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missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
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46 村の困り事

短いですがやっと一話書けました。一応、今のエピソードは60話より前に終わる予定です。そこまで頑張ろうと思います。

 私は《転移》の魔法で王国の北西部にあるクベーレ村に転移した。夏でも白い雪をかぶっているバルス山脈に近いせいか、クベーレ村は王都に比べるとちょっと肌寒い感じがする。


 ゆっくりと落ちていく太陽が山壁の雪をキラキラと輝かせる様子を見ながら、私はクベーレ村を取り囲んでいる木の塀に沿って歩いた。


 するとさほど歩かないうちに、前の方から茶色い大きな犬が嬉しそうに走ってくるのが見えた。このは村の羊飼いの男の子が飼っている犬だったはずだ。確か名前はブラウだったと思う。






 ブラウは私の周りをぐるぐると駆けまわった後、目の前にきちんと座った。


「こんばんは、ブラウちゃん。あなたのご主人様はどこ?」


 長い毛に覆われた頭をゆっくり撫でながら私が尋ねると、ブラウは「くうん」と一声鳴いて後ろをちらりと振り返った。その拍子にブラウの垂れた耳がふわっと揺れ、私の手に触れる。


 私がブラウの見た方に目をやると、手を振りながらこっちへやってくる羊飼いの男の子の姿を見ることができた。






「女神様!! また遊びに来てくれたの?」


 嬉しそうに私に尋ねてきた男の子に、私は返事をした。


「こんばんは。今日は村長さんに用事があってきたの。用事が済んだらすぐに帰るつもりだから、また今度ゆっくり遊びに来るね。」


 私が遊びに来たのではないと分かった男の子は少し残念そうな顔をしたけれど、すぐに気を取り直して私に教えてくれた。






「村長なら領都に出かけてるよ。女神様がくれたお金でなんか買うものがあるからって。」


「そうなんだ。領都ってサルエル男爵様がいらっしゃるところ?」


 私がそう尋ねると、彼はぽかんとした顔で首を振った。


「ううん、違うよ女神様。領都にいらっしゃるのはたしか、グレなんとかっいう貴族様だったはずだけど・・・。」


 あれれ、領主さんの名前が違ったみたい。ここはサルエル領じゃなかったのかな?


 私は少し考えた後、彼に聞き直した。






「もしかしてここの領主さまって、グレッシャーって名前?」


 私がそう尋ねると、彼はパッと顔を輝かせて叫んだ。


「うん、たしかそんな名前だった気がする! 領都には僕の父ちゃんや母ちゃん、それに姉ちゃんもいるんだー。」


 彼の家族は領都に住んでいるらしい。この村から領都まではかなり離れているそうで、彼はもう長い間、家族に会っていないのだと私に教えてくれた。


「そうなんだ、大変だね。皆は何をしに行ってるの?」


 私の質問に、彼は困ったような顔で頭を振った。


「知らない。でも領主さまのところで大事な仕事をしてるんだって。僕も12歳になったら領都に行くんだぞって、じいちゃんが言ってた。」






 大事な仕事? 貧しい村の農夫さんたちみたいに『出稼ぎ』に出かけているのかな?


 フランツさんが以前、ハウル村でも少し前までは冬の間、出稼ぎのために荷役夫や作業員として他の村に出かける男の人がいたと言っていたっけ。


 今のハウル村は、ハウル街道ができたし農地も広がったから出稼ぎに出る人はいない。でも街道ができる前までは、家族が食べる量を少しでも減らすために村の外へ出る人も少なくなかったそうだ。


 ただ、出稼ぎは基本、食べ物が無くなる冬の間に行くものだ。今は夏の盛りで、農作業が最も忙しい時期。


 そんな時に家族みんなで出稼ぎに出るなんて、少し変じゃないだろうか? しかも家族全員が長い間帰ってこないなんて・・・。


 私は彼の言葉に、何だか言いようのない不安のようなものを覚えた。






 でも羊飼いの男の子は、私の心配には気が付かなかったようだ。彼は無邪気な調子で言葉を続けた。


「僕、今11歳なんだ。だから、来年の春になったら領都で父ちゃんたちに会えるんだよ。それがすげー楽しみなんだ。」


 そう言った後、彼はすぐにしゅんとして小さな声で付け加えた。


「でもそうなるとじいちゃんが一人きりになっちまうから、ちょっと心配なんだけどね。」


「おじいさんは一緒に行っちゃいけないの?」


 私がそう問い返すと、彼はこくんと頷いた。






「うん、子供と年寄りは村から出ちゃダメだって、領主さまが・・・あっ!!」


「どうしたの?」


「こ、これ、ナイショだったんだ! ねえ、女神様! 今のこと、僕から聞いたって誰にも言わないでいてくれる?」


 彼は泣きそうな顔で私にお願いしてきた。私はしゃがみこみ、半仮面越しに彼の目を見ながら微笑んだ。


「うん、分かった。約束するよ。」


 私の言葉に彼はあからさまにホッとした表情を浮かべた。


「ありがとう女神様!」


 彼は私にそう言うと、私を連れて村の中に案内してくれた。村の出来事について嬉しそうに話しながら、元気よく歩いていく彼の隣を歩きながらも、私は胸の中に黒い靄のような不安が広がるのを抑えられずにいた。


 ブラウはそんな私も気遣うようにくんと鼻を鳴らした後、自分の主人である男の子の横顔を心配そうに見上げていた。






 羊飼いの男の子は彼のおじいさんのところに私を案内してくれた。


 夕闇の近づく村の中は閑散としている。時折見かける粗末な家からは、夕食の煮炊きをしていると思われる青白い煙が、細く上がっていた。


 あまり手入れされていない畑と、それにへばりつくように建っている人気のない家々をいくつも通り過ぎ、少し小高い斜面を登る。するとその先には思いがけず美しい光景が広がっていた。






 そこにあったのはきれいに手入れされた葡萄畑だった。私の背丈よりほんの少し低いくらいの葡萄の木が遠くに見える森の際まで整然と広がっている。


 青々とした葉を茂らせた葡萄の木には、丸い実を付けた房がいくつも付いていた。ほとんどの葡萄の房はまだ緑色で少し硬そうだけれど、中には赤く色づき始めているものもある。


 緑から赤紫へと微妙に変化していく葡萄の房は艶々として瑞々しく、遠くから見ているだけでも丹精込めて世話されているのがよく分かった。さっき村の中で見た麦や野菜の畑とは大違いだ。


 私が葡萄畑に見惚れていると、羊飼いの男の子が大きな声を出しながら畑の中に駆け込んでいった。


 そしてすぐに、彼とよく似た顔のおじいさんを連れて戻ってきた。






「おお、これは女神様。よく来てくださいました。」


 男の子と一緒にやってきたおじいさんは、私に丁寧に挨拶をしてくれた。


「こんばんは、お邪魔しています。とっても立派な畑ですね。」


 私の言葉におじいさんは複雑な表情で「ありがとうございます」と返事をした。


「この葡萄畑は何にもないこの村のたった一つの自慢・・・だったのです。ですが、今年の葡萄のほとんどはこのまま捨てることになりそうですじゃ。」


「えっ!? こんなにきれいに手入れされているのにですか!?」


 私が驚いて声を上げると、彼は悲しそうに首を振った。






「手入れと言っても、収穫するためのものではありませぬ。木が痛まぬように最低限の手入れをしているだけですじゃ。」


「収穫しないんですか? こんなにきれいに実っているのに!」


 この葡萄からはきっとものすごく美味しいお酒が出来るに違いない。私のお酒好きの勘がそう言っている。


 それなのに収穫しないなんて! なんてもったいない!!


 私の言葉におじいさんは寂しそうな様子で頷いた。


「収穫だけではありません。その後の酒の仕込みをするにも多くの人手が必要なのですが、今この村にいるのは御覧の通り、年寄りと子供ばかりでしてな。どうにもならんのです。」


 彼はそう言って山の斜面にちらりと目を向けた。そちら側の畑の端に、石垣と木を組み合わせて作った立派な建物が見える。その建物から美味しそうなお酒の匂いがすることを、私の鼻は鋭く感じ取った。


 きっとあれがお酒を造るための場所なのだろう。






「捨ててしまうものなので、本当なら手入れをする必要もないのです。ですが長年世話をしてきたこの木たちが痛んでしまうのはどうしても忍びなくて、年寄りどもで出来る範囲で世話をしておるのですじゃ。」


 おじいさんは遠くを見るような目で、傍らにある葡萄の木を見つめた。きっと、この木とのこれまでの思い出を振り返っているのだろう。


 おじいさんはひどい痛みをじっと堪えるような表情をしていた。私と同じように羊飼いの男の子も、心配そうにおじいさんを見つめている。


 私は痛ましい気持ちになり、少し考えてからおじいさんに問いかけた。






「他の人たちは・・・どうしちゃったんですか?」


 どうして領都にいるんですかと尋ねなかったのは、さっき羊飼いの男の子と「誰にも言わない」という約束をしたからだ。


「そ、それは・・・。」


 私の問いかけにおじいさんは言葉を詰まらせた。


「言えませんのじゃ。どうかお許しください。」


 彼は消え入るような声で小さく呟くと、私に向かって深々とお辞儀をした。そして無言のまま、羊飼いの男の子を伴って、村の方へと歩き始めた。


 私は夕闇の葡萄畑に一人立ち尽くし、小さくなっていく二人と一匹の影をいつまでも見つめていた。


 山から吹く冷たい風が葡萄畑を吹き渡り、葉をさやさやと揺らす。無情な風は私の辺りに立ち込めている葡萄の甘い香りをすべて拭い取り、暗闇迫る虚空へと運び去っていった。











 私は《転移》の魔法でエマの待つ寮へと戻った。授業を終えて夕食に向かうための準備をする間、私はクベーレ村であった出来事をエマへ簡単に説明した。


 葡萄を捨ててしまうという話を聞いたエマは、私と同じようにとても驚いていた。


「そんなことがあったんだ。」


「うん。なんか村の人たち、すごく困っているみたいだった。本当はあの首飾りのことを村長さんに聞こうと思ったんだけど、聞けなかったよ。」


 私がそう言うと、その話を隣で聞いていたニーナちゃんが私に話しかけてきた。







「ドーラさん、クベーレ村はグレッシャー領だったのですよね?」


「うん、そうみたい。はっきりと聞いたわけじゃないけど、あの男の子はそう言ってたよ。」


「では、その首飾りの持ち主もグレッシャー領の砦を守っていた騎士様でいらっしゃるということですわよね?」


 ニーナちゃんは私の方をじっと見ながらそう問いかけた。私は彼女の問いかけの意味が分からずに、頭を捻って考え込んだ。


 えーと、私が拾ったこの首飾りの持ち主はグレッシャー領の砦も守る騎士だったということでしょ?


 ということはつまり・・・。






「えーと、あっ、そうか! そうだね!」


 私はようやく彼女の言いたいことが分かって、声を上げた。私の反応を見てニーナちゃんは笑顔で頷いた。


「その通りです。グレッシャー先生なら、その首飾りの持ち主であるラインハルト様について、何かご存知かもしれませんよ。」


 なるほど、ニーナちゃんの言う通りだ。たしかグレッシャー先生は、今の領主グレッシャー男爵の弟さんだったはず。


 自分の領の砦を守っていた騎士のことなら、何か知っているかもしれないよね。


 ただ残念なことに、私はグレッシャー先生との面識がまったくない。


 聞くところによるとレイエフ・グレッシャー先生はとても厳しい人らしいし、特待生とはいえ平民エマの侍女である私が直接会いに行っても、話を聞いてくれないだろうな。多分。


 あと、首飾りを手に入れた経緯とかを尋ねられても、うまく答えられる自信がないしねー。






 私がそう言うと、エマが「それならちょうどいい機会があるよ」といって、私に説明してくれた。


 エマによると来週から夏の季末試験の一環として、騎士・術師クラス合同での魔獣討伐実習が行われるのだそうだ。期間はおよそ7~8日間ほど。その引率をグレッシャー先生が務めるらしい。


「それだけの期間があれば、私がグレッシャー先生に首飾りのことを尋ねられるかもしれないよ。首飾りも魔獣討伐で砦に行った仲間から預かったものだって説明できるし。どうかな、お姉ちゃん?」


 ふむふむ、それは実にいい考えだ! 流石は私のエマ。エマは本当に賢くて、可愛くて、頼りになるなあ。






「それはいいね! じゃあ、この首飾りはエマに預けておくよ。」


 私は魔法の《収納》の中に仕舞っておいた焼け焦げた首飾りを取り出すと、エマに手渡した。エマはすぐにそれを自分の《収納》の中に仕舞った。こうしておけば無くすこともないからね。


 私はそれを見て安心し、ずっと背負っていた荷物を下ろしたような、ホッとした気持ちになった。


 そうだ! クベーレ村の人たちが人手不足で困っている件も誰かに相談してみよう。私では思いつかないことでも、他の人たちなら首飾りのことみたいにいい考えを出してくれるかもしれないもんね。


 私は誰に相談したらよいかと頭を巡らせながら、その日は安らかな気持ちで寝台に入った。






 この後、エマたちはとんでもない事態に巻き込まれることになる。でもこの時には、まだ誰もそのことを予想すらしていなかったのでした。

読んでくださった方、ありがとうございました。書いていて思ったのですが私、複雑な話を組み立てる力が足りないみたいです(今更)。矛盾点がないようにと色々考えているのですが、自分ではなかなか気が付けないです。これからもっと精進します。

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