21 討伐準備 後編
後編です。よろしくお願いいたします。
「俺たちは川を遡って、魔獣を探しながら水源を目指す。ドーラ、お前はどうする?」
「私は砦に行ってみます。」
村の門のところで私はマヴァールさんたちと別れ、教えてもらった森の中の小道を通って砦の跡を目指した。
15年程前に魔獣に襲われて滅んだその砦には今でも、砦を守って死んだ兵士や騎士、魔導士たちが不死者となって彷徨っているのだそうだ。月のない暗い夜には、森の中を動き回る彼らの姿を見ることがあるという。
私が最初にクベーレ村に来たとき、幽霊魔導士と間違えられてしまったのもその砦が原因だった。不死者と間違えられるなんて正直ちょっと傷つく。
無限の生命を持つ私と不死の呪いに侵された不死者は対極の存在だ。死なないというところは一緒だけど、中身は全然違うのです。
けれど、今の私は継ぎの当たった地味な灰色の長衣、それに深く被ったフードと半仮面で顔を隠している。よく考えたらちょっと怪しいかな?
見た目で間違われてしまうのは仕方がないかもしれないね。
ところでなぜ私が大嫌いな不死者のいる砦なんかに行くのかと言えば、エマが心配だからだ。
エマはしばらくクベーレ村を拠点として魔獣の討伐をする。その間に不死者に遭遇したらエマが危ない。だからどんなところなのか、様子を見に行こうと思ったのだ。
もしすごく危ない場所だったら、村の人たちのためにも砦ごと破壊してしまった方がいいかもしれない。
でも、不死の呪いに侵されているとはいえ、不死者も元は人間だ。出来ることならあんまり手荒なことはしたくない。
私にテレサさんみたいな呪いを解く力があればいいのだろうけど・・・。
そう思った途端、頭の中にテレサさんの姿がぼんやりと浮かんできた。
「(どうかしましたか、ドーラさん?)」
白い聖堂の中で法服を着たたくさんの聖職者さんたちと一緒に何かの飾りつけをしているテレサさんは、作業の手を止め、声を出さずに私に話しかけてきた。
聖堂の中の人たちは皆、忙しそうに動き回っている。テレサさんはその人たちの仕事を見守りながら、指示を出したり作業を手伝ったりしていた。
「いえ、あの、どうしてるかなーって思っただけです。何だかとっても忙しそうですね。」
「(この春で御師様の喪が明けて、夏になったらいよいよ聖女の聖祭が始まりますから。ドーラさんも是非見にいらしてください。もちろん、エマやカール様も一緒に。)」
私は彼女に「絶対見に行きますね」と伝えた。テレサさんがにっこりと微笑む。すると頭の中のテレサさんの姿がふっと消えた。
このあいだ暴走した時みたいに私が魔力で呼び出したら、多分彼女はここに来てくれるはずだ。
でもあの時はいきなり呼び出していろいろな人に随分迷惑をかけてしまった。今はとっても忙しそうだったし、彼女に頼るのはよくないだろう。ここはやっぱり私が一人で何とかしないとね。
不死者って竜の息で燃やせるのかしら、と考えながら私は手入れされていない森の小道をどんどん歩いて行き、砦に近づいていった。
森の木々がまばらになり視界が開けてくると、白い梢の間に黒々とした建物が見えるようになってきた。
草もろくに生えていない荒野の中にポツンと建っている石造りの砦からは、すごく嫌な感じがひしひしと伝わってくる。
明るい日差しの下にもかかわらず、周囲を取り巻く灰色の瘴気のせいで砦全体がぼやけて見えるほどだ。辺りの空気には私の嫌いな死と腐敗の匂いが満ちていた。
肌を刺す呪いの気配に閉口しながら砦に近づく。私の身長の何倍もある胸壁は破壊され、あちこち崩れていた。よく見ると外壁の表面には焼け焦げた跡がある。これはもしかして、炎の魔法で破壊された跡?
確か魔獣に襲われて全滅したと聞いていたはずなんだけどと思いながら、私は焼け落ちた扉の側を抜けて外壁の内部に入った。
たくさんの見張り塔を持つ外壁の内部は、かなり広かった。多分、馬や家畜が飼われていただろうと思われる場所が向かって右側の外壁沿いにある。
反対側にあるのは2階建ての建物。外観がエマたちの学生寮に似ているから、あれはたくさんの人たちが一緒に生活するための家じゃないかな。この砦の兵士さんたちの生活場所だったのかもしれない。
そして正面に聳えるように建っているのが、砦の本体だろう。王様の暮らしているお城から装飾を取り払って、そのまま小さくしたような建物だ。
昔はさぞ立派な建物だったのだろうけれど、今は向かって左半分が大きく倒壊していて見る影もない有様だ。壁には激しく炎に晒された跡が残っていた。
生き物の気配は一切しないのに、建物のあちらこちらから鋭い視線を感じる。なんかすごく嫌な感じだ。
「こんにちは。誰かいませんか?」
私は崩れた扉の横を通り抜け、入ってすぐのところにあった暗い広間に声を掛けた。すると私の目でも容易には見通せないほどの闇の奥からカタカタという音と共に何者かが近づいてきた。
闇の奥から現れたのは朽ち果てた剣と鎧を身に着けた骸骨たちだった。彼らは濁った黄色い光が灯る虚ろな眼窩でこちらを睨み、剣を構えて私を取り囲んだ。
彼らと時を同じくして、空中に青白い半透明の体を持つ騎士たちが現れる。彼らは血の涙を流しながら私の周りを飛び回り、言葉にならない絶叫を上げた。
さらには朽ち果てた長衣を纏った魔導士も出現し、手にした杖を振りかざす。周囲の死と呪いの気配が一層深まった。
目深にかぶったフードの内側には憎しみに満ちた赤い光があるばかりで、他には何も見えない。おそらくこの人たちが私が間違えられた幽霊魔導士だろう。
不死者たちは次々と現れ、たちまち広間を埋め尽した。ざっと見ただけでも百人以上はいるだろう。
最後にその不死者たちを掻き分けるようにして私の正面から現れたのは、錆の浮いた鎧を身に着け、大剣を手にした大柄な首無し騎士だった。切断された自分の首を左手に持った彼は、それを私に向かって高く掲げた。
「憎い! 憎い!! この恨み、この無念、決して忘れるものか!!」
腐敗して半ば崩れた口を動かし、血反吐を吐きながら、濁った聞き取りにくい声で彼は叫んだ。
彼が剣を掲げると不死者たちは一斉に武器を打ち鳴らし、怨嗟の絶叫を上げた。彼らから立ち上る呪いの瘴気は渦を巻き、私を包み込んだ。
広間に濃密な死と呪いの匂いが満ちる。臭い。ものすごく臭い。臭くてとても耐えられない。
「《領域創造》!!」
私は鼻をつまみながら砦全体を自分の《領域》で包み込むと、その中に自分の魔力を満たした。私の魔力に押されて、呪いの匂いが領域の外へと追いやられていく。匂いが消え去ったことで、私はホッとして詰めていた息を吐いた。
すると目の前にいた不死者たちが突然動きを止めた。呪いから解放されたことで彼らの姿が変わっていく。
骸骨たちは制服を身に着けた兵士さんに、青白い幽霊たちは槍を持った騎士さんに、幽霊魔導士たちは杖を携えた魔導士さんへと変わっていった。彼らは半透明の自分の体を確かめ、驚きの声を上げた。
「おおお、不死の呪いが・・・!」
私の正面にいた首無し騎士は、髭を蓄えた立派な騎士さんの姿に変わった。彼が剣を収め私の前に跪くと、他の人たちも彼と同じようにその場に跪いた。
「我らを囚えていた不死の呪いを遠ざけるほどの魂の輝き。あなた様は一体何者なのでしょうか?」
図らずも呪いを遠ざけたことで、騎士さんたちの魂が自由になったようだ。話ができるなら事情を話してエマたちや村の人たちに危害が及ばないようにお願いできるかもしれない。
でもまずはこの砦のことを聞いてみた方がいいかな?
「私はハウル村のまじない師でドーラって言います。この砦のことを教えてほしいんですけど・・・。」
「おお、何という慈悲深きお言葉! 我らの無念を聞き届けてくださるのですか・・・!」
「え!? あ、はい・・・。」
別に彼らの無念を聞くつもりはなかったのだけど、断るのもなんだか悪い気がする。それにエマたちのために役立つ情報を得られるかもしれない。私は騎士さんの話を聞いてみることにした。
「私はこの砦を守る守備隊の副隊長ランディ・グレイ。あなたのような偉大な方にお会い出来て、本当に光栄に思います。」
どうやら彼らには私の魂の姿が見えているようだ。人と竜、どっちの姿で見えているのかちょっとだけ気になる。
でも今はそんなことを聞いてる場合じゃない。エマのためにも、この砦の情報を集めた方がいいだろう。とりあえず私は彼の言葉で気になったことを質問してみた。
「家名があるってことは、ランディさんは貴族なんですか?」
「いかにも。私は以前、魔法騎士として王家にお仕えしておりました。ですが敬愛する我が主に出会い、その方にお仕えするために騎士を辞してこの地へ参ったのです。」
「ふむふむ。じゃあ、ランディさんの主という方は、ここの領主様ってことですね?」
私がそう言った途端、ランディさんの魂から黒い瘴気が噴き出した。他の人たちも一斉に血の涙を流し絶叫を上げはじめる。たちまち彼らの魂が呪いに侵されていく。
まずい。言ってはいけないことを言ってしまったみたいだ。
私は慌てて《領域》内に魔力を満たして、彼らの呪いを押し流した。また元に戻ったランディさんはハッと我に返って、跪いたまま私に頭を下げた。
「失礼しました。そうではありません。我が偉大なる主はあのような痴れ者とは比べ物になりません。」
他の人たちは何も言わなかったけれど、彼らの目を見るだけでランディさんと同じ気持ちなのが分かった。
私が「その方を敬愛していらっしゃるんですね」と言うと、彼は夢を見るような表情で目を瞑った。
「ええ、本当に素晴らしい方でした。勇敢にして公正、誇り高く、いつも民のことを第一に思いやる慈悲深い方だったのです。あの方は常に我らの先頭に立ち導いてくださいました。あの方の熱い魂に我らは皆、魅かれていたのです。」
でも再び開いた彼の目には深い悲しみと後悔が満ちていた。彼は奥歯をぐっと噛みしめ、血を吐くように言葉を絞り出した。
「しかし我らはその主をお守りできなかったのです・・・。」
彼はこの砦が襲われた日のことを語ってくれた。婚約の祝いのために隊長さんがいない隙を狙って、その計略は仕掛けられたという。
「隊長から振舞われた祝賀の品に何者かが潜んでいたのです。奴は井戸に毒を流しました。私が異常に気が付いたときには兵士の大半がすでに立つこともままならなくなっていたのです。」
無念そうに彼は目をきつく瞑った。兵士さんたちも悔しそうに顔を歪めている。
「侵入者は見張りの兵士を殺し、砦内に魔獣を引き入れました。恐ろしい姿をした見たこともない魔獣は次々と兵士たちを殺していきました。そして魔獣に殺された兵士たちは不死者となって仲間たちを襲い始めたのです。」
ランディさんたちは善戦したものの、多勢に無勢で追い詰められてしまったそうだ。
「我々は砦の尖塔に立てこもりました。その防御が今にも破られそうになった時、隊長が我々を救うために戻ってきてくださったのです。」
隊長さんはランディさんたちが尖塔にいることにすぐに気が付き、群がる魔獣たちを薙ぎ払って彼らと合流しようとした。しかし突如出現した謎の魔導士の魔法によって尖塔は破壊され、ランディさんたちは魔獣の手に掛かったそうだ。
「隊長は私たちの名を叫びながら、群がる魔獣や兵士の動死体たちと戦っていました。けれど我らはそれに応えることができなかった・・・!」
ランディさんは歯を食いしばった。彼の周りにいる兵士さんたちも涙を流している。
「私が最期に見たのは、必死に魔獣と戦い続ける隊長に向かって爆炎の魔法を放つ魔導士の後ろ姿です。我々はあの方を、ラインハルト隊長をお守りすることができなかった!!」
ランディさんはがっくりとその場に崩れ落ち、声を上げて泣いた。大切な人を守れなかった彼の無念さが胸に迫り、私も涙を流した。私もこんなふうにエマを奪われたとしたら、きっと彼と同じようになってしまうだろう。
私の涙が虹色の欠片となって足元に散らばる。私の魔力に反応した涙の欠片は虹色に輝き、その光を受けたランディさんたちは慄くように私の方を見た。
「あたたかい。何とあたたかい光だ。凍てついていた心が、魂が解放されていくようだ・・・!」
ランディさんたちは再び私の前に跪いた。
「魔力を通して我らを思ってくださるあなたの御心が伝わってきました。本当にありがとうございます。」
彼は私にお礼を言った後、私がここに来た理由を尋ねた。私は村の人たちから聞いた話を彼に伝えた。彼はその話を聞いて衝撃を受けたようだった。
「村の者たちがそのようなことを。民を守るべき我々がその民を脅かしてしまうとは。我々がこのような姿と成り果てたばかりに・・・くっ、何ということだ!」
ぐっと拳を握りしめた彼に私は尋ねた。
「皆さんの魂はこの砦に縛られているんですよね?」
「我らは無念さに囚われてこの場所に留まりました。最初はただただ主の魂と巡り合える日を待ち望んでいたつもりだったのですが・・・知らぬ間にか妄念に憑りつかれてしまっていたのですね。」
彼は周囲の兵士さんたちを振り返り、彼らと目を見合わせて頷きあった。
「あなたのおかげで我らは妄念から解放され、あの方との大切な思い出を取り戻すことが出来ました。しかし穢れた不死者と成り果てた我々には、あの方の魂にお会いする資格などありません。どうかあなたのお力で我々を消滅させてください。」
ランディさんたちは私に向かって深々と頭を下げた。
確かに私の力を使えば、彼らの未練が残るこの砦ごと彼らの魂を消し去ることができるだろう。彼らもそれを望んでいる。
でもそれが本当にいいやり方なんだろうか? 私にはどうしてもそう思えなかった。
「私にはできません。皆さんを守るために戦ったその方も、そのような結末は望まないのではありませんか。」
私の言葉にランディさんたちは動揺した様子だった。ランディさんはしばらく俯いて考え込んでいたけれど、やがて顔を上げ苦しそうに言葉を口にした。
「あなたのおっしゃる通りだと思います。ですが我らは不死の呪いに縛られた身。今はあなたのお力によって呪いが遠ざけられていますが、あなたがここを去れば我らは再び生者を憎む亡霊へと堕ちてしまうでしょう。」
彼が言う通り、私がここを去れば彼らは再び呪いに囚われてしまうだろう。私にテレサさんみたいな力があれば、呪いから彼らを解放してあげることもできるのだろうけど・・・。私にできるのは魔力で不死の呪いを遠ざけることだけだ。
ん、待てよ? 私に不死の呪いの力は届かない。なら彼らの魂の方を私の側に集めてしまえばいいのでは?
もちろん、魂を集める方法なんてわからない。でも彼らの持っている強い思いを魔力の波動として感じることはできる。ガブリエラさんはこの波動の元のことを『思念体』と呼んでいた。
以前、家妖精を作った時と同じやり方をすれば、あるいは・・・。
「分かりました。皆さんの思いを私が集めます。皆さんも協力してください!」
私はガブリエラさんからもらった全属性の杖を《収納》から取り出した。両手で杖をしっかりと掴み、地面にまっすぐ立てる。
私は杖に魔力を込め、《領域》内に《自動書記》の魔法で魔法陣を描き出した。魔法陣を描く材料はさっき散らばった私の涙の欠片だ。ガブリエラさんに教えてもらった異界の扉から思念体を呼び寄せる魔法陣が私の領域を覆いつくしていく。
ランディさんたちが私の呼びかけに応えてくれれば、これできっと大丈夫なはず。私は魔法陣を通じてランディさんたちに呼びかけた。
「皆さんの思いを私が預かります。呪いを遠ざけ、再びあなた方の大切な方と巡り合うことを望むなら、私の呼びかけに応えてください!」
ランディさんたちはハッとしたようにその場に立ち上がった。次の瞬間、彼らの半透明の体が虹色の光を帯び始めた。
「おおお、体が軽い!」
ランディさんが自分の体を見ながら声を上げた。彼らの姿は虹色の光の粒に変わり、少しずつ薄れていった。どうやらうまくいったみたいだ。次々と光に変わって消えていく兵士さんたちが私の杖の真上の一点に集まってきた。
全ての兵士さんが消えた後、最後に残ったランディさんが穏やかな表情で私に言った。
「我らもこれでやっと眠れそうです。これまであの方にお会いしたいという一心でここに留まっていましたが、思えば我が主と身罷ってからすでに長い年月が流れてしまいました。」
一度言葉を切った後、彼は楽しい思い出を思い出したような優しい表情で笑った。
「あの方であればきっと『もうよい。休め』と言ってくださるでしょう。」
彼の姿はもうほとんど見えなくなっている。私は泣き笑いしながら彼に答えた。
「皆さんの思いは私がお預かりします。いつかきっと皆さんの思いが遂げられるその日まで。」
ランディさんが満足そうな表情で光となりその場から消えると、一点に集まった光がより一層強い輝きを放った。そしてその輝きが消えると、その中から黒い何かが現れ、石の床の上に転がった。
カラカラという金属音を立てたそれを拾い上げてみると、小さな金属製の飾り物に鎖が付いたものだった。飾り物は円盤形で表面には紋章のようなものが浮き彫りされている。けれど、ほとんどが熱で溶けてしまっていて、模様を判別することはできなかった。
鎖の長さから考えて多分首飾りだと思う。焼け焦げてしまっているけれど、銀製じゃないかな?
表面の黒ずみを取ろうと何気なく円盤のふちを触ったら、突然円盤が二枚貝の貝殻みたいにぱっと開いた。その中には女性のものと思われる小さな肖像画が入っていた。けれど、熱で黒ずんでしまっていてよく分からない。
肖像画の反対側、蓋に当たる部分の裏には何か文字が彫り込んである。
半ば溶け崩れた文字を苦労して読んでみると『ラインハルト様へ愛を込めて ○○ト〇ンデ』と書いてあった。
ラインハルトというのはランディさんの話に出てきた隊長さんの名前だったはずだ。これはきっと隊長さんの遺品なのだろう。つまり隊長さんの遺品を核として、ランディさんたちの思いが集まったということだ。
出来ることならラインハルトさんのことを知っている人にこの遺品を返してあげたい。そしてラインハルトさんと一緒に葬ってあげたい。そうすればきっとランディさんたちの思いも報われるはずだ。
私は砦を覆っていた《領域》を解除し、広間を出た。最初に来たときに比べて、呪いや死の気配はほとんどなくなっている。まだ少し残っているけれど、それはいずれテレサさんに頼んで浄化してもらおうと思う。
青い空の真上近くに太陽がある。もうお昼が近い時間のようだ。エマはちゃんとご飯を食べたかな?
エマのことが心配だけれど、私が近づいたら魔獣たちが逃げちゃうから我慢しないとね。《警告》の魔法の感じだと、危険な目には遭っていないみたいだ。大きな魔力を使った気配もないので、まだ魔獣と遭遇していないのかもしれない。
さっき砦で受け取ったラインハルトさんの首飾りのことを村長さんに聞いてみようかな。それともマヴァールさんに相談してからの方がいいだろうか。
私は少し考えた結果、《収納》の中に首飾りをしまいこんだ。私が一人で話を聞くより、マヴァールさんたちが一緒の方が分かることが多いだろうと思ったからだ。
村長さんに不死者さんたちがいなくなったことも知らせておかなきゃだけど、それも首飾りの話をするときと一緒に話せばいいや。エマたちが村に戻るまでそんなに時間はかからないだろうし。
私は一度ハウル村に戻ることにした。お昼ご飯を食べながらカールさんとマリーさんに討伐のことを報告しよう。きっと二人もエマたちのことを心配してるはずだからね。
私はふうっと息を吐きだし、砦を振り返った。黒々と不気味な瘴気を漂わせていた砦は、ほんの少しだけ明るくなったように見える。悲しい出来事があったこの場所に、また人が帰ってくるようになるといいな。
私は全属性の杖を《収納》にしまい、素朴な木の杖を取り出した。そして《転移》の魔法でマリーさんのところに戻ったのでした。
読んでくださった方、ありがとうございました。