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missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
65/93

63 復興に向けて

今回、いつもよりも短めです。重い話が続きましたので、箸休め的な感じで読んでいただければ幸いです。

 美しい秋晴れの空の下、すっかり黄色く色づいた白樺の林を抜けてクベーレ村の門へ入った私を出迎えてくれたのは、羊飼いの男の子が飼っている茶色くて大きな犬のブラウちゃんだった。


 ブラウちゃんは足元に駆け寄ってきて私の周りをぐるぐる回った後、きちんとお座りして私を見上げた。いつものまじない師の長衣を手繰り寄せ、しゃがみこんでブラウちゃんを撫でていたら、聞き覚えのある元気な声が私の耳に届いた。


「女神様!」


 羊飼いの男の子は満面の笑みを浮かべて私の所に走ってきた。私が立ち上がり彼に話しかけようとすると、一人の女性がこちらに歩いてくるのが見えた。


 多分、マリーさんよりも少し年上のような気がする。整った顔をしている彼女はとても瘦せていて顔色があまり良くなかった。


 女の人は私に向かって深々と頭を下げたので、私も同じように頭を下げた。男の子は女の人に駆け寄ると、彼女を気遣うようにそっと彼女の手を握った。彼女は男の子の髪を一撫でして「ありがとう」と言った後、私に向き直った。






「この子を救ってくださったそうですね。本当にありがとうございました。」


 彼女は私にそう言ってまた頭を下げた。私は男の子に尋ねた。


「この人は?」


「俺の母ちゃんだよ。秋の初めごろに帰ってきたんだ。」


 彼のお母さんの話によると彼の家族は村にやってきた兵士たちに領都に連れていかれてからずっと、オキーム草を育てる秘密農場で働かされていたらしい。その間の暮らしは酷いものだったという。


 でも夏の最初の月が終わる頃、突然農場が閉鎖されることになり家族はバラバラにされてしまったそうだ。彼女は他の女性たちと一緒に領都にある収容所へ閉じ込められた。


 その後、王国衛士隊に救出されるまでの間ずっとそこにいたそうだ。収容所ではろくに食べ物も与えられなかった上に、オキーム花毒を定期的に投与されるなどの虐待を受けたという。






 助け出された時、生きているのが不思議なくらい弱っていたため、彼女は救出後も王国軍が設営した仮設の施療院でしばらく寝たきりの生活だった。でも王様が作った花毒治療薬のおかげで何とか一命を取り留め、別の療養所に収容されていた息子さん(男の子の3つ年上のお兄さん)と再会することができたそうだ。


 ただ彼女たちと一緒に領都へと連行された男の子のお父さんとお姉さんは、どこを探しても見つからなかった。男の子のお母さんとお兄さんは仕方なく、王国軍が用意した馬車に乗って村へ帰ってきた。その後、再会した家族でお父さんとお姉さんを待ち続けたけれど、二人は帰ってこなかったという。


 お母さんが話すのを、羊飼いの男の子は目に涙を一杯溜めてじっと聞いていた。話が終わると、彼は服の袖でごしごしと涙を拭いた


 私が彼に「大変だったね」と言うと彼はこくんと頷いた後、私に言った。






「でも父ちゃんと姉ちゃん、ちゃんと俺たちにお別れを言いに来てくれたんだ。」


「えっ!? それどういうこと?」


 私が驚いたのを見て男の子は少し笑顔を浮かべた。そしてその時のことを話してくれた。


 それによると夏の最後の日の夜のこと、そろそろ床に就こうと準備をしている時に突然、金色の光に包まれたお父さんとお姉さんが彼の家に現れたらしい。


 二人は驚く男の子たちに向かって自分たちはこれから天へ旅立つと伝え、家族に別れの言葉を残していったのだという。お父さんは男の子に自分の代わりに母さんを大切にしてくれと言ったそうだ。






「父ちゃんと姉ちゃん、俺たちのこと空からずっと見てるって言ってくれたんだ。そんで最後に俺のこと愛してるって言って抱きしめてくれた。二人はとっても温かかった。俺、二人の言ってくれたこと、絶対に忘れない。二人の分まで俺が母ちゃんとこの村を守っていくんだ。」


「偉いね。私もお手伝いさせてね。」


 私がそう言って彼の柔らかい髪をくしゃくしゃと撫でると彼は「うん」と頷いた。見る見る目に涙が浮かべた彼を、彼のお母さんが自分の体にぎゅっと抱き寄せた。彼女はしゃくりあげる男の子の背中をゆっくりと撫でながら、私の方に顔を向けた。






「私、あなた様を領都でお見掛けしました。」


「ええっ!?」


 彼女が私を見たのは、私が兵士さんたちに薬を届けに行った時のことだったみたい。彼女は兵士たちが私について噂話をしているのを夢現のまま聞いていたそうだ。


 どこからともなく薬を手に入れてくる仮面のまじない師のことを、兵士さんたちはとても不思議がっていたと彼女は教えてくれた。そんな噂になってるとは全然知らなかったので、私はとても驚いてしまった。


 彼女はそんな私の様子を見て小さく笑った。そして自分の胸の中にいる男の子の髪を優しく撫でながら言った。


「この子からあなた様のお話を聞いて、やっと理由が分かりました。あなた様がこの領を救ってくださったんですね。本当にありがとうございました。」


「いいえ、そんな!! 私はほんの少しお手伝いをしただけです!」


 彼女は何も言わず穏やかな笑みを浮かべながら、深々と頭を下げた。ふと気が付くと私たちの周りにはいつの間にか村の人たちが集まっていて、同じように頭を下げていた。


 今までに見たことのない人たちも増えているから、きっと男の子の家族のように領都から戻ってきた人たちなのだろう。戸惑う私の前に村長さんが進み出て言った。






「ドーラ様、秋の半ばには今年の新酒ができます。人手が足りなかったので量は少ないですが是非、味わいにいらしてください。村を上げて歓迎させていただきます。」


 村長さんも村の人たちもニコニコしながら私のことを見ていた。その顔を見ていたら、なぜだか急に涙が溢れてしまいそうになった。私は慌てて半仮面越しにそっと目を押さえた。


「はい、絶対にまた遊びに来ますね!」


 私は村の人たちと別れ、門を出て街道へ続く山道を降りた。門まで見送りに来てくれた羊飼いの男の子は、お母さんとお兄さんの間に立って森に入って私の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。











 ハウル村に帰ってカールさんにクベーレ村での出来事を話すと、カールさんが王国軍の伝令さんから聞いたという話を教えてくれた。


 それによるとどうやら金色に光る人たちが最後の別れを言いに来たのはクベーレ村だけではなかったらしい。旧グレッシャー領で犠牲になった人たち全員があの日、残された家族や友人の下に現れたのだそうだ。


 彼らは驚く家族たちに「大地母神様のお力で別れを言いに来ることができた」と話したという。不思議な現象に驚き、突然の別れに悲しみながらも、穏やかな表情で別れを告げる家族の姿に多くの人たちが救われたと聞いて、私はとても嬉しくなった。


 ただ嬉しい事ばかりではなく、旧グレッシャー領にはまだまだ心配事があるのだとカールさんは私に話してくれた。






「旧グレッシャー領ではこれから冬越しの食糧が不足する可能性が高いのです。」


 旧グレッシャー領は峻険な山に囲まれた土地のためにただでさえ食糧が不足しがちな場所らしい。それなのに春から夏にかけての農繁期に、各村々では人手が足りずほとんど作物の収穫ができなかった。


 その上、生き残った人たちが村に帰ってきたことで、ますます食糧不足に拍車がかかりそうなのだという。


「当面は領都に子爵が備蓄しておいた糧食を王国軍が配給することで乗り切れるでしょうが、冬の間ずっとというわけにはいかないでしょうから・・・。」


 資金面でも労力の面でも王国軍にそれだけのゆとりはないとカールさんは言った。王国軍を運営する王家は今、昨年の王都襲撃事件や今回の反逆事件のために深刻な資金不足に陥っているらしい。


 確かにたくさんの人に配った花毒治療薬の材料だって、全部王様が準備してくれたんだった。でもこのままだとせっかく助かった人たちがまた死んでしまうことになる。うーんどうすればいいんだろう。






 私のお金で何とかできませんかと言うと、カールさんは顎に右手を当てたままじっと考え込んだ。やがて顔を上げた彼は私に言った。


「そうですね。官でどうにもできないなら、民の力に頼るしかありません。カフマンに相談してみましょう。」


 私たちは《集団転移》ですぐに王都のカフマン商会に向かった。カフマンさんと秘書のペトラさんは突然訪ねてきた私たちにとても驚いていたけれど、すぐに話を聞いてくれた。


 店の中にある商談用の小部屋でカールさんの話を聞いたカフマンさんは、パッと顔を輝かせてペトラさんと顔を見合わせ合った。


「いいことを教えてもらって助かったよ、カール!! ペトラ、すぐに準備を始めてくれ!!」


「はいよ! あんたもね!!」


 ペトラさんはあっという間に部屋を飛び出して行ってしまった。そしてすぐに店の人たちが大騒ぎする声が聞こえ始めた。






「反逆事件のせいで情報が統制されてたから、俺もあの領のことはずっと気になりながら動けずにいたんだ。カール、ドーラさん。旧グレッシャー領のことは俺に任せてください。商会うちの総力を挙げて、一人の餓死者も出ないようにしてみせますよ。」


 カフマンさんはそう言って自分の胸をポンと叩いてみせた。私がお礼を言うと彼はキリっとした表情で「礼には及びませんよ、ドーラさん。逆にこっちがお礼を言いたいくらいです」と言ってくれた。


 私がどうしてカフマンさんがそんなに喜んでいるのか分からないでいると、カールさんが彼に心配そうに声をかけた。


「カフマン、本当に大丈夫か? あの領は今、荒廃しきっている。物資を運び込んだとしても収益の望みはないぞ?」


 するとカフマンさんはカールさんに向かってグイっと胸を張って、ニヤリと笑った。






「そりゃあ役人の考えだなカール。荒廃しきっているからこそ、俺たちにはチャンスがあるのさ。」


 彼はそう言って私とカールさんにいろいろと自分の考えを説明してくれた。細かいことは分からなかったけど、話をまとめると新しい販路開拓に加え、今後の復興事業で大きな商売ができそうだということらしい。


 それを聞いたカールさんは軽く顔を顰めた。


「お前の言うことは分かる。だが儲けが出るようになるまで一体どれくらいかかるか・・・。」


「それでも儲かるようにするのが商人の腕の見せ所ってやつさ。『損して得とれ』って言葉もあるくらいだからな。」


 そう嘯いたカフマンさんを見て、カールさんは呆れたように小さく息を吐いた。






「・・・まったく。そんな危ない橋を渡ろうとする大商会の会頭なんてお前くらいのものだろう。」


 苦笑するカールさんに、カフマンさんも同じように笑い返した。


「違いない。だけど他の奴がやらないことだからこそ、そこに新しい商売の種があるもんなのさ。一応勝算もあるんだよ。それに万が一失敗しても、俺たちが運んだ物資でグレッシャーの連中が助かれば御の字じゃねえか。」


「だがお前はどうなる? そうなれば心血注いだ店をすべて失うことになるんだぞ。」


 カールさんの言葉に私は驚いてしまった。そんなに大変な覚悟が必要なものだとは思わなかったからだ。でも心配するカールさんと私に、カフマンさんはハハハと笑ってみせた。


「それならまた行商人に戻るだけさ。失敗したって命まで取られるわけじゃない。ケツまくって逃げだしゃあそれで終わりさ。俺たちは王様や貴族とは違うからな。だから平民の俺は貴族のカール様にしかできないことを頼みたいんだ。」


 彼はそう言ってカールさんに、旧グレッシャー領へ物資を運搬するための特別通行証を取るために口利きをしてほしいと言った。






「今持っている商業ギルドの通行証じゃダメなのか?」


「できれば封鎖されてる地区でも出入りできるような強力な奴が欲しい。元々別の商会が販路を持ってた場所だし、俺たちが入り込んだら確実に揉め事が起きるだろうからな。そいつらを一発で黙らせてやるくらいのお墨付きをもらえたら言うことはねえ。それさえあれば、後は俺が何とかしてみせる。」


 カフマンさんは何かを試すようにカールさんをじっと見つめた。カールさんは黙って彼を見つめ返した。私はドキドキしながら二人を見守った。やがてカールさんがゆっくりと口を開いた。


「・・・複数の領を経由する特別通行証を発行できるとすれば王家しかない。各貴族家との交渉が不可欠だからな。ましてや反王党派貴族に取り囲まれている旧グレッシャー領へ荷を運ぶとなれば・・・。」


 一度意味ありげに言葉を切った後、カールさんは口の中で「商圏横断か、策士だな」と小さく呟いた。そんな彼にカフマンさんは軽く肩を竦めてみせた。






「分かった。陛下に反王党派と交渉していただくよう上奏してみる。デッケン伯爵も今回の件は出来るだけ穏便に済ませたいはずだ。難民救済のための通行証と通商権利書を王家が発行する代わりに、資金はすべてカフマン商会が負担する。それで問題ないな?」


 カールさんがそう言うと、カフマンさんは恭しい仕草で深々と頭を下げた。


「私のような下賤のあきなにんの願いを聞き届けていただき、ルッツ子爵閣下には感謝の言葉もございません。」


 カールさんは盛大に顔を顰め、頭を上げたカフマンさんの肩を拳で軽く突いた。


「私はすぐに王城へ向かう。二日後の朝には出立できるよう、準備をしておいてくれ。」


「仕事が早くて助かるぜ。持つべきものは働き者の貴族の親友だな。それでなカール、もしよかったら通行税の減免証も発行してもらえるよう陛下に・・・。」


 ずるい笑顔でそう言いかけたカフマンさんの顔の前に、カールさんは人差し指を一本立てて右手を突き出した。






「それは今回の仕事を無事にやり遂げてから、自分で陛下に交渉するんだな。せっかく王家と直接のつながりができるんだ。これ以上、この件で私が何かすることはない。」


 怖い顔できっぱりと言ったカールさんに向かって、カフマンさんは嬉しそうに笑った。


「やっぱりお前は不器用だな。他の貴族なら仲介料名目で俺からいくらでも金を引き出そうとするところだろ?」


「私は確かに不器用かもしれん。だがお前はお前で冗談が過ぎる。相手がお前でなかったらこの場で斬っているところだ。」


 二人は見つめ合い、どちらからともなくフッと笑みを漏らした。


「俺はお前のそういうところを信頼してるのさ、カール。」


「それはお互い様だなカフマン。だが気を付けろ。親友が商売敵に殺されたなんて話は聞きたくないからな。」


 カフマンさんはカールさんとがっしり握手をした後、私に「絶対成功させますから、期待しててくださいドーラさん!」と言って、部屋を出て行った。私は《集団転移》でカールさんを王城に送り届けた後、ハウル村に戻った。






 カフマン商会の大規模な隊商が旧グレッシャー領へ向けて王都を出発したのは、それから2日後の朝のことだった。私は自ら隊商を率いるカフマンさんを見送りに行った。私の使ったありったけの守りの魔法に対してお礼を言った後、彼は手を振りながら王都西門を出て旅立っていった。


 その後カフマンさんは、途中大変な思いをしながらもその困難な仕事をやり遂げた。そのおかげで旧グレッシャー領の人たちは、無事に厳しい冬を乗り越えることができたのだった。


 カフマン商会はこの仕事でそれまで蓄えていた財をほとんどすべて失ってしまった。それまで羽振りの良かったカフマンさんが必死に金策に走り回る姿を見て、他の商会の人たちは欲をかいてバカなことをしたからだと嘲笑った。


 数年後、彼はこの新たな販路を生かした北方の異民族やドワーフ族との交易に成功し、失った分を補って余りあるほどの莫大な利益を得ることになる。けれど、それはもう少し先の話なのでした。

読んでくださった方、ありがとうございました。次回はベルトリンデさんの旅立ちのお話です。長かったこのエピソードの最後のお話になります。よろしくお願いいたします。

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