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Missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
66/93

64 門出

いろいろ迷ったのですが結局こういう結末にしました。ご感想をいただけましたら幸いです。

 カフマンさんが旧グレッシャー領に旅立ってから半月ほどが経った。エマたちは学校の授業が再開され、今はどの学年も季末試験に向けて勉強がとても忙しそうだ。


 そんな秋の2番目の月のはじめ、ついにベルトリンデさんが王都を旅立つ日がやってきた。王様からそのことを聞いた私は、是非見送りをさせてほしいとお願いした。


 出発の日、私はまだ夜も明けないうちから王城の離宮に《転移》で移動した。ベルトリンデさんの出発は極秘事項のため、私がここに来ることはエマたちにも内緒だ。


 待ち合わせ場所の離宮の裏門にはすでに馬車が準備され、ベルトリンデさん一行と見送りに来た王様たちが並んでいた。






「ドーラさん、よく来てくださいました。」


 ベルトリンデさんはそう言って私を迎えてくれた。彼女は元王族とは思えないほど地味で質素な服装をしていた。飾り気のない灰色のドレスを着て、顔を薄い黒のベールで覆っている。私は暗闇でも物を見ることができるから彼女の表情がよく見えるけれど、普通の人間なら彼女が誰か絶対に分からないだろう。


 見送りとしてその場にいるのは私の他、王様とカールさんのお父さんであるハインリヒさん、王様の専属侍女ヨアンナさんの4人だけ。


 極秘だから仕方がないとはいえあまりにも寂しい門出だ。リンハルトくんの姿もなかった。もう別れを済ませてきたのだろう。


 ベルトリンデさんの両脇には、彼女を守る様に彼女の幼馴染だという侍女さんと、黒い甲冑を着込んだ戦士風の人が立っている。全身鎧に身を包み、完全面防フルフェイスの兜を被ったこの人は、王様が直属の護衛として雇った傭兵さんらしい。


 なぜわざわざ傭兵さんを雇ったのかというと、彼女は王族ではなくなってしまうため近衛騎士さんたちを同行させることができなかったからだそうだ。






 物言わぬ傭兵さんを、ベルトリンデさんの侍女さんは気味悪そうな顔でちらちらと見ていた。


 王様によるとベルトリンデさんは反王党派にとって毒にも益にもなり得る『厄介な存在』らしい。だから王様は彼女を守る為に「王国内で最も頼りになる男を雇った」と言っていた。


 確かにこの傭兵さん、身のこなしはとても鋭いし体格もいい。それに少し離れたところからでも分かるくらいの魔力もある。魔力だけで言ったら、カールさんとはとても比べ物にならないくらい強いだろう。


 んん、でもこの傭兵さんから感じる魔力って・・・?






 私が王様に話しかけようとした時、突然兵士さんたちの叫び声がして、離れの通用口がさっと開いた。


「母上様!」


「リンハルト・・・!!」


 通用口から飛び出してきたのは、パウル王子の一人息子、リンハルト王子だった。彼は見張りの兵士さんの制止を振り切ってベルトリンデさんに駆け寄っていった。


 追いかけようとする兵士さんを、ハインリヒさんが手で止める。リンハルトくんは息を切らしながらベルトリンデさんに向かって真っすぐに走ってきた。


 私はてっきり彼がベルトリンデさんに抱き着くのだと思った。でも彼はベルトリンデさんのすぐ手前で足を止め、自分とさほど変わらない背丈をした彼女を正面から見つめた。私たちは皆、息を呑んで彼の様子を見守った。






「母上様、私は・・・、私は・・・!!」


 彼は顔を歪めながら必死に何かを言おうとしていた。でも言葉が詰まって出てこないみたいだった。その様子を見たベルトリンデさんは、身動き一つすることなく彼に向かって淡々と話しかけた。


「リンハルト、私がこれから行くところを知っていますか?」


「・・・いいえ、教えていただけませんでした。」


「そうです。その理由は分かりますね?」


 冷たい声でそう言われたリンハルトくんの体がびくりと震える。


「はい・・・ですが、私は・・・。」


 リンハルトくんは拳から血が滴るのではないかと思うほど強く手を握りしめていた。ベルトリンデさんはそんな彼を無視したまま、私の方に向き直った。






「ドーラさん、ここにいる私たちの姿を周囲から閉ざすことは出来ますか?」


「もちろんできますよ!!」


 私は《領域創造》の魔法を使って、馬車を含めた私たち全員の周囲を魔力の壁で包み込んだ。ちゃんと外から見えないように《幻惑》の魔法もかけておく。この中にいる限り、外から中の様子を見たり聞いたり魔力で探知したりすることは絶対に出来ない。中から外の様子を知ることは出来るんだけどね。


 私がそのことを伝えるとベルトリンデさんは「ありがとうございました」とお礼を言った後、被っていたベールを上げた。そして震えるリンハルトくんの体を強く抱きしめた。






「は、母上様!?」


 驚くリンハルトくんの耳に口を寄せ、彼女は囁くように言った。


「リンハルト、よくお聞きなさい。これから私はバルシュ領の、とある山荘へ向かいます。」


「バルシュ領に!?」


「ええ、バルス山脈の麓の山荘で、小さいけれど美しい場所だそうです。あなたのお父様であるパウル殿下が私のためにとわざわざ用意してくださったのですよ。」


 それを聞いたリンハルトくんは大きく目を見開いた。


「まさか父様・・いえ、父上様が?」


「ええ、故郷を失くした私のために少しでも似た場所を探してくださったのです。あなたのお父様は、私とあなたを本当に大切に思ってくださっている。そのことを決して忘れないで。」


 まるで祈りを捧げるみたいに囁いた彼女の言葉を聞いて、リンハルトくんは一瞬、痛みから救われたように安らな表情を見せた。でも彼はまたすぐに顔を歪め、声を震わせはじめた。






「でも、お二人は・・・私が、私のせいでお二人が離れることに・・・。」


 リンハルトくんは青ざめた顔で小さくそう呟いた。彼の顔は苦痛に歪み、目には涙が光っている。


 それを聞いたベルトリンデさんはすぐに彼から体を離すと彼の両頬にそっと手を触れ、その目をまっすぐに見つめながら強い口調ではっきりと言った。


「それは違いますリンハルト。あなたがいてくれたことで私も殿下もどれほど救われたか・・・。あなたは私たちにとって、かけがえのない大切な存在なのです。」


 リンハルトくんがハッと目を見開くと、溜まっていた大粒の涙が彼の頬を伝って落ちた。ベルトリンデさんはその涙を自分の指でそっと拭った。声を出すまいとしゃくりあげる彼の頬を、ベルトリンデさんは本当に愛おしそうに優しく撫でていた。






「姫様、そろそろ出立のお時間です。」


 そんな二人に、後ろに立っていた侍女さんが声をかけた。彼女の目にも涙が光っていた。きっと彼女も二人をずっと一緒に居させてあげたいと思っているに違いない。


 でもすでに東の空が明るみ始めている。このままでは秘密の出立をたくさんの人に見られてしまう。そう思ったからきっと、彼女は辛い役目を果たすことにしたのだろう。


 その気持ちはベルトリンデさんにもちゃんと伝わったようだ。彼女は侍女さんに「ありがとう」と言うと、リンハルトくんを最後にもう一度強く抱きしめた。


「もうお別れですリンハルト。王国のため、そしてそこで暮らす多くの人を守るためにもっと強く、賢くおなりなさい。あなたならきっとできると母は信じています。」


「母様!!」


 リンハルトくんはお母さんの胸の中で声を殺して泣いている。ベルトリンデさんの目の縁は小さく震え、リンハルトくんと同じ色の瞳には薄く涙が光っていた。






 やがて体を離したリンハルトくんに、ベールで顔を隠したベルトリンデさんは少し声を震わせながら言った。


「バルシュ公爵となったあなたが尋ねてきてくれる日を、母は楽しみに待っていますよ。」


 お母さんのその言葉にリンハルトくんはハッと表情を引き締め、手巾ハンカチで涙をそっと拭い「はい」と頷いた。そして優雅な仕草でベルトリンデさんの後ろに控えていた侍女さんと傭兵さんに一礼した。


「母上様のこと、よろしくお願いします。」


 侍女さんは涙声で「かしこまりました」とお辞儀を返した。傭兵さんはリンハルトくんの前に歩み出ると彼の前に片膝をついて跪き、胸に手を当てて頭を下げた。それはとてもきれいな騎士礼だった。


「ご安心くださいリンハルト様。あなたのお母様のことは、この私が命に代えてお守りいたします。」


 リンハルトくんはこくりと頷くと、二人にお礼を言って見送りの列に並んだ。






 傭兵さんの声を聞いた時、ベルトリンデさんの表情が驚きに変わるのを、私はベール越しにはっきりと見ることができた。彼女はそのことを誰にも悟られないように震える体をまっすぐにし、静かに涙を流していた。


 私は思わず王様の方を見てしまった。それに気づいた王様はそっと指を自分の口に当てると、軽く片目を瞑ってみせた。私は黙って王様に頷き返した。なるほど内緒ってことですね。了解です!


 こうしてベルトリンデさんは王国の西の果て、バルシュ領へと旅立っていった。私は彼女の幸せを祈りながら、その姿を見送ったのでした。











 目立たないように改装された貴人用の馬車が離宮を出て行く様子を王城の尖塔の上から見ながら、ユルクは苛立たし気な声を座っている弟にぶつけた。


「ベルトリンデ殿が旅立っていったようだな。見送りに行かなくてよいのか、パウル。」


 兄の叱責を嘲笑うかのようにゆっくりと左手で酒杯ゴブレットを掲げながら、パウルは兄に言葉を返した。


「辛気臭い愁嘆場など、まっぴらごめんですよ兄上。せっかく父上への報告のために王都へ帰還したのです。あの女の門出にはこうやってわざわざ祝杯を挙げてやっているのですから、興の覚めるようなことをおっしゃらないでください。」


 その言葉が終わらないうちに、ユルクはパウルの持っている酒杯を叩き落とした。銀の酒杯が石の床に跳ね返って甲高い音を立てる。






「ベルトリンデ殿をなんだと思っているのだ!」


 顔を真っ赤に染めてユルクは弟を怒鳴りつけた。パウルは自分の上着にかかった葡萄酒を嫌そうに見ながらむっつりとした表情でその場に立ち上がった。小さな酒卓を挟んで二人の王子が睨み合う。


 錬金術師であるユルクは、王国軍の将軍職を務めるパウルとは比較にならないほど貧相な体つきだ。だが背丈だけはほとんど変わらない。二人は目に憎しみを込めて互いを睨み合った。


 しんと静まり返った室内で二人の間にじわじわと殺気が満ちていく。ユルクが腰に下げた短杖にそっと手を当てたのを見て、パウルも護身用の短剣に僅かに指をかけた。


 まさに一触即発。パウルの護衛を務める王国軍の精鋭騎士たちと、王太子ユルクを守る近衛騎士団も互いの動きを探る様に静かに身構えた。小さなきっかけでもあればすぐにでも死闘が始まる。そんな緊張が両者の間に高まっていく。






 だがその緊張が最高潮に達する寸前、パウルはふっと肩を竦めて両手を広げ、また椅子にどさりと腰を落とした。酒卓の上にあった予備の酒杯に自ら酒をなみなみと注ぎ一気に呷る。


 口の端に滴ったグレッシャー産の最高級葡萄酒をパウルが上着の袖で拭うのを見て、王太子の侍従たちが苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。いくら実の弟であるとはいっても、その態度は次期国王に対しては無礼極まりないものだからだ。


 もちろん主人を愚弄されたと感じたのは侍従たちばかりではない。近衛騎士団も怒りで顔を歪ませ、王国軍の騎士たちを睨みつける。だがそんな彼らを王国軍の精鋭騎士たちは、せせら笑うような表情で見返した。


 自分の取り巻きの様子を満足そうに眺めた後、パウルはふざけた態度で左手に持った酒杯を掲げ、乾杯の仕草を取った。






「なんだと思っているかですって? そんな分かり切ったことを聞くのですね。」


 怪訝そうに眉を顰める兄の表情を楽しみながら、パウルは子供に噛んで含ませるように、小馬鹿にした口調で兄の問いかけに答えた。


「あいつは今回の反逆事件でケチが付いた挙句、後ろ盾すらも失ったただ役立たずな女です。これ以上、あの女と一緒にいても私には何の益もありません。だから次に娶る時はもっと私にとって有益な女を選ぶつもりですよ。例えば・・・あのドーラのような、ね。」


 ドーラの名前を口にした時、パウルは兄の表情が僅かに動いたのを見逃さなかった。ユルクは固い声で再び弟に問いかけた。






「・・・なぜそれほどに力を望む?」


 パウルは再び酒杯に酒を注ぎ込むと、また一気に呷った。そして左手に持った酒杯を兄に突きつけるように差し出した。


「兄上には決してお分かりにならないでしょう。ただ後に生まれたというだけで望むものを得られない虚しさと屈辱はね。」


 室内に重い沈黙が下りる。パウルは酒杯を卓上に置くと、右手で自分の短刀を弄びながら呟くように言った。






「私は、私が本当に望むものを手にすることができない。そのためにはもっともっと大きな力が必要なのです。」


「パウル、お前・・・!」


 ユルクが弟の言葉に唖然としてそう呟くと同時に、彼の筆頭侍従がパウルに向けて鋭い糾弾の声を上げた。


「パウル殿下! 恐れながらそのお言葉、王家への反意ありと取られかねませんぞ!」


 その言葉に再び両者の配下たちが色めき立つ。だがすぐにユルクは手を上げてそれを制した。そして弟に向かって静かに語りかけた。






「パウル、先ほどの私の振る舞いについては謝罪する。すまなかった。」


 小さく頭を下げた王太子の姿に周囲の者たちはハッと息を呑んだ。兄の謝罪を受けパウルも居住まいを正して答えた。


「・・・よいのです兄上。私も少々言葉が過ぎました。」


 ユルクはパウルの真向かいの席に腰かけた。


「頭を冷やして少し二人だけで話さないか?」


「望むところです。」


 二人はそれぞれの配下の者たちに自らの杖や剣、護身用の短刀を預けた。そして二人以外の人間をすべて部屋から出すとユルクは《消音》の魔法を使い、室内の音を遮断した。


 慎重に周囲の様子を確かめた後、ユルクは目の前に座った弟に語りかけた。






「パウル、あの最後の言葉はなんだ?」


 さっきまでのやり取りとは全く違う、いつも通りの家族を案ずる声。パウルは思わず小さく笑みを漏らした。


「言葉通りの意味ですよ、兄上。私はどうやら本当に欲しいものを取り逃してしまう性分のようなのです。」


 パウルは心配性の兄を安心させるようにおどけた調子でそう言った。ユルクは弟の顔をじっと眺めていたが、やがて大きく息を吐いた。


「・・・一体、いつまでこんなことを続けるつもりなのだ?」


「母上の命を奪った者たちをこの国から一掃するまでです。あの葬儀の日、二人でそう誓い合ったではありませんか。」


 自分を心から心配してくれる兄の問いかけに、パウルは淡々と答えた。ユルクは歯痒さを隠そうともせず立ち上がると、酒卓に手を軽く叩きつけた。






「確かにあの日、私はお前と約束した。臣下たちに仲違いをしている様を見せつけ、貴族たちの中に潜む本当の敵の正体を探ろうとな。あの時の私たちには何の力もなかったからだ!!」


 彼は拳を握りしめ、弟に強い口調で語りかけた。


「だが今はもう違う。王家の力はこれまでにないほど強くなった。ある程度、敵の目星もついたではないか!! もういいだろう、いくら何でもこれは・・・!!」


 だがパウルは静かに右手を上げ、兄の言葉を遮った。


「だからこそですよ、兄上。ようやく敵の全貌に手が掛かるところまで来たのです。あともう少しの辛抱なのです。」


 その言葉にユルクは顔を歪め、拳をぐっと握りしめた。だが結局、何も言うことなく再び椅子に腰を下ろした。彼は疲れたように大きく息を吐きだした後、上目遣いに弟を見上げながら言った。






「私はお前が不憫でならないのだ。」


 それに対してパウルは何も答えず、ただそっと兄から視線を逸らした。ユルクは弟に問いかけた。


「ベルトリンデ殿を愛していたのだろう?」


 パウルは彫像のように動きを止めたままじっと黙り込んでいた。だがやがて言葉を選ぶかのようにゆっくりと口を開いた。


「・・・私は最後まで彼女を救ってやることができませんでした。彼女は私と王家のために本当によく尽くしてくれた。リンハルトの将来が決まったことで、もう彼女を解放してよいと思ったのです。」


 長い髪に隠れて見えない弟の横顔を、ユルクは痛ましい思いで見つめた。






「父上と結託してあの男の命を救ったのもそのためか?」


 パウルは兄に向き直り小さく頷いた。


「このままでは行かせたら彼女が自ら死を選ぶかもしれないと思ったからです。彼女を支えていくためには彼が必要なのですよ。」


 そう淡々と語った後、彼はゆっくりと酒杯に酒を満たした。そして半分飲み干した酒杯を兄に差し出しながら、彼は寂しい微笑みを浮かべた。


「彼女には幸せでいてほしいのです。」


 ユルクは差し出された酒杯を受け取り残りの酒を飲むと、再び弟に空の酒杯を返した。







「お前は賢い。だが・・・本当に愚かだよ。」


 兄の呟きにパウルはフッと自嘲の笑みを漏らした。ユルクは大切な弟がこのまま目の前から消えてしまいそうな気がして、思わず声をかけた。


「どうかバカなことを考えないでくれよ。この国、いや私にはお前が必要なのだ。」


「・・・ご忠告感謝いたします、兄上。」


 パウルはさっと立ち上がると、兄に向かって恭しく一礼してみせた。もうこれ以上は何を言っても無駄だと悟ったユルクは、顔を顰めて弟に問いかけた。






「ところで先ほどの名前が出ていたがお前、ドーラ様のことをどう思っているんだ?」


 虚を突かれたような表情をした後、パウルはその問いかけを面白がるように両手を大きく上げて肩を竦めてみせた。


「さっき言ったでしょう? 本当に望むものはいつだって手に入らないものだって。」


 ユルクは本当に楽しそうな笑みを浮かべる弟を見ながら言った。


「左が虚偽、右が真実。あの日、二人で決めた符丁だったな。だが今のはどっちだ?」


 パウルはその問いに応えることなかった。彼は黙って笑いながら扉の前まで歩くと、そのまま扉を蹴破るようにして部屋を出ていった。それを見たユルクはため息を吐きながら《消音》の魔法を解除した。






「行くぞ。下らん説教で酔いが覚めてしまった。私の屋敷で飲みなおすとしよう。王都中からきれいどころを集めてな。」


 怒りをはらんだ声で配下の騎士たちに怒鳴りつけたかと思うと、パウルはドカドカと足音を立てながら大股で歩き去っていった。 


「パウル!!」


 無礼な態度で出て行った弟の背中にユルクは怒りの声をぶつけた。遠ざかっていく背中を見つめる彼に、侍従の一人が阿り声で囁いた。






「ユルク様、いかに弟君とはいえあの態度は許しがたいものです。王家に対してよからぬことを企てる前にご決断なさる必要があるのではございませんか?」


「・・・ふむ。確かにお前の言う通りかもしれん。だがパウルは手強い相手だ。一筋縄ではいかぬだろう。」


 内心の不快感を押し隠してそう言った彼に、侍従は目を細めてみせた。


「ご心配なさる必要はございません、ユルク様。王太子であるあなたに味方したいと思う人間を私はちゃんと把握してございます。私に一声かけていただければすぐにでもその者たちが・・・。」


 小狡い笑みを浮かべる侍従に対し、ユルクは相好を崩して見せた。


「おおそうか、それは頼もしい! 王国の将来にはお前のような者が必要なのだ。その忠心、これからも頼りにさせてもらうとしよう。」


「もったいなきお言葉、身に余る光栄でございます。すべては王と王国の未来のため。わたくしはいつでもユルク様の味方でございます。」


 恭しく頭を下げる侍従。ユルクは口元に薄く笑みを湛えながら自らの執務室に向かうため、供回りのものと共に尖塔の階段を降り始めた。






 王国の腐敗に集る蛆虫どもめ。私とパウルがいつの日か必ず、お前たちを一人残らずこの国から駆逐してやるからな。


 燃え滾るマグマのような昏い決意を心に秘めながら、ユルクは先ほどの侍従を側に呼び寄せ「詳しく話を聞かせてくれぬか」と囁きかけた。


 侍従はホクホクした顔で声を潜めて話し始めた。その不快な声を聞きながらユルクは、心の奥底にしまった要注意人物一覧ブラックリストに、次々と新たな名前を書き加えて行ったのだった。

読んでくださった方、ありがとうございました。本当はこのエピソード、本編の方に書く予定だったのですが、リアルの事情で断念していた部分です。だからやっと宿題が終わった気持ちです。次回からはドーラさんがあちこち出かけていくような、もう少しほのぼのした内容のものを書いていき、90話くらいで終わりたいと思っています。よかったら続きを読んでいただけると嬉しいです。

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