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missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
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4 再会

ダラダラ書いていたらものすごく長くなってしまいました。まとめるのが下手ですみません。

 喧噪に湧く聖女教の聖都エクターカーヒーンを通り抜け、私とエマは街の西にある聖女教大聖堂にやってきた。全体が白い石で出来ているとてもきれいな建物だ。ドルアメデス王国のお城に比べると全体的に曲線が多く、柔らかい印象がする。丸い屋根もかわいい。


 私とエマは《隠蔽》と《不可視化》の魔法を使って姿を隠すと、大聖堂にこっそり侵入した。エマはどんどん通路を進んでいく。いくつもの通路や階段を抜けていくのに迷う様子が全然ない。私ならとっくに迷子になっているはずだ。やっぱりエマは賢くて、かわいくて、頼りになる。


 やがて地下へ続く長い長い階段に辿り着いた。階段を降り切った先はなんと、古い町の跡だった。


「こっちだよ、ドーラお姉ちゃん。」


 エマに促されて地下の暗闇に閉ざされた街の中を進んで行く。やがて街のはずれにある白い祭壇へと辿り着いた。祭壇には扉のない白い石の門が一つある。門からは離れていてもはっきり分かるくらい、強い魔力を感じた。


「門は起動してるみたい。さあ、お姉ちゃん。ヴリトラ様に会いに行こう。」


 エマが門に触れると門の表面に光の線がたくさん浮かび上がった。ガブリエラさんが描く魔法陣によく似ているけど、あれよりもずっと複雑だ。私が「これ見たらガブリエラさん大喜びするだろうね」って言ったら、エマも「私も以前まえ見た時、同じこと思ったよ」と言った。二人で目を見合わせてくすくす笑い合う。


 ガブリエラさん、元気かな。いろいろ落ち着いたら、エマやミカエラちゃんを連れて一度会いに行きたいなあ。


 私たちは門に現れた光の幕を潜って、向こう側に通り抜けた。






 門を抜けた先は古い石造り広場の真ん中にある祭壇の上だった。祭壇にはたった今私たちが通ってきた門があり、その周りにはたくさんの食べ物や飲み物、そして花が捧げられている。


 広場はたくさんの露店、屋台で溢れていた。通りを大きなトカゲみたいな生き物が曳く荷車も行き交っている。その側を歩いているのは、緑の肌の小人や直立して歩く豚や犬など様々な見た目をした人たちだ。


 初めてその見る光景にワクワクしていたら、下から不意に声を掛けられた。見ると祭壇の前に植物で出来た綺麗な服を着た女性たちが跪いていた。その周りには彼女たちを守るように、額に角を生やした赤い肌の男性たちが控えている。


「お待ちしておりました、荒ぶる異界の神よ。私はこの結界の守護者にして聖都マードハルの巫女姫の長イルァツメでございます。」


 赤い肌をして額に角のある女性が膝まづいたまま、私を見上げてそう言った。


「イルァツメさん! それにシュタンさんも!!」


 エマが声を上げると彼女はエマににっこりと微笑みかけた。彼女の隣に控えていた赤い肌の男性も顔を上げてエマと視線を合わせ、ニヤリと笑う。






「あのとき以来ですね、神々の愛し子エマ。ヴリトラ様はあなたが来るのを今か今かと待っていらっしゃいましたよ。」


「イルァツメ様、ヴリトラ様はどちらにいらっしゃるんでしょうか?」


「今、こちらに向かっていらっしゃいます。もう分かっていらっしゃるでしょうけれど。」


 彼女は私を見ながらそう言った。確かに刻一刻とヴリトラが近づいてきているのが分かる。私は彼女と再会できる喜びに居てもたってもいられなくなり、エマを抱えたまま《飛行》の魔法で上空に舞い上がった。






「お姉ちゃん、気を付けて! この上には魔法の結界があるの!!」


 確かにエマの言う通り、魔力の壁みたいなものが街を覆っている。でもそれは私が近づくとスッと消え去った。多分イルァツメさんが結界を解除してくれたのだろう。街を見下ろせるくらいまで上昇したところで、私はエマに言った。


「エマ、私、竜に戻る。また後ろに乗ってくれる?」


 エマにお願いしてホウキに乗ってもらった。その間に着ている服を脱いで《収納》に仕舞うと、《人化の法》を解除して竜の姿に戻った。


 大きく広げた私の翼が下の街に暗い影を作る。私はエマをまた自分の首の付け根に乗せ《領域》で守ると、近づいてくるヴリトラに向かって羽ばたいた。






 西に広がる黒い森の向こうに恐ろしく高い山が黒々と聳え立っている。ああ、なんて懐かしい光景だろう。


 昔、ヴリトラの住処に遊びに来た時に見たのとまったく同じ景色がそこにはあった。そして私に向かってまっすぐに飛んでくる黒い影。ずっとずっと会いたかった大好きな私の友達だ。


 私は彼女に向かって高らかに咆哮した。彼女も咆哮でそれに応える。


 私たちは互いに鳴き交わしながら、街の上空をクルクルと回った。互いの尾を追いかけるように風を切り、体を寄せては離れ、翼を触れ合わせながら空中で錐揉みするように飛行する。


 私と彼女の体から放たれる魔力が風に乗って混ざり合い、金色の光を放つ粒となって周囲に降り注いだ。私たちは金色の風を巻き起こしながら、何度も何度も体を寄せ合った。


 私たちのような翼を持つ竜の友情の証である《竜の飛翔ドラゴンダンス》。これを舞うのは、かつて精霊や神々が世界に満ちていた時代以来だ。


 私たちが作り出した金色の光は風に乗って運ばれ地上に降り注いだ。光は大地に吸収され、たちまち植物たちを活性化していく。木々の枝には新たな葉が芽吹き、花々の蕾が一斉に花開いた。


 私たちの舞う場所を中心にして、波紋が広がるように地上の色が鮮やかに変わっていった。それを目にしたエマは「すごい、すごい!!」と歓声を上げた。






 私とヴリトラは太陽が僅かに傾くくらいの時間、そうやって舞い続けた。本当は太陽と月が何度も巡るまでこうやって舞っていたい。けれど、今は背中にエマがいるからそういうわけにはいかない。


 私はヴリトラに合図を送り《竜の飛翔》を中断した。彼女は私に向かって誘うように声を上げた後、自分の住処である黒い山に向かって飛んだ。私は彼女の後を追う。


 ほんの数回の羽ばたきであっという間に彼女のねぐらが見えてきた。真っ黒い岩壁に囲まれた広々とした岩棚に彼女は降り立つ。私は岩棚のすぐ側の、黒い炎と瘴気を吹き出す火口の側に降り彼女に向き直った。


 互いの角で鱗をこすり合い、尾を絡め合った。私が角で彼女の顎の下をこすると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。彼女はこれが大好きなのだ。


 お返しに彼女は私の頭の後ろをこすってくれた。一番気持ちのいいところをこすられて、私は思わず声を出してしまった。


 そうやって火花を散らしながら互いの体を触れさせ合った後、私は彼女に竜の言葉で話しかけた。






『ずっと会いたかったよ、黒ちゃん。エマを助けてくれてありがとう。』


 彼女は私をじっと見つめた。黒い宝玉のような彼女の目から大きな涙が零れ、岩棚の上に落ちてキラキラと輝く石に変わって辺りに飛び散った。


『虹色ちゃん、私もずっと会いたかった。来てくれて本当にありがとう!』


 本当に長い間、離れ離れになっていた友達との再会。私は彼女と特に仲が良かった。こうやって向かい合っているとまるで神々の戦いの起きる前の、あの頃に戻ったような気持ちになる。


 過ぎ去っていった悠久の時。そして消えていった多くの仲間たち。言い尽くせぬ思いが胸に迫ってくる。いつしか私も、彼女と同じように泣いていた。


 彼女は私に顔を寄せると、長い舌で私の涙を優しく舐め取ってくれた。






 私たちの様子を見たエマも、私の後ろで涙を流していた。


「よかったね、ドーラお姉ちゃん。」


 エマはそう言って私の鱗にそっと触れた。硬い鱗越しでもエマの温かい魔力がはっきりと伝わってくる。


「ありがとうエマ。これもエマのおかげだよ。」


 私がそう言うとヴリトラも同意するように喉を鳴らした。


「本当にそうね。私からもお礼を言わせて。ありがとうエマ。」


 とてもきれいな大陸公用語にんげんのことばでヴリトラはエマに言った。私は驚いて彼女にその理由を尋ねた。






「私、もうかれこれ3000年くらい、この闇の世界を守ってるからねー。」


 彼女はちょっと苦い調子で私にそう言った。彼女によると今から1500年程前、人間の世界と彼女の暮らす闇の領域を隔てる壁がなかった時期があったのだそうだ。その間は人間との交流も結構あったらしい。


「私のことを邪竜だの魔神だのって言って、私と戦うためにわざわざここまでくる人間たちもいたよ。まあ皆、消しちゃったけどね。」


 彼女は可笑しそうに鼻を鳴らしながらそう言った。彼女のブレスにはあらゆるものの活動を停止させ消し去る消滅の力がある。軽く触れただけでも人間などひとたまりもなかっただろう。


「戦いに来る人間の他にも、私と話をしたいっていう人間たちもいてね。その時に大陸公用語にんげんのことばを覚えたんだよ。」


 また二つの世界を分ける結界ができるまでは、狩りのついでに人間の世界に行くこともあったそうだ。


「でも人間たちは私の姿を見ても怖がって逃げてばっかりでねー。つまんないからそのうち行くのやめちゃったんだ。」






 そうこうしているうちに、それまで仲良くしていた闇の領域と人間の世界で大きな争いが起きるようになった。彼女は、彼女に名前をくれたという闇小人ゴブリン族の男との盟約に従い、争いを収めるために二つの世界を閉ざしたらしい。


「結界の表面を私の消滅の力を込めた黒い瘴気が覆ってるからね。私が認めた者以外は触れただけでみんな消えちゃうよ。」


「なるほど、だから外から見たら世界全体が黒い瘴気で覆われてるように見えるんですね。」


 エマが感心したようにそう言うと、ヴリトラは満足そうに喉を鳴らした。結界を通ることのできる唯一の例外は、両方の世界を繋ぐ『転移門』だけなのだそうだ。私とエマが通ったあの白い門のことらしい。






「おほん。ところでエマよ。我との約束は忘れておらぬであろうな。」


 ヴリトラが咳払いしたかと思うと、急に口調を変えて話し出した。それがあまりにも可笑しかったので、私は思わず吹き出してしまった。私の鼻から勢いよく噴き出した魔力の炎が岩肌に当たる。黒い岩の表面はたちまち溶けて泡立った。


「なあに、その喋り方!」


「え、いや、この方がかっこよくない!? それにほら、私この闇の世界の守護者だしね! 威厳があった方がいいのよ! エマも・・・其方もそう思うであろう?」


 エマは無言のままうんうんと何度も頷いた。でも私が横目で見たら、きつく閉じたエマの唇の端がプルプル震えている。おまけにこっそり自分の太ももを思いっきりつねっていた。これ以上、このことには触れないほうがよさそうだ。


 私は話を変えるためヴリトラに話しかけた。






「エマとの約束って一体何のこと?」


 エマはヴリトラが私を助けるためにハウル村へ来てくれたお礼をしたいのだと言っていた。でも二人が約束をしたって話は聞いていない。


「私はヴリトラ様に力を貸していただくために、王国に伝わるいろんなお話を話したんだ。でも最後の話をおしまいまで話していなかったの。」


「うむ。エマは本当に酷い! 我は結末が気になって気になって仕方がなかったのだぞ! さあ、早く続きを話すのだ!」


「はい。もちろんです。でも最後まで聞いて満足したからって、私を食べないでくださいね。」


 エマはクスクス笑いながら冗談めかしてそう言った。でも私は驚いて思わず声を上げてしまった。






「ええっ、エマを食べるの!?」


「いや、違うのドーラちゃん!! ほんとに食べるつもりはないんだよ!! ただほら、久しぶりに会った人間だったし、ちょっと脅かしてやろうかなーって思っただけで!!」


 ヴリトラは慌てて私にそう言った。長い付き合いだから、彼女の言葉が真実であることはすぐに分かる。


「そうだったのね。もう、びっくりするじゃない。」


 私が安心してほうっと息を吐きだすと、彼女は照れたように翼を竦めた。


 その後、エマはヴリトラにお話を聞かせることになった。折角だから最初からまた聞きたいとヴリトラが言ったので、私も一緒にエマのお話を聞くことにした。長いお話が終わり、結末を聞いたヴリトラは大粒の涙をボロボロ零した。






「おお、なんという結末なのだ。予想を完全に裏切られたが、皆が無事で本当によかった。我は今、猛烈に感動しておるぞ!」


 感極まった様子でヴリトラが言った。語り終えたエマは大きく息を吐きだした。私はエマに尋ねた。


「ねえ、エマ。今のってエマが『深き森の迷宮』を討伐した時のお話だよね。」


 私の問いにエマは少し照れたように「うん」と頷いた。話しやすいように少し脚色されているけれど、だいたいは私が聞いたエマの冒険談そのままだ。この話を元にして王都で作られた劇とは比べ物にならないくらい、真に迫っていて面白かった。語り手本人が主人公なのだから当たり前だけどね。


 私たちの会話を聞いたヴリトラが、すごい勢いでエマに迫ってきた。






「え、このお話の女の子ってエマなの!? じゃあこの後、エルフの少女と老戦士はどうなるの? 力を無くした剣士は無事に故郷に帰れたの!?」


 夢中になりすぎて口調がまた普通に戻ってしまっていることにも気が付いていないようだ。エマはヴリトラに請われるままに、お話の続きを話した。


 聞き終えたヴリトラはうっとりと目を瞑って言った。


「はあ、人間の世界って本当に素敵ね。それにしても虹色ちゃん・・・あ、今はドーラちゃんだっけ? 人間の姿でエマたちと一緒に人間の国で暮らしてるんでしょ。どうしてそんなことになったの?」


 私は人間から独学で魔法を学び《人化の法》を編み出したことを彼女に説明した。






「そうだったんだ。ドーラちゃんは昔から器用で色々できたもんねぇ。変わった石や貝殻もいっぱい集めてたし・・・。」


 ヴリトラは感心したように何度も頷いた。


「ねえ、ドーラちゃん。その《人化の法》って私にもできるかな?」


「もちろんだよ!」


 私はヴリトラにいくつかの魔法の使い方と《人化の法》を教えた。彼女は詠唱魔法はあまり上手くできなかったけれど《人化の法》はすぐに理解してくれた。


 詠唱魔法は人間用に作られたものなので、わたしたちにとっては魔力の制御が難しいのだ。一度コツを掴むと簡単なんだけどね。


 《人化の法》は神々や私たち、それに精霊たちが使っていた力に近い。


 詠唱魔法が川の水を手で汲み取るようなものだとすれば、《人化の法》は何もないところに川を作り出すような術だ。ガブリエラさんっぽく言うなら「世界の有り様に直接干渉する力」って感じかもしれない。


 ヴリトラもすぐにそれが分かったようだ。彼女は私が教えたとおりに竜の言葉で詠唱を始めた。






《猛き翼を覆い隠し、輝く鱗を柔肌に転じ、今、神の似姿に変貌させん。人化の法!》


 詠唱と共に魔法が発動し、ヴリトラの体が黒い輝きに覆われる。彼女の体はみるみる小さくなっていき、やがて黒くて長い髪を持つ人間の女性の姿に変わった。私と違って肌は浅黒く、紅玉のように美しい真紅の瞳をしている。


 緩くウェーブのかかった艶やかな髪を掻き分けて自分の体を見た彼女は、声を上げて笑い出した。


「あははは、すごい! なんてちっぽけで弱々しい体! ねぐらがこんなに大きく見えるなんて!」


 私も同じように《人化の法》を使って人間の姿に変わった。並んでみると人間のヴリトラの方が私よりも背が高かった。胸や腰回りも大きくて、なんというかとても大人っぽい感じがする。


 ホウキで下に降りてきたエマはヴリトラの体を見て、思わず両手で顔を覆った。あれ? 私の裸を見てもそんなことしないのになんで?


 私とエマは家族だから特別ってことなのかしら。まあそれはともかく、私はヴリトラに髪の長さの変え方や翼の出し方なども教えてあげた。






 ヴリトラは物珍しそうにエマのほっぺをぷにぷに触ったり髪をいじったりしながら、自分の髪の長さを私と同じくらいに変えてみせた。


「うーん、細かい調整はなかなか難しいねー。それに大きく姿を変えることって出来ないんだね、これ。」


 彼女は自分の豊かな胸を両手でゆさゆさと揺らしながら言った。


「そうなんだよね。私も最初からこの姿のまんまだもの。髪の色は少し変えてるけど。」


「でもこれなら安心していろんなところに遊びに行けそうだよ! ありがとうドーラちゃん!」


 ヴリトラは竜の時と同じように私に抱き着き、舌で私の耳や首筋をぺろぺろと舐めた。わたしたちはこうやって相手に親愛の情を示すのだ。私も同じように彼女を舐め返す。エマはそんな私たちの様子を、なぜか顔を真っ赤にしてちらちらと見ていた。






 それぞれの目的を果たした私たちは、家に帰ることにした。太陽はすでに大きく傾き、西の空には美しい夕闇が迫っている。


「ヴリトラ、本当にありがとう。また遊びに来るね。」


「ヴリトラ様、ありがとうございました。」


「うむ。魔法で結界を通り抜けられるようにしておく故、またいつでも来るがよいぞ。そのうちに我の方からも出向かせてもらうとしよう。」


 ヴリトラはまたあの面白い口調で私たちにそう言った。彼女は私たちが《転移》の魔法で移動できるよう結界に通り道を作ってくれた。だから次からは簡単にここへ来ることができる。


 ヴリトラはこの後、もう少し詠唱魔法を練習するといった。私たちはまだ人間のままでいる彼女に別れを告げ、《集団転移》するためにエマと手を繋いだ。


「じゃあエマ、スーデンハーフに戻ろうか。」


「待って、お姉ちゃん。テレサ様を迎えに行った方がいいんじゃない?」


「あっ、そうだったね。ありがとうエマ!」


 テレサさんのことをすっかり忘れてたよ。私は魔法で自分たちの姿を覆い隠した後、《集団転移》で聖都に移動した。












 聖都東門前の広場は、家路を急ぐ人たちと大門が閉じる前に街に入ろうとする人たちでごった返していた。露店や屋台を片付ける人たちの中、売れ残りを何とか捌こうとする行商人さんたちの声が響く。日頃見ることのない珍しい商品に思わず目を向けてしまいそうになる。けれど早くしないと夜になってしまう。


 私とエマは《飛行》の魔法を使ってその場を離れ、建物の屋根ギリギリの高さを飛んでまっすぐ大聖堂へ向かった。


 門から大聖堂まで、大通りに一定の間隔で魔法の街灯が設置されている。それを辿りながら、落日の光を受けて赤紫色に輝く大聖堂を目指した。


「テレサさん、どこにいるんだろうね?」


「うーん、大聖堂に行って聞いてみるしかないかなあ。」


 そんなことをエマと話していたら、急に私の頭の中にテレサさんの声が響いてきた。






「(ドーラさん、闇の世界からお戻りになったんですね。)」


 テレサさんは魔力感知の力で私たちが戻ってきたことを知ったらしい。私たちは彼女に誘導してもらい、無事に大聖堂の中に入ることができた。


 私たちが通されたのは、大礼拝堂のすぐ横にある小さな小部屋だった。案内の騎士さんが扉を開けると、そこにはテレサさんとエウラリアちゃん、そして立派な髭を生やした騎士さんが私たちを待っていてくれた。


 毛足の長い敷物が敷かれた部屋に入ると、私の前にエウラリアちゃんと騎士さんが進み出てさっと膝まづき、頭を下げた。


「先ほどは知らぬこととは言え、大変なご無礼をいたしました。どうかお許しください。」


 私が驚いてテレサさんを見ると、彼女は声を出さずに「(許します、とおっしゃってください)」と伝えてきた。私が言われた通りにすると、二人は立ち上がった。






「テレサお姉様からお聞きしました。ドーラ様がお姉様を救ってくださったそうですね。本当にありがとうございました。」


 熱のこもった潤んだ瞳でエウラリアちゃんに見上げられたけれど、私には何のことだかさっぱり分からない。エマも困った顔をして、私とエウラリアちゃんたちを見比べている。するとテレサさんがエウラリアちゃんと騎士さんに言った。


「エウラリア、それにコルディエ神聖騎士団長。信徒たちには私から今回起こった出来事について説明します。それまで聖都の守りと聖祭の準備をよろしくお願いします。」


「はい。テレサ様が鐵の乙女団と共にお戻りになるまで、エウラリア様と聖都の人々は我ら神聖騎士団が命に代えてお守りいたします。」


 別れの挨拶を終えたテレサさんは二人を部屋から下がらせた。そして私とエマに向き直ると、悪戯っぽい目をしてにっこりと笑った。






「びっくりさせてすみませんでした。でも二人を納得させるためにはああするしかなかったんです。ちょっとした嘘もついてしまいましたけれど、私欲のためではないのできっと神もお許しくださるでしょう。」


 彼女は軽く祈りを捧げながらそう前置きし、私とエマに話をしてくれた。


「まずは私とドーラさん、そしてルピナスさんの身に起こったことを説明しておきましょう。今の私とルピナスさんの体はドーラさんの魔力によって出来ているのです。」


「えっと、それはどういうことですか?」


「ドーラさんは人間ではありませんよね。どういう方法かは分かりませんが、あなたは自分の魔力を使ってその体を作っているのでしょう。肉体を失い魂だけの存在となっていた私とルピナスさんは、あなたのその力によって再び肉体を取り戻すことができたのです。」


 話が難しすぎて理解できないうえに、急に私が人間ではないことを指摘されて頭が混乱してしまう。何と答えてよいかと考えていたら、突然エマが声を上げた。





「そうか、分かりましたお師匠様! ドーラお姉ちゃん《人化の法》だよ! お師匠様とルピナスちゃんはお姉ちゃんの《人化の法》で体が元に戻ったんだよ!」


 エマの予想はこうだ。光の柱に囚われ魔力の体を失っていた私は、私を導くためにやってきてくれたテレサさんとルピナスの魂を自分の魂に取り込んでしまったらしい。


 その後、私は皆のおかげで光の柱から解放された。その時、無意識の内に《人化の法》を使った。おそらく竜の姿に戻るには魔力を消耗しすぎていたからだ。


 そのとき《人化の法》がテレサさんとルピナスにも作用したのではないかということだった。






「なるほど《人化の法》ですか。肉体を魔力に置き換えるというのは聖女の秘術である《再生》と同じ仕組みですね。ただその規模が桁違いですけれど。」


 テレサさんはうんうんと頷きながらそう言った。彼女は聖女の秘術である《再生》を使ったことがある。そのためルピナスと共に蘇った時、自分の体に起こったことをすぐに理解したという。


 まだよく分かっていない私に向かって、彼女は言った。


「つまり私の体はドーラさんの魔力で出来ているということです。私の魂が核となってあなたの魔力で出来た体を動かしているわけですね。」


 私と彼女が声を出さずに会話したり、遠くにいる彼女の様子を知ることができたりしたのも、すべては魔力がつながっているかららしい。






「ではお師匠様、もしもドーラお姉ちゃんの術が解けたら、二人は消えてしまうってことですか?」


 エマから心配そうに尋ねられたテレサさんは少し考えた後、言った。


「多分、ドーラさんの魔力か生命のどちらかが尽きれば、私もルピナスも消滅してしまうはずです。ドーラさんは私たちにかかっている《人化の法》を解くことができますか?」


「えーと・・・分かりません。」


 そもそも私は二人に《人化の法》をかけた意識さえないのだ。使った覚えのない術を解けるわけがない。


「じゃあ、お師匠様たちが消えちゃう心配はないってことですね。」


「今は何とも言えません。しばらくは様子を見るしかないでしょう。」


 テレサさんが微笑みながらそう言うと、エマは彼女の胸に飛び込んでその体を強く抱きしめた。






「・・・お師匠様が帰ってきてくださって本当によかったです。」


 エマは涙で濡れた顔を彼女の法服にぎゅっと押しつけた。テレサさんは無言でエマの頭を撫でながら私に言った。


「ドーラさんのことはドルアメデス王国を守護する大地母神の使いである、とエウラリアたちには説明してあります。身分を隠しているため、そのことを表沙汰にしないようにとも。これ以上、聖女教わたしたちのことでご迷惑をかけることがないようにします。だから安心していてくださいね。」


 その後、私たちは三人でドルアメデス王都へ転移した。聖都にいたときにはすっかり日が暮れて夜の星が瞬いていたのに、王都はまだ昼にもなっていなかった。私たちが王国を出たのが夜明け前だったから、まだ半日経っていないということになる。何だかすごく不思議だ。


「大陸の西と東では一日の長さが違うのでしょうか?」


 テレサさんも首を捻っている。まあ、考えても分からないので取り敢えずこのことは放っておき、私たちは王都に新しく建設中の聖女教会に向かうことにした。






 私たちを出迎えてくれたハーレさんはテレサさんの身をすごく心配していたようで、彼女の姿を見るなり走り寄ってきて彼女に飛びついた。テレサさんはそんな彼女を優しく抱きしめていたけれど、彼女が何度も何度もテレサさんの体をさすり回したので「ハーレ、いい加減になさい」と叱って体を離した。


 皆が落ち着いたところで、私はテレサさんにお願いされて《収納》にしまっておいたたくさんの箱をその場に取り出していった。この箱の中に入っているのは、たくさんの金貨や銀貨、それに宝石や貴金属類だ。


 これらの宝物は『枢機卿』という人とその仲間たちが、不正な方法で貯め込んでいたものらしい。テレサさんはそれをすべて取り上げて、ドルアメデス王国に贈ることにしたのだそうだ。


 このお金を使って今回の事件で壊れてしまった船や建物の修理や、被害に遭った人たちへの援助をするという。小さな部屋が埋まるくらい箱を積み上げた後、テレサさんが私に言った。






「本当に助かりました。それでドーラさんに一つお願いがあるのですが。」


「なんでしょう。何でも言ってください。」


「春の祝祭が終わったら、私と乙女団の者たちを聖都まで連れて行ってもらえないでしょうか。」


「そんなのお安い御用ですよ。じゃあ祝祭が終わったら、ここに迎えに来ますね!」


 私はそれを快く引き受けた。もともとテレサさんは私がここに連れてきちゃったようなものだしね。聖都には今日行ったばかりだし、次からは《集団転移》で移動できるから楽ちんだ。


 今度行くときにはエマと一緒にゆっくり聖都を見物してみたいなあ。私がそう話したらハーレさんが「私が案内しますよ」と言ってくれた。彼女は聖都の美味しい食べ物屋さんをたくさん知っているそうだ。今からとても楽しみです。






 用事を済ませた私とエマはフランツさんの家に戻った。扉の中からは魚を調理する美味しそうな匂いが漂ってくる。


「「ただいま!」」


「おや、おかえり二人とも。随分早かったね。」


 食事の支度をしていたマリーさんと家妖精のシルキーさんが私たちを出迎えてくれた。私たちも一緒に昼食の準備を手伝っているうちに、フランツさんが午前中の仕事を終えて帰ってきた。


 ちょっと狭いテーブルに皆で座ってお昼ご飯を食べる。エマの小さい弟妹たちが一緒なのでとても賑やかだ。ああ、本当に幸せだなあ。


 さっき見た王都の雪もほとんど残っていなかった。もう間もなく新しい春がやってくる。神殿での神事を終えたら、私は皆と一緒にまたハウル村に戻ることになる。






 今度の春の祝祭をハウル村で祝うことができないのはとても残念だ。これまで皆で作ってきたものはすべて無くなってしまった。


 でもみんなが一緒ならまた同じように、ううん、もっともっと素敵な村を作ることができるはず。私もそのために出来ることを精一杯やるつもりだ。


 次の春にはどんなことが待っているんだろう。きっととても楽しいことがたくさんあるに違いない。和やかに食卓を囲む皆の笑顔を見ながら、私はそう強く思ったのでした。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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