43 平民生徒の会
誤字報告をいただきました。本当にありがとうございます。何度も読み返しているのですが、それでもなかなか無くならないです。気を付けます。
その日の夕食後、私とミカエラちゃんはエマたちに、ガブリエラさんと会った時の様子を話した。
と言っても、私はあまり彼女と話さないうちに酔っぱらって寝てしまったので、話をしたのは主にミカエラちゃんだけだ。
ミカエラちゃんはガブリエラさんと会えてとても嬉しかったと皆に言い、私に「本当にありがとうございましたドーラさん」と言ってくれた。
「いやー、眠り込んじゃってごめんね。お茶(に混ぜるお酒)が美味しくてついつい飲みすぎちゃて・・・。」
お礼を言われて申し訳なくなった私がそう謝ると、彼女は楽しそうに笑って言った。
「あれはドーラさんのせいではありません。クオレ様は最初から私を一泊させるつもりで、ドーラさんを眠らせたんですよ。」
「えっ、そうだったの?」
そう言ってミカエラちゃんは、私が眠り込んでしまった後の話をしてくれた。ミカエラちゃんはクオレさんから今のガブリエラさんの暮らしについて色々な話を聞き、逆に王国に居た頃のガブリエラさんのことをたくさん聞かれたそうだ。
その中でクオレさんが「せっかくミカエラ様が来てくださるというのに、ガブリエラ様ったらすぐに帰すとおっしゃったの。私は一晩この離宮で一緒に過ごすよう勧めたんですけどね。でもドーラさんが眠ってしまったおかげで、結果的にミカエラ様が宿泊することになったのだからよかったわ」と言ったそうだ。
それを聞いて、ミカエラちゃんとガブリエラさんは私を眠らせたのがクオレ様の策略だったと気が付いたらしい。私はいつの間にかクオレさんの術中に嵌っていたというわけだ。
その夜、部屋で二人きりになった時、ガブリエラさんはミカエラちゃんに「義母上様がドーラを誘導することを考えていなかったわ。これは私の失敗ね」と言っていたそうだ。
ふむふむ、だからガブリエラ様は眠り込んだ私をあんまり怒らなかったのか。お説教が軽くで済んだから不思議に思っていたけれど、これでやっと訳が分かったよ。
私が一人で納得していたら、エマがミカエラちゃんに尋ねた。
「クオレ様ってどんな方だった?」
「とても上品で穏やかな方よ。整った顔立ちされているけれど、お姉様やドーラさんと比べると目立たない感じかしらね。」
「まあガブリエラ様やドーラお姉ちゃんと比べたら、大概の人はそうだけどね。」
笑いながら言ったエマの言葉を聞いて、その場にいる皆が笑い出した。皆がひとしきり笑った後、ミカエラちゃんは「それもそうだね」と言い、エマに向き直った。
「でもあれはきっとわざとそう見せているのだと思うわ。実際はとても油断のならない方だと思う。」
そう言われたエマは不思議そうに首を傾げた。
「私は普通に優しそうな人だなとしか思わなかったけどなー。ミカエラちゃんがそう思うのはお姉ちゃんにお酒を飲ませて眠らせたから?」
私もエマと同じように優しそうな人だとしか思わなかったけど、ミカエラちゃんの見方は違っていたようだ。彼女は「ううん」と軽く首を振ってから言った。
「話していてすごく底の見えない方だなって思ったの。」
「底が見えない? どういうこと?」
エマの問いかけに少し考えてから、ミカエラちゃんは話し始めた。ミカエラちゃんのこういう仕草はガブリエラさんと本当によく似ている。
「クオレ様はとにかく話題が豊富で会話を途切れさせないの。まるで私の次の答えを知っているみたいに、次々と会話を繋げていくのよ。この方は私の心を読んでいるのかしらって疑ったくらい。」
「ああ、確かにそうかも。クオレ様ってすごく話しやすい方だよね。私もついつい色々しゃべっちゃって・・・あれ?」
エマがそう言うと、ミカエラちゃんはこくんと頷いた。
「そうなの。クオレ様と話していると話すつもりのないことまで話してしまいそうになるのよ。しかもそれを相手に全然気付かせない。単に社交が達者というだけじゃなくて、相手を思い通りに動かすのがものすごく上手なんだと思うわ。」
確かに私もいつの間にかいろんなことをクオレさんに話してしまった気がする。私の正体については話してないと思うけど・・・お酒のせいで記憶が曖昧だからなー。
でもきっと大丈夫だと思う。多分。
その後、ミカエラちゃんはお茶会の様子やガブリエラさんと一緒に眠った時の様子などを話した。
帝国風のお風呂がすごく気持ちよかったとか、寝台が低くて驚いたとか、寝間着が薄くて恥ずかしかったとかいう話を聞きながら、皆は驚いたり、楽しそうに笑ったりしていた。
でもミカエラちゃんはオキームの花のことを最後まで話さなかった。だから私も黙っていた。エマたちに聞かせる前に、まずは王様に伝えなきゃいけないものね。
ミカエラちゃんの話が一段落して、飲み物を新しく準備した後、私はエマに尋ねた。
「エマたちはマルグレーテちゃんたちと交流会をしたんでしょう。どうだったの?」
「すっごく楽しかったよ!」
エマの言葉に、一緒に交流会に参加していたゼルマちゃんが笑顔で頷く。ニーナちゃんも笑っているけど、少し苦笑いの様に見えるのは気のせいかな?
私がもっと詳しく聞きたいというと、エマは私たちが帝国に行っている間のお茶会に様子を話し始めた。
学内の社交棟の一室。学年の異なる下級貴族が社交に利用するための簡素な部屋の中には主催者であるエマたち三人と、マルグレーテが連れてきた一年生の平民生徒四人が集まっていた。
今日参加している一年生の平民生徒は男女二名ずつ。全員が元貴族家出身の生徒たちだ。普段の白い襟飾りのついた制服ではなく、夏用のドレスや礼服で着飾り、かしこまった様子で立っている。
二人の男子のうち、一人は線が細く目立たない印象。お下がりと思われるくたびれた礼服を着て俯きがちに目を伏せていた。
彼とは対照的に、もう一人の方は仕立ての良い礼服をきちんと着こなしたぽっちゃりした体型の男子。艶々した顔には楽しげな笑みを浮かべており、泰然と落ち着いた様子だ。
菫色のドレスのマルグレーテの隣に立っているのは、赤いドレスを着た背の高い女子生徒。王国ではあまり見かけない濃い褐色の肌を持つ彼女は、思いつめたような表情で両手を体の前で握りしめ、緊張した様子でエマをじっと見つめていた。
エマたちも同じようにドレスで着飾っている。エマが着ているのは去年、イレーネの交流会に参加した時に着ていた薄桃色のドレスだ。ただエマの背が伸びてしまったため、やや裾丈が短くなっている。
今朝ニーナが着付けをしてくれた時、少し直して貰っていたので見苦しくない程度にはなっているものの、やはり違和感は隠せていなかった。
もっともエマ自身はそれをあまり気にした風もない。村では太ももまで素足を出して洗濯などをするのが当たり前だからだ。足首がほんの少し見えたくらいで何がそんなにいけないのか。エマにはその違いがよく分からなかった。
ガブリエラからみっちり貴族としての教育を受けたエマだが、この感覚の違いは一朝一夕に拭い去れるものではない。
一年生の生徒たちがちらちらとエマの足元に目をやるのを見たニーナは、今度の休みには絶対にエマをドゥービエ服飾工房に連れて行こうと、固く決心した。
着飾った生徒たちが立ち並んでいる上、それぞれの生徒が連れてきた侍女たちも一緒に入っているため、ただでさえあまり広くない室内は今、かなり手狭な感じになっている。
社交棟のこの部屋は貸し出されている部屋の中でも、もっとも料金の安い部屋だ。
同学年であれば寮の談話室などで社交が出来るが、学年や性別が異なるとそうはいかない。そのためこの社交棟があるのだが、エマの予算ではこれ以上の部屋を借りることができなかった。
実はドーラが「エマが一番いい部屋を借りられるように私がお金を出すよ!」と言ったのだが、ミカエラに他の生徒たちの目があるからそれは止めた方がいいと説得され、泣く泣く諦めさせられたという経緯があるのだ。
エマ自身の希望もあり、今日の賃貸料はエマが学校から支給されている生活費と、共同開催者であるゼルマとニーナの実家からの援助で賄われている。
その際、エマは貴族の社交にかかる金額を聞いて気が遠くなりそうになった。
でもニーナから上級貴族たちは一回の社交会でその数十倍ものお金を使うと聞いて、改めて貴族と平民の住む世界の違いを思い知らされたのだった。
そんな狭い室内で、一年生を代表してマルグレーテはエマに対してややぎこちないお辞儀をした。
「本日はお招きくださり、ありがとう存じます。」
「来てくださって本当に嬉しいです。さあ、こちらにお掛けになってくださいませ。」
丁寧な態度でエマもそれに応え、主催者として全員に席を示す。
一年生たちがやや緊張した面持ちで席に着くと、侍女たちは持っていた食器をそれぞれの生徒の前に準備し始めた。今日の給仕役としてエマにはリアが、ゼルマとニーナにはカチヤがそれぞれ付いている。
リアやカチヤに比べ、明らかに慣れていない感じの一年生担当の侍女たちが一通り準備を終えるのを待ってから、エマは上品な口調で話し始めた。
「交流会を始める前に一つ、皆様にお願いしたいことがありますの。よろしいかしら?」
主催者であり上級生であるエマの言葉に戸惑いながら、新入生たちは頷くことで同意を示した。エマは彼らに悪戯っぽく笑いかけると、砕けた調子で話しかけた。
「このしゃべり方、私慣れてなくて。普通に話してもいいかな?」
エマの言葉にその場の生徒たちは驚き、目を皿のように見開いた。何と返事をしてよいかと一年生たちが視線を彷徨わせる中、ニーナがほほほと笑いながらエマに言った。
「まあ、エマさんたら!! でも確かにエマさんのその話し方は少し堅苦しい感じがしますわね。」
「私も社交は不慣れなので、いつも通りが助かる。どうだろうか、マルグレーテ殿?」
ニーナの言葉に便乗したゼルマがそう言うと、マルグレーテは目をキラキラさせながら彼女に応えた。
「は、はい、ゼルマ様! わ、私もその方が助かります。ありがとうございます!」
その言葉を合図にしたかのように、張り詰めていた室内の空気が緩み、一年生たちはホッと息を吐いた。
挨拶が終わったことを察したリアが動き始めると同時に、侍女たちはお茶の準備を始めた。今日提供されているのはドーラが作った香草茶だ。
それぞれの生徒が持ってきたお菓子が大皿に並べられ、毒見のために提供者であるエマがお茶を一口飲む。それに続いてお茶に口を付けた生徒たちは、その爽やかな香りと豊かな甘みに思わず目を見張った。
この香草茶、材料はカフマン商会を通じて貴族や商人たちに流通している品と同じだが、エマの初めてのお茶会だからとドーラが気合を入れて作ったため、いつもよりも香りや味が格段に良くなっている。
まさか平民のエマがこれほど質の良いお茶を提供するとは思っていなかった生徒たちは、改めてエマの姿をじっくりと観察した。
エマの前に並べられている食器類は一見地味だが、よく見ると非常に手の込んだ美しい装飾が施されている。
これらはガブリエラがエマのために準備したもの。
元侯爵令嬢である彼女の見立てた食器類の質に気が付いた生徒たちは、先程目にした丈の合わないドレスや狭い社交会場から抱いたエマの印象との違いに戸惑った。
だがそんなことに全く気が付かないエマは、一年生たちに向かってにこやかに話し始めた。
「改めて自己紹介させてね。私はハウル村のエマ。木こりの娘だけど、急に魔力が強くなっちゃってこの学校に来ることになったの。術師クラスの2年生だよ。よろしくね。」
ニーナとゼルマもそれに続く。
「私はニーナ・クンツェル。父は王都の土木工事を担当する官吏をしておりますわ。技能クラスの2年生です。以後、お見知りおきくださいませ。」
「私はゼルマ・ヴァイカード。父と兄たちは王国衛士隊に勤務している。ニーナと同じ技能クラスの2年だ。よろしく頼む。」
エマはともかく下級とはいえ貴族家の令嬢である二人を、元貴族家出身の一年生たちは様々な思いを抱きながら見つめた。
二年生三人の自己紹介が終わると今度は一年生の番だ。先陣を切ったのはやはりマルグレーテだった。
「わ、私はマルグレーテ・ヒュッターです。父はヤンセン男爵領の官吏をしています。術師クラスの1年生です。よ、よろしくお願いいたします!」
緊張した様子だが、それでもはっきりとした口調でそう言った彼女を見て、エマは笑顔で大きく頷いた。マルグレーテも安心したように微笑みを返す。
紫の髪によく似合う菫色のドレスを着た彼女が挨拶を終えると、その隣に座っていた男子生徒がゆっくりと口を開いた。
「・・・インゴ・ザルデルン。父はいません。騎士クラスの1年です。」
ありふれた鳶色の髪と瞳をした線の細い男子生徒は、それだけ言って黙り込んでしまった。その場にいる全員が彼に目を向けたが、彼は誰とも目を合わせようとせずそれ以上語ろうともしない。
彼の後ろに立っていた侍女は険のある視線で彼を見下ろした。彼女はほとんど聞こえないほど小さく舌打ちをし、インゴはびくりとわずかに体を震わせた。
そのことに気が付いたのはエマとリアだけだったが、他の生徒たちも異常な雰囲気だけは感じ取れたようだ。皆はインゴを心配そうに見つめた。室内に気まずい空気が流れる。
エマは何か言わなくてはと思ったが、咄嗟に言葉が出てこない。
どうしたものかと焦っているとそれを察知したかのように、インゴの隣に座っていた男子生徒が声を上げた。
「インゴくんの挨拶が終わったようですので、次は僕の番ですね。」
ぽっちゃり体型の男子生徒がにこやかに発言したことで、室内の緊張が一気に解けた。
「僕の名前はピエトロ。ピエトロ・コルディです。父はサローマ領スーデンハーフで海運業を営んでいます。騎士クラスの1年です。よろしくお願いします。」
楽し気な表情でそう挨拶した彼の言葉を聞いて、ニーナが声を上げた。
「まあ、ではあなたがコルディ商会の?」
それに対しピエトロは思わずつられてしまいそうになるほどの笑顔でにっこりと笑った。
「王都の貴族の方にまで知っていただけるとは光栄です。父が聞いたら大変喜ぶと思います。」
そう言って彼は立ち上がり、優雅に一礼した。丸々した体型の彼が少し芝居がかった、それでいておどけた様子で礼をしたことで、生徒たちの顔に思わず笑みが浮かぶ。
それを見たピエトロはますます嬉しそうに笑った。
コルディ商会の名前はエマもスーデンハーフに滞在していた時に何度も耳にしたのでよく知っていた。王国最大の港町スーデンハーフを拠点とし、国内のみならず他国との交易をしている大商会だ。
エマがピエトロにそう言うと、彼は少し恥ずかしそうに「貴族家を出奔した父の始めた交易がたまたまうまくいっただけなのですよ」と肩を竦めてみせた。
ピエトロはコルディ商会の長男。彼の父親は出奔後、事業を軌道に乗せようと躍起になっていたため、なかなか子供に恵まれなかった。彼は父親がかなり年齢を重ねた後に生まれた。
「だから僕はものすごく期待されているんですよ。この学校に入ったのも多くの貴族家の方との繋がりを持つためなんです。」
インゴとは正反対に、ピエトロは聞かれてもいないことまでぺらぺらと楽しそうに話す。皆はいつの間にか彼の話にすっかり引き込まれていた。
ピエトロがしゃべり過ぎた喉を潤すため、お茶を一口飲んだところでエマは彼に言った。
「ピエトロってこの国ではあまり聞かない珍しい名前だね。」
すると彼は「はい」とにこやかに頷いた。
「母方の祖父の名をもらったんですよ。母は自由都市国家同盟の出身なんです。ところでこのお菓子、とても美味しいですね。もう一ついただけますか?」
彼はそう断ってから大皿に盛られた『熊の贈り物』を一つ、自分の侍女に取り分けさせた。
エマの持ってきたこのハウル村のお菓子を彼が取り分けさせるのは、これでもう三回目だ。この甘い揚げ菓子がよほど気に入ってくれたらしいと、ピエトロの嬉しそうな顔を見てエマは思った。
彼は瞬く間にお菓子を平らげ、侍女に香草茶のお代わりを要求した後、おどけた様子で言った。
「僕、本当は技能クラスで算術を学びたかったのですが、どういうわけか騎士クラスに編入されてしまったんです。今まで一度も剣を握ったことなんて、ないんですけどねぇ。」
彼は大げさに肩を竦めて両手を広げて見せた。その仕草が面白くてエマたちとマルグレーテはクスクスと笑いを漏らした。
ピエトロの髪は青みがかった銀色をしている。これは彼がかなり強い水の魔力を持っている証拠だ。
魔力の強い男子は全員、騎士クラスへ編入される。これは明文化された決まりではないが、伝統的にそうなっているのだ。だがエマにはピエトロが剣を持って魔獣と戦う姿が、どうしても想像できなまった。
「おっと、またしゃべりすぎてしまいました。僕の悪い癖なんです。すみません。僕の話はもうこれで終わりです。最後はジョセフィーヌさんですね。」
そう言って彼は隣に座っている女子生徒の方に笑顔を向けた。
時折エマに目を向けながら、硬い表情でこれまでのやり取りを聞いていた彼女は、ピエトロの笑顔にも応じることなく、しばらくじっと黙っていた。
彼女は四人の中では一番背が高くすらりとした体つきをしている。細かく波打つ黒髪と濃い褐色の肌を持つ彼女は、やや厚みのある形の良い唇を何か言いたげに開きかけては閉じることを、何度か繰り返した。
艶のある褐色の肌によく映える赤いドレスのスカートを、彼女はぎゅっと握りしめた。すると彼女の首にかかっている太陽の形をした白銀の護符がしゃらりと涼しげな音をたてた。
彼女は意を決したようにすっと息を吸い込んだ後、か細い声でゆっくりと言葉を発した。
「ほ、本当に普通に話してよろしいのですか?」
途端に彼女の後ろに立っていた大柄な侍女が声を上げた。
「お、お嬢! 不味いですぜ、それは!」
侍女はハッとしたように口を噤み、「も、申し訳ありません!」と頭を下げた。
エマは呆気にとられながらも、侍女に対して「構いません」と笑いかけ、ジョセフィーヌに「話しやすい話し方でいいよ」と言った後、生徒たちの顔を見回した。
皆がエマに対して頷くのを確認したジョセフィーヌは大きく息を吐きだし、流していた豊かな黒髪をきゅっと一つにまとめると、軽く頭を振ってから話し始めた。
「あたしはジョセフィーヌ・グルブマン。親父もお袋も冒険者さ。あたしも冒険者になりたかったんだが、何の因果かこんな学校に入れられちまった。短い付き合いになるかもしれないがまあ、よろしく頼むよ。術師クラスの1年だ。」
彼女の急変ぶりに皆は驚いて彼女の顔を見た。彼女はその金色の瞳に強い光を湛えながら、エマの方をじっと見返した。
さっきまでのか細い声が嘘のように力強い調子でそう言った彼女を、ピエトロは面白がるような表情で眺めている。
彼女を警戒するような様子をしていたゼルマは、ハッと何かに気が付いたように彼女に話しかけた。
「その姓・・・ジョセフィーヌ殿のお父上はもしや『剛腕のトーラス』殿か?」
ジョセフィーヌは「ほう」と呟いて、ゼルマに向き直った。
「まさか、あたしの親父の通り名を貴族のお嬢さんが知ってるとは思わなかったよ。」
ジョセフィーヌがそう答えると、エマは自分とゼルマを見つめる彼女の強い視線にまったく気づいていないような素振りで言った。
「ゼルマちゃん、詳しいんだね!」
逆にゼルマはジョセフィーヌから目を離さず、軽く頷いてからエマに説明しはじめた。
「トーラス・グルブマン殿は王都でも高名な冒険者集団『不退転』のリーダーです。相棒の『黒の賢者シャロンドラ』殿と二人で数々の迷宮討伐や魔獣討伐を達成してきた英雄なのですよ。」
途端にジョセフィーヌは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「そんな大層なもんじゃないよ、あの馬鹿親父。」
いくら睨みつけてもエマが反応を示さないことで、ジョセフィーヌはようやくエマから目を離し、椅子にぎゅっと背中を押しつけて座り直した。
「親父の奴、自分が貴族じゃなくなっちまったのがよっぽど悔しかったらしくてさ。平民でも入学できるようになるって聞いたときからずっと、あたしをこの王立学校に入れたがってたんだ。本当、参っちまうよ。」
嫌がるジョセフィーヌを王立学校に入学させるため、彼の父トーラスは彼女に賭けを申し出てきたという。
賭けの内容はいたって単純。二人だけで対決し、ジョセフィーヌが一度でもトーラスの体に武器を当てられたらジョセフィーヌの勝ち。逆に素手のトーラスがジョセフィーヌを戦闘不能にさせたら、トーラスの勝ちというものだ。
ジョセフィーヌはかねてから父の率いる冒険者集団『不退転』に所属したいと申し出ていたが、実力不足を理由に父親に断られ続けていた。彼女はこれを絶好の機会と見て、賭けに飛びついたのだが・・・。
結果は言うまでもない。
「くっそ。あの時あの拳を躱せてたら、こんなヒラヒラしたもん着なくてすんだのによ。」
悔しそうにスカートの裾を握りしめるジョセフィーヌにエマは言った。
「でもジョセフィーンちゃん、そのドレスすごく似合ってるよ。」
「ば、な、何言ってんだい! そんなことよりあんた、本当にハウル村のエマなのかい?」
褐色の肌が赤くなったのがはっきりと分かるほど動揺しながら聞いたジョセフィーヌに対し、エマが首を捻る。
「?? ハウル村にいるエマは私だけだと思うけど・・・?」
その答えを聞いたジョセフィーヌは「はああっ」と大きく息を吐きだした。
「最年少迷宮討伐を果たした英雄って聞いたからどんな奴かと思ってたけど、まさかこんな貧・・・細っこい奴だとは思わなかったよ。」
『貧相』と言いかけたジョセフィーヌにゼルマが強い視線を投げかける。それに気づいたジョセフィーヌは不敵な笑みを浮かべながら、ゼルマを睨み返した。マルグレーテが泣きそうな顔で二人を何度も見つめる。
それに気づいたエマはすぐに両手を振りながら、ジョセフィーヌとゼルマに言った。
「あのね、なんかすごく誤解されてるみたいなんだけど、私そんな大したことはしてないんだ。本当にすごいのは私じゃなくて、一緒に迷宮に行ってくれた人たちの方なんだよ。」
エマは自分が迷宮に行くことになった経緯と仲間たちのことについて簡単に説明した。それをまんじりともせず厳しい表情で聞いていたジョセフィーヌは、エマが話し終わると同時に言った。
「いや、あんた迷宮主を討伐したんだろう。それは十分にすごいことだよ。迷宮主ってのは仲間の力に頼っているだけの足手まといが戦って生き残れるほど生半可な相手じゃない。守護巫女様の12本の剣にかけて、あたしが保証するよ。」
ジョセフィーヌが素直にエマを称賛したことで、ゼルマはようやく表情を緩めた。エマはジョセフィーヌの言葉に同意しつつ言った。
「うん、そうだね。あの黄金の戦士さんたちはものすごく強かったもの。でもあれは女王様が勝たせてくれたっていうか・・・。」
そこまで話したことろで、エマは不意にさっきジョセフィーヌが発した言葉に気が付いた。守護巫女様の12本の剣って・・・。
「もしかして、ジョセフィーンちゃんのお母さんってヒムヤルって国の人?」
不意に問われたジョセフィーヌは驚いてエマに聞き返した。
「あんた、ヒムヤルを知ってるのかい?」
「うん。行ったことがあ・・・はないけど、私たちの戦った迷宮主が魔法王国ヒムヤルの女王様の霊だったんだ。確か・・・女王巫女ニカーレゥ様っておっしゃる方だったよ。」
「何だって!? その話、もっと詳しく聞かせておくれ!」
エマの話を聞いたジョセフィーヌは、首から下げた太陽の護符に軽く触れながらエマに言った。
「冥府と現世の狭間を彷徨う守護巫女様の霊を迷宮核が捕らえていたんだろう。それをあんたが解放してくれたんだね。ありがとうよ。」
エマはこくりと笑顔で頷いた後、ジョセフィーヌに言った。
「ヒムヤルってすごくきれいな国なんだね。」
「あたしも実際に行ったことはないんだけど、お袋はいつも言ってるよ。守護巫女様に守られた太陽の王国は永遠に不滅だってね。」
ほんの少し表情を緩めたジョセフィーヌは遠くを見るような目をして、言葉を続けた。
「だからいつかあたしもヒムヤルに行くつもりなんだ。冒険者になって世界中を旅するのが、あたしの夢なのさ。」
「素敵な夢だね、ジョセフィーヌちゃん!」
エマがそう言うと、ジョセフィーヌはふっと小さく笑みを漏らしエマに言った。
「・・・その呼び方、やめとくれ。ジョスでいいよ。親父の仲間たちもあたしを皆そう呼んでるんだ。このシャーリーだけは『お嬢』って呼んでるけどね。」
ジョセフィーヌがそう言って背後の侍女を振り返ると、シャーリーと呼ばれた侍女は「ジョスはあたしにとっていつまでだって大事な『お嬢』だよ」と言って彼女の肩にその大きな両手を置いた。
シャーリーは『不退転』の後方メンバーの一人で、忙しい母に代わって小さい頃からジョセフィーヌの面倒を見てくれていたと、ジョセフィーヌは語った。
今では現役を退いているが、シャーリーも昔は冒険者として魔獣と戦っていた。そんな彼女のことをジョセフィーヌはとても慕っているように見える。
エマは微笑ましい気持ちで二人を見ながら、ジョセフィーヌに言った。
「じゃあジョス、私のこともエマって呼んで。」
「ああ、こっちこそ、よろしく頼むエマさん。今度ぜひ一度、太刀あわせておくれよ。」
エマとジョセフィーヌはどちらからとも立ち上がると、互いにがっしりと手を握り合った。
「もちろんいいよ。インゴくんとピエトロくん、それにゼルマちゃんも一緒にやろう!」
エマから格闘訓練の誘いを受けたゼルマは横目でジョセフィーヌを見ながら「望むところです」と胸を張った。
インゴは無言だったが、それでも小さく頷いて了解の意を示した。そしてピエトロは頭を大きく振りながら答えた。
「僕は皆さんの相手にはなれないと思いますけどねぇ。それでも良ければ、是非お願いします。」
もったいぶったピエトロの言い方にジョセフィーヌはフンと鼻を鳴らした。だがピエトロはそれを意にも介さず、にこやかに提案した。
「そうだ。せっかくだから僕たち平民の生徒だけで会を作りませんか?」
「それいいね! 平民生徒の会、とってもいいと思う。これから皆で色々助け合っていこうよ!」
エマの言葉にマルグレーテも笑顔で賛意を示した。ジョセフィーヌとインゴは特に何も言わなかったが、反対することはなかった。
その後、互いの学校生活のことについて情報を交換し合い、交流会は終わったのだった。
エマの話を聞き終わった私は、飲み物を取り換えながらエマに「交流会がうまくいってよかったね」と言った。
「うん、皆すごくいい人たちばかりだったよ。ただインゴくんがずっと黙ってたのが気になったけど。」
私も聞いていてそれがすごく気になった。インゴくんには何か事情がありそうだね。
すると心配する私の気持ちを読み取ったみたいに、ニーナちゃんがエマに忠告した。
「エマさん、インゴというあの男子生徒には気を付けておいた方がよいかもしれません。」
「え、どういうこと、ニーナちゃん?」
「ザルデルン子爵家は反王党派ペーパル伯爵の『子飼い』なのです。油断するとエマさんを通じて得た情報を反王党派に流そうとするかもしれません。」
ニーナちゃんの話によると、ペーパル伯爵は王国西部に広い領地を持っている大貴族。ガブリエラさんとミカエラちゃんのお父さんバルシュ侯爵を陥れた反王党派の一人だ。
ペーパル家は何代にもわたって多くの名将を輩出してきた武の名門であり、王国軍に対してとても大きな影響力を持っているそうだ。
騎士の家系であるザルデルン家は、ペーパル伯爵との繋がりがとても深いらしい。
そんなすごい伯爵さんが平民のエマに直接何かしてくるとは思えないけれど、用心に越したことはないものね。それにエマを通じてミカエラちゃんたちのことを探ろうとするかもしれないし。
インゴくん自身はそんなに悪い子には見えなかったけど、ニーナちゃんの心配は当然だと思う。
エマも私と同じように考えたようだ。「分かった。ありがとうニーナちゃん」と笑顔でお礼を言った。
「さあ、お嬢様方、もう夜が更けてまいりました。そろそろお休みの準備をいたしましょう。」
ミカエラちゃんの侍女ジビレさんの言葉でその日の集まりはお開きになった。私はエマの就寝準備を手伝い、寝床に寝かしつけた。
「おやすみ、エマ」
安らかな寝息をたてるエマの頬に軽く口づけをすると、エマは眠ったまま可愛らしい顔でにっこりと笑った。
私はそのまま同じ寝台に潜り込んで一緒に眠りたい衝動をぐっと堪え、リアさんたちと交代でお風呂に入って体をきれいにし、お風呂を掃除してその日の仕事を終えた。
そして真夜中、皆が寝静まったのを見計らってから《転移》の魔法を使うと、クオレさんから預かったオキームの花を王様に渡すために王様の寝室へと移動したのでした。
読んでくださった方、ありがとうございました。4月になり、しばらくはお話を書く時間が無くなりそうです。GWくらいまでは投稿間隔が開いてしまうと思います。書くことは止めませんので、もしよかったらまた読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。