44 花毒を追う 前編
2週間も投稿間隔が空いてしまいました。毎日少しずつ書いていたせいで、前後の繋がりがおかしいところがあるかもしれません。また感想等でご指摘いただけるとありがたいです。
エマから平民生徒の交流会の話を聞いた日の真夜中、私は《転移》の魔法で王様の部屋に移動した。いつものようにヨアンナさんの淹れてくれたお茶を飲みながら私の話を聞いた王様は、何度も頷きながらぐっと眉を顰めた。
「むう、東ゴルド帝国からこの花の情報が得られるとは・・・。」
「王様、このオキームの花のこと知ってたんですか?」
「王都を中心に王国各地でオキーム花毒の中毒患者が発見されて始めているのだよ。この花毒がどこから持ち込まれたものか、特定しようとハインリヒが躍起になっているところでな。今回の情報はかなり有力なものだ。助かったよドーラさん。」
王様の話によると王国で広がっている花毒は、心配していた通りオキームの花を使った魔法薬のものらしい。
ただ押収された薬を分析した王様によるとこの魔法薬は『粗悪品』で、製法が失われた伝説の魔法薬に比べるとかなり効果が低いそうだ。
薬から得られる陶酔感・全能感・能力向上効果は、伝説で言われているほど高くないらしい。効果時間も短く、耐性ができるまでに時間がかかる。そのために、中毒者を見つけることがなかなか難しいそうだ。
だから中毒者が見つかった時には、その多くがどっぷりと薬に嵌った状態で見つかるそうで、解毒して元の状態に戻るには長い時間が必要だと王様は私に教えてくれた。
「でもなんでそんな危ない薬を広げようとするんでしょうね。」
私の質問に王様はすぐに答えてくれた。
「金を集めるのが目的ではないかと思う。怪しい金の動きがないかも調べているのだが、なかなか手がかりが掴めなくてね。」
中毒患者の人たちはこの薬を手に入れるために大金をつぎ込んでいるそうで、現在見つかっている患者のほとんどは無理な借財や不正なお金の稼ぎ方をしたことが原因で発見されているという。
ただそのお金がどこへ消えているのかは現在不明らしい。薬を広めている『売人』の元締めという人は、巧妙に正体を隠しているそうで、末端の売人さんたちをいくら調べてもなかなか居所を知ることができないそうだ。
話を聞いた私は少し考えた後、王様に尋ねた。
「お金を集めて何を買うつもりなんでしょうか?」
私はキラキラしてきれいだからお金が大好きだけど、人間は何かを買うためにお金を欲しがるものね。でもそんなに危ない薬を広めてまで欲しいだなんて、一体何を買うつもりなのだろう?
王様は俯いて何かを考えた後、考えを整理するようにゆっくりと呟いた。
「帝国とつながりのあるどこかの犯罪組織が実行しているとばかり思っていたが、仮に領ぐるみの犯行となると話が違ってくるな。そうであれば・・・。」
王様は難しい顔をしてしばらく黙っていた。やがて顔を上げた王様は椅子から立ち上がって自分の執務机に向かい、サラサラと短い手紙を書いた。
「ドーラさん、すまないがこの手紙をカールに届けてもらえないだろうか。」
「お安い御用ですよ。」
私がそう言うと、王様はにっこり笑って私の頭をポンポンと撫でてくれた。
お金がどこに消えてしまったのかについて、王様は私に教えてくれなかった。けれど王様には何か思いついたことがあったみたいだ。きっとこのカールさんへの手紙にその答えが書いてあるのだろう。
今は聞かない方がいいみたいだと思った私は、もう一度椅子に座った王様に最近の出来事を話すことにした。
私の色々な話を王様はとても楽しそうに聞いてくれた。その中でエマの学校生活についての話をしているうちに、リンハルトくんの話題が出てきた。
リンハルトくんがいきなりエマを突き飛ばしたというあの出来事だ。私はニーナちゃんから聞いた話について、王様に尋ねてみた。
「ところでリンハルトくんのお母さんのベルトリンデ様が心の病気って本当ですか?」
王様はハッと顔色を変えた後、途端に苦しそうな表情で私に言った。
「そうだ。彼女には大変気の毒なことをしてしまった。」
王様はしばらく黙っていたけれど、やがて「ドーラさん、愚かな過ちについて聞いてくれないか」と言った。
そうして王様は私に、ベルトリンデ様が王室にやってきた当時のことについて話してくれた。
「当時、私は暗殺された父の後継者として即位した直後でね。混乱する国内を安定させるため、必死になっていたんだ。」
今からおよそ13年程前、前国王暗殺による混乱で勢いを増す反王党派との融和を図るため、王様はパウル王子と反王党派の有力貴族だったデッケン伯爵家の令嬢との婚姻をすすめることにしたそうだ。
当時の反王党派は王国西方の雄バルシュ侯爵家を中心として、東ゴルド帝国に対する主戦派貴族たちががっちりと結束していた。
王国西方の貴族たちの望みは現在は東ゴルド帝国領土となっている失地を奪還すること。そのため国内を安定させ、民の生活を向上させようとする王家とたびたび対立していたそうだ。
そこで王様は当時、反王党派の中でバルシュ家に次ぐ権勢を誇っていたデッケン伯爵家と王家との繋がりを強めるため、第二王子であるパウル殿下とベルトリンデさんを結婚させることにした。
王国西方に強い影響力を持つデッケン家と王家が結びつくことで、王家と並び立つほどの力を持つバルシュ家に対抗しようとする計画だったそうだ。ゆくゆくはパウル殿下がデッケン公爵となり、王国を支えるという予定だったらしい。
でもデッケン伯爵にはパウル殿下と結婚するのにちょうど良い年齢の娘さんがいなかった。そこで伯爵の姪のベルトリンデさんを養女とすることにしたのだという。
当時のベルトリンデさんには将来を誓い合った婚約者がいたのだけれど、急にそれが破談になってしまい、嫁ぎ先を無くした状態だったのだそうだ。
「それはお気の毒ですね。どうして破談になったんですか?」
私がそう尋ねると、王様は複雑な表情をして黙ってしまった。その後、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「・・・婚約者だった騎士がこの世から消えてしまったのだよ。」
「消えた? 死んじゃったってことですか?」
「・・・すまん、これ以上は話せない。」
王様は苦しそうな表情でそう言った。私が「分かりました」と答えると、王様はもう一度「本当にすまない」と私に謝った後、また話しだした。
「失意のベルトリンデ殿にも良かれと思って勧めた両家の婚姻だった。だが、成人したばかりの少女には負担が大きすぎたのだろう。」
ベルトリンデさんはほとんど両親の言うままにデッケン伯爵の養女となり、パウル王子と結婚したのだそうだ。
最愛の婚約者を失くし、住み慣れた土地を離れて王都へとやってきた彼女は、新しい生活に順応しようと気丈に振舞っていたという。だけどその負担は少しずつ彼女の心を蝕んでいった。
「彼女はリンハルトを出産した直後から、少しずつ現実離れした言動が多くなり、夢の世界にいることが多くなった。今では彼女とまともに会話できるのは、ずっと彼女に仕えてきた侍女とリンハルトくらいなのだよ。」
王様は一気に年を取ってしまったみたいに、疲れ切った表情をしていた。私は王様に尋ねた。
「ベルトリンデ様を治してあげることはできないんですか?」
「体の病ならば治癒魔法や魔法薬である程度治療ができるが、心の病はな・・・。」
王様はそう言ってしばらく考えた後、私に言った。
「仮に・・・仮にだが病の原因を特定して、それを取り除くことができれば症状が改善するかもしれない。だが・・・。」
王様は苦いものを飲み込んだような顔をして黙ってしまった。
「王様はベルトリンデ様の病気の原因が分かっているんですね。なぜ、そうしないんですか?」
私の問いかけに王様は、自分自身に言い聞かせるような調子でゆっくりと答えた。
「それはな、たとえ彼女が正気に戻ったとしても、彼女の失ったものを取り戻すことはもうできないからだよ、ドーラさん。」
「彼女の失ったもの・・・。」
王様の言葉を私はもう一度繰り返し、その意味をじっくりと考えてみた。。
ベルトリンデさんは一度に多くのものを失くした。最愛の婚約者、住み慣れた故郷、思い描いていた未来。
もしも自分が彼女と同じ境遇だったとしたらどうだろうか。
ある日突然、カールさんがどこかに消えてしまったら?
大好きなハウル村やエマと離れ離れになってしまったとしたら?
私はたちまち目の前が暗くなり、心が冷たくなるのを感じた。ベルトリンデさんの抱えた痛みを思って、私は思わず目を瞑り、ぎゅっと自分の胸を押さえた。
そんな私に王様はゆっくりと問いかけてきた。
「彼女は辛い現実から遠ざかろうとして夢の世界に生きている。それを無理矢理、現実に引き戻すことが果たして彼女にとって良いことなのだろうか。」
私はその問いかけに答えられなかった。黙り込んだ私に王様は言った。
「もちろんリンハルトやパウルのことを考えれば、彼女が現実と向き合えるようにした方がよいだろう。私もそれを試みてはみた。だが、彼女はその重さに耐えられなかった。」
ベルトリンデさんが夢の世界に入るようになった直後、王様は様々な方法を使い、彼女を正気に戻そうと試みたのだそうだ。だがその度に彼女は絶望して悲嘆に暮れ、幾度も自ら命を絶とうとしたのだという。
王様は悔しそうに奥歯を噛みしめ、ぐっと目を瞑った。やがて大きく息を吐きだすと、自分に言い聞かせるように静かな口調でポツリと呟いた。
「人の心は脆い。小さなきっかけであっという間に崩れ落ちてしまう。」
私はハッとして王様の目を見た。
「そうでしょうか? 私は人間の想いはとても強いと感じることが多いです。」
私の言葉に王様は寂しい笑顔を浮かべ、小さく首を振った。
「それは支えとなるものがあれば、だな。人間は互いに支え合って生きるもの。支えを失った人間の末路は実にあっけないものだよ。」
ポツリと言ったその言葉があまりにも痛々しかったので、私は王様に聞き返してしまった。
「・・・王様もそんな経験をしたことがあるんですね?」
私の問いかけに王様は答えなかった。王様は私の方を見ていたけれど、その視線は私の遥か後ろ、ずっと遠くを見ていた。
私にはそれがまるで、王様が過ぎ去っていった誰かを探しているように見えた。
王様の目を見ているうちに、私の元を去っていった大切な人たちの顔が脳裏を過り、胸の奥がずきんと痛んだ。
私はふと思いついて、王様に尋ねてみた。
「じゃあ、オキーム花毒の魔法薬に溺れてしまう人たちはもしかして・・・?」
私の問いかけに王様はゆっくりと頷いた。
「あるいはそうなのかもしれんな。大切な人との別れ。叶わぬ願い。病の苦しみ。死への恐怖。そういったものから逃れるために、薬に耽溺してしまうのかもしれん。」
私は王様の言葉を聞いて、オキーム花毒から魔法薬を作った錬金術師さんは、苦しむ人たちを何とか救おうとしていたのかもしれないなと思った。
結果的に彼は自らの作った薬で破滅してしまったわけだけれど、それでもどこかに『人を救いたい』という思いがあったことは間違いないだろう。
でも今、お金を目当てに花毒の魔法薬を広げている人たちにそんな思いがあるとは到底思えない。
「人間の弱った心につけ込むなんて許せません。私も犯人を捕まえるのに協力しますね。」
私がそう言うと王様はうんうんとゆっくり何度も頷いた。そしてぐっと私の方を見ると、力強い調子で言った。
「ドーラさんのいう通りだ。こんなもので民を傷つけさせるわけにはいかぬ。」
王様は疲れた表情をしていたけれど、その目は皆を守ろうとする意志でギラリと輝いていた。
侍女のヨアンナさんが王様を心配そうに見つめる中、王様は私に向き直った。
「オキームの魔法薬の被害は貴族の他、富裕な平民たちを中心に広まっているようだ。我々も方々手を尽くして情報を集めているが、ドーラさんなら別の角度からの情報を知ることができるかもしれない。もし村や街で情報を得られたら、是非知らせてほしい。」
「分かりました! 私、頑張りますね!!」
犯人を捕まえるため、カールさんのお父さんのハインリヒさんが配下の密偵たちを使って情報を集めているそうだ。私もその情報集めに協力させてもらおうと思った。
私の言葉に王様はゆっくりと頷いた後、小さく呟くように言った。
「・・・私の話を聞いてくれてありがとう。聞いてもらって少し楽になったよ。」
王様のその言葉に、後ろに立っていたヨアンナさんはそっと目頭を押さえた。
私は王様にお礼を言った後、いつものように王様とヨアンナさんを《どこでもお風呂》の魔法で癒した。
眠ってしまった二人を寝台に運び、私は王様の顔を覗き込んだ。
《安眠》の魔法で深い眠りに落ちた王様の顔には、深い皺が刻まれている。私はその皺をそっと指でなぞった。
「王様、やっぱり人間は強いですよ。だってこんなに苦しいのに、一生懸命頑張っているじゃないですか。」
夏の夜の闇が落ちる部屋の中に、私の呟きだけが響く。
痛がって泣く小さな子供たちを慰めるマリーさんと同じように、私は王様の額に掌を当て、眠る彼の頭をゆっくりと撫でた。
そして彼の安らかな寝息を聞きながら私は《転移》の魔法を使い、エマの待つ王立学校の寮へと戻ったのでした。
王様と話をした翌日、エマたちが授業に出かけた後、私は王様から預かった手紙をカールさんに届けに行きますと、リアさんへ告げた。
すると彼女はすぐに事情を察して頷いた。
「分かりました。エマさんのことは私に任せておいてください。」
リアさんはその言葉と共に、カールさん宛ての手紙を私に手渡した。
「ここ最近の校内の出来事をまとめたものです。カール様に直接渡していただけると助かります。」
私は預かった手紙を魔法の《収納》の中に大切に仕舞い込んだ。そしていつものまじない師の衣装に着替えると、《転移》の魔法を使ってハウル村のフランツさんの家に移動した。
フランツさんの家には家妖精のシルキーさんの他には誰もいなかった。
家の掃除をしている彼女にマリーさんの行き先を尋ねると彼女は「奥様は子供たちを連れて、畑に出ていらっしゃいます」と教えてくれた。
今はちょうど麦の収穫の最盛期。それに加えて麻やヒマワリ、ジャガイモなどの収穫や手入れもあるため、村のおかみさんたちと子供たちは総出で農作業にかかっている。
私も手伝いに行きたかったけれど、今はカールさんに手紙を渡す方が先だ。それに力仕事は土人形のゴーラたちがいるので、今行っても私の出番はあんまりなさそうだしね。
私が教えてくれたことへのお礼を言うと、シルキーさんは軽く頷いた後、「行ってらっしゃいませドーラ様」とお辞儀をして私を見送ってくれた。
私は遠くの畑で村のおかみさんたちが仕事をしているのを横目に見つつ、水路の脇を通ってカールさんのいる北門の衛士隊詰所へと向かった。
門を守る衛士さんたちと挨拶を交わしながら詰所の執務室に入ると、カールさんが私を出迎えてくれた。
「よく来てくださいました、ドーラさん。今日はどんな御用ですか?」
にこやかに私に笑いかける彼とおしゃべりしたい気持ちをぐっと堪え、私は王様とリアさんから手紙を預かってきたことを伝えた。
カールさんは執務室内にいた文官さんたちをすべて退室させると、その場で手紙を開いて読んだ。そして《発火》の呪文を使って、手紙を二通とも燃やしてしまった。
「貴重な情報をありがとうございます。今のところ、ハウル街道を通る荷の中から危険な薬物は見つかっていませんが、バルドン兄上にも伝えて人や物の検査を徹底することにしましょう。」
「よろしくお願いします。」
私がそう言うと彼はにっこりと微笑んでくれた。
ああ、安心する笑顔。私の大好きな彼の表情だ。でもすぐに彼は少し心配そうな顔をして私に尋ねてきた。
「リアの手紙の中にもありましたが、王立学校では平民の生徒への風当たりが強くなっているそうですね。」
「そうなんです。それでミカエラちゃんやイレーネちゃんたちが貴族の生徒たちに平民への接し方を改めるように働きかけをしているんですよ。エマも平民の生徒たちと一緒に会を作って、互いに助け合うつもりみたいです。」
「それはいいことですね。できれば官職を得られなかったり、貴族家に嫁げなかったりする生徒たちとも繋がりを持てるとよいのですが・・・。」
「それって技能クラスに在籍している生徒たちのことですよね?」
私がそう尋ねると彼は小さく頷いた後、言った。
「それはそうなのですが、そうとも言い切れないのが難しいところなのですよ。」
技能クラスに在籍しているのは、貴族の中でも魔力の低い下級貴族家の生徒たちだ。彼らのほとんどは卒業後、平民として生きていくことになるため、それに必要な技能を身に付けるための勉強をしている。
ゼルマちゃんが武術を学んだり、ニーナちゃんが裁縫を練習したりしているのもそのためだ。二人はそれぞれ冒険者と裁縫職人になるため、毎日頑張っている。
ただ技能クラスにいるのは下級貴族の生徒たちだけではない。中級以上の貴族家の生徒たちも一部在籍しているのだ。
彼らは王国軍の騎士や魔導士になれるほど魔力が高くない。とはいっても官職に就いたり、他家に嫁いだりする可能性が全くないわけではない。彼らが卒業後も貴族として生きていけるかどうかは、彼ら自身の努力と運によるところが大きい。
そんな彼らにとって自分よりも魔力が高い平民の生徒たちは、とても『煙たい』存在なんだそうだ。
「?? でも今回入学してきた平民の生徒たちは、元貴族だった家の子供たちばかりですよ。元を辿れば、自分たちの仲間みたいなものじゃないですか?」
「自分と近しい立場だからこそ、相手に対して強い感情が湧くものなのですよ。いわゆる『同族嫌悪』というものですね。」
彼のその言葉に、私はすごく戸惑ってしまった。
自分の仲間を嫌いになるなんて、竜には到底理解できない感情だ。
竜たちは皆それぞれ、体の大きさや特徴、能力が大きく違っている。私と同じ見た目や力をした竜にはまだ会ったことがない。
もしも私と同じ見た目、同じ力を持った仲間がいたとしたら?
私はその仲間を嫌いになってしまうのかしら。それとも仲良くなりたいと思うのかしら。
今の私にはまったく想像がつかなかった。そして不意に、これがと竜と人間の違いなのだと思ってしまった。
思わぬところで種族の違いをまざまざと感じさせられ、私は急に寂しいと感じた。
多分それが表情に出てしまっていたのだろう。カールさんは黙って私の手をそっと握ってくれた。私はこみ上げそうになる涙を堪えながら、そのぬくもりを確かめるために、彼の手をぎゅっと握り返した。
その後、私はカールさんにお礼を言って詰所を離れ、ハウル村の酒場や宿屋、冒険者ギルド、職人さんたちの家、聖女教会、カフマン商店本店などを回り、用事を済ませつつ情報を集めた。
有力な手掛かりは見つからなかったけれど、私の話を聞いた人たちは気が付いたことがあったらカールさんに知らせてくれると約束してくれた。
村の誰もが皆、私を歓迎してくれた。けれど、なぜか私の心の片隅にある寂しさは消えることなく、私を苦しめた。
私は村の皆のところを回り終えた後、お別れを言うためにフランツさんの家に戻った。するとちょうどマリーさんとシルキーさんがお昼の準備を終えたところだった。
「おう、ドーラ! やっと帰ってきたな! 待ってたぞ。早くこっちに座れ!」
出迎えてくれたフランツさんに呼ばれて食堂に行くと、皆の座るテーブルにはちゃんと私の分のお昼も準備してあった。
「シルキーさんからあんたが帰ってきてると聞いてね。食べていくんだろう?」
驚く私にマリーさんが笑いながら言った。皆も同じように笑いながら私の方を見ていた。
「もちろんです!」
マリーさんの言葉に私は大きく頷いた。涙声にならないように気を付けて返事をした後、私は軽く鼻を啜ってから食卓についた。
途端に、さっきまで感じていた寂しさがすうっと消えていき、代わりに暖かい気持ちが広がってくる。
食事をしながら私は皆に、王立学校でのエマの様子を話した。そしてマリーさんたちと一緒に食事の後片付けを終えた後、皆にお別れを言って《転移》で王都へと移動したのでした。
読んでくださった方、ありがとうございました。次のお話はもう少し早くお届けできるように頑張ります。よかったらまた読んでください。よろしくお願いいたします。