35 手紙
また、あんまり話が進みません。
夏の2番目の月の終わりごろ。私とエマ、それにルッツ家の侍女リアさんは《集団転移》の魔法で王立学校へ移動した。第六寮のエマの部屋には、すでに同室のミカエラちゃん、ゼルマちゃん、ニーナちゃんがいて、私たちのことを待っていてくれた。
ミカエラちゃんたちの座っているテーブルにリアさんが素早くエマの分のお茶を準備してくれる。私も彼女と一緒に動き回った。けれどリアさんの手際があまりにも良いので、私はあんまり役に立たなかった気がする。
侍女服姿でリアさんと一緒にエマの座っている椅子の後ろに立つと、同じように立っていたバルシュ家の筆頭侍女ジビレさんと、ニーナちゃんの遠い親戚である侍女のカチヤさんが目で笑いかけてくれた。
「さっき寮母のクランク夫人が、授業の開始は夏の3番目の月の初めからだと伝えに来てくださったんですよ。」
そう言ってニーナちゃんはエマに一枚の紙を差し出した。紙にはエマが所属する術師クラスの授業内容と場所が書かれていた。それを見たエマはニーナちゃんに言った。
「魔力演習の日は一回置きになるんだね。」
「魔力演習場で騎士クラスの方々が格闘演習をするそうですわ。だから交互に使うのですって。格闘演習場の工事が終わるまでの間だけらしいですよ。」
ニーナちゃんの言葉を受けてゼルマちゃんも言葉を続けた。
「工事は秋の半ばまでかかるそうですから、今年の秋の季末試験まではこのままでしょう。」
「修理にすごく時間がかかるんだね。」
「施設だけでなく、格闘場に設置されていた魔力結界や対魔力震用の魔道具などもすべて消失したそうですから。エマさんとゼルマさんも、魔力震に巻き込まれたんですよね。お二人が無事で本当によかったですわ。」
ニーナちゃんの言葉に、エマとゼルマちゃんは曖昧な笑顔で頷いた。ニーナちゃんは格闘演習場が壊れたのは私が暴れたせいだとは知らない。
王様が公式に発表した通り、ドルーア山の地下にある魔力結節が引き起こした巨大な魔力震が原因だと思っているのだ。真相を知っているのはエマとゼルマちゃん、そして二人を痛めつけた上級生の男子たちを含め、ごく限られた人たちだけだ。
エマとゼルマちゃんが無言で考え込んでいるのを見てニーナちゃんは、すぐに二人に謝った。
「ごめんなさい、怖いことを思い出させてしまって。」
彼女の言葉をエマが慌てて否定する。
「ううん、大丈夫だよ。私もゼルマちゃんもずっと気を失っていて、直接何が起こったのかは見てないし。」
エマの言葉にゼルマちゃんも頷く。ミカエラちゃんは二人に向き直って言った。
「確かにあの衝撃波は凄まじかったです。私もすぐに意識を失いましたもの。気が付いたときには王都のバルシュ屋敷でしたから。」
「衝撃波? 魔力震ですわよね?」
「ああ、そうでした。魔力震でしたね。私ったら言い間違えてしまいました。」
ニーナちゃんは「まあ、ミカエラさんたら」と言ってくすりと笑った。ミカエラちゃんは意味ありげな顔でフフと笑い、エマと私にちらりと視線を向けた。あ、ミカエラちゃんにはバレてるみたいだね、これ。
私が暴れたことで、ミカエラちゃんを始め上級貴族出身の生徒たちはほとんどが昏睡状態に陥って、数日間目を覚まさなかったそうだ。一部を除いて先生方も全員が倒れてしまい、王立学校は大混乱だったらしい。
比較的被害の軽かった魔力の低い生徒たちや侍女さんたちが、協力して倒れた生徒たちの救護に当たったとニーナちゃんが説明してくれた。
私も眠っていたから詳しく知らなかったんだけど、こうやって目の前でその時の様子を聞かされると、改めて背筋が凍るような思いがする。どんなことがあっても次は絶対に暴れないようにしようと、私は固く心に誓ったのでした。
4人は話題はその後、休校期間中の出来事へと移っていった。
「ゼルマさんから聞きましたけど、エマさんは冒険者に交じって魔獣討伐をなさっていたんですってね。何でも魔法を駆使して大活躍をなさったとか。流石ですわ。」
ニーナちゃんに褒められてエマはちょっと困ったような、微妙な笑顔を浮かべた。きっと一人で先走ってガレスさんからひどく叱られたときのことを思い出しているのだろう。
でもそれをニーナちゃんに説明するのは難しいものね。結局、エマは曖昧に頷いてから彼女に尋ねた。
「ニーナちゃんは休校期間中、何をしていたの?」
「家の仕事を手伝ったり、手芸や裁縫の訓練をしたりしていました。あとは母と一緒に観劇に出かけたくらいでしょうか。」
劇場の集中している王都の中央広場通りも王都襲撃で被害を受けたけれど、被害の大きかった川港や商業区、倉庫街、職人街の一部に比べると、それほどひどくはなかったらしい。
だから各劇場は春の半ばあたりから興行を始めていたそうで、ニーナちゃんによると多くの人たちが訪れて賑わっていたみたい。
「ただ大人気の演目だった『聖女様の物語』はどの芝居小屋でも上演されていませんでした。」
残念そうにニーナちゃんは言った。『聖女様の物語』が上演されなくなったのは、王都襲撃が暴走した聖女教徒による犯行だったと発表されたことが原因らしい。
あの事件があってからというもの、王都の聖女教徒さんたちはとても肩身の狭い思いをしているのだそうだ。
中にはあからさまな嫌がらせを受けることもあるそうで、王様の命令を受けた衛士隊が、聖女教徒への迫害が行われないように厳しく取り締まっているらしい。
「こんな状況ですから仕方がないですが、大好きな劇が見られなくなるのはとても残念ですわ。」
ニーナちゃんはそう言って大きくため息を吐いた。
私も一度エマたちと一緒に『聖女様の物語』を見に行ったことがある。劇の最後を締めくくる聖女役の独唱が本当に素晴らしく、私は生まれて初めて人間の歌を聞いて涙を流すという体験をした。
劇とは全然関係ない事件のせいで、あんなに素敵なものが見られなくなるのは本当に残念だ。私にはニーナちゃんの気持ちがとてもよく分かった。
ちなみにミカエラちゃんは王都のバルシュ屋敷で、ガブリエラさんの残した文献や資料、試薬などの整理をして過ごしていたそうだ。
これらの文物はハウル村が襲撃を受けてスーデンハーフに避難する際、ジビレさんたちによってガブリエラさんの屋敷から持ち出されたものだ。
聖女教の悪い人たちが使った大儀式攻撃魔法《裁きの光》の衝撃で、ガブリエラさんの屋敷は大きな被害を受けた。彼女がフラミィさんたちと作り上げたガラスの温室は完全に倒壊し、彼女が大切に育てていた植物もすべて失われてしまったのだ。
また離れの研究室にあった薬品類も大半が破損してしまった。その中で残ったものをミカエラちゃんが集めて、大切に保管しておいたらしい。
ミカエラちゃんは休校の間ずっと、ガブリエラさんの残した資料を基に色々な薬や魔道具などを作っていたそうだ。でも素材が足りなくてあんまり作業が進まなかったんだって。
エマとゼルマちゃんが魔石を集めに行った話を聞いて、ミカエラちゃんはすごく興味深そうな顔をしていた。
今度はミカエラちゃんが必要な素材を集めてきてあげるのもいいかもしれないね。エマやゼルマちゃん、それにミカエラちゃんも一緒に行けたら、きっと楽しいだろうなー。
そう言えばミカエラちゃん宛てにガブリエラさんの手紙を預かっているんだった。早く渡したいけれど、流石に今、皆がいる前では渡せない。どうやって届いた手紙なのかも説明しないといけないしね。
というわけで早速その日の夜、私は皆が寝静まってからこっそりとミカエラちゃんにガブリエラさんの手紙を渡すことにした。
部屋の中を私の魔力の《領域》で覆った上で、彼女以外の人は《安眠》の魔法で眠ってもらっているので、話を聞かれる心配はない。眠っているミカエラちゃんを起こして私がそう伝えると、彼女はすぐに事情を察して話を聞いてくれた。
寝台に腰かけたミカエラちゃんに私は、ガブリエラさんの身を案じて彼女のところに行った話をし、彼女から預かってきた手紙をミカエラちゃんに渡した。
手紙に書かれたガブリエラさんの署名を見てミカエラちゃんはひどく驚き、手紙を手にしたまま茫然と私に尋ねてきた。
「お姉様が、これを私に?」
「ええ、直接渡してちょうだいと言ってましたよ。」
私がそう答えると、彼女は震える手で手紙の封を切り、中身を読んだ。
「・・うっ、お姉様、おねえ・・さまぁっ・・!!」
手紙を読んだ途端、ミカエラちゃんは顔をくしゃくしゃにして涙を流し始めた。私が彼女を抱きしめると、ミカエラちゃんは私の胸に顔を押しつけたまま、声を上げて泣いた。
私は美しい緑色をした彼女の髪をゆっくりと撫でながら、彼女が泣き止むまでその体をしっかりと抱きしめ続けた。やがて泣き止んでゆっくりと体を離した彼女は、涙を拭いながら私に言った。
「ありがとうございました、ドーラさん。もう・・二度とこんなことはないだろうと思っていたので、つい取り乱してしまいました。」
「なんて書いてあったんですか?」
私がそう尋ねると、彼女はちょっと苦笑しながら答えた。
「大半はお小言と激励でした。バルシュ家の名に恥じぬように努力をなさい。あなたなら出来ると信じています。そんな言葉ばかりです。」
私が「ガブリエラ様らしいですねぇ」と言うと、彼女はクスクス笑って「本当にそうです」と言った。
「細々した注意や連絡を書いた後、最後に・・一言、『どんなに遠く離れてもあなたを愛しています』・・って・・。」
そこで言葉に詰まり、彼女はまた涙を流し始めた。私は彼女が差し出した手紙を見せてもらった。
ガブリエラさんらしい形の整った流麗な字が続く手紙の最後には、少し乱れた文字でミカエラちゃんへの愛の言葉が書かれていた。その言葉のインクには、書いた直後に落ちただろうと思われる水滴で滲んだ跡がはっきりと残っていた。
私はミカエラちゃんに濡らした手巾を差し出した。彼女は熱くなった目に手巾を押し当てた。彼女が落ち着くのを待ってから、私は彼女に話しかけた。
「ガブリエラさんの義母上様のクオレさんが、是非ミカエラちゃんに会いたいと言ってましたよ。今度一緒に遊びに行きましょう。」
「え、でもそれは・・・。」
「大丈夫。王様にも他の人に知られないように行くならば構わないと言われてますから!」
「まあ、陛下がそんなことを?」
私が胸を張って見せると、ミカエラちゃんは右手の親指の先を軽く噛みながら考え始めた。これ、私と二人きりの時に、ガブリエラ様もよくやってた仕草だ。やっぱり姉妹だけあって、こういうところがよく似てるよね。
「何か困ったことがあるんですか? もしかして会いに行きたくないとか・・・。」
「いいえ、そうではありません。ただそのクオレという方が少し気になっているんです。」
「クオレさんがですか? とても優しくて、いい人でしたよ。ガブリエラさんとも仲が良かったみたいですし。」
私がそう言うとミカエラちゃんはしばらく考えた後、顔を上げて私に言った。
「分かりました。すでにこちらの手札は見られてしまっているのですから、あれこれ悩んでも仕方がありません。陛下が私に会いに行けとおっしゃったのですから、国境の守りを預かるバルシュ領当主として私が直接、クオレ様の人となりを確かめさせていただきましょう。」
「?? ガブリエラさんに会いに行くんですよね? それに手札を見られているってどういうことですか?」
ミカエラちゃんの言っていることが全然分からなかったので、私は彼女に尋ねてみた。すると彼女は真剣な様子で私に答えた。
「今、ドーラさんのお話を聞いただけでも、クオレ様が油断ならない方だというのが分かります。おそらくドーラさんが桁外れに大きな力を持っていることも、すでに察知していると思いますよ。」
私は思わずドキリとしてしまった。それってもしかして私が竜だってこともバレてるってことかな?
いや、そんなまさか。私はドキドキしながら、ミカエラちゃんに問い返した。
「そ、それはガブリエラさんが私のことを弟子だって伝えたから、知っているだけでは?」
ミカエラちゃんはその言葉をきっぱりと否定した。
「それだけは絶対にあり得ません。お姉様が最も秘密にしておきたかったのは、ドーラさんの存在に他なりませんから。」
私はそれを聞いてすごく驚いてしまった。だからガブリエラさんはあんなにきつく「絶対に会いに来てはダメよ!」と言っていたのか。じゃあ、彼女のところに行ったのはかなり不味かったのかな?
「いいえ、おそらくはお姉様も遅かれ早かれドーラさんが自分のところに来ることを予想していたと思います。多分、それが予想よりもうんと早かったから、かなり驚かれたのではないかと思いますけど。」
ガブリエラさんは私が会いに来るって知ってたってことか。ミカエラちゃんの話から考えると、ガブリエラさんは私の正体を他の人に知られないようにしたかったわけで・・・。
つまり、私が会いに来るまでにバレないための準備をするつもりだったのかもしれない。でも私が来るのが予想よりもだいぶ早かったから、それがダメになったってこと?
ガブリエラさんがあんなに怒ったのは、そのせいだったのかな?
私がうんうんと頭を捻るのを見ながら、ミカエラちゃんはちょっと困ったように笑っていたけれど、すぐに表情を引き締めて言った。
「私はクオレ様に会って、今後どんな対応をしなければならないかを見極めなければなりません。おそらく国王陛下もそれを期待していらっしゃることでしょう。」
ミカエラちゃんの領地であるバルシュ領は王国から伸びる東西公路の出口にあたり、バルス山脈を挟んで帝国と接している。
だからクオレさんの出方如何によっては、バルシュ領が危険に晒される可能性もあるのだという。
なんだかすごい大事になってしまった。心配する私にミカエラちゃんは言った。
「大丈夫ですよ、ドーラさん。おそらくお姉様はそのこともちゃんと考えていらっしゃるはずですから。お会いして直接お考えを伺おうと思います。」
ミカエラちゃんは口の端を引き上げてにんまりと笑った。あ、この顔、悪いことを考えている時のガブリエラさんそっくりだ。
その後、私はミカエラちゃんとガブリエラさんのところに出かける日について話し合った。出来るだけ早い方がいいとミカエラちゃんが言ったので、学校が始まって最初のお休みの日に行くのがいいということになった。
話がまとまったので、私はミカエラちゃんにおやすみなさいを言い、ミカエラちゃんに寝床に入ってもらった。《安眠》の魔法をかけるためだ。この魔法を使うと悪夢を寄せ付けず、短い時間でぐっすり眠ることができる。
彼女は寝台に寝たまま私を見上げると、ちょっと恥ずかしそうに言った。
「ドーラさん、本当にありがとうございました。色々言いましたけど、私、お姉様のお手紙をもらって本当に嬉しかったです。」
私はミカエラちゃんに微笑みかけると、彼女の額にそっと触れながら魔法を使った。彼女はたちまち眠りに落ち、安らかな寝息をたて始めた。
姿勢の良い寝姿で横になっている彼女の目の周りには、まだうっすらと涙の痕が残っている。私はそれに指でゆっくり撫でた。
さっきまでバルシュ家の当主としていろんな考えを巡らせていたとは思えないほど無邪気な寝顔だ。こんなに小さいのに大好きな家族と引き離されて、大きな責任を負わされてしまうなんて。
貴族や王族って一体何なのかしら。もっと皆が自由に生きられる世界だったらいいのに。私は幼い彼女の頬を撫でながら、そう思わずにはいられなかった。
慌ただしく授業の準備をしているうちに数日が経ち、夏の3番目の月が始まった。
私は朝食を終えて再開後初めての授業に向かうエマたちの背中を見送り、心の中で「何も起きませんように」と祈った。そして侍女仲間のリアさんたちと一緒に部屋の掃除や洗濯などの仕事に取り掛かったのでした。
読んでくださった方、ありがとうございました。




