移住許可が出るまで彼らは野宿などの仮住まいを強いられる。それが長期化すれば、そのまま貧民街スラム化してしまうこともあるのだとステファンさんは教えてくれた。






「子爵様はああいうご性格ですから、王国の民を一日でもそんな状況に置いてはおけないとおっしゃって寸暇を惜しんで裁可を続けていらっしゃるのです。私も何度もお止めしたのですが、すべては民のためだとおっしゃって聞く耳を持ってくださいません。ですからドーラさんの力を貸していただきたいのです。」


「分かりました。カールさんを休ませてあげればいいんですね。任せておいてください。」


 私はステファンさんと一緒にもう一度、執務室に戻った。そしておもむろに持っている木の杖を掲げた。


「?? ドーラさん、一体どうしたんですか? そんな杖なんか掲げて・・・?」


「カールさん。皆さん。おやすみなさい。《集団安眠》」


 呪文が発動するとたちまち、私を除く全員が私の魔法によって深い眠りに落ちた。カールさんも持っていたペンを取り落とし、他の文官さんたちと同じように机に突っ伏している。私は隣に立っていたステファンさんの体を支えながら、次の魔法を使った。


「《どこでもお風呂》!」


 魔力で作った壁がみんなの体を包み込み、その中に《洗浄》の効果がある魔法のお湯が満ちる。このお湯には《水流操作》の魔法が付与されていて、壁の中にいる人の体を自動的に揉み解してきれいにしてくれる。






 けがをしたガブリエラさんのためにエマと一緒に作ったこの魔法は、あまり人前で使わないようにって彼女から言われている。彼女曰くこの魔法は「とんでもなく常識外れ」なのだそうだ。


 だから普段は王様と侍女のヨアンナさんくらいにしか使っていない。でもみんなが眠っている今なら使っても問題ないですよね、ガブリエラさん?


 魔力で包み込んだみんなの体がふにゃふにゃに揉み解されたのを確認して、私は魔法を解いた。


「はっ!? い、一体何が・・・?」


「・・・!! 子爵様、なんだか体が軽いです!」


 すっかり顔色の良くなった皆が驚きの声を上げる。本当はもっとゆっくり眠らせてあげたいけど、とっても忙しそうだし仕事の邪魔をするわけにもいかない。だから今はこれが限界だ。


 文官さんたちが驚きの目で私の方をじっと見つめる中、カールさんが立ち上がって私に近づいてきた。






「これはドーラさんの・・・おまじないですね?」


 彼は文官さんたちには見えないようにパチリと片目を瞑った。


「!! はい、そうです! 元気の出る特別なおまじないなんですよ!」


 私の言葉を聞いて文官さんたちが納得の表情を見せた。彼は私の両手をそっと握った。


「ありがとうございましたドーラさん。おかげで助かりました。」


「はい、頑張ってくださいカールさん。私、応援しますね。」


 素敵な笑顔でお礼を言われてなんだか恥ずかしくなった私は、皆に強壮の魔法薬(メリッタ草で作るものすごく苦い方)を配り、そそくさと部屋を後にした。


 今までは強壮薬を届けていたけれど、これからは定期的に《どこでもお風呂》を使ってあげた方がいいかもしれないね。


 私は赤くなった顔を半仮面とフードで隠しながらそう考えた。そしてお昼ごはんの準備を手伝うために、フランツさんのお家に向かったのでした。






 フランツ家でお昼ご飯を食べながらエマの話をした後、私は《転移》の魔法で王都に戻った。東門の外にある農場に移動した私は、管理人さんやノーファさんから作物の様子について教えてもらった。


「今年も大豊作ですよ。それにルウベ大根が安全に収穫できそうなので、冬の間も食べ物に困る心配がなくなりました。秋の終わりに家畜をまとめて屠殺しなくてすみますよ。」


 二人は笑いながら私にそう教えてくれた。ルウベ大根の安全な栽培法が見つかってから、ノーファさんはとても嬉しそうだ。私は二人に農場のことをよろしくお願いしてから、今日の最後の目的地である王都の歓楽街に移動した。











 秋の夕日に照らされた歓楽街は仕事を終えたばかりのたくさんの男の人たちでごった返していた。復興工事が始まった頃はほとんど更地だった広い通りの両脇は、すでに大小の酒場や安宿、娼館で埋め尽くされている。


 ドルーア山から吹き下ろしてくる冷たい風を避けるため、男の人たちは足早に酒場や娼館の中に駆け込んでいく。そのたびに空いた扉の中からは賑やかな歓声や笑い声が響いてくる。


 楽師さんの奏でる軽快な音楽を遠くに聞きながら、私は目的地であるイゾルデさんの娼館を目指した。彼女の娼館は歓楽街でも一番大きく分かりやすい場所にあるので、方向音痴の私でも迷うことなく行くことができるのだ。


 大きな青い月に付き従うように登ってきた緑の月をぼんやりと眺めながら、私はゆっくりゆっくり娼館が集まる大通りを歩いていった。






 今の私はまじない師の恰好をしているので、こうやって歩いていると時々おまじないを頼まれることがある。


 頼まれるおまじないの種類はだいたい決まっていて、きれいな薄い服を着た女性たちからは《避妊》や《病気除け》、労働者風の男性たちからは《酔い止め》や《強壮》のおまじないを頼まれることが多い。ちなみに朝早い時間にここへ来ると、男女ともに《酔い覚まし》を頼まれることが多いです。


 おまじないの代金はだいたい1~5D(銅貨1枚が1ドーラ)くらい。これはどのまじない師さんでもほぼ同じで、いわゆる『相場』の値段だ。この値段はおまじないの腕前や評判、季節やお客さんの動向などで毎日変わっていくらしい。






 見習い衛士さんの日当がおよそ5D、一般的な徒弟と呼ばれる職人さんたちの日当が2~3Dらしいので、こう考えるとまじない師さんは随分と稼ぎの良い仕事に思える。だってお客さんを三人見つければ、それだけで徒弟さんの一日分のお給料と同じくらいになるわけだからね。


 ただ普通のまじない師さんは魔力がとても弱いので、一日に1,2回おまじないを使うのが限度なのだそうだ。だから思ったほどは稼げないものなんだって。


 ちなみにまじない師さんたちにも一応ギルドがあり、そこから営業許可証が発行されている。まじない師さんはギルドに稼いだお金の一部を収める決まりになっていて、私もちゃんと毎月お金を払っている。


 ただ私が直接支払っているわけじゃなくて、イゾルデさんを通じて払ってもらっているんだけどね。これは私が王都の住民ではないかららしい。一度その仕組みを説明してもらったのだけれど、難しすぎて全然分からなかった。






 その日、私が何人目かのお客さんにおまじないをかけ、代金の銅貨1枚を受け取っていると突然、後ろから声をかけられた。


「おい、そこのまじない師。お前、随分稼いでるみたいじゃねえか。」


 振り向いてみると、そこには額に大きな傷のある男に人が立っていた。周りの人より背が高くとても体格のいい人だ。と言ってもエマのお父さんのフランツさんほど筋肉質ではないけどね。


 あまり手入れされていない髭や髪の毛、そして鋭い目つきから彼は一見すると冒険者さんのように見えた。ただ着ている服は普通の服だし大きな武器も持っていない。せいぜい腰のベルトに下げた短刀くらいだ。


 彼の後ろには彼と同じような風体の仲間が4人立っていて、みんな私の方をニヤニヤしながら見ていた。その人たちの姿を見るなり、私におまじないを頼もうと集まっていたお客さんたちは皆、蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。私は彼に尋ねてみた。






「おまじないがご入用ですか?」


「まじないなんかに用はねえよ。それよりお前、見かけない面だな。誰に断ってここで商売してるんだ、ああ?」


 彼は木の杖を持っている私の右手首を掴むと、乱暴に自分の方へ引き寄せようとした。でも私がしっかり立っていたせいで私を動かすことができず、逆に彼の方が私に近づいてきた。


 彼はそれにかなりぎょっとした様子だった。でも後ろの仲間が「まじない師の女相手に何やってんだ、お前?」と冷やかすように言った途端、ものすごく怒って私の顔に向かって怒鳴ってきた。


「お前、俺をなめてんじゃねーぞ!!」


 彼は黄色く変色した歯を剝き出しにして私に顔を寄せてきた。私は嫌な臭いのする息が大事な半仮面にかかるのが嫌だったので、彼をそっと押し戻した。


 私に押された彼はつんのめるようにして後ろに下がった。あらら、しまった。ちょっと力が強かったかな? 息が臭すぎて思ったより力が入っちゃったみたいだ。






 呆気にとられる彼に、私は懐から取り出した営業許可証を見せた。


「なめてませんよ。それにちゃんと営業許可証もあります。ほら、ここに書いてあるでしょう?」


 彼は許可証をちらりと見ただけで、すぐに私に言った。


「そんな紙切れはどうでもいいんだよ。なんで俺たちに黙って商売してたのかって聞いてんだ。」


 彼はものすごく怒って私にそう言った。まあでもあんまり怖くはない。マリーさんの怒りの100分の一くらいの迫力と言ったところかな。


 ただ彼の言葉にはとても驚かされた。私は思わず声を上げてしまった。






「ええっ!? あなたたちに何か言わなきゃいけなかったんですか? 私、知らなかったんです。ごめんなさい!!」


 何だか分からないけれどまた失敗してしまったみたい。そんな許可がいるだなんてイゾルデさんも教えてくれなかったし、全然知らなかったよ。


 私はきちんと頭を下げて彼に謝った。彼は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐに嬉しそうに笑って私に言った。


「お、おう。なかなか物分かりがいいじゃねえか。じゃあ、ショバ代と俺たちへの詫び料として、さっきまでの稼ぎを全部出してもらおうか。」


「分かりました。はい、どうぞ。」






 私は長衣ローブの中にしまっておいた布袋を取り出して彼に渡した。この中には今日お客さんから受け取った銅貨が全部仕舞ってある。多分30枚くらいじゃないかな。


 袋を受け取った彼は中身を確かめ、目を輝かせた。


「おお、こりゃあ随分と稼いだな。だけどこれだけじゃダメだ。稼ぎをごまかして隠してるかもしれねえからな。お前の体を調べさせてもらうぜ。」


 彼はそう言って私の長衣に手をかけようとした。私は咄嗟にその手を軽く振り払った。


 だって彼の手は酷く汚れていたからだ。この長衣や服はマリーさんが私のために準備してくれた大事なもの。さすがにそんな汚い手で触られたくはない。






 私は彼に断ってから《洗浄》の魔法で彼の体全体をきれいにしてあげた。ついでに汚れた服もきれいにしておく。うん、服の染みや歯の黄ばみも取れていい感じになった。嫌な臭いもしなくなって、かなり話しやすくなったよ。


 彼はきれいになった自分の体を呆然と見つめた後、仲間の方を振り返った。


「す、すげえ! おい、こりゃあ・・・!」


「ああ、『金の生る木』を見つけたな。」


 二人は私の方を見ながらニヤニヤ笑っていた。でもそんなことより、私は今聞いた彼の言葉に心を惹かれてしまった。


「『お金の生る木』!? そんな素敵な木があるんですか!」


 お金の生る木ってもしかして銀貨や金貨が葉っぱや実みたいになる木のことだろうか? そんな木があるなんて聞いたことがない。錬金術の図鑑にも載っていないかったし。


 もしあるなら絶対に見てみたい。きっとキラキラですごくきれいな木に違いないよね!






「ああ、もちろんさ。だから俺たちと一緒に来な。」


「はい、ありがとうございます!」


 私はウキウキしながら彼らの後について行くことにした。遠巻きに私たちの姿を見ていた人たちが動き出した私たちを見てそそくさと道を開ける。


 その中には私に何か言いたそうにしている人もいた。けれど、私の前を歩いている男の人たちと目が合うと途端に目を逸らしてどこかに行ってしまった。男の人たちはすぐ近くの裏路地の入口に私を案内してくれた。


「この先にある別の大通りに俺たちのアジトがある。そこに一緒に来てくれりゃあ、いいもの見せてやるぜ。」


 なんて親切な人たちなんだろう。私は彼らにお礼を言って裏路地に入ろうとした。でもその時、誰かが急に私の長衣の袖を後ろから引っぱった。






「ったく、何やってんだ、この田舎者いなかもんのバカまじない師!!」


「オイラーくん!! どうしてここに?」


 私に向かってそう怒鳴ったのはイゾルデさんの娼館で働いている男の子、オイラーくんだった。確か彼はエマより一つ年上だから、今年で12歳だったはず。


 彼はいつも娼館で着てる白いシャツと黒いズボン姿だった。すごく急いで走ってきたみたいで息が荒くなっている。いつもきちんと撫でつけてある髪も少し乱れていた。


娼館うちの常連が、あんたが危ないって知らせに来てくれたんだよ。こんな阿呆どもの言葉にコロッと騙されやがって。」


「えっ、私、騙されてたの!?」


 私が驚いて声を上げると、オイラーくんはすごくげっそりした顔で天を仰ぎ、自分の両目に手を当てた。なんだかすごく呆れられてるみたい。私は急に恥ずかしくなってしまった。






「っち、オイラーのクソガキか。俺たちが目ぇ付けたまじない師だぞ。邪魔すんじゃねえよ!!」


 男の人たちが私たちを取り囲むように立ち、額に傷のある男の人が大声でオイラーくんを怒鳴りつけた。オイラーくんは私を自分の背中に庇うと男の人に言い返した。


娼館うちのシマで悪さしておいてよく言うぜ。それにこいつは娼館うちのお抱えなんだ。証明書にもイゾルデ姐さんの添え書きがあったろう?」


 オイラーくんはそこで一度言葉を切ると、馬鹿にしたように鼻で笑いながら大げさに両手を広げてみせた。






「ああ、すまんすまん。お前さんたちには添え書きなんか読めるはずがなかったな。俺が代わりに読んで聞かせてやろうか?」


 その途端、周りにいる男の人たちの目線が急に険しくなった。


「てめえ! 誰に口きいてんのか分かってんのか、ああ!?」


 男の人たちは一斉に腰の短刀に手を伸ばしかけた。けれどオイラーくんはそんな彼らを一喝してその手を止めさせた。


「お前らこそ、ここがどこだか分かってんだろうな? 娼館うちのシマでそいつを抜いたらもう後戻りは出来ねえぞ。エッポ一家は姐さんと本気でやり合うつもりなんだな!!」


 オイラーくんがさっと片手を挙げると、裏路地の建物の屋根の上や隙間からオイラーくんと同じような背格好の男の子たちが姿を現した。その数20人以上。


 手に小型の小刀ナイフを手にし布を巻いて顔を隠した彼らは、無言のまま男の人たちをじっと見つめていた。






 額に傷のある男の人は周りを取り囲む男の子たちをちらりと見た後、オイラーくんに視線を戻した。二人はじっと睨み合っていたけれど、やがて男の人の方が先に目を逸らした。


「・・・ちっ。おい、引き上げるぞ。」


 男の人たちは傷のある男の人の後について裏路地の向こうに抜けて行ってしまった。それに合わせるように男の子たちも建物の陰に姿を消していった。あまりのことに言葉を失くしていた私に、オイラーくんが向き直って言った。


「おい田舎者、世間知らずにもほどがあるぜ! あんな連中の口車にいいように乗せられやがって!」


「ご、ごめんなさい・・・。」


 私は恥ずかしいやら悲しいやらで小さくなり、弱々しい声で彼に謝った。顔が赤くなり目の端に涙が滲む。うー、ほっぺたが熱い! 半仮面をしていて本当によかったよ!


 彼は困った顔で頬をポリポリ引っかきながら、私に言った。






「っち、分かればいいんだよ。とにかく無事でよかった。なんも盗られてねえだろうな?」


「あっ・・・。」


「どうした!?」


「あ、あの、お金の入った袋、持っていかれちゃいました。」


「金!? いくらだよ!?」


「えっとー、多分30Dちょっと・・・。」


 オイラーくんはまた両目に手を当てると「はああああぁ」と大きく息を吐いた。


「残念だけどそりゃあ諦めるしかねえな。素直に返すような連中じゃねえから。」


「はい・・・。」


 私は小さく返事をした後、困ったように笑っている彼に改めて謝った。






「本当にごめんなさい。私のせいで余計な揉め事を増やしちゃいましたよね。」


 もしも私のせいでオイラーくんがケガしていたらと思うと本当にゾッとする。あの男の人たちが素直に帰ってくれて本当によかったよ。


 私がそう言うと、彼は苦々しい表情で答えた。


「いや、別にお前のせいじゃねえ。このところあいつらずっと娼館うちのシマでああやって小銭を稼いでいやがるのさ。近いうちにガツンと言ってやるつもりだったからちょうどよかったよ。」


 彼が言うには娼館のあるこの大通りは『イゾルデ姐さんのシマ』らしい。シマって言うのはよく分からないけど、たぶんわたしたちでいう縄張りみたいなものだろう。


 ところが王都襲撃で歓楽街全体が焼けてしまったことで、それまであった縄張りの境界線があいまいになってしまい、ちょっとした勢力争いになっているらしい。






「あいつら元々賭博通りの隅の小さな賭場を根城にしてたエッポって奴の手下なんだ。でもあの火事で賭博通りを仕切ってたドノバンさんって人が死んじまってさ。そのどさくさに紛れてあの連中がドノバン一家の手下たちを街から追い出しちまったんだよ。」


 エッポという人はあの火事で仕事や住処を失くした人たちを言葉巧みに仲間に引き入れ、どんどん勢力を伸ばしたのだそうだ。


「ドノバンさんが生きてりゃあ、あんな連中に好き勝手させねえんだけどな。でも今じゃあ、あいつら好き放題に暴れまわってやがるんだ。娼館うちの客にまでちょっかい出してきやがって、イゾルデ母さんも本当に迷惑してるんだよ。」


「大変なんだね。」


 私の言葉に彼はフッと小さく笑った。


「まあな。だけど俺の目の黒いうちは母さんや姉さんたちには絶対手出しはさせねえよ。」


 彼は鋭い目つきでそう言った後、表情をガラッと変えて私に言った。






「おっと、それよりもお前に客が来てるんだった。」


「お客さん? おまじないを頼みに来た人ですか?」


「いや、どうも違うみたいだぞ。今朝早くに娼館通りでそいつがあんたを探してるところを俺が見つけたんだ。」


「私を探してる? 一体どんな人ですか?」


 私がそう尋ねると、オイラーくんは呆れた表情で大きく肩を竦めた。


「とにかく変わった奴だよ。すげー偉そうな態度でいきなり『そこな童、おぬしドーラという者を知っておるか?』って聞いてきたんだ。」


 怪しい人がいるという知らせを受けて駆け付けたオイラーくんに、その人はそうやって話しかけてきたそうだ。どうやら通りを歩く人を手当たり次第に捕まえては、同じことを聞いていたらしい。






「俺がドーラに何の用だって聞いたら何にも言わずに無理矢理、娼館うちに上がり込んできてさ。『ここでドーラを待たせてもらう』って座り込んじまったんだ。それからずっと一階の酒場で酒を飲んでるよ。まあ、金払いがいいから娼館うちとしては有難いんだけどな。ただ姉さんたちからは『営業妨害だ』って言われて、ちょっと参ったぜ。」


「営業妨害?」


「ああ、態度はともかく見た目はすごいきれいなんだ、そいつ。だから男の客が皆、姉さんたちじゃなくてそっちに行っちまって。お前、あの女のこと早く何とかしてくれよ。」


 私はオイラーくんと一緒に娼館へ向かった。正直心当たりはないけれど、一体誰なんだろう?


 もうすでに日は沈んでいるけれど、娼館通りは煌びやかな光に照らされているため、とても明るい。道行くたくさんの人波を抜け娼館に近づくにつれて、私の鼻が特徴のある匂いを捉えた。


 えっ、この懐かしい匂いはまさか・・・!


「お、おい、どうしたんだよ急に!!」


 私はオイラーくんが止めるのも聞かず全力で走り出した。その勢いで長衣のフードが外れ、束ねていた私の髪が露になる。私は両開きの大きな正面扉を通って娼館に飛び込んだ。


 正面カウンターの右手にある酒場を見渡すと、一番手前の小さな円卓を占拠している黒衣の美女がすっと立ち上がった。






「おお、虹色・・じゃなかった、我が友ドーラよ! 会いたかったぞ!!」


「やっぱりヴリトラだ!! 私に会いに来てくれたの?」


 そこにいたのは私の昔からの友達、暗黒竜のヴリトラだった。やや癖のある黒い髪を銀の髪留めで無造作に束ねた彼女は、大きく手を広げて私を迎えてくれた。私は彼女の腕に飛び込み、しっかりと抱き合った。


「ねぐらを出てずっとここまで空を飛んできたの。でもこの体だとあんまり速く飛べなくて、すごく時間が掛かっちゃった。この街には今朝、着いたばかりだよ。」


「そうなんだ、よく私がここに来るって分かったね!」


「前に来てくれた時、エマと一緒に王都にいるって話をしてくれたでしょう? だからハウル村の近くにある大きな街だしきっとここだろうと思って。ただドーラちゃんの匂いをなかなか嗅ぎ分けられなくてね。一番強く魔力の気配が残ってるここでドーラちゃんのことを探してたの。」






 今の彼女は私と同じように《人化の法》を使って人間の姿になっている。ただ私と違って竜の体を魔力でそのまま変化させたのではなく、自分の牙を依り代にして作った分身体に憑依している状態だ。


 だから人間姿いまの私に比べると魔力も力も段違いに弱い。また魔力や匂いを感じ取る力もほとんどなくなっているらしい。


 確かに歓楽街ここは私が王都で唯一、魔力を使って修復作業を行った場所だ。今日、私はハウル村に行っていたから、私の魔力を辿ってやってきた彼女がここに辿り着いたのは必然だったのだろう。






 私と体を離した後、ヴリトラはこほんと小さく咳ばらいをして言った。


「ドーラよ、ようやくこうして出会えたのだ。ここに座ってこの奇跡を存分に語りあおうではないか。」


 彼女は私を円卓に案内してくれた。彼女の芝居がかった言い方と仕草がおかしくて、私はくすくす笑ってしまった。


「そうだね、私も話したいことが一杯あるよ。来てくれて本当に嬉しい。ところでこの人たちは?」


 私は円卓の周りで、赤い顔をして床に倒れている男たちを指さして彼女に聞いた。皆、幸せそうな顔をしてぐっすりと眠りこんでいる。


「そこな男どもが我と酒杯を交わしたいと言ってきたのでな。友を待つ身の無聊を慰めるため、ほんの少しだけ相手をしてやったまで。だがいくらも飲まぬうちにすっかり酩酊しおってこの体たらくだ。まあ、おかげでタダ酒をたらふく飲めたがな。」


 彼女は呆れた顔でそう言うと、近くにいた酒場の女給さんを捕まえて二人分のエールを注文した。なるほど、この人たちはヴリトラに付き合って一緒に飲んでいるうちに酔っぱらっちゃったってことなのか。


「ヴリトラ、随分酒場に慣れてるんだね。」


「うむ、この数か月、闇の種族の街と聖都エクターカーヒーンの周辺を旅してまわっておったからな。」


 彼女は《人化の法》の練習も兼ねて、いろんなところに出かけていたのだそうだ。私はそれを聞いてすごく驚いてしまった。


「人間の世界で戸惑ったりしなかったの?」


 私は人間の世界に来たばかりのことを思い出して彼女に尋ねた。あの頃は本当に失敗ばかりで大変だったなあ。まあ、今も失敗はしてるんだけどね。


 私がそう言うと彼女はフフフと余裕の笑みを浮かべた。


「我はこの世界を数千年にわたって見守ってきたのだ。人間との交流もそれなりにしておるからな。ある程度のことは分かっておるのよ。」


「すごい! かっこいいね!!」


「フハハ、そうであろう! もっと褒め称えてよいのだぞ!」


 ヴリトラが胸を大きく反らしたことで、彼女のたわわな胸のふくらみがぶるんと揺れた。彼女が着ている服は以前会った時と同じ、体にぴったりした黒い魔獣の革のドレスだ。


 露出の多い独特のデザインをしたこのドレスは、彼女自身が考えて闇小鬼ゴブリン族の職人さんに作らせたものらしい。とても奇妙な服だけれど、剥き出しになった褐色の彼女の肌と真紅の瞳に不思議と合っている気がする。


 まあ、見たのがこれで2回目だから、単に見慣れただけかもしれないけどね。






「おや、本当にあんたの知り合いだったんだね。」


 そう言ってエールの入った酒杯を持ってきてくれたのはこの娼館の女主人、イゾルデさんだった。


「おお、イゾルデ! お主のおかげで懐かしい友と再会できた。礼を言うぞ!」


「そりゃあどうもヴリトラ様。今後ともごひいきに。」


 イゾルデさんは笑いながら酒杯を円卓に置くとそのまま空いている席に腰かけた。そして側にいたオイラーくんに「この連中、片付けておくれ」と頼んだ。


 程なくオイラーくんの連れてきた男の人たちが床で寝ている人たちを奥の部屋に連れて行った。それを見届けたイゾルデさんは、エールをちびちびと舐めるように飲んでいた私に話しかけた。






「ドーラ、オイラーから聞いたよ。あんた、エッポの手下に金を騙し取られたんだって?」


「うっ! はい、そうです・・・。」


 私は小さくなって頷いた。でも仕方ないとはいえ、竜仲間ヴリトラの前でその話はされたくなかったよ。とほほ、すごくかっこ悪いです・・・。


 でもその話を聞いたヴリトラは持っていた酒杯を一気に飲み干して円卓に置いた後、身を乗り出すようにしてイゾルデさんに尋ねた。


「その話、もう少し詳しく聞かせてもらおうか?」


 彼女の赤い瞳がきらりと強い光を放つ。イゾルデさんはエッポ一家のことと、その手下に私がお金を取られてしまった話をヴリトラに語った。






「本当に困った連中で皆、迷惑してるんですよ。」


 追加で注文したエールを飲みながら話を聞いていたヴリトラは、イゾルデさんの話が終わるとすぐに立ち上がって言った。


「事情は分かった。旨い酒を飲ませてもらった礼に、我がその連中を懲らしめてくれよう。」


 それを聞いたイゾルデさんは慌てて立ち上がった。


「い、いえ、ヴリトラ様、結構です! 酒代はちゃんといただいてますし、礼だなんてそんな・・・!」


「何、大したことをするつもりはない。我の大切な友に恥をかかせた報いを受けさせてやるだけだ。」


 そう言ってヴリトラは私に手を伸ばした。


「行こう、我が友ドーラよ。街の平穏を乱す愚か者どもにほんの少しばかり、痛い目を見せてくれようぞ。」


 私は持っていたエールを一気に飲み干して立ち上がった。ふう、やっぱりこの季節のエールは最高に美味しいね!


 ヴリトラは妖し気に濡れた舌で真っ赤な唇をぺろりと舐めた後、鋭い犬歯を見せてニヤリと笑った。


「ほんの少しばかり、な。」

読んでくださった方、ありがとうございました。

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