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missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
52/93

51 村の秘密

今書いているこのエピソードは60話目で終わる予定です。終わりに向けて今から、少し詰め込んでいきます。読みにくくなるかもしれません。すみません。

 私は怒りに任せて魔力を開放し男の人たちに酷いことをしてしまった。でもそんな私に、クベーレ村のおじいさんは「女神様、お救いください」と言って、深々と頭を下げた。


 私は戸惑いつつも、おじいさんに答えた。


「えっと、私でできることであればなんでもお手伝いしますけど・・・その前にこの領のことを話してくれるんでしたよね?」


「はい。すべてお話いたします。こうなってしまってはもう、女神様のお力に縋るしか村を守る手段はありません。」


 おじいさんは地面に跪いたまま、顔だけを上げて私にそう言った。他の村の人たちは平伏したまま、身動き一つせずに私たちの話をじっと聞いている。






 しんと静まり返った夏の太陽の下、おじいさんはすごく真剣な目で私を見つめ、重々しい口調で話し始めた。


「実はこの領では今・・・。」


「あ、ちょ、ちょっと、待ってもらっていいですか!?」


 でも私は両手を大きく振って、おじいさんの話を止めた。急に話を遮られたおじいさんは呆気にとられた顔で私を見た。他の人たちも驚いて顔を上げ、何事かと私の方を見ている。


「え・・・いや、はい、わしらは構いませんが・・・。」


 おじいさんは戸惑った様子で私にそう言った。私はおじいさんにお礼を言い、膝に抱えていた男の子とブラウちゃんをそっと地面に横たえた。


 そして「すぐに戻ってきますから!」と叫んで立ち上がり、大急ぎでその場から離れた。






 私が逃げ出したのは、きっとこのまま話を聞いてもちゃんと理解できないだろうと思ったからだ。おじいさんのあの様子だと、きっと領の秘密に関わるすごく複雑な話になるに違いない。


 そんなに複雑な事情なら私が一人で聞くより、王国の事情に詳しい人が一緒にいた方が絶対にいい。私は村の人から見えない場所まで来るとすぐに《転移》の魔法を使った。行先はもちろんハウル村だ。


 西ハウル村北門の衛士隊詰め所の近くに移動した私は、衛士さんたちへの挨拶もそこそこに扉を通って文官さんたちのいる事務室に飛び込んだ。


「カールさん!!」


 急に飛び込んできた私に驚いて、部屋の中にいた人たちが一斉に私の方を見た。






「なんだ、ドーラ姐さんですかい。何事かと魂消ちまいましたぜ。」


 誰よりも素早く反応して短剣を構えていたヴィクトルさんが、安心したように武器を腰のベルトに戻す。私はみんなに「驚かせてごめんなさい」と謝った。


「ドーラさん、どうしたんですか急に。今日はクベーレという村に行くとリアが・・・。」


 部屋の奥の執務机に座っていたカールさんは、立ち上がって私の方に近づきにこやかに話しかけてきた。けれど、すぐに私の表情に気づいて真剣な調子で尋ねてくれた。


「何かあったんですね?」


「そうなんです。村の人たちが大変なことになってて・・・!! 一緒に来てもらえませんか!?」


 彼は迷うことなく「わかりました」と頷くと、すぐ手の届くところに置いてあった二振りの剣を取り上げ、腰に履いた。


 そして補佐役のステファンさんに向かって「後を頼めるだろうか」と語りかけた。






「もちろんです子爵様。すべてお任せください。」


 ステファンさんは満面の笑みでそう答えると、ちらりとヴィクトルさんに目を向けた後、深く頭を下げた。


 ヴィクトルさんは「ぐぬぬ」と小さく呻いて彼を睨み返したけれど、ステファンさんは涼しい顔でその視線を無視している。


 カールさんはステファンさんの言葉に小さく頷くと「状況次第ではしばらく帰ってこられないだろう。兄上へもそう伝えておいてくれ」と頼んでから、次にヴィクトルさんの方へ向き直った。


「ヴィクトル、荒事になるかもしれない。一緒に来てもらえるだろうか。」


「水臭いですぜ、アニキ!! 来いって言われりゃあ、地の果てまでだってついて行きまさあ!!」


 ヴィクトルさんはすごく嬉しそうに声を上げ、大きく両手を広げた。


 今度はヴィクトルさんが「ふふん」と鼻を鳴らしてステファンさんを見下みおろす。ステファンさんはそれを無視していたけれど、ほんのちょっと耳が赤くなっていた。






「ではすぐに出発しましょう。」


 私たちはカールさんと一緒に事務室を出ると、北門から村の外へと向かった。


「アニキ、どっか遠くの村に行くんですよね? 馬を連れて行かなくていいんですかい?」


 戸惑った様子で尋ねるヴィクトルさんをカールさんは手で軽く制し、街道を逸れて近くの木陰に入り込んだ。


「この辺りなら大丈夫でしょう。ドーラさん、お願いします。」


「わかりました。二人とも、私の手をしっかりと握ってください。」


 カールさんが私の右手を取るのを見て、ヴィクトルさんは怪訝な顔をしながら私の左手を握った。






 ヴィクトルさんはその大きな手で私の手を握りつぶしてしまわないよう精一杯気を付けて、そっと私の指に触れている。


 でもこのままでは魔法の途中で手が離れてしまうかもしれない。私は彼の手をしっかりと掴んで握りなおした。


「では行きます。少しふらっとしますから気を付けてくださいね。《集団転移》!」


「え、ちょっと待ってください。一体・・・ひょえっ!?」


 ヴィクトルさんのヘンテコな悲鳴と共に、私たちの視界がオークの森の木陰から寂れた村の入り口へと切り替わった。






「な、なんですかこりゃあ、ま、魔法?」


「驚かせてすまない。ドーラさんの《転移》の魔法だ。他の者には秘密にしておきたい魔法なので、あの場では話せなかったんだ。」


 カールさんの言葉を聞いて、ヴィクトルさんは顔をぱあっと輝かせた。


「もしかして一瞬で遠くへ移動する魔法ですか! すげえ! さすがはドーラ姐さんですね!! 分かりました。この魔法のことは、絶対に誰にも話しませんぜ!」


 彼は厚い胸板を拳でドンと叩いてみせた。私は彼に尋ねた。


「気分が悪かったり、めまいがしたりしませんか? この魔法を使うと具合の悪くなる人もいるんですケド・・・。」


「いや、俺は別に何ともないですぜ?」


 彼は首をくいっと捻った後、ガハハと大声で笑った。私は彼のその様子を見て、何となくあの茶色くて大きな犬のブラウちゃんに似ているなと思った。






「実はハウル村の中にも何人かは、この《転移》のことを知ってる人がいるんです。誰が知っているか、帰ったら説明しますね。」


「え、そうなんですかい? ・・・もしかしてステファンの野郎も知ってたんですか?」


 私の言葉を聞いた彼は声を潜め、上目遣いをしながらカールさんに尋ねた。


「いや、彼には話していない。貴族である彼に、ドーラさんの秘密を明かすことはできないからな。」


「そうですかい! あいつは知らねえんですね! ウシシ、そりゃあいいや!!」


 カールさんの説明を聞いて、ヴィクトルさんはすごく嬉しそうに笑う。そんな彼にカールさんが釘を刺した。






「ヴィクトル、ステファンにはこのことは内緒だぞ。いいな?」


「へっ? も、もちろん承知してまさあ!! 絶対言わねえから安心して下せえよ、アニキ!」


 ちょっと慌てた様子でそう言ったヴィクトルさんを、カールさんは心配そうに見つめていた。けれどすぐに小さく苦笑いを浮かべると私の方に向き直り「では行きましょう。案内をお願いします」と言った。


 私は二人を先導して村の中へ入った。ちらりと後ろを振り返ると、カールさんの後ろをついてくるヴィクトルさんが大股で機嫌よく歩いているのが見えた。


 今にも口笛でも吹きだしそうな感じだ。カールさんと一緒に出掛けるのが、よほどうれしいらしい。


 その時、私はなぜか「すぐにステファンさんにも《転移》のことを知られてしまうんだろうなあ」と思ったのでした。










 村の中の広場に差し掛かると、さっき私が出て行った時と同じようにおじいさんたちが待っていてくれた。みんなは私の後ろを歩くカールさんとヴィクトルさんのことを心配そうに見つめている。


 羊飼いの男の子とブラウちゃんはその場からいなくなっていた。けれど周囲の気配を探ると、すぐ近くの家の中に誰かと一緒にいるのがわかった。誰かが広場から運んで、看病をしてくれているのかもしれない。






「・・・酷いな。これはドーラさんが?」


 カールさんの呟きにハッとして顔を向けると、彼は私が気絶させた無精髭の男の人の脇に跪いていた。


 私が怒りに任せて魔力を叩きつけたせいで、男の人の手足はすべてあらぬ方に折れ曲がってしまっている。おまけに大柄だった体は病人の様に痩せ細り、汚れた皮膚は水気を失って皺が寄っていた。


 すっかり白くなった髪も抜けてまばらになっているので、パッと見るとひどく年を取った本当のおじいさんの様に見える。






「あ、はい、えっと・・・そうです。ごめんなさい。」


 私は何とも言えない気持ちになり、小さな声で謝った。


「うっわ、こりゃあエグイっすね。一体何やったら、こんなになっちまうんですか・・・。」


 ヴィクトルさんは顔を顰め、他の男の人達の体を足でごろりと転がしながらそう言った。転がった男の人は完全に意識を失っているため、何の反応も示さない。


 気配で彼らがかろうじて生きているのは分かる。けれど《睡眠》の魔法で深く眠らせているので、魔法を使った私でさえ一瞬、死んでしまったのではないかと錯覚してしまうような有様だ。


 私がもう少し我慢できていたら、あるいはもう少し上手に立ち回れていたら、こんなことにならなかったのに。私はさっきまでの自分の行動をとても深く後悔させられた。





 村の人たちが見守る中、しゃがみこんで男の人たちの様子を調べていたカールさんが立ち上がった。


「この者たちは生命力が急激に失われたせいで一時的に老化した状態のようですね。適切な治癒を行って時間をかければ、やがては元に戻るでしょう。」


「そうなんですか!? よかった・・・!」


 私は心底安心して大きく息を吐いた。カールさんは優しく笑って私に言った。


「今はぐっすり眠っているようですから、問題ないでしょう。まずは村の者に話を聞きましょう。」


 私は頷いて、二人と共に村の人たちの前に進み出た。






「あの、女神様、こちらの方々は・・・?」


 そう尋ねてきたのは、羊飼いの男の子のおじいさんだった。どうやら彼が村長さんがいない間のまとめ役をしているみたいだ。


 おじいさんの言葉でカールさんが前に出て、おじいさんと向かい合うように立った。その後ろにはヴィクトルさんが仁王立ちで腕組みし、村の人たちを見下ろしている。


 おじいさんはヴィクトルさんの巨体とカールさんの腰にある二振りの剣を怯えた目で見つめた。他の人たちも心配そうにおじいさんと私たちを見つめている。


「安心してください。この方たちは・・・。」


 私がそう言いかけた時、カールさんがおじいさんの問いかけに答えた。






「私はカール・ルッツ令外子爵。王命を受けこの場に馳せ参じた。」


 カールさんがその場にいる人みんなに聞こえるような声で名乗りを上げた。


 カールさんの名乗りを聞いたおじいさんは、一瞬ぽかんとした表情でカールさんのことをまじまじと見つめた。でもすぐに「ひ、ひえっ、し、子爵様!?」と悲鳴のような叫びを上げて一歩後ろに後ずさった。


 おじいさんが弾かれたようにその場に平伏すると、村の人たちも同じように地面に体を伏せた。みんな気の毒なくらいガタガタと震えている。とてもじゃないけど、私たちに落ち着いて話をできるような状態には見えない。


 私が「どうしましょう」と思いながらカールさんに視線を送ると、彼は少し苦笑した後、村の人たちに落ち着いた声で語りかけた。






「皆、楽にしてよい。代表の者は前に進み出よ。」


 その言葉を聞いて何人かの子供が顔を上げようとしたけれど、側にいた大人の人たちに無理矢理顔を押さえつけられてしまった。


 程なく顔面蒼白になったおじいさんが地面を這うようにしてカールさんの足元まで進み出て言った。


「子爵様、他の者は関係ありません。私が罰を受けますので、どうか他の者の命だけはお助けください!!」


 絞り出すように叫んだおじいさんの声はひどく震えていて、ほとんど聞き取れなかった。カールさんはもう一度、優しい声で諭すようにおじいさんに語りかけた。


「それは話を聞いてから、私が判断することだ。まずは皆、顔を上げて立ち上がってくれ。」


 それでも村の人たちは動こうとしない。というより、あまりにも震え上がっているので、彼の言葉が耳に入らず、身動きができないようだ。これにはさすがにカールさんも困惑を隠せない様子だ。






 その時、カールさんの後ろで黙って成り行きを見守っていたヴィクトルさんが、びっくりするような大声で村の人たちを怒鳴りつけた。


「おうおう、アニキの言ったことが聞こえねえのか! お前ら、さっさと立て!」


 その怒鳴り声に驚いて、村の人たちはすぐ飛び上がるようにして立ち上がった。


 ヴィクトルさんは「エッヘン」と大きな咳ばらいを一つすると、怯えて身を寄せ合う村の人たちに両手を大きく振り回しながら呼びかけた。






「いいかお前ら、よーく聞いとけ!」


 彼は一度言葉を切ると、村の人たちの顔を一人一人じっと見渡した。


「カールのアニキはな、そこらの貴族なんかとは訳が違えんだ!! なんてったって、この俺様が惚れ込んだお人なんだからな!」


 ヴィクトルさんの言葉にカールさんが思わず苦笑いを浮かべた。貴族には明らかにそぐわない彼の様子に、村の人たちの雰囲気がほんの少し変わったのが、私にも分かった。


 それを見たヴィクトルさんは人懐っこい笑顔でニカっと笑った。


「アニキに任せとけば、きっと悪いことにはならねえ! この俺様が保証するぜ! だから安心しろ!」


 お腹に響くような声でヴィクトルさんがそう言うと、村の人たちは戸惑ったように顔を見合わせた。でも最初の様に震えている人はもう一人もいない。


 私も村の人たちを安心させようと、一歩前に進み出て彼らに言葉をかけた。






「ヴィクトルさんの言う通りです。この方たちは皆さんを助けるために来てくださったんですよ。」


 私の言葉にカールさんが大きく頷いたのを見て、村の人たちはようやくホッとした表情を見せた。なんとか少し落ち着きを取り戻し始めたようだ。


 カールさんはその様子を見て「少しは平民と向き合えるようになったと思っていたのだが・・・私もまだまだだな」と小さく呟いた後、そっと息を吐いた。


「この二人の言うとおりだ。まずは何があったかちゃんと聞かせてほしい。頼む。」


 カールさんが村の人たちに軽く頭を下げると、村の人たちは小さく驚きの声を上げた。おじいさんは慌てた様子で「頭をお上げください、子爵様!!」と叫んで、カールさんの足元に跪いた。


 その後、広場に衛士の男の人たちを寝かせたまま、村の人たちには自分の家に戻ってもらった。そして私たちはおじいさんに案内され、彼の家で話を聞くことができたのでした。











「グレッシャー子爵が領内の若者を手当たり次第に領都へ集めている?」


 おじいさんの話を聞いたカールさんは、驚いて彼へ問い返した。それに対しておじいさんは悲しい表情で頷いてみせた。


「はい。今年の冬が終わる直前、領兵たちが突然やってきて、若い者たちを皆、連れ去ってしまったのです。」


 兵士たちは無理矢理、村の働き手たちを広場に集めると「領主様の命令だから」と言って全員拘束し、連行していってしまったのだそうだ。


 おまけに若者達だけでなく、目ぼしい物資も根こそぎ持って行ってしまったという。酒蔵で大切に寝かせてあった葡萄酒まですべて接収されてしまったらしい。


 もちろんあまりにも理不尽なその要求に、抵抗しようとした人たちもいた。でもその人たちはその家族も含めて領兵たちに立ち上がれなくなるほど痛めつけられた。それで村の人たちもおとなしく従わざる得なかったのだそうだ。






「なんてひどいことを! 一体、どうしてそんなことに?」


 私の質問に、おじいさんはゆっくりと頭を振った。


「分かりません。集められた者以外は自分の村から出てはならぬときつく言われておるのです。それに背けばさっきの様に領兵たちが押し寄せてきて・・・。」


 おじいさんたちははじめ、助けを求めるために村の外へ連絡を取ろうとしたのだそうだ。でも領兵たちは各村々をつなぐ主な山道を封鎖した上、村々を不定期に訪れては残り少ない食べ物を奪うなどの略奪行為を繰り返したらしい。


「はあ? あいつらが領兵? どう見てもゴロツキじゃねえか。」


 呆れた声でそういうヴィクトルさんに、おじいさんは複雑な表情で頷いた。






「昨年まで、村に巡回に来ていた領兵たちはあのような連中ではなく、もっときちんとした、気持ちのいい若者たちでした。あんな酷い連中が領兵としてやってくるようになったのは、冬の終わりごろからです。」


 グレッシャー領はそのほとんどが深い山や森であるため、領内のあちこちに魔獣が出没する。だからどの村でもクベーレ村と同じように、村全体を高い木の塀で囲っているそうだ。


 もちろんそれだけでは魔獣の襲撃を防ぐことはできないため、以前は定期的に兵士さんたちが領内を巡回し、魔獣の討伐を行っていた。


 領兵のほとんどは各村から選出された屈強な若者たちで、村の人たちとの関係も非常に良好だったとおじいさんは悔しそうに話してくれた。


「あいつらがのさばっている様子を見ると、あの若者たちのことが心配でなりません。領主様はどうかされてしまったのでしょうか・・・。」


 悲しみとも、寂しさともつかない心情のこもったおじいさんの呟きでその場が静まり返る。カールさんはおじいさんの手をしっかりと握った。


 ハッと顔を上げたおじいさんに、カールさんはゆっくり頷いてみせた。


「それはこれから私が調べることになるだろう。村人の生命は私が保証する。安心していい。」


 おじいさんはそれを聞いて「ありがとうございます」と言いかけたけれど、自分を見つめるカールさんの厳しい目を見て、その言葉を飲み込んだ。


「だが、今は別のことを確認しておきたい。」


 おじいさんはカールさんの言葉にごくりと唾を飲んだ。私はカールさんに尋ねた。






「別のことってなんですか?」


 私の問いかけにカールさんは真剣な表情で答えてくれた。


「それはこの村に領兵が差し向けられた理由です。」


 カールさんは青い顔をしたおじいさんを正面からじっと見つめた。


「村の誰かが領主の言いつけに反し、領都へ向かったのだな。」


「・・・はい、その通りです。わしらは領主様のお言いつけに反してしまいました。」


 カールさんの言葉におじいさんは観念したように項垂れた。私はハッと閃いて、思わず声を上げた。






「!! 村長さんですね!?」


 おじいさんは途方に暮れた様子で頷き、訥々と話し始めた。


「はい。村長は連れ去られた者たちを解放してほしいと、領主さまに願い出るため領都に向かいました。しかし逆に捕らえられてしまったようなのです。」


「そんな! じゃあ今、村長さんは!?」


 おじいさんは苦いものを口に含んだような顔で、悔しそうに言葉を絞り出した。


「・・・あの連中が、じきに処刑されるだろうと言っていました。」


 あの領兵たちの話によると、捕らえられた村長さんは領兵たちに酷く痛めつけられたらしい。その話をカールさんは顎に右手を当てて、考え込むような表情で聞いていた。






「私、村長さんを助けに行きます!!」


 そう言って立ち上がった私を、おじいさんが慌てて引き留めた。


「いや、ここから領都まではどんなに急いだとしても6日以上かかります。今からではとても間に合うとは思えません。」


「それなら大丈夫です。」


 心配するおじいさんに私はにっこりと笑いかけてから、ちらりとカールさんを見た。カールさんは少し考えた後、ゆっくりと頷いておじいさんに向き直った。


「詳しい方法は話せないが、村長を救い出す手段はある。我々に任せてほしい。」


 カールさんの言葉を聞いたおじいさんは信じられないといわんばかりに目を見開いた後、崩れ落ちるように椅子から降りて床に跪いた。






「おお、なんという奇跡・・・!!」


 おじいさんは目に涙を浮かべて大地母神に祈りを捧げ始めた。そしてひとしきり祈り終わると私たちに向かって深々と頭を下げた。


「わしと村長あいつは子供の頃よりこの村で一緒に育った仲なのです。どうかお助けください女神様、子爵様。」


 おじいさんは涙を流しながら何度も何度も「お願いします」と繰り返した。


 その後、何とか落ち着いたおじいさんから領都や領兵について詳しく話を聞かせてもらい、一度部屋から出てもらった。


 村長さんを助けるための作戦を、私たちだけで話し合うためだ。






「じゃあ、私が《飛行》で領都まで行って、《転移》でカールさんたちを迎えに戻ってくればいいんですね?」


「はい、お願いします。ドーラさんが戻るまでの間に、私たちはこの者たちの治療と武装解除をしておきます。」


「へっ? アニキ、こいつらぶっ殺さないんですかい?」


 カールさんの言葉に、ヴィクトルさんが驚いて声を上げた。カールさんは苦笑しながら彼に言った。


「本当ならそうしてしまいたいところだが、この連中が本当に領兵だった場合、面倒なことになりそうだからな。それに今すぐ殺さなくとも、あの有様では当分悪さはできないだろう。しかるべき裁きを受けさせるのは、それからでも遅くはない。」


 カールさんの言葉にヴィクトルさんも満面の笑みで頷いた。


「それもそうですね、アニキ。じゃあ、ドーラの姐さん、俺はアニキと一緒に姐さんの帰りを待ってますぜ。」


「はい、任せてください! すぐに戻ってきますから!」


 私は二人にそう言うと、魔法を使うためにおじいさんの家を出た。


 家の外には心配そうな顔のおじいさんが待っていた。私は彼に「じゃあ、行ってきます」と声をかけ、その場で《飛行》の魔法を使って上空に飛び上がった。






 驚きに目を見張るおじいさんを置き去りにして、私は高速で村から離れた。そして人目につかないような場所を探し、一度地上に降り立った。


「うーん、《飛行》もいいけど、やっぱりあんまり速く飛べないんだよね。」


 私は木陰で服をすべて脱いで裸になると、持っていた服と道具を全部《収納》に仕舞い込んだ。そして《人化の法》を使い、人間の背中に合う大きさの竜の翼を造り出した。


 《飛行》の魔法はせいぜい馬くらいの速度しか出ないけれど、この姿で翼を使って飛べば風よりも速く飛ぶことができる。教えてもらった領都までの距離ならほんのひとっ飛びだ。時間的には何の問題もない。


 あと心配があるとすれば、私が道に迷ってしまうことくらいかな。でも地上の人の気配を辿りながら行けば大丈夫だろう。多分。






「準備はよし! 待っててくださいね、村長さん! 今すぐ助けに行きますから!!」


 《不可視化》で姿を隠した私は木陰から上空へと一気に飛び上がった。私の翼が起こした風で、森の木の葉が夏の光の中へ一斉に舞い散る。


 雲よりも少し低い位置まで飛び上がった後、私は上空から方角を見定めた。グレッシャー領の領都ヴィッテルラインはクベーレ村よりもやや南東、川のほとりにある城塞の街らしい。


 私は背中の翼に魔力を纏わせると風を掴んで一気に加速した。音を置き去りにして風を切ると、地上の景色がすごい速さで流れていく。


 飛び始めてすぐにわかったが、急峻な山地が多いグレッシャー領には人の集落がほとんどない。これなら迷うことなく目的地に辿りつけそうだ。多分、最初に見えた一番大きな町が領都に違いない。


 そう確信した私はよりいっそう翼に魔力を込めると、さらに速度を上げて夏空を一気に駆け抜けたのでした。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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