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missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
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5 帰郷

話がなかなか進みません。でも好きに書くのはすごく楽しいです。楽しすぎて長くなるのが困りものですけど。

 ドルーア山での春の神事から10日後。私はフランツさんをはじめとするハウル村の人たちと一緒に、スーデンハーフの街を出発した。村の人たちのほかに、職人さんたちや護衛のための冒険者さんたちも合わせて総勢700名以上での大移動だ。


 六足牛が曳くたくさんの荷車には食料品や資材が満載になっている。これらの品はすべてサローマ伯爵が用意してくれたものだ。職人さんや冒険者さんたちを雇うための手配も伯爵家がしてくれた。


「手配は当家がしましたが、費用は王家からも出してもらっています。ドーラさんがいらっしゃれば何も問題ないとは思いますが、道中お気をつけて。」


 サローマ伯爵はそう言って私たちを送り出してくれた。それからハウル街道を北上すること7日あまり。私たちはようやく、ハウル村の南門をくぐることができた。






「いやー、分かっちゃいたけどよ。本当に何にも残ってねえな。」


 フランツさんが努めて明るい声でそう言った通り、南門の向こうには一切の建物が残っていなかった。


 石造りの基礎の痕跡が残っているので辛うじて建物の位置が分かる程度だ。雪が解けて地面が剥き出しになったことで、より一層被害の爪痕がはっきりと見て取れた。


 その光景を目にした村の人たちは一様に顔を強張らせた。涙ぐんでいる人も一人や二人ではない。誰もが言葉を失くし立ち尽くす中で、六足牛の鼻音だけがやけに大きく響く。


 そんな沈黙を打ち破るかのように、フランツさんが声を上げた。






「お前ら、しょぼくれんな! 親父さんがいつも言ってたろう。枯れた麦を数えても仕方ねえ。これから俺たちがここに新しい麦を蒔くんだ。胸を張れ! 俺たちはこの村の開拓民だろうが!」


 フランツさんの声に男の人たちが顔を上げる。そして顔を見合わせると拳をぐっと握って「おしっ、いっちょやったるか!!」と声を張り上げた。おかみさんたちも涙を拭き、互いに声をかけ励まし合う。


 沈んでいた人たちの目にキラキラとした光が宿っていった。それを見た瞬間、私の胸はどきんと高鳴った。


 ああ、なんて素敵なのだろう。まるでピカピカの銀貨みたいだ。私がその瞳の輝きにうっとりとしていたら、エマがぽつりと呟くように私に言った。


「皆が希望を無くさなくて本当によかった。これも村を守ってくれたみんなのおかげだね。」






 希望。そうか、これが希望の光なんだ。


 私はもう一度、村の皆の姿を見た。そこには互いを慈しみあい助け合う人間の強さと美しさがあった。


 心臓の鼓動が早くなり胸の奥が熱くなる。まるで火が灯ったみたいだ。小さく頼りないけれど、暗闇を照らし道を示してくれる確かな光。


 私の周りにこの光がもっともっと溢れるといいなあ。そのためにもみんなと一緒に村づくりを頑張らないと!


「よしっ! 私も頑張りますよー!!」


「おお、ドーラいいぞ! その意気だ!」


 私が挙げた声をフランツさんが褒めてくれた。私は胸を張り、鼻からむふーっと息を吐きだした。






「でもドーラねえちゃん、あんまり張り切りすぎるとまた荷馬車が壊れちゃうんじゃないの?」


 悪戯好きのグスタフくんちの末弟オットーの言葉で皆がわっと笑った。実は出発前、私が両手いっぱいに抱えた荷物をいっぺんに載せたせいで、荷車が一台壊れてしまったのだ。ペンターさんが大急ぎで修理してくれて何とか使えるようになったけれど、私は皆の前でマリーさんにこってり叱られてしまった。


「もうオットー! せっかくやる気になってるんだから意地悪言わないでよ!」


 私が腰に手を当ててわざと怒ってみせると、オットーは私に向かって「イーッ!」と口を歪めて舌を出し、村の中に駆け込んでいった。


「へーんだ!! 悔しかったらここまでおいでー!」


「こら!! 待ちなさいオットー!!」


 私がオットーを追いかけて走り出すと、他の子供たちも歓声を上げて一斉に走り出した。






「オットーを捕まえさせるな!!」


「ドーラおねえちゃんに意地悪言っちゃダメでしょ!!」


 男の子たちはオットーに、女の子たちは私に味方してたちまち追いかけっこが始まった。


 静まり返った村の跡地に子供たちの明るい笑い声が木霊する。ああ、なんて楽しいのかしら!


「まったくしょうがないねえ、あの子ドーラは。」


 マリーさんが私たちの様子を見て肩を竦めて笑うと、他の大人たちも同じように笑顔になった。六足牛たちも嬉しそうにぶるると体を揺する。子供たちを追いかけるように、皆がゆっくりと前進を始めた。


 川面を滑る風が走り回る私と子供たちの間を吹き抜ける。冬が終わったばかりの風はまだ冷たい。でもその風の中に交じる木々の芽吹きの匂いに、私は確かな春の気配を感じ取ったのだった。












 村に入った後、一日目は当座の生活をするための天幕を張ったり、仮の竈を作ったりするだけで終わってしまった。


 あらかじめ連絡を受けていたカールさんと衛士隊の皆さんが、川畔に天幕を張るための場所を作っていてくれたので人数が多い割に早く終えることができた。


 ハウル村の人たちと衛士隊のみんなは再会を喜び合った。その日、子供たちを始めほとんどの人は旅の疲れで早く眠ってしまったけれど、冒険者さんや衛士さん、それに村の男の人たちは夜が更けるまで一緒にお酒を酌み交わしていた。


 翌日から早速、新しい村づくりのための話し合いが始まった。もっとも冬の間に村の人たちが何度も話し合いをしていたそうで、大まかな村づくりの図面はすでに完成していた。


 だから話し合うのは具体的な仕事の進め方と役割分担だけだ。責任者のカールさんと村長のフランツさん、それに設計者のクルベ先生から役割ごとに説明を受ける。






 カールさんはミカエラちゃんに代わり、この春から正式にハウル村及びハウル街道の管理を任されることになった。春の祝祭で昇爵も発表され、カールさんは令外子爵になったそうだ。


 私が「それって領主さんとは違うのですか?」と質問したら彼は「似たようなものですが厳密には違います」とちょっと難しい顔をして答えた。


 ハウル村とハウル街道はあくまで王都領だけれど、その運営と管理についてはカールさんが自由裁量権を持っているのだそうだ。私にはその違いがよく分からなかったけれど、要は今までとあんまり変わりがないということらしい。







 カールさんと入れ替わる形で、ミカエラちゃんは自分の領地であるバルシュ領に行ってしまった。村を守るために来てくれた王国軍の騎士さんたちと一緒に、自領のある王国西部地方へと旅立って行ったという。


 一時避難先だったスーデンハーフから出発する時には、ミカエラちゃんを見送るために多くの村の人たちが集まったそうだ。筆頭侍女のジビレさんと家令のマルコさんに挟まれるように立ったミカエラちゃんは、堂々とした態度でみんなにお礼の言葉を述べたという。


 涙ながらに別れの言葉を述べる村の人に対して、彼女は最後まで笑顔で応対していたそうだ。でもエマによると指が白くなるくらい手を固く握りしめていたらしい。きっと泣きたいのを必死に我慢していたんだろうな。






 そのミカエラちゃんは冬の最後の月にまた領都を出発し、今は王都にあるバルシュ家の屋敷に滞在しているそうだ。王城での春の祝祭に出席した後、3番目の月から始まる新学年の準備をするためらしい。


 王都領からバルシュ領の領都ラシータまでは馬車でおよそ1か月弱も掛かる。つまりミカエラちゃんはこの冬の半分近くを移動だけに費やしたってことだ。領都で過ごす時間よりも移動していた時間の方がずっと長い。


 それなら冬の間エマたちと一緒にいて、新学年の始まりに合わせて王都に行けばよかったのにと私は思った。だけれど、領地を管理する貴族としてはそうも言っていられないのだそうだ。貴族ってすごく大変だよね。


 エマは新しく始まる学校生活でミカエラちゃんにまた会えるのを今からとても楽しみにしている。きっとミカエラちゃんも同じ気持ちに違いない。私も学校のみんなに会うのがすごく楽しみです!






 村づくりのための仕事の割り振りが終わって皆がそれぞれの仕事に向かい始める。私はエマ、クルベ先生と一緒に壊れてしまった水路や船着き場など、主に石で作る村の基礎部分を担当することになった。


「ではドーラさん、エマくん。まずは土人形ゴーレムたちが集めてくれた瓦礫を片付けてから、少しずつ直していくとしようかの。」


 話したことでずれてしまった黄色い帽子を被りなおしながら、クルベ先生が私たちにそう言った。


 村にあった建物の大半は瓦礫になってしまい、村中に散乱していた。それを冬の間、衛士隊の皆さんと土人形のゴーラたちが集めてくれたのだ。


 ただ雪の残る中での作業だったので完全に片付いているわけではなく、取り敢えず目立つものだけを邪魔にならないよう道の端に寄せて、小山のように積み重ねているという状態だ。


 冬の間はそれほど気にならなかったけれど、春になり暖かくなってきたせいでその小山から腐敗臭がし始めている。速めに処理しなければ、流行病の原因なるかもしれないとカールさんはとても心配していた。






 片付けの段取りとしてはこうだ。まずは瓦礫を種類ごとに分ける。泥や木材、小石、岩、レンガ、ガラス、家財道具などが一緒くたになっているので、それを分けなくてはいけない。


 次に分けたものを運んで処理していく。大量に流れ込んでいる土砂は川の栄養を豊富に含んでいる半面、病気の元になる場合もあるので土魔法の《土壌浄化》で処理してから畑に入れたり川に戻したりする。


 木材は乾燥させた後、少しづつ燃やす。その他の物は地面に埋めて堤防や桟橋、そして街道を作る材料にするんだって。うーん、聞いてるだけで気が遠くなりそうだ。


「すごく大変ですね。魔法で一度にパパっとできないんでしょうか?」


 私なら村全体を《領域》の魔法で覆うことも可能だ。私がそう言うとクルベ先生は苦笑しながら答えた。






「ドーラさんの魔力量ならできるかもしれんがの。わしには到底無理じゃ。逆にドーラさんは今わしが言った手順をすべて自分だけで出来るかね?」


「・・・できません。教えてもらいながら一つずつならできそうですけど、私には細かい見分けや調整の仕方が分かりませんから。」


「ふむ、まあそういうことじゃな。ゴーラたちを使って地道に片付けていくしかなかろうて。」


 残念そうにする私とエマを慰めるようにクルベ先生は言葉を続けた。






「まあ、あらかじめ設計図に則った魔法陣を使り、その通りに建築儀式魔法を行えれば一度に片付けることも可能かもしれんがの。相当に強力な土属性の魔石でもない限り、そんなことは到底不可能じゃよ。」


「あー、儀式魔法! 王様がサローマ領の森を蘇らせたときみたいな奴ですね!」


 確かにあの方法ならできそうだ。でもあの儀式魔法をするために、物凄い時間と手間、それに大量の魔石を準備しなくてはいけなかったのだ。


 私は主に魔力を供給するだけで儀式の主な部分は王様が、補助役をガブリエラさんと他の術師さんたちが担当していたのだけれど、それでもものすごく準備が大変だったのはよく覚えている。カールさんなんか、準備のために徹夜続きだったため、あの後しばらく寝込んでしまったくらいだ。


 私がそう言うとクルベ先生は「ほっほっ」と笑った。






「村の片付けくらいなら規模の小さい建築儀式魔法じゃからそこまで大変ではないがのう。」


「今から魔石を準備するよりは、少しずつ仕事を進めた方が早そうですねー。」


「まあ、そういうことじゃな。では二人とも、まずは街道沿いの土砂から片付けようか。」


 そう言って歩き出したクルベ先生と私にエマが後ろから声を掛けた。


「あの先生、この魔石は役に立ちませんか?」


 エマの手には小さい子の頭ほどもある、金色に輝く魔石が握られていた。


「!! ほう、これは見事な魔石じゃな!!」


 クルベ先生が驚きの声を上げ、エマから魔石を受け取った。ずれた帽子を引き上げながら、熱心に魔石を観察する。






「大きさといい純度といい、素晴らしいものじゃ。エマくん、これを一体どこで手に入れたのかな?」


「ガンド大砂海で大砂虫ヴァースウォームっていう魔獣と戦った時に手に入れたものです。」


 クルベ先生はそれを聞いて、うんうんと何度も頷いた。


「なるほど。大砂海の中でも屈指の凶悪さと巨体を誇る魔獣と聞いておる。それを討伐するとは、エマくんはすでに一軍に匹敵するほどの力量があるようじゃな。」


 そう言われたエマは私と目を合わせ、ちょっと照れて「えへへ」と笑った。私もその魔獣になら心当たりがある。確か砂の中に隠れて住んでいる、ものすごく大きなミミズだ。


 ずいぶん昔に一度だけ食べたことがあるけれど、体のほとんどが砂で出来ているので全然美味しくなかった覚えがある。その上、わたしたちの姿を察知すると砂の奥深くに逃げ込んでしまうので、捕まえるのも大変なのだ。


 狩りにくい上に美味しくないので見つけてもいつも無視していたんだっけ。砂漠なら岩山に住んでいる大きな鳥や大毒蛇の方が美味しいし、食べ応えもあるからね。


 それにしても人間にとっては物凄く大きな魔獣なのに、一人で倒しちゃうなんてエマはすごい。流石は私のエマだ。エマは本当に可愛くて、賢くて、魔法が上手だよね!






 私がニコニコ顔でエマを抱きしめて頭をなでなでしていたら、クルベ先生が言った。


「この魔石があれば、片付けと基礎工事をするくらいの簡単な儀式魔法なら出来るじゃろう。エマくん、本当に使ってしまって構わないのかね?」


「もちろんです先生!」


「ではさっそく準備を始めるぞい。フランツやカールとも話をせねばならんな。」


 私たちはフランツさん、カールさんを交えてすぐに準備に取り掛かった。まずすることは村の地形に合わせた魔法陣の設計だ。


 衛士さんや村の男の人たちに協力してもらい、クルベ先生が地形を細かく測っていく。それを《飛行》の魔法で上空にいる私が紙に写し取っていくのだ。地上にいるクルベ先生と私との連絡は、エマが《通話》の魔法を使うことで担当してくれた。


 私は不器用だけれど《自動書記》の魔法があるから、見たものをそのまま描くのは得意なのだ。この魔法、一度に複数の記録を同時にこなせるのも便利なんだよね。でも私がそう言ったらエマに「そんなことできるのお姉ちゃんだけだけどね」と笑われてしまった。


 最後にエマと一緒に《浮遊》の魔法でクルベ先生を上空に連れて行き、記録が間違っていないかを確かめる。クルベ先生は「空を飛ぶのは初めてじゃが、こりゃあ便利なものじゃわい」と大喜びしていた。


 設計図ができたところで日が暮れたので、その日の作業はそれで終わりになった。






 次の日はいよいよ魔法陣づくりだ。村の人たちには事情を話して一度、北門前広場辺りに避難してもらった。


 私はエマ、クルベ先生と一緒に上空に浮かんだまま、村全体に《自動書記》と《大地形成》の魔法を使う。見る見るうちに地面の上に図面通りの溝が彫られていった。北門の上からその様子を見た子供たちが歓声を上げるのが聞こえた。


 三人で見ながら細かいところを修正し、最後に《魔法陣構築》の魔法で大地に魔法陣を焼き付けていく。彫られた溝が金色の光を放つのが上空からはっきりと見えた。うん、成功したみたい。


 私たちは魔法陣発動の起点となる北門前広場に降り立った。村のみんなが固唾を飲んで見守る中、大きな魔石をクルベ先生が地面に置いた。


「では始めようかの。」


 私たちは魔石を取り囲むように向かい合わせに立った。私はガブリエラさんからもらった杖を、エマは私の作った短杖を構え魔力を練る。そしてクルベ先生が杖を掲げたのを合図に、三人で声を合わせて詠唱を始めた。






「・・・我らが魔力によりて、失われし姿を呼び戻し、この地を再び蘇らせん。我らが望むは暖かき故郷。悪意によって傷つけられし大地を清め、この地に再び我らが寄る辺を築かんと欲す。大地の精霊よ。我らが呼びかけに応えよ。我らの願いによりて万化なる姿を変貌させ給え。再び在りし日の我らが故郷の姿を現せ! 儀式魔法《集落再生》!!」


 クルベ先生を起点として金色の光が伸び、私たち三人を繋ぐ輪となった。中心に置いてある魔石が光に溶けるように消え去ると同時に、村全体に張り巡らされていた魔法陣が強く輝く。


 私は事前に言われていた通り、かつてのハウル村を思い浮かべながら魔法陣にどんどん魔力を流し込んでいった。私の胸の中心から、魔力と共にみんなと過ごした楽しい村での暮らしが蘇ってくる。






 春の雪解けを待って皆で行った山菜取り。おしゃべりに花を咲かせた水汲み。おかみさんたちと一緒に麦と麻の収穫に汗を流した暑い夏の日。炭焼きを終えて浴びた川の水の心地よさ。


 笑顔が溢れる門前広場の市場の様子。カフマン商会の人たちが荷物を運ぶときのきびきびとした掛け声。川縁でのんびりと休憩する渡し舟の船頭さんたち。


 活気あふれる街道沿いの宿屋。その前を元気に駆け抜けて学校へ行く子供たち。ゲルラトさんがいつも笑顔で美味しいコロッケを揚げていた肉屋の店先。


 冒険者さんたちで賑わうギルド。『熊と踊り子亭』でお酒を酌み交わす衛士さんたち。


 村を挙げての秋祭り。冬の日の静けさ。白い森に立ち上る炭焼きの煙。過ぎ去っていったかけがえのない一瞬一瞬が、目の前を次々と通り過ぎていく。






 私はいつの間にか、涙を流していた。落ちた涙が魔法陣の光に溶けていく。それにつれて明るい金色の光が、次第に虹色の光沢を帯び始めた。私は自然と目を瞑っていた。


 軽い地響きの後、北門の周辺に集まっていた人たちからどよめきが上がる。私は遠くでその声を聞きながら思うままに魔力を流し続けた。


「・・・ドーラさん、もうそのくらいでよいじゃろう。」


 楽しい皆との思い出に夢中になっていた私は、クルベ先生のその声でハッと我に返った。私の集中が途切れたことで周囲の光がすっと消えていく。それに伴って何とも言いようのない心地よい高揚感が体に満ちてきた。これはきっと大きな魔法を使った反動で起きるっていう魔力酔いの初期症状に違いない。


 陶然とした状態でゆっくり目を開いた私は、目の前に広がる光景を見て思わず息をのんだ。






 そこには美しく整備された街道がまっすぐに伸びていた。瓦礫と雪解けの泥に埋もれ、あちこちが押し流された欠けていた街道がすっかり元通りになっている。


 崩れてしまっていた船着き場の桟橋や瓦礫に埋もれていた水路、無くなった大小の橋も村が襲われる前の姿を取り戻していた。そればかりか水路の周りには季節を問わず様々な花が咲き乱れていた。


 木で作られていたものを除き、建物もすべて元通りになってる。ここからではよく見えないけれど、石造りの建物が多かった東ハウル村は街並みがほぼ戻っているようだ。


 私はもっと村の様子を確かめようと一歩前に踏み出した。でもすぐにふらりと姿勢を崩しその場に蹲ってしまった。


 足に力が入らない。お酒に酔った時みたいに体中がふにゃふにゃだ。カールさんとエマが私に駆け寄ってきて、私の体を支えてくれた。私はカールさんの胸に頭をもたれかけさせたまま、二人の方を見た。






「ドーラお姉ちゃん、大丈夫!? 顔が真っ赤だよ!!」


「うん、らいりょーぶ。らいりょーぶらよ、えま。」


「これはひどい魔力酔いだ。エマ、すぐに天幕に運ぼう。ドーラさん失礼します。」


 カールさんは私を横抱きに抱え上げた。そのままどこかに運ばれていく。体がふわふわ揺れてとても気持ちがいい。私は彼の胸に顔を埋め目を瞑った。


 あったかくてふわふわ。まるでエマと遊びに行った楽園島で波の上に浮かんでいる時みたい。私はうっとりとその揺れに身を任せ、微睡の海の中へ沈んでいったのでした。











 私が目覚めたのはそれから7日後、春の最初の月が終わる日だった。


「おやドーラ。やっと目が覚めたんだね。デリア、エマを呼んできておくれ。」


 寝ぼけ眼をこすりつつ天幕から這い出た私を見て、マリーさんが笑いながらそう言った。西の空に沈む赤い太陽が、ハウル村の生活を支えてくれる豊かな森を黒々と浮かび上がらせている。


 川の側にあったはずのフランツ家の天幕が、いつの間にか森の側に移動していた。周りが夕闇に包まれ始めているからはっきりとは分からないけれど、ここは秋祭りをするときに使っていた西ハウル村の広場じゃないかと思う。


 広場の側を流れる水路で水を汲み、顔を洗ってマリーさんの夕食の支度を手伝っていたら、知らせを聞いたエマとフランツさん、そしてカールさんが大急ぎでやってきた。エマは「心配したんだからね、もう」と言いながら私の胸に顔を埋めた。私は「心配かけてごめんね」と謝り、震えるエマの髪を撫でた。


 フランツさんとカールさんも私の様子を見てホッとしたように息を吐いた。皆に随分心配をかけてしまったみたいだ。その後、晩御飯を食べながら、私は皆に眠っている間の出来事を聞いた。







「あの儀式魔法の時、お姉ちゃんを中心に魔力がぶわーって広がってきたの。」


 エマは最初に私にそう言った。金色に輝いていた魔法陣が急に虹色の光を帯び始め、あっという間に村中を覆い尽くしたそうだ。


「だからね、クルベ先生は魔力が暴走したのかと思って慌てて術を止めようとしたんだよ。」


 危険な状態になるかもしれないと術を中断しようとしたクルベ先生に、エマが「大丈夫です」と言ってくれたのだそうだ。


「だって魔力を通じてお姉ちゃんの見ていた光景が私にも見えたんだもの。お姉ちゃんが取り戻そうとしてるものが、はっきりと分かったよ。クルベ先生もそれを分かってくれて、お姉ちゃんの魔力を誘導してくださったの。」


 魔法陣から溢れ出しそうになる私の魔力をクルベ先生とエマが必死に抑え込み、儀式が破綻しないようにしてくれたという。


 私がそのことを謝るとエマは笑って「そういう時はありがとう、でしょ? あとでクルベ先生にもお礼に行こうね、お姉ちゃん」と言ってくれた。






「じゃあ、儀式魔法は上手くいったんですね?」


 私がそう尋ねるとフランツさんたちは顔を見合わせて少し苦笑いをした後、答えた。


「ああ、うまくいったどころじゃねえ。今年の夏も忙しくなりそうだって、さっきまで男衆と話してたところさ。」


 儀式魔法によって村の基盤となる水路や道、橋、そして建物の基礎は元通りになった。そればかりか大魔法による攻撃と川の氾濫、それにその後の戦闘で被害を受けた農地まで、元通りになっていたそうだ。


「俺たちが見に行ったら、ビックリするほどきれいな畑に麦や芋が青々と育ってたよ。」


 その上、森の周辺に生えている木の実や茸、山菜など、ありとあらゆる森の恵みが季節を問わず大豊作の状態だそうだ。


「夏や秋にしか取れない山菜や木の実、薬草もそこら中に生えててな。ここ何日かは村の女衆総出でその収穫をしてたんだよ。」


 マリーさんが小さいエマの弟妹たちと顔を見合わせて笑う。いろんな季節の木の実を一度に食べられて、子供たちは大はしゃぎしていたそうだ。






「フランツ村長が冒険者たちにも採集地を解放してくれたので皆、貴重な薬草類を懸命に集めているんですよ。」


 日頃、冒険者さんたちは魔獣が出るかもしれない森の奥に分け入り薬草を集めている。それが村の採集地で採れるようになっているのだそうだ。冒険者さんたちは大喜びで採集に励んでいるとカールさんが教えてくれた。


「冒険者ギルドも早速、営業を開始して連日大盛況です。一昨日はカフマン自ら商隊を率いてやってきて、素材を引き取って行きましたよ。」


 ガレスさんも素材の仕分けや保存のための下処理作業に追われているらしい。


 そしてカフマンさんは忙しい取引の合間を縫って足を運び、眠っている私をわざわざ見舞ってくれたそうだ。後でガレスさん、カフマンさんにもお礼を言いに行かないと。この後もお礼を言う人がどんどん増えていきそうだ。


 私がそう言うとカールさんは「是非そうしてください。カフマンもあなたのことをとても心配していましたから」と言って優しく微笑んだ。






 時間のかかる基礎工事があっという間に終わってしまったため、今はペンターさんが近隣の村々から職人さんたちを呼び集め、大急ぎで建物を立てているそうだ。


 ハウル村の森の木をそのための材料としてもよいと王様が許してくださったので、フランツさんたちは毎日木の切り出しと加工に追われているらしい。


「その上、王都や各村々の復興のための建材も必要だから、船着き場も連日大賑わいさ。」


 カールさんから船着き場の管理を正式に任されることになった船頭の元締めアクナスさんは、散り散りになっていた徒弟の人たちを呼び集め、寝る間も惜しんで働いているそうだ。


 ちなみにアクナスさん自慢の渡し舟ゴンドラはすべて川の氾濫で流されてしまったけれど、一部無事だったものを回収・修理して使っているんだって。人間の逞しさには本当に感心させられてしまうなー。






「村がいっぺんに元通りになったからやることが一気に増えちまって皆、大忙しさ。カール様もこのところ、北門の詰所にずっと籠っていらっしゃったしな。」


 そう言われてみればカールさんの目の下には薄い隈が出来ていた。申し訳ない気持ちになって皆に謝ったら「なあに仕事があるのはありがたいことさ」とフランツさんに笑われてしまった。


「フランツの言う通りですよ、ドーラさん。ついこの間まで打ちひしがれていた村人たちも、今では生き生きと駆けまわっているんですから。全部あなたのおかげですよ。悪いことなど何もありません。」


「そうそう、カール様のおっしゃる通りだぞドーラ。お前のやらかしは今に始まったことじゃねえんだから皆、気にしてねえさ。」


 からかうように片目をつぶりながらフランツさんは私にそう言った。


「それに明日からはお前も仕事を手伝ってくれるんだろう?」


「もちろんです! 今まで寝ちゃってた分まで、全力で頑張りますよー!!」


 私は立ち上がって両拳を握りしめ、むふーっと鼻から息を吐きだした。するとそれを優しく窘めるようにマリーさんが私に言った。






「こらっドーラ!! そんなに張り切らないでおくれ! もうこれ以上はあたしたちの手が回らなくなっちまうからね!!」


 ああ、またやっちゃった! 私は恥ずかしくなり、椅子に座って「えへへ」と頭を掻いた。それを見た皆がわっと笑顔になる。私もみんなと一緒に笑った。ああ、なんて楽しいんだろう!


 翌日、私はエマと一緒にお世話になった皆のところにお礼を言いに行った。そしてエマと二人で村のいろいろな仕事を魔法を使って手伝って回った。


 畑の世話や建物作りのお手伝い、道具の修理に大きな荷物の運搬、ギルドから依頼された薬づくりや魔獣の処理など、毎日目が回るような生活が続く。でもどこに行っても皆の希望にあふれた瞳を見ることができ、私は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


 そうやって楽しく日々を過ごしているうちに春の2番目の月は瞬く間に過ぎて行き、エマの新学年が始まる春の3番目の月がやってきたのでした。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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