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missドラゴンの備忘録  作者: 青背表紙
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2 告白 後編

 その日の夜、私はカールさんとリアさんを連れて《集団転移》の魔法でフランツさんの家に戻った。フランツさんたちは突然訪ねてきたカールさんたちにとても驚いていたけれど、同時に二人との再会をすごく喜んだ。


 フランツさんはカールさんと抱き合って互いの肩を叩きあい、マリーさんと子供たちはリアさんの周りに集まって笑顔を交わしている。皆がこうやって会うのは冬の初め以来だそうだ。


 カールさんは冬の間ずっと事後処理のためにハウル村と王都を行き来し、その後はハウル街道の復旧に当たっていた。リアさんは彼のお世話をするために同行していた。だから互いのことがずっと気になっていたのだという。


 それぞれの近況を簡単に伝えあった後、フランツさんがカールさんに言った。






「カール様、せっかくですから晩飯でも食べて行ってください。マリーが作る魚料理も最高ですぜ。」


 そうやって笑顔で席に案内しようとするフランツさんを、カールさんが押しとどめた。


「いえ、その前に済ませておきたいことがあります。ドーラさんから私たちに話したいことがあるそうです。」


 カールさんの真剣な表情を見てフランツさんが怪訝な顔をする。フランツさんはカールさんの隣にいる私を見て言った。


「なんだよ改まって。飯を食いながらじゃ話せないことか?」


 私がこくりと頷くと、フランツさんとマリーさん、それにエマが心配そうに私の顔を覗き込んだ。皆の表情から察するに、今の私はよほどひどい顔色をしているのだろう。


 体の奥から震えが沸き上がってきて止まらない。奥歯がカタカタ鳴らないようにきつく歯を食いしばっているけれど、少しでも油断したら今にも泣きだしてしまいそうだ。






 リアさんが小さい子供たちを奥の部屋に連れて行った後、私たちは話をするためにテーブルについた。夕食のための竈の火は、家妖精のシルキーさんに見てもらっている。


 私とカールさんが隣合うように座り、向かい側にフランツさん、マリーさん、エマがいる。皆が私を心配そうに見つめるが、私はその目をまっすぐに見ることができなかった。


 自分が竜であることを皆に話そうと決めたものの、いざとなると言葉が全然出てこない。何度も口を開きかけては、結局何も言えずに口を噤んでしまう。


 真実を告げるたった一つの言葉がこんなに難しいなんて。言わなきゃ言わなきゃと思えば思うほど体が震えるばかりで、ますます何も言えなくなってしまった。


 皆はそんな私を心配そうに見つめて、私が話すのを待っていてくれた。やがてマリーさんが私に優しい声で話しかけてきてくれた。






「ドーラ、あたしらに言いたいことがあるんだろう。大丈夫だから、言ってごらんよ。」


 目を上げると、皆は笑顔でうんうんと頷いてくれていた。私のことを心配しつつも、信じてくれている皆の気持ちがその目から伝わってくる。それで私の心のつかえが消え、自然にすっと言葉が出てきた。


「私、皆に隠していたことがあるんです。」


 皆に緊張が走る。フランツさんがごくりと唾を飲む音がすごく大きく聞こえた。


「私、わたし本当は人間じゃなくて、竜なんです。今まで皆を騙していて、ごめんなさい!!」


 私は言い終えると同時に立ち上がって頭を下げ、目をぎゅっと瞑った。部屋の中はしんと静まり返っている。自分の心音がやけに大きく聞こえた。






 言った。ついに言ってしまった。


 もう取り返しは付かない。私の正体を知って皆はどんな顔をしているんだろう。


 黙っていたことを怒っているかな。それとも私のことを怖がっているかしら。やっぱり言わないほうがよかったかも。


 あんなに決心して言ったのに、もうすでに後悔の気持ちが沸き上がり始める。


 でも私が本当の力を隠していることでこれ以上誰かが傷つくのは嫌だ。たとえこれで皆との暮らしを失うことになったとしても、私はそれを受け入れなければならない。


 もし一緒に居られなくなったって、皆への私の思いは変わらない。ハウル村を離れることになったら、今度は遠くから皆を見守るつもりだ。皆ともう会えなくなったとしても、私に大切な思い出をくれた人たちを守れるならそれでいい。






 ・・・あれっ、おかしいな。目の奥がすごく熱い。ぎゅっと閉じた瞼の中に、どんどん涙が溜まっていく。


 私は溢れそうになる涙を無理矢理飲み込んで抑えた。すごく苦い味が口いっぱいに広がる。


 私は覚悟を決めたのだ。それなのになぜこんなに涙が溢れるの。こんなはずじゃなかったと思いながらも、体の芯が震えるのを止められない。


 皆との別れを想像しただけで、世界が終わってしまうような気持ちだ。世界がぐるぐる回っているみたいで、立っているのも辛くなってきた。


 私はふらりと姿勢を崩した。そんな私をふんわりと柔らかい感触が包み込み、支えてくれた。目を開けるとマリーさんが私を抱きしめながら、困った子を見るような目で私を見つめていた。


 




「本当にしょうがない子だね。ほら、鼻水を拭いて。別嬪さんが台無しじゃないか。」


 マリーさんは苦笑いしながら、服の袖で私の顔をごしごし拭いた。


「マリーざん・・・!!」


「何を言うのかと思えば、そんなことかい。あたしはあんたがまた、なんかやらかしたのかと思って冷や冷やしちまったよ。」


 マリーさんはそう言って私の頬をゆっくりと撫でた。


「私はドーラお姉ちゃんが居なくなっちゃうんじゃないかって思っちゃった。」


 エマは目の端に溜まった涙を拭きながら言った。そして私の側に来て、マリーさんと一緒に私の背中に触れた。






 フランツさんはその様子を座ったままじっと見ていたけれど、そのうち頭をボリボリ掻きながら言った。


「あー、ドーラが言う竜ってのは、この間のヴリトラ様みたいな奴ってことか?」


 私はその言葉にこくりと頷いた。ヴリトラというのは私と仲良しだった黒い竜だ。エマが話してくれたことを聞いて、私はすぐに彼女のことだと分かった。


 彼女は私を助けるために大地の竜と力を合わせてくれたそうだ。確かにすべてを消し去り無に還す彼女のブレスがなければ、暴走した光の柱の力を止めることはできなかっただろう。


 フランツさんは私の顔をまじまじと見つめた後、はあっと大きく息を吐きだした。






「お前の話があんまり凄すぎて、俺の頭じゃついていけねえや。でもよう。」


 そう言ってフランツさんはマリーさんとエマの顔を見て、おどけた表情で笑った。


「お前が人間でないからって、今更何が変わるもんでもない。そうだろ、マリー。」


「この人の言う通りさ。馬鹿なこと考えるんじゃないよドーラ。あんたはあたしたちの大切な家族なんだからね。」


 立ち上がったフランツさんとマリーさんはそう言って、震える私を両側から支えてくれた。そしてエマは私の正面に立つと、涙の粒と鼻水だらけになった私の顔を覗き込んで言った。


「打ち明けてくれてありがとう。ドーラおねえちゃんの正体が何だとしても、私の世界でたった一人の大切なおねえちゃんだよ。」


 エマは私を強く抱きしめてくれた。私の体の震えと溢れる涙はすっかり止まっていた。胸の奥から温かいものが沸き上がってくる。


 ああ、人間の世界に来て、この人たちに会うことができて本当によかった。私は心からそう思った。






 私が服の袖で顔を拭こうとしたら、カールさんが私の正面に立ちきれいな手巾ハンカチを差し出してくれた。私は彼にお礼を言って、涙を拭き鼻をかんだ。鼻をかむのも最初はなかなかできなかったけれど、今ではかなり上手になった。


 カールさんに「洗ってから返しますね」と言って手巾を自分のスカートの大きなポケットにしまう。彼は軽く頷いた後、私の前ですっと片膝を付き、胸に手を当てて私を見上げた。彼の動きに合わせて、エマたちが少し私から離れた。


 私を見上げる彼の瞳はキラキラと輝いていた。まるで熱い思いが溢れてきているようだと思った。彼の目を見た私の胸がどきんと大きく高鳴る。


 彼は穏やかな笑顔で私に片手を差し出しながら、ゆっくりと言った。


「ドーラさん。あなたは私が剣を捧げると誓った相手です。改めてお願いします。私の妻になってください。」


 彼と私の視線が一つになる。私は「はい」と答えたかったけれど、嬉しい涙で胸がいっぱいになってしまい言葉が出なかった。だから彼の目を見つめて、一つこくりと頷いた。






 その後、別の部屋にいたリアさんや子供たちと一緒に晩ご飯を食べた。私とカールさんが婚約したことを、皆はとても喜んでくれた。リアさんは私の前に立つと真面目な表情でこう言った。


「カール様とのご婚約、本当におめでとうございます。今後はカール様同様、ドーラ様にも誠心誠意お仕えさせていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。」


 彼女は私に丁寧なお辞儀をした。私はリアさんに「こちらこそよろしくお願いします」と言って頭を下げた。カールさんは複雑な表情で、そんな私たちの様子を見つめていた。






 夕食の後、私はリアさんや子供たち、それに村の人たちにも私が竜であることを話そうと思っていたが、フランツさんやカールさんに止められてしまった。


「別にお前の正体を話さなくたって、お前がすげえ力を持ってるってことはもう皆分かってるんだ。わざわざ言う必要はねえよ。」


「フランツの言う通りです、ドーラさん。それにあなたが多くの人に正体を明かすことで、王国に新たな混乱が生じるかもしれません。今はこのままでよいと思います。」


 マリーさんも「おしゃべりと狛獅子ヴェヒタルーヴァは走り出したら誰にも止められないって言うからね」って呟きながら、エマとうんうんと頷いている。ちなみに狛獅子というのは大地母神の眷属神の一柱、風神シュタームの騎獣だそうだ。


 黙っているのは皆を騙しているようで気が引けるけれど、人間の事情が分かっていない私よりもフランツさんたちの言うことの方が正しいのは間違いない。ちょっと迷ったものの、私は皆の意見に従うことにしたのでした。











 カールさんとリアさんはそのままフランツ家に一泊することになった。寝台が足りなくなったけど、そのおかげで私はエマと一緒の寝台で過ごすことができた。エマが眠った後、眠ることができない私はすやすやと寝息を立てるエマの顔を眺めて夜を明かした。


 翌朝、朝食後に私はカールさんたちをハウル村の跡地に送り届けた。彼は別れ際、私の手を取りながら言った。


「ドーラさん、婚約のことは私から陛下にお伝えします。正式な発表はその後になりますから、それまではあまり口外しないでくださいね。」


 これは昨日、フランツさんたちに婚約のことを伝えたときにも聞いたことだ。私が頷いてそれに答えると彼は私の手を取り、右手の甲に軽く口づけをした。


 驚いてカールさんを見ると、彼は熟れ過ぎた野苺ベリーみたいに真っ赤になっていた。顔がすごく熱い。きっと私の顔も同じように真っ赤になっているに違いない。


 私たちはどちらからともなく手を放すと俯いたまま別れの挨拶を交わし、そそくさと背中を向け合った。《転移》でその場を離れる間際、遠くから私たちの様子を窺っていたリアさんが「婚約者同士なのに、これでは先が思いやられますね」と、肩を竦めて大きなため息を吐くのが聞こえた。






 二人と別れた私はエマのところに戻った。エマは冒険者用の服を着て私を待っていてくれた。


「準備出来たよ。すぐに出発する?」


「うん。付き合ってくれてありがとう。」


 私はエマにお礼を言った。私たちはこれから私の友達である黒い竜、ヴリトラに会いに行くのだ。これは昨夜、寝台の中で話している時に二人で決めたことだった。


「ううん、私の方こそだよ。私、ヴリトラ様にまだちゃんとお礼を言えてなかったの。一緒に行ってくれてありがとうドーラお姉ちゃん。」


 私はエマと一緒に《集団転移》で楽園島に移動した。竜の姿に戻るためだ。


 着ている服を破かないように脱いで《収納》に仕舞う。《人化の法》を解除すると私の体は虹色の光に包まれた。砂浜に立っているエマの姿がみるみる小さくなっていく。思えば竜の姿でエマを見るのはこれが初めてだ。






 なんてちっぽけで、儚い存在なのだろう。翼の下からこちらを見上げるエマを見て、私はそう思った。


 今のエマは私の小指の爪の先よりも小さい。人間は本当に脆弱な生物だ。でもその命の輝きは、決して私たち竜にも劣るものではない。私がエマやカールさんに魅かれるのは、きっとその眩いばかりの輝きがあるからなのだと思う。


 エマは夢見るような表情で竜の私を見つめていた。私は急に心配になりエマに言った。


「えっと・・・びっくりしたでしょう?」


 周囲の空気がびりびりと震え、波が逆巻く。エマは耳を押さえてその場に蹲ってしまった。しまった、声が大きすぎたみたい。そう言えば大陸公用語にんげんのことばを竜の姿で話すのはこれが初めてだった。仲間の竜や精霊たちと会話するときとは、大分勝手が違うので戸惑う。


「ご、ごめんねエマ!」


 私は声の大きさにすごく気を付けて、エマに謝った。エマは頭を振って立ち上がった。


「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしちゃっただけ。」


 笑顔でエマが答えてくれたことで、ホッと息を吐いた。私の鼻息で砂浜の砂が舞い上がった。エマはそれを見てくすくすと笑った。







「あの、私のこと・・・怖くない、かな?」


 私がそう尋ねるとエマはぶんぶんと首を振った。


「ううん、すっごく綺麗だよ。それにね私、とっても嬉しいんだ!」


「?? 何が?」


 私が首をかしげて聞き返すと、エマは目をキラキラさせて両手を大きく広げた。


「私ね、これまでも夢の中でお姉ちゃんの竜の姿を見たことがあったの。その時からなんて綺麗な生き物なんだろうってずっと思ってた。いつかあの生き物に会いたいなあって。だから夢が叶って、本当に嬉しいの!」


 エマにそんな風に言われて、私は何だか恥ずかしくなってしまった。人間の体と違って別に顔が赤くなったりすることはないけれど、体内の魔力の流れが少し早くなったような気がした。






 私は魔法のホウキを持ったエマを自分の首の後ろ辺りに乗せた。


「《領域創造》の魔法で周りを囲むから風とかは大丈夫だと思うけど、振り落とされないようにしっかり捕まっててね。」


「うん、分かったよお姉ちゃん。」


 私の鱗を皮手袋でしっかりと掴んだエマがちょっと緊張した表情で答えた。魔法で守るとはいえ、やっぱりちょっと心配だ。エマと一緒に飛ぶ時のために椅子とか準備しておいた方がいいかも? まあ、それはそのうち考えるとして、今はヴリトラのところに行かないとね。


 まだ昼まで大分時間がある。ヴリトラがいるのは大陸の西の果てだそうだ。でも私の翼なら昼までに往復できるはず。


 私は大きく広げた翼に魔力を満たし、風を捕まえた。ふわりと体が浮きあがり、エマが小さく歓声を上げる。嬉しそうなエマの様子に気を良くした私は、そのまま一気に雲の上まで飛び上がった。


「じゃあ、行くね。」


 私は上空で大きく旋回すると、西の方に頭を向けた。翼を一打ちするごとにどんどん速度が上がっていく。巻き起こる風を追い越して飛ぶと、音がどんどん後ろに遠ざかっていった。澄み切った風を切るこの感覚は、人間の体では決して味わうことのできない快感だ。






「すごい!! すごいよ、お姉ちゃん!! ヴリトラ様よりずっと、ずっと速い!!」


 エマが私の背中できゃあきゃあと嬉しそうな声を上げる。ああ、なんて素敵なのかしら!!


 一人で飛ぶよりも、エマと飛ぶ方が何倍も楽しいことに私は気が付いた。私はさらに翼に魔力を込め、一気に風を切り音を置き去りにした。


 一点の曇りもない蒼天の下、私は魔力の軌跡を描きながら一路、西の果てを目指して一心に翼を動かし続けたのでした。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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