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missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
33/93

32 帝都オクタバ 中編

長くなり過ぎました。まさかの前中後編です。

 私とエマは王国の密偵さんが教えてくれた建物の上空にやってきた。皇宮というのはいくつもの建物が集まった小さめの街みたいな場所だった。中央に丸い屋根の大きな建物があり、それが周りにあるやや小さめの建物と渡り廊下でつながっている。


 建物と建物の間には小さな森や大きな池もある。鹿やウサギなどの動物たちもいて、本当にものすごく広い。これ、あの覆面さんに教えてもらえなかったら、絶対に迷子になってたよね。


 空から建物を観察していたエマが一つの建物を指さした。


「この建物じゃない?」


 エマの指さした建物は、他の建物に比べて壁が白っぽく新しかった。きっとこれがガブリエラさんのために建てられたという新しい離宮に違いない。






「ガブリエラさんがいるかどうか、探してみるね。」


 私は《人物探索》の魔法を使って建物内を探った。これは顔を知っている人がどこにいるかを知ることができる魔法だ。


 帝都全体を包み込んで探すこともできるけれど、探したい人と距離が離れすぎているとだいたいの方向しか分からないという欠点があるのだ。相手に気付かれないように、知らない場所をこっそり探し回るにはちょっと不向きな魔法なんだよね。


 でもこれくらいの範囲なら確実にいる探したい相手の場所を特定できる。魔法を使うとすぐに強い反応があった。ガブリエラさんは生きている!!


「見つけたよ! この建物の地下にいるみたい!」


 私が嬉しそうにそう言うと、エマは途端に不安そうな表情になった。






「地下? 大丈夫かな。まさかお師匠様みたいに・・・。」


 そう言われて私はハッとした。テレサさんは聖女教の悪い人に捕まり、地下の牢獄に閉じ込められて数か月間拷問を受け続けた。その結果、彼女は自分の肉体を失ってしまったのだ。


 考えてみれば皇帝の奥さんであるガブリエラさんが、地下にいるのはおかしい気がする。まさかガブリエラさんも捕らえられているのだろうか。そこで王国の秘密を聞きだすために、酷い目に・・・!?


「急ごう、エマ!!」


「うん!!」


 私とエマは《不可視化》がギリギリ解けない範囲で急いで動き回り、建物に侵入できる場所を探した。






「すごく厳重だね、お姉ちゃん。」


 侵入できる場所を探したけれど一階の出入り口にはすべて、金色の鎧を着た人が怖い顔で立っていて入り込める場所がなかった。仕方がないので二階の露台バルコニーから建物内に侵入する。


 そこは広々とした部屋だった。部屋全体に美しい模様の絨毯が敷かれ、金糸銀糸で縁取られた色鮮やかなクッションがたくさん置いてある。部屋の中にはものすごく低い寝台のようなものがあった。どうやらここは寝室のようだ。ガブリエラさんの寝室だろうか?






 寝室に続く小さな部屋は、壁と床にきれいな彩色タイルが張られていた。中央に大きめの湯舟がある。


「ここはお風呂みたいだね。」


 エマが部屋の中を見回して言った。この部屋は他に出入り口はないようだ。寝室に戻ろうとした時、寝室の扉が開いて誰かが部屋の中に入ってきた。


 慌てて部屋の隅に身を隠す。入ってきたのは赤と白のふんわりとした衣装を纏った女性だった。長い袖を赤い紐できれいにたくし上げ、手には掃除道具を持っている。彼女は《不可視化》で姿を消している私たちに気が付かず、部屋の掃除を始めた。この人は侍女さんかな?






「(お姉ちゃん、あそこから出られそうだよ。)」


 エマが侍女さんの入ってきた扉を指さして、私にこっそり耳打ちする。私たちはそろそろと扉に向かって絨毯の上を進んだ。扉は閉まっている。エマが侍女さんの隙を伺いながら、さっと素早く扉を開いた。


 この部屋の扉は両開きで、王国のものと比べると少し薄い。扉全体に美しい装飾がされていて、とってもきれいだ。かなり形が変わってるけど、多分これは植物の文様じゃないかな? 金の縁取りがある把手もすごく素敵だ。


 ほんの少し開いた扉からエマがさっと外に出た。私も後に続こうとしたけれど、うっかり服が扉に触れてしまった。衣擦れの音が静まり返った部屋に響く。






「誰!?」


 掃除をしていた侍女さんがたちまち顔を上げて扉の方を見た。私はさっと動いて廊下に飛び出した。足音を立てないようにしたけれど、石の床の上を歩いたことで少し音が出てしまった。私は慌ててその場に立ち止まった。


 侍女さんは扉に駆け寄り、鋭い目で廊下を見回した。彼女の顔は私のすぐ側にある。私は呼吸音で気付かれないように、じっと息を詰めた。


 《不可視化》の魔法は自分以外の誰かに触られたら解けてしまうのだ。私はドキドキしながら、彼女の動きを観察した。


「風かしら? それにしても扉を閉め忘れるなんて・・・。」


 彼女はふっとため息を吐き、扉をきちんと閉めて部屋の中に姿を消した。足音で彼女が十分に離れたのを確認してから、私とエマは大きく息を吐いた。


「(危ないところだったけどうまくいったね、お姉ちゃん。)」


「(すごくドキドキしちゃった。見つからないうちに、ガブリエラさんのところに急ごう、エマ。)」


 私たちは頷きあい、下に降りるための階段を探し始めた。






 途中何人か、廊下を歩き回る騎士さんとすれ違った。けれど私たちは気付かれることなく、階段を見つけることができた。


 《人物探索》の魔法を再び使って、ガブリエラさんの居場所を確かめる。1階中央の広間に続く長い廊下の先に強い反応があった。私たちは広間を守る騎士さんたちに気付かれないように、そろそろと廊下を進んでいった。


 でもこの廊下、すごく変な感じがする。


 大人の男の人が一人、やっと通れるくらいの幅しかない上に、天井が低いのだ。おまけに両側を石の壁に囲まれているので、圧迫感がものすごい。幸いまっすぐだから、迷うことがなかったのはよかったけどね。






 廊下の突き当りには金属の縁取りがされた丈夫な扉があった。その前に金色の鎧を着た騎士さんが、厳めしい顔をして立っている。


 私はエマと視線を交わすと、ギリギリまで近づいてから《安眠》の魔法で彼を眠らせた。崩れ落ちそうになる彼の体をさっと支える。彼に触れたことで私たちの《不可視化》が解けてしまった。


 ここからは見つからないように素早く行動しないといけない。エマが扉に耳を当てて、中の様子を探ってくれた。


「(中には誰もいないみたい。開けるね。)」


 私は騎士さんを抱えたまま、こくりと頷いた。エマが短杖を構えて扉を押し開く。重い扉はゆっくりと開いた。エマが素早く中を確認し、扉に入った。私も騎士さんを抱えてその後を追う。私が入った後、エマがさっと扉を閉めた。






「(本や書類がいっぱいある。ガブリエラ様のお屋敷にあった書斎に似てるね。)」


 エマの言う通り、10歩四方くらいの部屋の壁すべてに本棚があり、たくさんの書類や本、巻物などが所狭しと詰め込まれている。この部屋にもやはり窓がなかった。


 部屋の中にある家具は大きな書き物机と腰掛があるだけだ。どちらも王国のものに比べるとかなり背が低い。書き物机の上には植物油を使った室内灯ランプが置かれている。照明はこの室内灯だけなので、部屋の中はかなり薄暗い。


 私はふかふかの絨毯の上に抱きかかえていた騎士さんを横たえてから、エマに言った。






「ガブリエラさんはこの壁の奥にいるみたいなんだけど・・・どこにも扉がないね。」


「隠し扉があるのかも。私、探してみるよ。」


 エマはそう言って正面にあった本棚を調べ始めた。そしてすぐに隠し扉の仕掛けを見つけてくれた。


 本棚が後ろに下がりゆっくりと横に滑っていく。すると本棚の後から重い金属の扉が現れた。


「すごいね、エマ!!」


 私が感心してそう言うと、エマは「ガレスさんに調べ方のコツを教えてもらったから・・・。」とちょっと照れて頷いた。






「この扉には鍵がかかってないみたい。仕掛けもないよ。開けてみる?」


「開けてみよう!」


 私はエマと一緒に扉を開けた。重そうに見えた扉はすっと音もなく開いた。扉の先には地下に続く狭い階段になっている。私とエマは素早く階段を駆け下りた。


「(また扉だね。)」


 突き当りにはまたさっきと同じような金属の扉があった。重い石の壁に囲まれたこの場所はまるで牢獄のようだ。


 《人物探索》の魔法は、この扉のすぐ向こうにガブリエラさんがいることをして示している。やはり彼女はここに捕らえられているのかもしれない。






「(この奥だよ。エマ、何か聞こえる?)」


 エマが扉にそっと耳を当てて中の音を確かめる。私はその間、じっとエマの様子を見つめていた。扉の向こうからほんのりと薬品の匂いがした。


「(中に何人かいるみたい。どうしよう、お姉ちゃん?)」


 扉には鍵がかかっていなかった。中にはガブリエラさんの他、何人かの人間がいるようだ。私も耳をすませてみたが、何かが燃える音と微かに人が動く気配がするほかは、何も分からない。


 このまま押し入ってもいいけれど、ガブリエラさんが捕まっていた場合、彼女の命が危なくなる可能性が高い気がする。少し考えた後、私はエマに言った。






「(この辺りを私の《領域》で囲んでから、中の人を眠らせちゃうね。)」


 《領域》で囲んでしまえば、私はその中の様子を細かく知ることができるようになる。《領域》内では私以外の人は魔法が使えなくなるし、体の動きもある程度、制限することができるのだ。


 もしガブリエラさんが危害を加えられそうになっても、それを未然に防ぐことができるだろう。


 欠点としては《領域》の壁を発生させた部分にあるものを切断してしまうということかな。


 地面ならたとえ切れてしまったとしても《大地形成》の魔法でくっつけてしまえば大丈夫。ただ問題はこの先が地下室になっているということだ。






 ここからでは地下室の大きさや広さが分からない。下手すると周囲の地面を切断したことで、部屋の天井を落としてしまうかもしれない。ガブリエラさんが生き埋めになってしまったら大変だ。


 私は扉の高さから慎重に天井の高さを予想し、《領域創造》の魔法を使った。10歩四方くらいの広さの空間を《領域》で包み込む。


 その途端、「きゃああぁ!!」という悲鳴が扉の向こうから響いた。今の声は間違いない。ガブリエラさんだ!!


 私はすぐに扉を開き、中へ飛び込んだ。私に続いてエマも短杖を抱えて踊り込んできた。






「「大丈夫ですか、ガブリエラ様!!」」


 声をそろえて呼びかけた私とエマのすぐ目の前に、ガブリエラさんはいた。


「ドーラ!? それにエマまで!?」


 私の《領域》よりも少し狭い正方形の部屋の中には、ガブリエラさんの他、二人の女性がいる。一人はガブリエラさんよりも少し背が低くて、ゆったりとした服を着た女性。


 彼女は私とエマの姿を見るとおっとりした調子で「あらあら、可愛らしいお客様ね」と言って微笑んだ。


 もう一人は白と赤の服を着た女性。二階で見た侍女さんと同じ服だから多分この人も侍女さんだろう。


 彼女は「く、曲者!!」と言って、懐から呼子を取り出した。でもおっとりした女性が「お待ちなさい。大丈夫です」と彼女を押しとどめた。






 ガブリエラさんは広い作業台の前に立ち、呆気にとられた表情でこちらを見ている。でもすぐにハッと表情を引き締め、私に向かって鋭い声で言った。


「!! さては! ドーラ!《領域》を解除なさい!! 今すぐに!!」


「は、はい!!」


 私は言われた通り《領域》を解除した。ガブリエラさんはすぐに《点火》の魔法で、自分のすぐ前にあった魔力炉に火を点した。


 その後しばらく、彼女は魔力炉の様子を見ながら慎重に魔力を流しこんだ。そして炉の炎が安定し、青白い炎が上がり始めたのを確認して大きく安堵のため息を吐いた。






「急に魔法が解けてしまったから、おかしいと思ったのよ。危なかったわ。危うく錬成が中断してしまうところだった。」


「よかったですね、ガブリエラ様。」


 真剣な表情で作業をしていた彼女を息を詰めて見つめていた私は、彼女のその言葉を聞いてホッと息を吐き、彼女に言った。


 でも彼女は私の方をすごく怖い目で睨みつけた。調合匙をぐっと握りしめた彼女の右手がたちまち色を失って白くなっていく。






 彼女は作業机をぐるりと回って私の方につかつかと歩み寄ってきた。白衣の下から覗く美しい衣の裾がゆらゆらと翻る。


 私に向き直った時、彼女はさっきの怖い顔が嘘みたいな笑顔になっていた。でもその目は全然笑っていない。美しく編み込まれた白い髪の生え際には、隠しきれないほどはっきりと青筋が立っている。


 私の背中に冷や汗が流れ、首の後ろの毛が逆立つ。どうしよう。今すぐここから逃げ出したい!


 どうすることもできないまま、あわあわと震える私のすぐ前まで来ると、彼女はとてもゆっくりとした口調で私に尋ねてきた。


「ねえドーラ。私にあなたに聞きたいことがあるのだけど?」


「ひいっ!! な、なんでしょうか? 何でも聞いてください!」


 口調は優しいのに、そこに含まれる響きは極寒の冷気が漂っている。私は恐ろしくなって、そっと彼女から目を逸らした。







「ちょっとそこにお座りなさい。エマもよ。」


 私とエマは言われるままにその場に跪いた。彼女はすごくいい笑顔のまま、私に「私の目を見てごらんなさい」と言った。恐る恐る顔を上げると、彼女とばっちり目が合ってしまった。


 美しい碧玉の瞳の奥に、ちらちらと黒い炎が踊っている気がする。竦み上がる私に、彼女は尋ねた。


「あなたと別れる前、私があなたになんて言ったか、覚えているかしら?」


「え、えっとー、それはですね、あのう、ぜ、『絶対に会いに来てはダメよ』って、おっしゃいました・・・。」


 しどろもどろになって何とか答えたけれど、最後の方はほとんど囁き声になってしまった。






 彼女は軽く頷いた後、「あなたは何か言いたいことはある?」とエマに聞いた。エマはビクッと震えあがり「いいえ、何もありませんっ」と大きな声で答えた。


 エマにかけてある《警告》の魔法が、うるさいぐらいにエマの恐怖を伝えてくる。


 ガブリエラさんは「よろしい」と言った後、また私に向き直った。






「そうね。ではなぜ、あなたが今、ここに、いるのかしら?」


 彼女は一言一言区切りながら、私に尋ねた。一言ごとに言葉の温度が下がっていき、それにつれて彼女の顔もどんどん険しくなっていく。


「そ、それは、あの、ガブリエラさんが、危ないかもって、思ってですね、それで、あの・・・。」


 私は必死に言い訳したが、言葉を重ねれば重ねるほどガブリエラさんの額の青筋がくっきりと浮かび上がっていった。彼女の怒りが満ちるにつれて、彼女の魔力が体から溢れ出し、彼女の体がうっすらと緑色の光を帯び始める。


 あ、ダメな奴だ、これ。終わった・・・。


 おっとりした口調の女性は何かを察したように侍女さんの後ろに立ち、彼女の耳にそっと自分の両手を当てて、しっかりと耳を塞いだ。侍女さんは戸惑った表情でおろおろと辺りを見回している。


 ガブリエラさんがひゅっと音を立てて息を吸い込んだ。私とエマは衝撃に備えて、体を固くした。







「ドーラっ!!!! エマっ!!!!」


「「本当に、すみませんでしたっ!!!!!」」


 ガブリエラさんの雷鳴のような叱責と同意に、私とエマはガブリエラさんの足元に体を投げ出し平伏した。


 その後、侍女さんが目を丸くしてその様子を見つめる中、私とエマは彼女から長く、厳しいお説教を受けることになったのでした。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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