37 それぞれの思惑 後編
本日、今週書き溜めた分を3話投稿しています。本当は1話分のつもりで書いていたのですが、あまりにも長いので分けました。主人公が出てこない上に説明が長いです。すみません。
サローマ伯の一人息子ニコルは、控えめな態度ながらもごく自然な笑顔で会話をするエマの表情から目を離せずにいた。
冬の間、スーデンハーフの街でほとんど毎日会っていたというのに、ほんの季節二つ分挟んだだけで、エマがまた少し魅力的になったように感じられる。彼はこの休校期間の間ずっと、エマへの想いを募らせていたのだ。
ニコルとエマが最初に出会ったのは一年前の魔力適性検査の日だ。それまでニコルはエマのことを特に意識したことはなかった。
彼が心を向けていたのはむしろエマの姉ドーラの方である。ドーラは幼い頃から彼を苦しめてきた『妖精の呪い』から彼を解放し、命を救ってくれた恩人。そのドーラの妹が自分と同じ学年に入学すると聞いて、彼はドーラに恩返しする機会を得るため、エマに近づいたのだ。
子供であってもニコルは大貴族家の人間。当然、エマのことも事前に密偵を使って下調べしていた。貧しい木こりの村に生まれた娘であり、王国史上最年少で迷宮討伐を成し遂げた少女。
伯爵家に仕える密偵が伝えてくれたのでなければ、到底信じられないような経歴だ。まるで吟遊詩人たちが歌うお伽話のように荒唐無稽だと、ニコルは呆れてしまった。
エマという娘は一体どんな豪傑なのだろう。そう思っていたニコルは実際にエマを一目見た瞬間、心を激しく撃ち抜かれた。
エマは彼が幼い頃から夢で逢っていた花の妖精の様に、可憐な見た目の少女だった。にもかかわらず、彼女はニコルの目の前で、卑劣なやり方で自分の友人を傷つけた男子生徒を地面に打ち倒して見せたのだ。その鮮やかな手並みに彼は思わず見惚れてしまった。
平民でありながら貴族の理不尽に屈しない気高さ。友人を守るために自分よりも大きな相手に一歩も引かない勇気。そして全身に怒りの魔力を纏わせながらも、その激情に流されることのない冷静さ。
エマはニコルにとってすべての点で衝撃的だった。こんな女の子がいるなんて、ニコルはこの時まで夢にも思ったことはなかった。
ニコルはすかさずその場を収めようと助太刀に入り、男子生徒たちを全員気絶させて、エマを彼らから遠ざけた。
平民である彼女が貴族と揉め事を起こしたとなれば罰を受けないとも限らない。そう考えた彼はその後、意識を取り戻した男子生徒たちをきっちりと『説得』した。
幸いなことに、中級貴族である彼らは、王党派の領袖サローマ伯爵家の嫡子である彼の話をちゃんと理解してくれ、一連の出来事はすべて『不幸な事故』だったと納得してくれた。
そのためエマと話す機会を失ってしまったのは残念だった。けれど、今は彼女の身の安全を守ることの方が優先。
それにこれをきっかけとして、話すことはいつでもできる。魔力適性検査が終わったらすぐに話しかければいいのだから。
彼はそんな風に考えていた。だがこの時に、エマともっとちゃんとかかわりを持てばよかったと、彼はその後ずっと後悔することになる。
ゴルツ学長に大魔法を披露するように言われたエマが《氷獄》という聞いたこともないような恐ろしい魔法を使って、新入生を恐怖のどん底に叩き起こしたからだ。
その後に起きた大混乱で、検査が終わったらエマに話しかけようと思っていた彼の小さな目論見は見事に失われてしまった。
それからというもの、ニコルはエマに話しかける機会を伺い続けた。しかし色々と間が悪く、なかなかその機会を得ることはできなかった。挨拶以外でまともに話をできたのは結局、2か月以上経った格闘訓練の時だった。
この格闘訓練ではニコルはエマと対戦するという好機に恵まれた。
その前に行われた《魔法の矢》を使った模擬戦では、リンハルト王子に一撃で倒されてしまい、エマと王子の決勝戦を悔し涙で見守らざるを得なかったのだ。だから彼はこの好機を生かそうと張り切った。
ニコルは自分の最も得意とする水魔法《惑乱の水鏡》でエマを撹乱し、エマを傷つけることなくそっと取り押さえようと考えた。そうすることで自分の実力をエマに誇示しようと考えたのだ。
今、考えるとなんと尊大で愚かしいことか。ニコルはこの時の自分を振り返るたびに、汗顔を禁じえなかった。
実際に対峙したエマは、恐るべき実力の相手だった。
体術こそニコルには遠く及ばないものの、こちらの動きを読んで攻撃を的確に回避していく。そして少しでも距離を取るとたちまち《魔法の矢》や《石礫》の魔法が飛んでくるのだ。
おそらく冒険者たちの中で魔獣を相手に身に付けた戦法なのだろう。それまで体験したことのない型破りな戦い方に、ニコルの方がすっかり翻弄されてしまった。
ニコルは《惑乱の水鏡》でエマの模擬短刀と魔法を躱しながら、彼女の攻撃を封じるために攻撃し続けざるを得なくなった。当然、手加減するゆとりなど全くない。
そして最後はだまし討ちのような形でエマに勝利したのだ。試合には勝ったものの、完全にエマの裏をかいた戦い方であり、誇りある勝利とはとても言えない。
そのためニコルは忸怩たる思いで試合後の握手に臨んだ。だが、エマは彼の魔法を絶賛したうえで「またやろうね!」と言ってくれたのだった。
何の衒いもない、その素直な笑顔を見た瞬間、彼は自分がエマに恋したことをはっきりと自覚した。
その後、ようやくニコルはエマと交流を持てるようになった。だがそうする中で彼は、ウルス王子がエマに対して恋情を持っていることに気が付いてしまった。
ニコルがエマに接触できずに手をこまねいているうちに、エマはウルス王子との距離を縮めていたのである。彼はひどい後悔の念に苛まれた。
サローマ家は王国を代表する大貴族家である。とはいえ流石に王家には遠く及ばない。ウルスが本気でエマを望めば、彼の恋は始まる前に終わってしまう。ニコルは非常に焦った。
だが幸いなことに、ウルスは自らの立場を慮ってエマに対して距離を取ろうとしていた。またエマはウルスの好意にまったく気づいていなかった。
自分の恋が首の皮一枚つながったことで、ニコルはホッと胸を撫でおろした。ただ残念なことに、エマはニコルの好意にも全く気が付いていなかったのだけれど。
そうやって秋になり、1年生最後の試験が終わると、エマはドーラと共にすぐにハウル村へ帰ってしまった。
剣術大会に出てエマによいところを見せようと思っていた彼の思惑は、またしても外れてしまった。
ニコルはエマを追いかけるようにサローマ領の塩運搬船に便乗させてもらった。そして領へ戻る途中、無理を言ってハウル村に船を停めてもらい、エマの家を尋ねた。
そこで彼の恋はより一層、深まることになった。
彼は美しい村と、そこで生き生きとした表情を見せるエマに、すっかり心を奪われてしまった。
制服姿のエマも魅力的だったが、素朴な村娘姿のエマはさらに魅力的だ。王立学校では見せたことのない自然な笑顔で、彼女は彼に自分の大好きな村を案内してくれた。彼にとってはまさに夢見心地のひと時だった。
本当はそのままエマのところに残って、彼女と共にハウル村の秋祭りに参加したかった。
しかし次期当主として領の収穫祭に参加しないわけにはいかない。彼は泣く泣く船で領へと戻った。そしていつかスーデンハーフの収穫祭にエマを招待しようと、固く心に誓ったのだった。
ハウル村襲撃の報がスーデンハーフにもたらされたのは、収穫祭が終わった数日後だった。知らせを聞いた父、サローマ伯爵は直ちに領兵を率いて自ら救援に向かうとニコルと母アレクシアに告げた。
ニコルは叱られるのを覚悟の上で、父に自分も随伴したいと申し出た。尊敬する父から理由を問われたニコルは少し迷いながらも、エマに対する自らの想いを素直に打ち明けた。
「父上、私は彼女を守りたい。彼女の愛する村を守りたいのです。」
他領の平民の娘に対して、伯爵家の子息が言ってよい言葉ではない。
父は彼の言葉を厳しい表情で聞いた。父ニコラスは武勲詩に謳われるほどの大英雄。普段はニコルに対して優しい表情を見せる父だが、この時は正面に立っているだけで思わず後ずさってしまうほどの闘気を感じた。
父は右手を大きく振り上げた。殴り飛ばされると反射的に思い、思わず身が竦みそうになった。だがニコルはそれでも父の顔から目を離さなかった。
父の手がニコルの肩に振り下ろされた。大岩が降ってきたかと思うほどの衝撃。しゃがみこんだ父はニコルの目をぐっと覗き込んだ。
「・・・本気なのか?」
怒気をはらんだ唸るような声で、父は彼に問いかけた。彼は臆する心を必死で押さえ込み、父に答えた。
「私は本気です、父上。」
声が震えなかった自分を、彼は褒めてやりたくなった。彼の肩を掴む父の手に力が籠る。
貴族男性が平民の娘に劣情を催したという醜聞は、王国でも時折耳にすることがある。父はそのような貴族を蛇蝎のごとく忌み嫌っていた。
自分のエマに対する思いはそんなものとは違うのだと、彼は言いたかった。だが千の言葉でそれを訴えたとしても、何の根拠もない。だから彼は自分を見つめる父の目をまっすぐに見返すことでそれを伝えようとした。
彼の瞳をじっと見つめていた父は、やがてニヤリと太い笑みを見せた。
「よく言った。それでこそ私の子だ、ニコル。」
「えっ!?」
驚くニコルの前で、父は傍らに立つ母アレクシアと視線を交わしてから、再び彼に向き合った。
「よいかニコル。お前の想いを遂げるには多くの試練や障害があるだろう。だが絶対にそんなものに負けるな。欲しいなら打ち勝て。そして必ず手に入れろ。」
父の言葉に母も穏やかな笑顔で頷いている。
「・・・はいっ、父上!!」
父の言葉にニコルは熱い涙を流しながら力強く頷く。
かつて試練に打ち勝ち母アレクシアと結ばれた父は、ニコルの真情を理解してくれた。こうして彼はハウル村防衛戦に参加し、エマの村を守るために死力を尽くすことになったのだ。
その後、家族と共にスーデンハーフへと避難してきたエマと、彼は冬の間ずっと交流を持つことができた。
眠ったままの姉ドーラの身を案じつつも村の再建に向けて一心に働くエマの姿に、ニコルはますます魅かれていった。
彼はエマに少しずつ自分の気持ちを伝えていった。エマもそれを少しずつ意識してくれるようになったように思う。今こうやって話している時にも、彼と目が合うとエマの頬が少し赤みを帯び、笑顔が深くなっている・・・ような気がする。
平民のエマと伯爵家の嫡子である自分が結ばれるためには、まだまだ乗り越えなくてはならない障害が多い。だがそれ以上に、まずはエマに自分のことを受け入れてもらわなくては。
そのためには、他の誰にも負けるわけにはいかないのだ。ニコルは胸の奥で燃えるエマへの熱い想いを静かに滾らせながら、目にぐっと力を込めたのだった。
「・・・というように、水の魔力を術式の中に効果的に組み込むことで、魔法の効果を引き上げることができるわけです。当然、魔力の消費総量は増えますし詠唱も難しくなりますが、それも熟練度を上げて体内の魔術回路が安定してくれば、次第に改善していきます。皆さん、これからも鍛錬を怠らないようにしましょうね。」
午前中の講義時間の最後をそう締めくくると、水属性魔法研究室主任のアンフィトリテは講義台の上に広げていた教科書をパタンと閉じた。緊張の面持ちで講義を聞いていた生徒たちも、ホッとした表情で同じように教科書を閉じる。
「では、午後からは今の講義内容を生かした演習を行います。昼食後、騎士クラスの皆さんは模擬戦闘の用意を、術師クラスの皆さんは短杖を準備して、第3魔力演習場に集合してください。では解散。」
アンフィトリテが教室を出るのを確認してから、生徒たちは一斉に立ち上がった。男女別、学年別に分かれて動いていくのは、これからそれぞれの寮に戻って昼食をとるためだ。
そんな中でエマだけは教科書に顔をくっつけるようにして、机に座っていた。エマと同じく最前列に座っていたミカエラ、イレーネ、ウルス、ニコルの4人は、誰からともなくエマの周りに集まった。
「えっと、えっと、この相関図を見ながら術式のこの部分に該当する呪文を挿入して・・・あれ、でもこれじゃ魔力が反発しあっちゃうから・・・こっちだったっけ? それともこっち?」
教科書を見ながらぶつぶつ言っているエマを心配し、ミカエラが声を掛けた。
「大丈夫、エマちゃん?」
「うーん、2年生になったら急に授業が難しくなった気がするよ! 全然、分かんなかった!」
「確かにやや高度な内容だったな。他学年を交えての合同授業だったからかもしれない。だが基本的な部分は2年生の内容だぞ?」
ウルスの言葉に頭を抱えるエマを見て、イレーネが不思議そうな表情で首を捻る。
「術式の構造が分からないのに、エマさんはどうやっていろいろな上級魔法を使いこなしていますの?」
「あー、あれはドーラお姉ちゃんが直接私に教えてくれたの。お姉ちゃんが目の前で私に魔力の流れを見せてくれて、『あとは真似してみてね』って。」
それを聞いたウルスが呆れた表情で言った。
「それはまじない師が口伝で術を弟子に教えるときのやり方だな。だが詠唱魔術をそんなやり方で教えるなど、聞いたこともない。」
「まあ、ウルス王子は市井のまじない師の魔法のこともご存知なのですか?」
目を丸くして問いかけたイレーネに、ウルスは少し照れながら答えた。
「錬金術の研究の一環で、様々な魔法を勉強しているものでな。それに王家の人間として民の生活を知る上でも欠かせないことだ。」
イレーネから向けられる尊敬の眼差しに気付いたウルスは、照れ隠しをするようにエマの教科書を奪い取り「そんなことより今は昼食だ。今日の内容は私がまた説明してやろう」と言った。
「本当ですか!? ありがとうございます、ウルス先輩!!」
「まあ、では私もその説明を聞かせていただきたいですわ。ウルス殿下、よろしいですわよね?」
立ち上がってお礼を言ったエマに続いて、すかさずイレーネがウルスに問いかける。ウルスは顔を赤くして「あ、ああ、では都合のいい時に錬金術研究室へ来てくれ」と小さな声で呟くように返事をした。
その時、やり取りを聞きながらやきもきした表情をしていたニコルは、意を決したようにエマに声を掛けた。
「エマさん! もしよかったら、実技演習の前に一緒に水魔法を練習しませんか?」
「ありがとうニコルくん。ニコルくんの水魔法はすごいものね。こちらこそ是非お願いします。」
ペコリと頭を下げるエマにニコルは「もちろんです。僕に任せてください!」と胸を張った。すると、晴れ晴れとした表情を見せるニコルに、ミカエラが穏やかな口調で話しかけた。
「では私もご一緒させていただきたいです。お邪魔でなければですけど・・・。」
「あ、そうだよね。ミカエラちゃんも、イレーネちゃんも皆で一緒に練習しようよ!」
それを聞いてエマは嬉しそうな声を上げた。ミカエラとイレーネがニコルの方を見る。
「あ、そうですね。そうですよね。皆で一緒に練習しましょう・・・。」
ニコルは三人の顔を見た後、拍子抜けしたような顔で力なくそう呟いた。だがそこにウルスが横槍を入れてきた。
「いや、ミカエラやイレーネ殿はともかく、エマは全属性持ちなのだから、特に練習の必要はないのではないか? 実技よりも私が解説する術式の構造を聞いた方がよかろう。」
ニコルはすぐにウルスの方を見て反論した。
「エマさんは術式の構造そのものを分かっていないようです。私が説明しながら実演すれば分かりやすいですよ、きっと。ね、エマさん?」
エマの顔を伺いながらそう抗弁するニコルに、ウルスはすかさず言い返した。
「それならば、私が説明した方がいいのではないか。私は土属性だから、貴殿よりもずっと水の魔力の効果的な応用を示せると思うが? それに貴殿も自分の練習があるだろう。」
「いいえ殿下。他学年の殿下にそこまでしていただくのは申し訳ないです。殿下は3年生であらせられるのですから、私たち2年生とは別に練習なさった方がいいと思いますよ。」
ニコルとウルスは笑顔で睨みあいながら、互いの主張を述べ合った。火花を散らす二人の様子をイレーネは心配そうに、ミカエラは興味深げな表情で見つめる。
すると二人の間に割り入ったエマが、左右の手で二人の手を取った。
「二人ともありがとうございます。じゃあ、演習が始まる前に皆で練習しましょう。」
「そ、そうですね、エマさん。そうしましょう。それでよろしいですか、殿下?」
「わ、私に異存はない。よろしく頼む。」
ニコルとウルスは顔を赤くして互いに頷きあった。
「話はまとまったな。昼食後、演習場で会おう。では失礼。」
エマが手を離すとウルスはギクシャクした動きでそう言い、教室を出て行った。
「では私も男子寮に戻ります。」
「うん、ニコルくん。また後でね。」
エマに手を振られて思わず振り返しそうになった手を、ニコルは誤魔化すように体の後ろへと隠し、そそくさとその場を去っていく。
「私たちもお昼を食べに行かなくちゃ。行こう、イレーネちゃん、ミカエラちゃん。」
「え、ええ、そうですわね。一緒に参りましょう。」
イレーネは口ではそう言いながらも、ウルスの去っていった方向とエマの背中を何度も気にしながら、そろそろと歩き出した。
ミカエラは横目でちらりとイレーネのそんな様子を見ながら、この一連の恋の行方についてふと考えた。
王国の未来と自領の将来を見据えた場合、果たしてどの恋を応援するのが最も良い選択なのだろうか?
バルシュ家とサローマ家の結びつきを考えるなら当然、ニコルだ。
王家との関係を強固なものにしたいならウルスとエマが結ばれるのが最良。
そして王国西方貴族家の結束を強め、現王家と対立するならイレーネを応援するのがよい。
どの選択にも相応の利点と欠点がある。お姉様のいらっしゃる東ゴルドとの関係を考えるなら、イレーネ様との関係を深めておきたいところだけれど・・・。
「どうしたの、そんな深刻な顔して。大丈夫、ミカエラちゃん?」
これから起きるであろう貴族たちの暗闘を頭に思い描いていたミカエラは、エマに声を掛けられハッと顔を上げた。
「・・・ううん、何でもないよ。さあ、早くいきましょう。ジビレが心配しているわ。」
彼女の言葉に「うん!」と素直に頷くエマの手を取る。ミカエラは内心、苦々しい思いで自嘲した。
私は親友の恋の行く末すら、自分の利益を最優先に考えている。なんと浅ましいことなのかと。
そして彼女はふとリンハルトのことを思いだした。
将来の自分の夫である彼と、ミカエラはさっきまで最前列で同じように授業を受けていたのだ。それなのに軽い挨拶以外は特に何も会話することなく別れた。
でもミカエラは見逃さなかった。一見冷たく見える彼の表情が、彼女と目が合った瞬間だけ僅かに緩むのを。
以前、彼が招待してくれたお茶会での、彼の何かを必死に求めるような眼と不器用な笑顔を思い出す。するとミカエラは、胸にほんのりとあたたかい気持ちが沸き上がってくるのを感じた。
・・・今度は私の方からお茶会にご招待しようかしら。前回のお礼として。
ミカエラ、エマ、イレーネは三人並んで、第六寮女子棟の食堂を目指して長い渡り廊下を歩き始めた。廊下から見える花園は夏の花が咲き乱れ、むせ返るような甘い香りを漂わせている。
色とりどりに咲く花々はまるで何かを求めて両手を広げているかのように、夏の湿った風にその花弁をクルクルと揺らしていた。
読んでくださった方、ありがとうございました。