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missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
24/93

24 後悔と反省

家族に「話が地味すぎる」とダメ出しされました。それなのにまた地味な話を書いてしまいました。すみません。派手な俺tsueeな話って好きなのですが、書くのはすごく難しいです。向いてないんでしょうねー。

 春の三番目の月も半ばを過ぎ、暖かい日が多くなってきた。あまり汗をかかない私でも、昼間外で仕事をしていると少し汗ばむくらいの陽気だ。夏が少しずつ近づいている。


 私はエマたちが魔獣の討伐に出ている間、村の仕事を手伝って過ごしていた。


 西ハウル村は今、あちこちで建設作業が進んでいる。大工のペンターさんとその徒弟さんたちが、ほとんど休みなく家を建て続けているのだ。


 カフマンさんのお店やゲルラトさんのお肉屋さん、宿屋など街道に面する建物はもうほとんど完成しつつある。でもまだまだ建てる建物は多い。


 私はペンターさんたちみたいに木で家を建てることはできない。だから建てる前までの作業を手伝わせてもらった。


 森から木を伐り出して運び、魔法で乾燥させて材木として加工する。釘などの単純な形の金具類も魔法でたくさん作らせてもらった。


 後はペンターさんたちの疲れを取るために、魔法の強壮剤をたくさん作って毎日配って歩いた。皆に喜んでもらってとても嬉しかった。






 あと薬は、カールさんのいる北門詰所とバルドンさんのいる南門詰所にも配りに行った。


 王都襲撃で船がたくさん焼けてしまったせいで、ハウル街道の交通量は以前の何倍にもなっている。カールさんもバルドンさんも、衛士さんも文官さんも、毎日目が回るんじゃないかって思うくらい走り回っている。


 私が強壮剤と疲労回復のお茶を届けると皆、本当に喜んでくれた。特に目の下に深い隈のできた文官さんには、涙を流しながら両手を持って何度もお礼を言われた。


 そんな中で唯一、北門のステファン伍長さんにだけは相手にしてもらえなかった。一度なんか薬を手渡した時、あからさまに無視されたくらいだ。


 せっかく仲良くなって村を案内してあげようと思っていたのに。すごく残念です。










 私はエマが討伐に出ている間、毎朝クベーレ村に《転移》して、エマと《通信》の魔法で連絡を取っていた。勿論、エマの参加している集団パーティ『白の誓い』を迎えに行くためだ。


 3日目の朝、村の側に移動した私が《通信》の魔法を使うと、エマがクベーレ村の側を流れる川の上流で、大泡蛙という魔獣を討伐し終えたと返事をしてきた。


 私は早速《飛行》の魔法で皆を迎えに行った。白い幹をした木が両脇に広がる谷を渓流に沿って飛んでいくと、すぐにエマたちを見つけることができた。


 谷底の渓流の側と少し高くなった岩場の上に、こんがり焼けて美味しそうな匂いのする蛙の魔獣の死骸がいくつも転がっている。私はエマに頼まれてそれを《収納》した。そして皆を連れて《集団転移》でハウル村に帰った。


 その日は左手を負傷したグスタフくんを教会の施療院に連れて行ったり、魔獣の死骸を解体所に持って行ったり、ゼルマちゃんを王都に送り届けたりしているうちに過ぎてしまった。






 その日の夜中、私はこっそりと竜の姿に戻ってクベーレ村の上空へと向かった。実はエマたちを迎えに行った時、渓流の上流で好物の魔獣を見かけたからだ。


 雲の上から魔獣に気付かれないように気配を探り当て、一気に急降下して捕まえる。捕まえたのは丸々と太った、頭のたくさんある蛇(?)の魔獣だ。


 これと同じものを昔、食べたことある。その時、とても美味しかったので是非捕まえたいと思ったんだよね。


 この日捕まえたのはほんの一口サイズだったから、昔食べたのに比べると随分小さい。けれど噛むと牙を押し返してくるような独特の食感と、噛んだ時にピリッとする刺激的な味は、昔食べた時と同じだった。うーん、やっぱり美味しいです。


 もっといないかしらと探してみて、近くの湖でさらに2匹、ちょっと大きめのを捕まえることができた。やったね!


 本当は他にもいたのだけれど、私の姿を見て湖の底に逃げていってしまった。また今度捕まえに行こうっと。


 その後、美味しい前菜を食べて気を良くした私は氷の大陸に向かい、お腹がいっぱいになるまで狩りをし続けたのでした。











 翌日、私はエマと一緒に王都へゼルマちゃんを迎えに行った。そしてそのまま冒険者ギルドへと向かう。『白の誓い』の人たちと一緒に窓口で討伐報告を行うためだ。


 報酬を受け取った後、今回の討伐の反省会をするためにギルドを出ようとしたところで、ギルド長のガレスさんから呼び止められた。


「お前ら、ちょっとこっちに来い。」


 いつも飄々としているガレスさんは、この時とても険しい表情をしていた。ギルド長室の会議用のテーブルに私たちを座らせると、彼はエマを自分の側に呼び寄せて尋ねた。






「さっきの報告を聞かせてもらった。エマ、最初に蛙どもを攻撃した時、なぜ動けなくなるほどの無理をして魔法を使ったんだ?」


 ガレスさんの左目はエマを射抜くような鋭い光を放っている。仲間の皆はエマを心配そうな目で見つめていた。


 ガレスさんはすごく怒っているみたいだ。でもエマは何も悪いことはしていない。むしろ魔獣を倒すために大活躍をしたはずなのに。私は訳が分からず、エマとガレスさんの顔を何度も見た。


 でもエマはその問いかけに何か心当たりがあったようだった。すごく言いにくそうに言葉を選びながら、小さな声でガレスさんに答えた。






「あの、それは・・私が魔法で魔獣をいっぱい倒せば、皆がケガをしなくて済むって思ったから・・です。」


「なるほど。確かにそれは正しいな。ただしそれが成功すればの話だ。」


 ガレスさんはぐっと体を乗り出し、エマの目を覗き込みながらエマを問い詰めた。


「お前は自分の魔法ですべての魔獣を確実に倒せると思ったんだな?」


「それは・・・。」


 言い淀んだエマに、さらに強い調子でガレスさんは畳みかける。






「マヴァールはお前に魔法ですべての魔獣を倒せと、そう命じたのか?」


「違います。マヴァールさんはメスを何匹か倒せば、他の蛙たちは逃げるだろうって・・・。」


 そこまで言ったところでエマは唇をきつく噛んで俯いてしまった。ゼルマちゃんとグスタフくんは私と同じように訳が分からないという顔をして、仲間の顔を見ている。


 けれど大人の皆は、身じろぎもせずにエマの方を見つめていた。中でもマヴァールさんは厳しい表情で真っ白になるほど拳を握りしめていた。


 ガレスさんは椅子に腰かけ直すと大きく両手を広げ、頭をゆっくりと振りながら呆れたように言った。






「そうだ。マヴァールはお前が魔法を使った後のことを考えて、仲間に指示を出してたんだ。だがお前は勝手に自分の力以上のことをやろうとし、魔獣の前でぶっ倒れた。」


 エマがぐっと唇を嚙みしめる。ガレスさんは俯いたエマの顔を下から覗き込みながら強い調子で言葉を発した。


「結果どうなった? 倒れたお前を守るために、ゼルマやロウレアナ、森林祭司は自由に動けなくなった。遠距離からの支援と回復役がいなくなったことで、前衛を危険に晒したんだ。その上!」


 怒鳴るように言った最後の言葉でエマがビクッと顔を上げる。ガレスさんはエマの顔をゼルマちゃんの方に向けさせ、彼女を指さしながらエマの耳元で言った。






「お前が逃げる時間を稼ぐためにゼルマはたった一人で魔獣に立ち向かうことになった。挙句、グスタフが死にかけた。それは誰のせいだ? 言ってみろエマ!!」


「わ、わた、私の、せい、です。」


 エマが目の端に涙を貯めながら、途切れ途切れに言葉を口にする。ゼルマちゃんはエマの目を見ながら「それは違います」とでも言うように首を振り、嗚咽を漏らしはじめた。


 ガレスさんはエマの両肩を掴んで自分の方を向かせた。ガレスさんの一つしかない瞳とエマの濡れた瞳がまっすぐに結ばれる。ガレスさんは重々しく厳しい口調で、言い聞かせるようにエマに言った。


「そうだ。お前は自分の力を過信した。その結果、仲間たちを危険に晒したんだ!」


 エマの顔がくしゃりと歪む。その頬に涙が一筋流れた。






「い、いや、ガレスさん、あれはエマのせいじゃねえだろ。俺が死にかけたのは俺がドジったからで・・・。」


「俺は今、エマに話してるんだ。口を閉じな小僧。お前にも後で別に言いたいことが山ほどある。話はその時にじっくり聞いてやるよ。」


 堪りかねたように声を掛けたグスタフくんを一睨みで黙らせた後、再びガレスさんはエマに語り掛け始めた。


「なあエマ。お前の魔法は確かにすごい。並みの魔導師じゃとても太刀打ちできねえだろう。だがな、それだけだ。」


 ガレスさんはエマの顔を仲間の方に向けさせた。






「お前が魔法を使う時間を稼ぐために、こいつらは命を懸けてる。それはこいつらがお前の力を信頼してるからだ。」


 エマは仲間たちの目を見て、ガタガタと震えだした。私はエマが心配になり思わず立ち上がりかけたが、ガレスさんに「お前はすっこんでな、ドーラ!」と一喝されてしまった。


 痛ましい表情で皆がエマを見つめる中、静まり返った部屋にゼルマちゃんの嗚咽と、エマの奥歯がカタカタと鳴る音だけが響く。






「分かったか? お前は仲間の信頼を裏切ったんだ。いい気になって一人で先走って、危うく仲間を殺すところだった。お前にはそのことの重みが全く分かってねえ。」


 ガレスさんはガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。エマの身を案じ立ち上がろうとしたマヴァールさんをロウレアナさんが片手で制した。彼女はマヴァールさんの目を見て、そっと首を横に振った。


 ガレスさんは涙目で自分を見上げるエマを、物凄い剣幕で怒鳴りつけた。


「最年少迷宮討伐者と持ち上げられて勘違いしたか? 英雄にでもなったつもりかエマ! 自惚れるんじゃねえぞっ!!」


「・・・はい。」


 エマの顔は真っ青になっている。両手をぐっと握りしめ、ふらつく体をまっすぐにしようと必死に両足を踏ん張っていた。私はエマを助けに行きたいと思ったけれど、それを察したエマは決然とした表情で小さく首を振った。


 最後にガレスさんは諭すような調子でエマに言った。






「分かったら次はどうすればいいか、自分で考えろ。それまでは冒険しごとに出るんじゃねえ。いいな?」


「・・・はいっ。」


 エマは歯を食いしばりながら震える声でそう言った後、仲間の方に向かって深々と頭を下げた。仲間たちは何といってよいか分からない様子で、無言のままエマを見つめていた。


 やがて気まずい沈黙を破るようにマヴァールさんが立ち上がり、『白の誓い』はグスタフくんの左手が癒えるまで休養すると宣言した。


 彼の肩の骨は完全に砕けてしまっていたそうだ。治療を担当してくれた聖女教会司祭のハーレさんによると、完治までには日を置いて複数回の治癒魔法が必要となるため、あと数日間はまともに動かせないという。


 重苦しい雰囲気のままその場は解散となった。私はエマと一緒にゼルマちゃんを王都へ送り届けた後、エマと一緒にフランツさんの家に帰ったのだった。











「どうした、シケた面して。」


 休養を宣言したその夜、酒場『熊と踊り子亭』のカウンター席で一人、強い酒を呷っていたマヴァールは、後ろからそう声を掛けられた。


「さっきはありがとうございました、ガレスさん。」


 礼を言ったマヴァールに応えることなく、ガレスは無言で彼の隣に座った。そして女給が「はい、いつものですよ」と言いながら差し出したエールの酒杯ジョッキを受け取ると、黙って飲み始めた。


 酒場の中は仕事を終えた冒険者たちで賑わっている。壁一面に鏡の張られた舞台上では楽師の奏でる軽快な音楽に合わせて薄衣を纏った踊り子がダンスを披露しており、彼女が身を翻すたびに拍手や声援が湧き起こっていた。






 そんな喧噪を背中に聞きながら、ガレスとマヴァールはむっつりと押し黙って酒を飲む。マヴァールは酒杯ゴブレットの中に残っていた火酒を一気に飲み干すと、大きく息を吐き出した。


「グスタフの負傷は俺の判断ミスが原因です。」


 ガレスも同じようにエールを飲み干し、空になった酒杯をカウンターにトンと置いた。女給がすぐに差し出したお代わりを一口飲んで口を拭ってから、ガレスは言った。


「まあ、そうだな。群れを発見した時点で一時撤退っていう手もあったはずだ。なぜそれを選択しなかったんだ?」


 二人は先程から互いに目を合わせることなく、前を向いたまま話をしている。背後で一際大きな歓声が上がるが、二人は身じろぎすることもなく黙って座っていた。しばしの沈黙の後、質問したガレスの方が先に口を開いた。


「集落を守りたかった。違うか?」


 更なる問いかけにマヴァールは肯定も否定せず、黙って空になった酒杯を見つめていた。






 ガレスは討伐の報告を聞いた時点で、クベーレ村周辺の危機的な状況を理解していた。


 探索中、小動物や小型魔獣を目撃することがなかったのは、大泡蛙の群れが異常なほど大きくなってしまったのが原因だ。増えすぎた蛙たちが目ぼしい獲物を手当たり次第に食べ尽くしながら移動していたことはほぼ間違いない。


 本来であれば一体ずつ行動するはずのメス蛙たちが大集団を形成していたのもおそらく、獲物を探し求めて一か所に集まってしまったから。


 エサを獲り尽くした彼らが、次に標的とするのは手近な人里であることは言うまでもない。


 討伐隊がまともに機能していない辺境の地で、防衛の主戦力となる若者がいない村が、彼らに襲われたらどうなるか。結果は火を見るよりも明らかだ。


 魔獣に襲われた集落は悲惨だ。長く冒険者として生きてきたガレスは、嫌と言うほどそれを知っている。そして、かつてマヴァールの故郷が魔獣によって滅ぼされているということも、長い付き合いの中で知っていた。






 ちらりと視線を投げたガレスに対し、マヴァールはゆっくりと首を振った。


「そんな、きれいなもんじゃねえんです。欲が出ちまったんですよ。俺もエマと同じです。」


「俺たちならやれる。そう思ったか。」


 マヴァールはその問いに答えず、女給にエールを注文した。運ばれてきたエールを一口飲んだ後、彼はガレスの方を向いて言った。






「ガレスさん、さっきの話は俺に向けての言葉でもあったんですよね。あれを聞いて、俺は自分がどんなに思い上がってたか思い知りました。」


 ガレスは残った左目でマヴァールを見つめた。マヴァールの寄せた眉には苦悩の影がはっきりと表れている。


 マヴァールは視線を下に逸らし、絞り出すように言葉を発した。


「今回は誰も死なずに済みました。でもそれは運がよかっただけです。次はあいつらを死なせちまうかもしれません。俺の思い上がりがあいつらを・・・。」


 マヴァールはかつて、金のために汚い仕事に手を染めたことがある。生き残るために仕方がなかったとはいえ、人を殺めたことも一度や二度ではない。昔の彼を知る者からは冷酷非情と恐れられてもいる。






 その男が苦悩していた。子供グスタフを守れなかったことへの自責の念で、今にも押しつぶされそうになっている。


 ガレスは彼から視線を逸らし、カウンターの正面を見つめて息を吐いた。


「じゃあ辞めるか、冒険者。」


「えっ?」


 驚いて顔を上げるマヴァールの方を見もせずに、ガレスは言葉を続けた。






「この村はいいぞ。所帯を持って畑を耕しガキに囲まれて暮らすにはぴったりの場所だ。お前もう大分稼いだろう。『白の誓い』は解散して、お前はすっぱり冒険者から足を洗うのさ。剣を捨てろ。命のやり取りなんていつまでも続けるもんじゃねえ。何ならギルドで働いてもいい。俺みたいにな。どうだ?」


 マヴァールは何も答えられず黙り込んだ。ガレスはふっと笑みを漏らし、マヴァールの方へ向き直って彼の肩に手を置いた。


「出来るわけねえよな。お前はそういう男だ。なんだかんだ言ったって突っ走るガキどもを放っておけねえんだよ。」


「いや、ガレスさん、俺は・・・。」


 動揺して目を泳がせるマヴァール。その様子は言葉よりも如実に、ガレスの言葉が真実であることを物語っていた。ガレスはまた前を向いて酒杯を呷った後、自分に言い聞かせるような調子で話し始めた。






「冒険者ってのは因果な商売だ。魔獣から人を守りたい。困ってる誰かを助けたい。どんなきれいごと並べたって結局やってることは魔獣との命のやり取りさ。」


 背後で大きな拍手が沸き起こり、植物油を使った室内灯の明かりが揺れる。揺らめく自分たち二人の影を見つめながら、ガレスは言葉を続けた。


「魔獣は俺たちがどんな思いで戦ってるかなんて考えちゃくれねえ。人助けだろうが金目当てだろうが、死ぬときは死ぬんだ。俺たちは自分の命を賭け金にして飯を食ってる。冒険者になるってのはそういうことだろ。」


 マヴァールは自分の掌をじっと見つめ、初めて魔獣と戦った日のことを思い出す。襲いかかってくる魔獣から生き残るため、無我夢中で父親の山刀マチェットを振り回した日のことを。とどめを刺した時の震える手の感触を、彼は今でもはっきりと思いだすことができた。


 ガレスは僅かに震えるマヴァールにちらりと目を向け、また酒杯を呷った。ふうっと大きく息を吐き、再び話し始める。






「魔獣の血に塗れて、必死に地べたを這いずり回ってよ。手に入る僅かな金で酒を呷って、竦み上がった心を洗い流すんだ。そしてまた剣を取って冒険しごとに出る。まっとうな頭の奴が長く続けられる稼業じゃねぇ。イカレてんのさ、俺たちは皆な。」


 マヴァールも同じように酒杯を呷り「そうですね」と小さく呟いた。ガレスはそんなマヴァールの腕をとり、自分の方を向かせた。


「だがな、それでも俺たちは冒険をやめられねえ。あの小僧グスタフだってそうなんだろ。お前がどんなに悩んだって、たとえ冒険者から足を洗ったって、あいつは止まらねぇ。馬鹿やらかして魔獣のクソになる日まで絶対に止まらねえよ。」


 マヴァールは小さく頷いてガレスと目を合わせた。ガレスは太い笑みを浮かべ彼に言った。






「だったらよ、お前のやることは一つしかねえじゃねえか。」


「・・・そうですね。あの馬鹿グスタフの面倒は馬鹿おれが最後まで見てやるしかなさそうです。」


 ガレスは大きく頷いた。


「そうさ、あの白い嬢ちゃんが俺たちを信じて残して行った連中だ。お前だって最初からそのつもりだったんだろう。なんてったって、『白の誓い』なんて大層な名前を付けるくらいなんだからな。」


「・・・勘弁してくださいよ、ガレスさん。」


 からかわれたマヴァールは、赤くなった顔を誤魔化すようにカウンターの方を向いて、残ったエールを飲み干した。






 優しい気持ちを隠し、ハウル村の人々の暮らしを守るためにいつも強がってばかりだったガブリエラ。その白い面影がマヴァールの脳裏を過る。


 俺はガブリエラに大きな借りがある、とマヴァールはずっと思っていた。それを返すために彼はこの村へやってきたのだ。しかしそれを十分に返さないうちに彼女は単身、敵国へと旅立ってしまった。自分の愛するたった一人の妹と王国を守るために。


 最後まで自分のことを二の次にしやがってあの馬鹿女。お前がいなくなったって、俺は借りたもんをきっちり返してやるからな。見とけよ。






 そう思ったにも拘らず、彼はその後の襲撃からハウル村を守ることができなかった。村人たちにこそ被害は出なかったものの、彼女が残して行った村はすべて瓦礫となってしまった。


 マヴァールの心に、自分の冒険者集団パーティを『白の誓い』と名付けたときの思いが蘇ってくる。村人たちに寄り添いながらも、自分を犠牲にしてまで貴族として気高くあろうとした彼女への思慕をガレスに指摘され、マヴァールはたまらなく気恥ずかしくなった。


 だが同時に、自分の抱えていた忸怩たる思いを尊敬する先達ガレスに知ってもらえたことで、とても清々しい気持ちにもなったのだった。


 それを見抜いたかのようにガレスは「クックッ」と笑って、残っていたエールを一息に飲み干した。






「今回のことでガキどもも頭が冷えただろうさ。お前も含めてな、マヴァール。」


「ガレスさん・・・ありがとうございます。」


 嘯くガレスにマヴァールは素直に感謝の言葉を伝えた。途端に今度はガレスが顔を赤らめ、わざとらしく鼻を鳴らした。


「よせよ、気色悪りぃ。老いぼれた爺の説教に礼なんていうもんじゃねえぜ。ヤキが回ったか、マヴァール?」


 ガレスは目線を逸らしてエールを飲もうとし、中身が空だったことに気が付いて盛大に顔を顰めた。マヴァールはぐすっと鼻を啜った後、大きく息を吐いてしみじみと言った。






「あの連中はまだまだ鍛えてやらねえとですね。」


「そうだ。それに、エマにはああ言ったがな。あの子は強い子だ。きっとこの失敗を次に生かしてくれるさ。」


 マヴァールはその言葉に力強く頷く。その後、ガレスは自分の右目を塞ぐ眼帯を無意識に手で押さえ、ぽつりと呟いた。


「まあ次に何が起こるかなんて、誰にも分かんねえけどな。特に冒険者おれたちには。」


「ガレスさん・・・。」


 その直後、ハッと手を離し「つまらんこと言っちまったな。すまん」と言った後、ガレスは照れ隠しするようにハハハと笑った。


「まあ、何が起こるか分かんねえから、楽しいんだよ。お前もそう思うだろう、マヴァール?」


 マヴァールは目の端に浮かんだ涙を隠すため、両手で目を押さえた。そしてその後、ニヤリと笑ってガレスに言った。






「そうですね。すげえ美人なエルフの押しかけ女房と出会えるかもしれませんしね。」


 くっくっくと笑うマヴァールの言葉に、ガレスは顔を赤くして絶句した。ガレスとロウレアナ、二人の相思相愛ぶりはギルド内の冒険者の間では格好のからかいのネタになっているのだ。


 ガレスはぐぬぬと空の酒杯を握りしめた後、大声で怒鳴り返した。


「くそっ! 言うじゃねえかこの野郎! おいジーナ! 一番高いエール二杯持ってきてくれ! 払いはマヴァール持ちでな。」


 カウンターの中で、二人の話を聞いていた女主人ジーナは泣き笑いをしながら、マヴァールに言った。


「はいよ! 運がいいね、マヴァール。ちょうどデッケン産のとっておきの黒エールが入ったんだ。すぐに持っていくからね。」


「はあっ!? ちょっと待てジーナ! それ一体、いくらになるんだよ!?」






 豊かな水源と穀倉地帯を持つデッケン領の黒エールは王国内でも銘酒として名高い。ただ王都領からデッケン領までの道のりは馬車で1か月以上もかかるのだ。


 エールの品質を落とさないように運ぶための輸送費だけでもとんでもない金額になる。ただでさえ高価な酒の、その小売価格がどれほど高額かは推して知るべしでなのである。


「ガレスさん! せめて折半にしてくださいよ!」


 大慌てで抗議するマヴァールに対し、ガレスは飄々とした表情で嘯いた。


「いいじゃねえか、稼ぎ頭。お前が今月、討伐でいくら稼いだか、俺はちゃあんと知ってるぞ。なんてったってギルド長様だからな。それとも何か? まさか引退した爺にたかるつもりか?」


 マヴァールは何も言い返すことができず、はあっと大きく溜息を吐いた。


「分かりましたよ。ったく、油断も隙もあったもんじゃねえ。」


 その言葉とは裏腹に、彼の口元には満足そうな笑みが浮かんでいた。






 ジーナはなみなみと注がれた黒エールの酒杯をカウンターにトンと置くと、黙って二人の側を離れた。二人は無言で酒杯を打ち合わせたあと、それをゆっくりと味わった。


 地下蔵で冷やされた黒エールの滑らかな喉越しを楽しんだ後ふっと息を吐くと、熟成した豊かな香りが鼻を抜け、後味の良い苦みが舌の上で踊る。


 二人は心地よい沈黙を楽しみながら、ゆっくりと酒を飲んだ。どっしりとした苦みと、そしてほんの少しのしょっぱさを含んだその味は、マヴァールの心に深く深く沁み込んでいったのだった。

読んでくださった方、ありがとうございました。次回も地味な話になりそうです。すみません。

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