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誤字報告をいただきました。ありがとうございました。あと、この話、書いてから読み返したらびっくりするほど中身がありませんでした。箸休めくらいに思って読んでいただけると幸いです。
私とエマは《集団転移》の魔法で、皇宮離宮にあるガブリエラさんの書斎から、帝都の路地裏にある隠れ家へと移動した。人気のない隠れ家でしばらく待っていると、程なく灰色の覆面をした男の人がやってきた。
「随分早いな。ガブリエラ様は見つかったかい?」
私たちを助けてくれた王国の密偵さんは、私たちにそう尋ねた。私は彼にガブリエラさんが無事だったことを伝えた。
「それならよかった。ガブリエラ様の情報を掴むために、無茶なことをしなきゃならないかと考えてたところでな。本当に助かったよ。」
「他にもいろいろ話を聞きましたけど、聞きますか?」
私がそう言うと、彼は少し考えた後、ゆっくりと首を振った。
「いや、これ以上の情報は必要ない。今はこの街から情報を持ちだせないし、その間に俺が捕まらないとも限らないからな。そんな危険は冒せないよ。」
「じゃあ、私と一緒に王国へ帰りますか?」
私の問いかけに彼は苦笑して言った。
「帰りたいのはやまやまだが、それは止めとくよ。やりかけの仕事があるからな。ただ俺が集めた情報を持って帰ってもらえると助かる。頼めるか?」
「もちろんです。王様にちゃんと伝えますね。」
私がそう言うと、彼は私に小さな羊皮紙の切れ端を手渡した。
「?? 数字がいっぱい書いてありますね。何ですか、これ?」
「『暗号文』さ。相手にだけ分かるようにしてあるんだ。」
密偵さんたちは他の誰かに知られては困る秘密をたくさん持っているので、こうやって情報をやり取りしているんだって。すごい!!
私たちは彼にお礼を言い、また《集団転移》でその場を離れ、次の場所へと移動した。今度の目的地はパウル王子のいるラシー城塞近くの森だ。
王子は私に手紙を届けてほしいと言っていたし、ガブリエラさんを見つけられたことのお礼も言わないといけないからね。
木々の間から空を見上げると、太陽は頭のてっぺんから少し西に傾いている。今はお昼を少し過ぎたくらいの時間だ。
私たちは、てくてく歩いて城塞へと向かった。夏の太陽が作る木漏れ日の下を歩きながら、エマとおしゃべりする。
「ねえエマ、お腹空いてない?」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。さっきクオレ様からいただいたお菓子を食べたもの。」
「そう言えばエマ、いっぱい食べてたよね。」
「うん、美味しくってつい食べすぎちゃった。」
えへへと笑うエマ。エマの言う通り、確かにさっきのお菓子はすごく美味しかった。あれは『タルト』というお菓子らしい。
甘い生地の中に果物と黄色いクリームがたっぷりと入った焼き菓子で、帝国ではよく食べられているお菓子なのだそうだ。
帝国は小麦の生産が盛ん。その上、エリス大河の河口域では砂糖が作られているとかで、王国に比べて甘いお菓子が手に入りやすいんだって。
あとタルトの中に入っているクリームだけど、これは王国のものよりも濃厚で香りがよかった。どうやら卵黄と、あの4本足の牛の乳で出来ているらしい。
このクリーム、エマがすごく気に入ったみたいなので是非作り方を覚えて、私が作ってあげたい。けれど、王国ではあの4本足の牛の乳が手に入らないからなー。
六足牛も乳を出すけど、六足牛の乳には魔素が含まれているため、人間は口にすることができないのだ。あの4本足の牛を王国でも育てられたらいいんだろうけど。難しいのかな?
ガブリエラさんがお嫁に行ったおかげで王国と帝国はこれから仲良くなるってクオレさんは言っていたし、王国でもこのクリームが作れるようになるといいなあ。
エマと楽しくおしゃべりしながら森を出てしばらく歩くと、どんどん城塞が近づいてきた。私たちはまた入り口を守る騎士さんにパウル王子に会いに来ましたと伝えた。
朝に続き、一日に二度も王子に会いに来た私たちに騎士さんは怪訝な顔をしたけれど、何も言わずに中に通してもらえた。
「ドーラ殿! まさかもう帰ってきたのですか?」
執務中だというパウル王子は仕事の手を止めて私たちを迎えてくれた。朝見た時は軽鎧姿だったけれど、今はその鎧を脱いでいて、代わりに短衣を身に付けている。
私が「お仕事の邪魔をしてすみません」と謝ると、彼はすごくいい顔で笑った。
「あなたのためなら、いくらでも仕事など放りだしますよ。」
「・・・お仕事をサボるのはダメだと思いますよ。」
「ハッハッハ、つれないですね。ではこちらへどうぞ。」
彼は私の言葉を特に気にした風もなく、私たちを応接用のテーブルに案内してくれた。
「それでガブリエラ様には会えたのですか?」
「はい。とても元気でした。ガブリエラ様を探しだせたのはパウル殿下が色々教えてくださったおかげです。ありがとうございました。」
私がお礼を言うと、彼はニコニコしながらゆっくりと頷いた。
「それはよかったですね。帝国の内部はどんな様子でしたか?」
彼の質問に答えようとした私は、ふとクオレさんの言葉を思い出した。
「それは国王陛下に直接お話します。」
私がそう答えると、彼はとても嬉しそうに声を出して笑った。
「確かにその方がよいでしょうね。ではこちらの情報提供の見返りとして、私からあなたにお願いします。この手紙を王都に届けてもらえませんか?」
そう言って彼は私に手紙の束を差し出した。大小様々な大きさの手紙は両手で抱えられるほどの量がある。
「すごい数の手紙ですね。これ全部、国王陛下宛てなんですか?」
「いえいえ、陛下に宛てたものは一番上にある私の手紙だけです。残りはこの城塞に駐屯している騎士や兵士たちのものですよ。」
この城塞にいる人たち(王国軍第二軍という人たちらしい)の多くは、冬の終わりからもう6か月以上王都に帰っていないのだそうだ。この手紙の束は、その人たちが王都にいる家族に宛てたものらしい。
「帝国軍の不穏な動きに即応できるよう、ずっとラシー城塞に張り付いてなきゃならない部下のために何かしてやりたくてですね。手紙を送りたい者を募ったら、これだけ集まったのですよ。」
兵士さんの中には字を書けない人もいる。その人たちの手紙は城塞の文官さんたちに代筆させたらしい。
「そうだったんですか。パウル殿下は配下の皆さんを大事にしていらっしゃるんですね。」
私がそう言うと、彼は静かな調子で呟くように言った。
「いざというときは彼らに死ねと命令しなくてはならない立場ですから。彼らが生きているうちにできるだけのことをしてやりたいと思っていますよ。」
そして一度言葉を切るとパッと表情を変え、ちょっとおどけた調子で言った。
「まあ優秀な指揮官としては当然のことですね。少しは私のことを見直していただけましたか?」
「はい。私、パウル殿下のこと、すごく素敵だと思いました。」
私がそう言うと、彼は一瞬虚を突かれたような顔をした後、すぐに表情を元に戻した。
「ハッハッハ、ありがとうございます。ルッツ卿共々、あなたにはこれからも私の味方でいていただきたいですね。」
「?? 私もカールさんも、殿下の敵になることはないと思いますケド・・・?」
そんな私の言葉に対して彼は何も答えず、ただにっこりと笑っただけだった。
「パウル殿下って、王都でお会いした時と印象が全然違いますね。」
「まあ、いつも礼装用の甲冑や礼服を着けていないといけない王都よりは、駐屯地の方が気楽ではありますね。私は兄上と違って、せせこましい仕事が苦手なもので。」
パウル王子はそう言って肩を竦めた。彼は目を丸くして驚いているエマに、パチリと片目を瞑って見せた。
確かに王都でのパウル王子はいつも金色の鎧や豪華な服を着て、たくさんの貴族の人たちを連れ歩いている印象がある。
こんなにのびのびしている彼を見たのはこれが初めてだ。王都にいるときの彼よりも、こっちの彼の方がずっと話しやすいし魅力的だなと私は思った。あ、ただ金色の鎧は嫌いじゃないけどね。
別れ際、彼は私の両手を握って言った。
「ではドーラさん、手紙のことよろしくお願いします。」
「はい。分かりました。あっ、この中にはパウル殿下のご家族への手紙も入ってるんですか? よかったら直接渡しに行きますけど。何か伝えることはありますか?」
すると途端に彼は私の両手を離し、どこかよそよそしい笑みを浮かべた。
「・・・私の手紙は国王陛下に宛てたものだけですよ。」
言い切るような調子で口にした彼のその言葉に衝撃を受けて、私は思わず聞き返してしまった。
「え? リンハルトくんへの手紙は入っていないんですか?」
彼の表情がごく僅かに強張った気がした。でもすぐに元の笑顔に戻って言った。
「そうですね。ではエマさん。学校でリンハルトにあったら伝えてもらえませんか。『母様を頼む』と。」
「はい。分かりました。」
エマの返事を聞いて彼は「ありがとう」と微笑んだ。でも私にはその横顔が何だかとても寂しそうに見えたのだった。
私たちはパウル王子にお別れを言ってラシー城塞を出た。さっきよりもさらに日が傾いている。私はエマと二人でしばらく歩いてから、人目につかない木陰で《集団転移》の魔法を使った。
新しく建て直されたフランツ家の私の部屋に移動した後、私とエマはハウル村の北門にいるカールさんに会うために玄関へ向かった。
「おや、帰ってたのかい? おかえり、二人とも。夕飯の前にお風呂に入っておいで。あたしらもこれが終わったら行くからね。」
物音を聞きつけて台所から顔を覗かせたマリーさんが、私たちにそう言った。
台所では家妖精のシルキーさんやエマの弟妹達が、マリーさんと一緒に夕飯の支度をしている。匂いからすると今日の夕飯は豆とジャガイモのシチューのようだ。パンとチーズ、それにソーセージを炙る香ばしい香りもする。
エマはすごく嬉しそうな顔をした。お昼はお菓子だけだったから、やっぱりお腹が空いてるみたいだね。
私とエマは「分かりました!」と元気よく返事をして家を出た。
夕暮れ間際の市が立つ賑やかな広場を抜け、北門の詰所入り口まで来ると「おう、ドーラの姐さん! アニキに用事かい?」と声を掛けられた。
「こんばんは、ヴィクトルさん。お仕事お疲れ様です。」
声を掛けてきたのは詰所の入り口を守っていたヴィクトルさんだった。昨日、カールさんに『押しかけ仕官』した彼は、早速今日から衛士の一員として働き始めたのだそうだ。
私が「よかったですね。本当に偉いです!」と言うと、彼は照れくさそうに笑った。
「おう、これからは生まれ変わったつもりでアニキのために頑張るつもりだぜ! お、そっちの子が姐さんの妹のエマか? 姉ちゃんそっくりだな! よろしくな、エマ。」
「よろしくお願いします、ヴィクトルさん。」
大きな体を屈めてエマと握手をする彼の顔はとても朗らかだった。言葉遣いは少し荒っぽいけれど、最初に会った時のような獣のような凶暴さはもう感じられない。
顔を覆う髭はそのままだけど、伸び放題だった髪を手入れして体を洗ったこともあり、見違えるほど若々しく見える。
ただ衛士のお仕着せの服はかなり窮屈そう。腰に下げた片手剣も、彼が身に付けているとまるで短剣みたいだ。
「そうなんだよ。今、アニキが特注で作ってくれてるらしいんだけどな。」
そう言いながら、盛り上がった筋肉でパツパツになった服をさすって情けない顔をする彼は、ちょっと可愛らしかった。
俺が案内してやるよ!という彼と一緒に、私たちは詰所に入った。
「アニキ!! ドーラの姐さんとエマちゃんが来ましたぜ!!」
ヴィクトルさんが大声で怒鳴りながら執務室の扉をガンガンと叩くと、たちまち中から文官さんが飛び出してきた。
「ヴィクトル! 何回言ったら分かるんだ! ルッツ子爵様とお呼びしろと言っただろう!!」
「ああ? おめえは本当に頭が固えなあ、ステファン。俺が惚れたのはカールのアニキだって言ってんだろ。俺あ別に子爵に仕えてるわけじゃねえんだよ。」
「くっ、ルッツ子爵様の直臣にあるまじきその態度! 許せん! 私が成敗してやる!」
「面白れぇ!! 返り討ちにしてやるよ! 表に出ろ!!」
顔を突き合わせて睨みあう二人。私は魔法を使って二人を止めるべきか尋ねるために、目を白黒させるエマの方を見た。
「そこまでだヴィクトル。ステファンも仕事に戻ってくれ。」
ヴィクトルさんとステファンさんは今にも掴み合いを始めそうになっていたのに、カールさんが一声かけるとたちまち姿勢を正し、どちらからともなくさっと体を離した。
カールさんはヴィクトルさんの後ろにいた私とエマを見て事情を察してくれたみたいだった。彼はヴィクトルさんに向き直ると、穏やかな調子で彼に話しかけた。
「ドーラさんとエマを案内してくれてありがとう、ヴィクトル。」
「へへっ、アニキ!! このくらいお安いごようでさあ!」
カールさんにお礼を言われたヴィクトルさんは、ものすごく嬉しそうな顔で胸を張った。何だか一瞬、彼の後ろにふさふさした犬のしっぽが見えた気がする。
ヴィクトルさんが「ふふん」という感じでステファンさんに視線を送った。それに対しステファンは「ぐぬぬ」と歯を食いしばり、ぐっと拳を握った。
あ、このままだとまたケンカになりそう。私がそう思った途端、すかさずエマがカールさんに話しかけてくれた。
「ス、ステファン様は衛士をやめて、文官になられたんですね!」
「そうなんだよ、エマ。彼は領地経営についての知識が豊富でね。彼が来てくれたおかげで仕事にゆとりが持てるようになった。本当に助かっているよ。」
「わあ、すごいですね! ステファンさん!」
私がそう言うと、彼は「いや、それほどでも・・・」と言いながら視線を逸らした。表情は変わらないけれど、耳の先が少し赤くなっている。
今度はステファンさんがちらりと勝ち誇った視線を送り、ヴィクトルさんが「うぐぐ」と歯噛みをした。うん、ダメだこの二人。このまま一緒に居たら、またすぐケンカになりそう。
カールさんも同じことを思ったらしい。苦笑しながら二人に言った。
「二人とも今日はもう仕事を上がってくれ。私はドーラさんと話がある。二人は部屋を出て行ってくれないか。」
「え、そんなアニキ、つれねえですぜ! 俺も一緒に姐さんの話を聞かせてください!」
「何を言ってるんだこのバカ! さ、早く出るんだ!」
駄々をこねるヴィクトルさんをステファンさんが引きずって出て行く。二人が部屋から出るとカールさんはそっと扉を閉め、私たちを応接用のテーブルへ案内してくれた。
「今朝からずっとあの調子で、事あるごとにぶつかってばかりなのですよ。二人とも年が同じなので、張り合う気持ちがあるのかもしれませんが。困ったものです。」
カールさんはそう言ってため息を吐いた。それを見てエマがくすくす笑う。
「二人ともカールお兄ちゃんのことが大好きみたいだね。」
それを聞いたカールさんはびっくりした顔でエマに言った。
「そう・・・なのかな?」
「うん、そうだよ。それに二人はすごく仲がいいみたいだし。」
「仲がいい? 私にはそんな風には到底思えなかったが・・・。」
エマの言葉にカールさんは首を捻る。私にもそうは見えなかったけど、エマが言うのだからきっとそうなのだろう。私がそう言うと、エマは「男の子の友達同士ってそんな感じだよね」と言って笑った。
カールさんはそんなエマの言葉を少し淋しそうな顔で聞いていた。
私はカールさんにガブリエラさんが生きていたことを伝えた。彼はそれを聞いてとてもホッとした表情を見せた。
「ありがとうございました、ドーラさん。ご苦労だったね、エマ。」
カールさんはエマの頭をポンポンと撫でた。エマがすごく嬉しそうに笑う。あ、いいなあ。ちょっとだけエマが羨ましい。
私がそう思っていたら、エマがくるっと私の方を向いた。
「お姉ちゃんも、カールお兄ちゃんにポンポンしてほしいんじゃない?」
「えっ!?」
カールさんが驚いて私の方を見た。彼と目が合った途端、私の顔がすごく熱くなる。
「ね、そうでしょ、お姉ちゃん?」
「えっと、あの、エマ、それはね・・はい、そうです・・。」
私がこくりと頷くと、エマはにっこり笑ってカールさんを見た。たちまちカールさんの顔が夕焼けみたいに赤くなった。
彼は私に向き直ると「こほん」と小さく咳ばらいをして、そっと私の方に手を伸ばした。
「じゃあ、ドーラさん。行きます。」
「は、はい。お願いしますっ!」
カールさんの手が私の頭に伸びてくる。彼の指先は少し震えていた。私は思わずぎゅっと目を瞑ってしまった。
そっと私の頭に触れた彼の右手から熱が伝わってくる。その熱を感じ、私の心の中は満足感と安心感でいっぱいになった。
ポンポンと軽く私の頭を撫でていた彼の指が、やがて私の髪の中に指し入れられた。彼はそのまま私の髪を梳くようにそっと撫でた。彼の指が私の頬に触れる。私はハッと目を見開いた。
彼の熱い瞳と私の視線がぶつかる。彼は左手で私の右手をそっと掴むと、私の体をそっと自分の方へ引き寄せた。
「カールさん・・・!」
「ドーラさん。私は・・・。」
彼が私の頬を両手でそっと包み込んだ。彼の指が触れているところから生まれる甘美な刺激に陶然となり、私はそっと目を瞑ろ・・・うとして、赤い顔で両手を胸の前で握りしめたまま私たちをじっと見つめているエマに気が付いた。
カールさんも私と同時に気が付いたようだ。私たちはさっと体を離した。
「あ、あの、私、もう、お風呂に行かないと・・・!」
「あ、そ、そうですね。引き留めてすみませんでした。ではまた明日。」
私とエマは挨拶もそこそこに、そそくさと執務室を出た。外はすっかり日が傾き、街道の石畳は夕日で赤く染まっていた。熱くなった私の頬を、川面を滑るひんやりとした夜風が冷やしてくれた。
「・・なんかごめんね、お姉ちゃん。私、部屋を出る機会を見失っちゃって・・・。」
エマが申し訳なさそうに私に言った。
「ううん、こっちこそ、なんていうか、とにかくごめん。」
私たちは互いに謝り合った。でもすぐにそれが可笑しくて堪らなくなり、二人同時に笑い出した。
家路を急ぐ人たちに奇妙な目で見られながら、私たちは共同浴場を目指して夕焼けの中を歩いて行ったのでした。
その日の夜、皆が寝静まった後、私は王様のところに出かけた。
いつものように私を迎えてくれた王様に、密偵さんの暗号文とパウル王子から託された手紙の束を手渡す。
そして侍女のヨアンナさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、ガブリエラさんとクオレさんから聞いた話を王様に伝えた。
「なるほど。そんな事情があったのか。しかしガブリエラ殿が皇太子の正妃になるとは。」
私の話を聞いた王様は、じっと考え込み始めた。
「ガブリエラ様の結婚相手が変わったのって、そんなにすごいことなんですか?」
「かなりの大事だよ。もしガブリエラ殿が男子を出産すれば、その子はドルアメデス王家とゴルド帝室、両方の血を受け継ぐことになるのだからね。」
「?? それがそんなに大事なんですか?」
「ドーラさんには分からないかもしれないな。為政者としてその人物がどういう出自を持っているかというのは、とても大事なことなんだ。民にとっては自分たちの代表になるわけだからね。」
「ふむふむ。じゃあ、ハウル村の村長をカールさんじゃなくて、フランツさんがやってるのもそれが理由ですか?」
私がそう言うと王様はにっこりと笑った。
「まさにその通りだよ。人間というのは良くも悪くも土地と血に縛られてる。農耕をする以上、それは宿命のようなものだ。帝国や王国の西部地方は特にその傾向が強いんだよ。」
決まった定住地を持たない冒険者さんや行商人さんと違って、農業で暮らしている人たちは自分の土地を守ろうとする気持ちが強い。だからどうしても排他的・閉鎖的になりやすいのだと王様は私に教えてくれた。
「じゃあ、ガブリエラさんの子供は王国と帝国、両方の国から大事に思われるってことですね!」
私がそう言うと王様はまた考え込んでしまった。
「・・・一概にそうとは言えないが、それを歓迎する者は少なからずいるだろう。ただそれ以上にそれを良く思わない者たちが多いはずだ。帝室の人間がそれを考えないはずはない。何か算段があってのことなのだろうが・・・。これ以上は情報が足りていないから、今のところは何とも言えないな。」
王様はふうっと息を吐いた。私は急に心配になってしまった。
「ガブリエラさんが危ない目に遭ったりしないでしょうか?」
私の言葉に王様は苦笑いを浮かべた。
「絶対に安全とは言えないが、すぐにどうこうということはないだろう。特に帝国が大規模な軍事行動中であれば尚更だ。それに王族や皇族というのは、多かれ少なかれ常に命の危険に晒されているものだよ。」
「ええっ!? 王様もですか!?」
「私だけでなく、私の家族もそうだね。実際、私の父も祖父も、帝国の差し向けた暗殺者に殺されている。私がこうして安穏と暮らしていられるのは、私を守る者たちがいてくれるからだよ。」
王様はそう言って、側に控えているヨアンナさんに微笑みかけた。ヨアンナさんはちょっと心配そうな目をして、王様に微笑み返していた。
心配して見つめる私に、王様は言った。
「王が間違ったことをすれば、それはすぐに刃となって王自身に返ってくることになる。だから間違いを極力減らすために、王は常に考え続けなくてはならない。それが王たるものの責務なんだ。」
「考えるって、何をですか?」
私の質問に王様はちょっとの間、目を瞑った。
「考えることはそれこそ無限にあるが、最も大切なのは民の暮らしのことだろうと私は思っているよ。民なくして国は立たん。だがそれが本当に難しい。私は王家に生まれ、王として生きるためにずっと考え続けてきたが、それでもいつも迷うことばかりだよ。」
「王様・・・。」
私は思わず席を立って王様の側に寄り、そっと王様の両手を取った。
王様の手は骨ばっていて、指の先にはペンの跡が固く残っている。私はその指をそっと撫でた。
「・・・ありがとうドーラさん。余計なことを話してしまったな。ガブリエラ殿のことはこれからも情報を集めさせようと思う。よかったらドーラさんからも、また話を聞かせてくれないか。」
「もちろんです! 私、今度はミカエラちゃんを連れて遊びに行くつもりなんですよ。」
「ミカエラ殿を?」
王様はまた少し考えてから言葉を続けた。
「それはありがたい。彼女たちには惨いことをしてしまったからな。ただくれぐれも、余人に知られることのないようにした方がよい。王国と内通しているなどと噂がたてば、ガブリエラ殿を危険に晒すことになるかもしれないからな。ミカエラ殿にも伝えておいてくれ。」
「分かりました。王様のところに来る時みたいにすればいいですね?」
私の言葉に王様は声を出して笑った。
「そうだな。そうしてもらえると助かる。」
私はその後、少し王様とおしゃべりをしてから、王様とヨアンナさんを《どこでもお風呂》の魔法で癒し、ドワーフ銀貨を一枚貰ってから村に帰った。
明日からはエマと一緒に王立学校に行くことになっている。夏の3番目の月から再開される学校の準備をするためだ。
私がめちゃめちゃにしてしまった学校の施設は、3か月以上かかってやっと復旧したそうだ。騎士棟及び格闘演習場はまだ使えないみたいなので、今年は合同授業が多くなるだろうって王様は私に教えてくれた。
怒りに我を忘れてしまったせいで多くの人に迷惑をかけてしまったから、これからは気を付けないとね。
でも王立学校が休みの間に本当にいろんなことがあった。エクターカーヒーンとマードハルっていう二つの聖都に行ったり、歓楽街の工事をしたり、魔獣を探しに行ったり。
いろんな人にもたくさん会ったなあ。すごく怒られちゃったけど、ガブリエラさんにも会えたしね。
エマと魔石集めに行ったし、いろんなところで美味しいお酒をたくさん飲ませてもらった。特にあの貴腐酒ってすごく美味しかったな。クベーレ村、また行ってみようかな。
あ、そう言えば、廃砦で不死者の騎士ランディさんからもらった(?)ペンダントのこと、すっかり忘れてた。
クベーレ村の村長さんにペンダントの持ち主について聞きに行こうと思ってたのに、いろいろあったおかげで後回しになってしまっていた。
エマの学校生活が始まって落ち着いたら、また行ってみようっと。今度行くときはお酒のお礼に色々お土産を持って行ってあげたいな。カールさんやエマに相談してみなくっちゃ。
そんな取り留めないことを考えつつ、窓から入ってくる涼しい夏の夜風を感じながら、私は寝台に腰かけて、朝まで魔法の練習を続けたのでした。
読んでくださった方、ありがとうございました。




