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missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
67/93

65 エマの病気 前編

今回の病気の元ネタはとても有名なファンタジー小説のある登場人物からそのまま持ってきました。私、このキャラクターも設定も大好きです。はっきり言ってパクリなのですが、一ファンの出来心と言うことでどうかご容赦ください。

 ベルトリンデさんが王都を旅立ってから3日後、秋の2番目の月の最初の週が終わろうとするとき、それは突然やってきた。


「きゃあああぁ!!!」


 その日の朝、目を覚ますなりエマが突然ものすごい悲鳴を上げたのだ。侍女部屋で身支度をしていた私が髪を振り乱したまま隣の部屋に飛び込むと、ミカエラちゃん、ニーナちゃん、ゼルマちゃんがエマの寝台を心配そうに覗き込んでいるのが目に入った。


 私は三人の間を通り抜けてエマに駆け寄った。エマは青ざめた顔をしたまま寝台に横たわっていた。


「だ、大丈夫、エマ!? しっかりして!!」


 私はエマを必死に揺り動かした。息をしているけれど目を覚ます様子はない。






「た、大変!! すぐにテレサさんの所に連れていかなきゃ・・・!!」


「待ってくださいドーラさん。エマさんは気を失っているだけのようです。」


 エマを抱きかかえようとしたら、きっちりと侍女服を着込んだリアさんに止められてしまった。私がもう一度エマの顔を覗き込むと、ゆっくりと目を開けたエマと目が合った。


「エマ!! よかった!!」


「お、おねえちゃん? あれ、私さっき・・・?」


 エマは恐々とした様子で周囲を見回した。そんなエマを案ずるようにミカエラちゃんが優しい声で尋ねた。






「大丈夫、エマちゃん?」


「ミカエラちゃん、私、何かやっちゃった?」


「エマさん、すごい悲鳴を上げていらっしゃいました。覚えていらっしゃらないのですか?」


 ニーナちゃんにそう言われてエマはじっと自分の手を見つめた。


「うん、あのね、さっきすっごく怖いものを見たんだけど・・・あれ、何を見たんだっけ? 全然思い出せないや。」


 エマはそう呟くと心配そうに自分を見る私たちの顔を見て、たちまち顔を赤くした。


「そっか、きっと夢だよね! 私ったら怖い夢を見ちゃってたみたい。」


 赤い顔でアハハと照れ笑いするエマを見て、私たちはホッと胸を撫でおろした。






「怖いもの知らずのエマ様にあんな悲鳴を上げさせるとは。よほど恐ろしい夢だったのでしょうね。」


 真面目な顔でゼルマちゃんが言ったその言葉を聞いて、皆はくすくすと笑いだした。エマも一緒になって笑いながら皆に「びっくりさせてごめんなさい」と謝った。


 その後は何事もなく身支度を終え、朝食を済ませたエマはミカエラちゃんと一緒に授業へ出かけて行った。私はちょっと心配しながら、エマを見送った。


 だってエマがあんなにすごい悲鳴を上げるところなんて今まで聞いたことがなかったからだ。一体どんな夢を見たんだろう。もしかしたらマリーさんに怒られた時の夢かしら?


 マリーさん、普段は優しいけど怒ると本当に怖いのだ。前にマリーさんから怒られた時のことを思い出して、私は思わず体を震わせた。うう、怖いよう。






 そう言えば最近、エマに《安眠》の魔法をかけていなかったっけ。


 エマは私と出会ったばかりの頃、怖い夢を見てよくおねしょをすることがあった。その時、エマが怖い夢を見ないようにするために私が作ったのが《安眠》の魔法だ。


 《睡眠》という無属性魔法をもとにしたこの魔法は、悪夢を遠ざけ幸せな気持ちでぐっすりと眠ることができる効果がある。この魔法を使うようになってから、エマはおねしょをすることがなくなったのだ。懐かしいなあ。


 今夜は久しぶりにエマに《安眠》の魔法をかけてあげようっと。そうすればきっと怖い夢を見ることなくよく眠れるはずだ。わたしと違って人間はちゃんと寝ないと病気になっちゃうからね。






 そんなことを考えながら私は部屋のお掃除を終え、お洗濯をするために桶を持って水場に向かった。でも桶に水を張ったところで、血相を変えて走ってきた寮母のパトリシアさんに声をかけられた。


「ドーラさん、すぐに来てください!! エマさんが・・・!!」


 パトリシアさんはエマが授業中に突然倒れたと教えてくれた。私は彼女に案内してもらい、エマがいるという水属性魔法研究室に向かった。






 挨拶もそこそこに研究室に飛び込んだ私をアンフィトリテ先生が出迎えてくれた。鮮やかな水色の髪を持つ彼女は水属性治癒魔法の達人で、魔力に由来する病気の専門家でもある。エマは今でも彼女から、魔力の偏りを治すための治療を定期的に受けているのだ。


「ドーラさん、お待ちしていました。さあ、こちらへ。」


 エマは制服姿のまま、いつもの治療を受けるときと同じ寝台に寝かされていた。


「先生、エマの容態はどうですか?」


 私の問いかけに、先生は心配そうな顔で頷いた。


「今は私の魔法で眠らせてありますが、さっきまで酷く怯えて取り乱した様子でした。彼女を落ち着かせようと近づいた級友の姿にも怯えて逃げ回る有様で・・・。」


 エマはまるで怪物にでも取り囲まれているみたいに悲鳴を上げていたという。






「先生、エマは一体どうしちゃったんでしょうか?」


「分かりません。ですがこれを見てほしいのです。」


 先生は眠っているエマの瞼を無理矢理開かせて、私にエマの瞳を見るように言った。


「分かりますか、ドーラさん?」


「エマの目の中に何か変な形のものが見えますね。なんでしょうこれ?」


 エマの瞳の真ん中に、虹色の煌めきを持つ縦型の細長い形が浮かんでいる。一見するとわたしの虹彩のようにも見えるけれど、それは上下に膨らみがあり真ん中が細くなった形をしていた。







「私には『砂時計』のように見えます。」


「砂時計?」


 砂時計と言うのは時間を測るために使う道具だそうだ。アンフィトリテ先生は自分の持っている砂時計を私に見せてくれた。


 ガラスでできた筒の中に砂が入った道具だ。この砂の落ちる量で時間を測ることができるらしい。なるほどそう言われてみると確かに、エマの瞳の中にあるものと同じ形をしているように見える。


「もしかしてこれが原因なんですか?」


 私が尋ねると先生はちょっと首を傾げた。


「エマさんの症状が幻覚状態にある患者と同じだったので、おそらく視覚に問題があるのだろうと考えたんです。それでこの瞳の変化に気が付いたのですが・・・。」


 先生は魔力を使ってこの瞳のことを調べたそうだ。でも強力な障壁のようなものがあり、原因を突き止めることができなかったのだという。


「なんですか、それ!?」


「分かりません。ただ障壁がある以上、この目の変化は外的な要因によるものだと思います。魔力障害が原因ならこんなことはありませんから。強力な呪詛、いえ封印に近いものではないかと思うのですが・・・。ドーラさん、何か心当たりはありませんか?」






 私は先生の言葉でうんうんと頭を捻った。先生の言う通り、呪詛でないのは確かだ。だってもしそうなら私が臭いで気が付いているはずだからね。


 外的な要因と言うことは誰かがエマに封印をかけたということだ。私の目を盗んでエマにそんなことができる人なんて一体誰だろう?


 私は常にエマを《警告》の魔法で守っている。エマの身に危険が迫れば私が気づかないはずはない。どんな小さな魔力の気配だって、私の鼻を逃れることは出来ないはずだ。


 私は敵の気配を察知することにかけては自信がある。ちょっとでも違う魔力の気配を感じ取ればすぐに・・・。


 んん、ちょっと待って? 違う魔力の気配なら?






 私は眠っているエマを自分の魔力で包み込み、眠っているエマの全身をふんふんと嗅いだ。先生はそれにとても驚いていたけれど、そんなことに構ってはいられない。


 エマからは私の魔力の匂いがする。もちろん、いつも一緒にいるのだからそれは当たり前なのだけれど、いつものエマの魔力とは違う匂いがするのだ。なんというか、なんだか懐かしい匂いがする。


 夢。封印。懐かしい匂い。そこまで考えて私はハッと気が付いた。これはもしかして・・・。






「先生、これから私と一緒にハウル村へ行ってくれませんか?」


「えっ!? それは構いませんが今からですか? それなら旅支度をしなくてはなりません。旅客船はまだ便数が少ないですから馬車を予約しなくては・・・。」


 急な提案に戸惑う先生を「大丈夫です」と説得してエマを抱えた後、私は先生と手を繋いで《集団転移》の魔法を使った。転移先はもちろんハウル村の聖女教会。テレサさんの所だ。


「ドーラさん、お待ちしていました。」


 テレサさんはいつものように私のことを待っていてくれた。どうやら私の魔力を通して、少し前から私と先生のやり取りを聞いてくれていたようだ。


 初めての転移で少しめまいを起こした先生が回復するのを待って、私と先生はテレサさんに事情を説明した。テレサさんは私たちと一緒に自分の淹れた薬草茶を飲みながらそれを聞き、最後にゆっくり頷いた。






「事情は分かりました。エマさんの目に現れたその症状は『滅びを映す目』によるものです。」


 それを聞いた先生はハッと息を呑んだ。


「先生、何か知ってるんですか?」


「いえ、詳しくは・・・。ただ昔、古い医術の文献で読んだことがあるのです。エルフ族と人間との間に親交があった時代に稀にこの症状に陥る者がいたと・・・。」


 先生の説明によると『滅びを映す目』とはエルフ族のような長命種族の魔力に触れることで定命の者が発症する病気のようなものらしい。


 この病気にかかった人間は自分の周りの物が、まるで時があっという間に過ぎてしまったように滅びる様子が見えるようになるらしい。つまり動物は一瞬で年老い、植物は枯れ果て、建物は崩れ去るように見えるのだという。もちろん自分も含めてだ。






「まさかそんなことがあるなんて・・・。」


 私の言葉に先生は深刻な顔で頷いた。


「確かに恐ろしいことです。この病に罹った者は皆、生きる意欲をすべて失い、間もなく命を落としたと言います。ただの伝説だとばかり思っていましたがまさか実在していたなんて・・・。」


「確かに今はエルフ族との親交自体がほとんど失われていますからね。知らなくても無理はありません。私も聖女教の古い言い伝えで知りました。」


 私は二人の話を聞いてやっとエマがあんなに取り乱した訳が分かった。瞬きをする間に周りの人たちが一瞬で老いていくのだ。そんな様子を目にしたら、とても正常ではいられなかっただろう。






「その病気を治す方法はあるんですか?」


 私の問いかけに、先生は苦しそうに答えた。


「・・・私は不治の病だと聞いています。テレサ様は何かご存じですか?」


「私も治療法は分かりません。ですがエマの場合は少し事情が違います。原因がはっきりしているからです。」


「原因が?」


「はい。実はエマは夢の中でとても長い時間を旅をするという体験をしているんです。」


 テレサさんはエマが聖女教の秘術によって魂だけの存在となり、ある長命種族の夢に入り込んだという話を先生に聞かせた。


「しかしそんなことをしたら・・・。」


 心配そうに呟く先生にテレサさんはこくりと頷いた。


「もちろんそんなことをすれば人間の魂など簡単に焼き切れてしまいます。人間の精神は長い時間に耐えられるように出来てはいませんからね。」


 エマは眠っている私に助けを求めるため、私の夢の世界を旅したのだ。この世界の始まりと共に生まれた私のこれまでの時間を人間のエマが体験したのだとしたら、その精神的な負担は相当なものだっただろう。


 心配のあまり眠っているエマを見つめていた私に気付いたテレサさんは、安心させるように少し微笑んでから話を続けた。






「ですから私はエマの魂を夢の中に送り込む前に、彼女の記憶の一部をあらかじめ封印していました。エマが実際に体験したのは、その長命種族の夢の極々一部にすぎません。ただそれでも本来なら人間が経験するはずのないほど膨大な時間の中をエマは旅したことになるのです。」


 テレサさんはエマに影響が出ないようにするため、魂が肉体に戻る前にエマの記憶を厳重に封印したという。


「ですがその封印が緩んでしまったようです。原因はおそらく・・・。」


 テレサさんは私の方に一瞬ちらりと視線を送った。何となく分かっていたけど、これもやっぱり私のせいだったみたい。テレサさんは先生に気付かれないよう、私に向かってそっと目配せをした。


 分かっているから、余計なことは言わなくていいですよという彼女の声が聞こえた気がした。テレサさんは言葉を選びながら、先生に向かって説明を続けた。






「私が記憶の封印のために使った力がエマの魔力と近すぎるからでしょう。私とエマの魔力の根源は、基本的に同じものなんです。」


 はい。つまりそれって私ってことですよね?


 ああああ、私って一体どれだけエマに迷惑をかけているんだろう。エマに怖い思いをさせてしまったことを、私はとても申し訳なく思い、思わず頭を抱えてしまった。






 テレサさんはそんな私を見てすこし困った顔をした。でもあえてそれに触れることなく淡々と話を続けた。


「いずれこんなことが起こった時には、記憶の封印をやり直さなくてはならないと思っていました。ただこんなにも早いとは予想外です。理由が分かれば再封印することもできると思うのですが・・・。」


 話を聞き終えたアンフィトリテ先生は、頭を抱える私と困った顔をしたテレサさんを見ながら訳知り顔で小さく頷いた。


「今の話でやっと私にも合点がいきました。記憶の封印が緩んだ原因は間違いなくエマさん自身のせいですね。」


「ええっ、エマのせい?」


 驚く私に向かって先生はにっこりと微笑んだ。


「この秋になってからというもの、エマさんは魔力が急激に成長しているんです。これまではただの成長期だと思っていましたが、今の話を聞く限り原因は彼女の魂の中に貯えられた膨大な記憶と経験でしょう。封印の力がエマさんの成長に干渉してしまっているに違いありません。」


 簡単に言うとエマの魔力が成長しすぎて、テレサさんの作った記憶の封印を内側から押している状態らしい。そのせいで漏れ出た『時の記憶』がエマの目に影響を及ぼしたのだろうと先生は言った。






「じゃあまたテレサさんが封印をかければ、エマの目は元に戻るってことですね?」


 私の問いかけに、先生は頭を振って答えた。


「基本的にはそうですが、それはあくまで一時的な処置に過ぎません。エマさんの魔力が成長すればするほど封印を破る力は強くなりますから。無理矢理抑えつけた記憶が一気に噴き出せば、エマの魂は一瞬で壊れてしまうでしょう。」


 えーっと、つまり封じられた記憶のせいで魔力が成長しているから、記憶を封印すると成長にも封印をかけてしまうことになって、そのせいで封印が破られそうになって・・・?


 うーん、なんだか頭がこんがらがってきた。一体どうすればいいんだろう?


「一番良いのはエマの記憶を消してしまうことなのですが・・・。」


「消せばいいんですね! 早速やりましょう!!」


「待ってくださいドーラさん。それは危険すぎます。」


「なぜですか?」


「封じられたエマの記憶はすでに彼女の魂に定着してしまっているからです。うっかり消してしまうと彼女の人格を大きく損なう可能性があります。」


 テレサさんが言うには最悪、エマが廃人になってしまうかもしれないらしい。そんなのは絶対にダメです!


 私たちは三人して頭を抱えることになってしまった。記憶を消すのは危険すぎるし、根本の症状が改善しない以上、迂闊に再封印することもできない。


 どうにかして安全に記憶を消す方法があればいいんだけど、そんな都合の良い方法なんて・・・ある!! あの方法があるじゃない!!






「テレサさん、アンフィトリテ先生! エマの記憶を何とかすることができるかもしれませんよ!!」


 私は自分が閃いた方法を二人に話した。


「なるほど、そんな方法が・・・。もし協力を得られるなら、確かにその方法は有効かもしれませんね。」


「私では到底思いつかないやり方ですわ。今後のために治療の際には是非、私も同行させていただきたいです。」


 テレサさんとアンフィトリテ先生も私の考えに賛成してくれた。あとは私がお願いすればいいだけだ。多分、大丈夫だと思うんだけど・・・。


 テレサさんにエマの容態を確認してもらった後、私はエマとアンフィトリテ先生を王立学校に連れ帰った。そしてすぐにまた《転移》の魔法を使い、エマを治療するための準備に取り掛かったのでした。

読んでくださった方、ありがとうございました。出来れば元ネタに気付いて笑っていただければありがたいのですが、もしも今回の内容を不快に思われた方がいらっしゃったら申し訳ありません。

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