17 火の魔石集め 後編
書く楽しさに負けて気が付けばこんな時間に。明日仕事なのにダメですねー。後半はもう少し書き足すかもしれません。すみません。
素材と魔石の回収が終わり、昼食を兼ねた休憩を取った後、全員の様子を確認したマヴァールはエマに言った。
「エマ。もう一度さっきの奴を使ってみてくれ。」
エマはこくりと頷き、再び『魔獣寄せの石』を手に取った。今集まっている魔石は目標の半分ほど。
おそらく次の戦闘で必要な量の火の魔石を手に入れることができるはずだとマヴァールは仲間たちに激を飛ばした。
エマ以外の者たちは戦闘に備えて装備の確認を始めた。それを待っている間、エマを守る位置についていたグスタフが石を見ながらしみじみと言った。
「これすごいよなー。魔獣を見つけるのってすげえ大変なんだぜ。」
「そうなんですか?」
「そうなの?」
ゼルマとエマが同時に問い返す。彼はエマに「なんでお前が聞いてくるんだよ」と言ってから、二人の問いに答えた。
「普通は討伐対象の魔獣を探すのに何日もかかるんだ。迷宮と違って魔獣も縄張りの中を自由に動き回るからな。」
魔獣によっては広い縄張りを持つものもいる。そういった魔獣は発見するだけでも容易なことではない。
捜索中に他の魔獣に遭遇することもあるし、手掛かりさえつかめないまま何日も彷徨うこともある。また運よく魔獣を見つけたとしても、討伐途中で逃げられてしまう可能性もあるのだ。
目的の魔獣を発見し討伐するために不可欠なのは、情報を的確に集めることができる技量。そしてそれを元に正しい判断をできる冒険者としての経験だ。
単に魔獣と戦うだけでは冒険者として一人前とは言えない。一朝一夕に冒険者として大成することなどできないのだ。
すなわち、それを容易く可能にするこの『魔獣寄せの石』は、冒険者ならば誰もが憧れる夢のような道具と言える。
グスタフの話を聞いたエマとゼルマが「おー」と感心して声を上げた。素直に褒められた彼は照れたのを誤魔化すように頭を掻きながら「まあ、マヴァールさんの受け売りなんだけどな」と顔を赤らめた。
「グスタフの言う通り、これがあればすぐに目標分の魔石が手に入りそうですね。」
ゼルマの言葉に隣に立った戦斧の男が頷く。
「ああ、だが魔獣との戦いは何が起こるか分からねえ。油断するなよ。」
男の言葉に三人はこくりと頷いた。仲間たちの準備が整ったのを確認したエマが彼らに目を瞑るよう声をかけた。エマが魔力を流すと、再び石は赤い輝きを放った。
程なく索敵にあたっていたロウレアナが魔獣の到来を告げる。火甲虫の群れがこちらに接近して来るのが、すぐにエマたちにも見えるようになった。
「今度はしくじるなよ、ゼルマ!」
「次はあなたに負けませんよ、グスタフ!」
エマを守るように陣を作った見習い二人のやりとりに、大人たちはフッと笑みを浮かべた。じっと接近する魔獣の様子を窺っていたマヴァールは、仲間に指示を与えるため後ろを振り返った。
「よし、来るぞ。エマの詠唱が終わるまで・・・。」
「マヴァール!!」
だがそれはロウレアナの叫びによって中断された。それまで整然と隊列を組んで飛行していた火甲虫の群れが突然大きく乱れる。
そして次の瞬間、地上から巨大な影が飛び上がり火甲虫の群れの中に飛び込んでいくのが見えた。
その影の正体は長い二本の足で岩場に降り立った巨大な鳥だった。信じられないほどの高さから着地した巨鳥は頭を上に向けると、小さな牙のある鋭い嘴で捕らえた哀れな火甲虫を丸呑みにした。
見上げるほど巨大な魔獣が他の魔獣を貪り食う、そのあまりの恐ろしい光景に、ゼルマは思わずごくりと唾を飲んだ。
自分たちが苦戦した火甲虫をやすやすと捕食する巨大な魔獣から、ゼルマは目が離せない。その魔獣の姿はあまりにも奇怪だった。見た目の印象は鳥なのだが、見れば見るほど細部の異様さが目に付く。
足と同じくらい長い首の先にある小さな頭には、真っ赤に輝く爬虫類の鶏冠があった。首と足は赤い鱗に覆われ、短い羽根のある丸みを帯びた体だけが赤く輝く羽毛に覆われていた。
爬虫類と鳥類を組み合わせたような姿。そいつは鋭い鉤爪のついた爬虫類の足で大きく地面を蹴り上げると上空高く飛び上がり、高速で飛行する火甲虫たちを瞬く間に捕えていった。
火甲虫たちは泡を喰ってその場から逃げ出そうとしたが、反対側から現れた別の個体がその行く手を阻んだ。
成人男性のゆうに3倍以上の体高を持つ2羽の巨鳥たちは、その巨体からは想像もできないような俊敏さで火甲虫を次々に飲み込んでいく。
エマたちはその場に釘付けになったまま一歩も動けずにいた。圧倒的な魔獣の力の前に、ただ一方的な殺戮を固唾を飲んで見守ることしかできなかった。
「火喰鳥・・・!! 火甲虫に引き寄せられたのか!」
マヴァールが絞り出すように言った名前にエマは戦慄した。王立学校の授業で聞いた雑談を思い出したからだ。
火喰鳥は火の魔力が豊富な所にのみ生息する魔獣で、主な生息地である火山地帯では上位に位置する捕食者。飛竜に匹敵するほどの硬い鱗と、金属鎧を易々と引き裂くほどの鋭い鉤爪、そして岩をも砕く強力な嘴を持つ。
火属性の魔獣を主食とし、溶岩の川を住処としているため、炎の攻撃は一切受け付けない。もし正面から戦うとなれば完全武装の魔法騎士部隊でも全滅する恐れがあるほどの強大な魔獣だ。
倒すためには唯一の弱点である氷結の魔法を行使するしかないのだが、魔法に対しても強い耐性を持っているため生半可な攻撃では通用しないという実に厄介な相手。
ただ意外なことに攻撃的な性質ではなく、また視力があまり良くないため、もし万が一遭遇することがあったらやり過ごすのが一番だと、その授業を担当したヴォルカノスは言っていた。
その時は自分が火喰鳥に遭うことなんて一生ないだろうなと思い、なんとなくそれを聞いていただけのエマだったが、事ここに至って雑談好きのヴォルカノスに心の底から感謝することになった。
エマはすぐに自分の知っていることを仲間たちに話した。マヴァールは爬虫類のような虹彩を持つ瞳で周囲を探る火喰鳥たちを警戒しつつ、声を潜めてエマに尋ねた。
「(エマ、お前の魔法であいつらを倒すことは出来るか?)」
「(威力の大きい氷結の魔法は素早い相手に当てるのがすごく難しいです。それに広範囲魔法だと皆を巻き込んじゃいますよ。)」
エマは《氷雪の嵐刃》の魔法で大砂虫を倒した時のことを思い出しながら答えた。あの時は運よく助かったけれど、一歩間違えたら自分の魔法で死ぬところだったのだ。
仲間のいる場所であんな魔法を使うわけにはいかない。エマの答えを聞いたマヴァールは小さく頷いて仲間たちに言った。
「(このままやり過ごそう。皆、音を立てないように地面に伏せるんだ。)」
エマたちはやや散開して、岩の陰にそれぞれ身を潜めた。何かあったらすぐに対応できるよう、距離を調整しながら火喰鳥たちの動きを見守る。
2羽の火喰鳥たちは何かを探すようにキョロキョロと頭を動かした後、少しずつエマたちの方へと接近してきた。
見つかったかと思わず身構える冒険者たち。しかし火喰鳥はエマたちには見向きもせず、さっきエマたちが解体した火甲虫の死骸をついばみ始めた。エマたちは息をするのも忘れ、その様子を見つめた。
やがてすべての死骸を食べ終わると、火喰鳥たちはエマたちの隠れている岩の間を通って溶岩の川の方へと足を向けた。エマたちはホッと息を吐いた。
ところがエマたちから遠ざかろうとしていた火喰鳥たちは、なぜか突然足を止めた。そしてまたキョロキョロと首を動かしはじめた。
巨鳥は頭を低く下げて、岩の間を探るように動き回った。人の顔ほどもある巨大な目が隠れている冒険者たちのすぐ間近に迫る。
ゼルマは巨大な鏡のようなその目に映る自分の姿を見て、思わず息を呑み、短槍をぎゅっと体に引き寄せた。
しかし火喰鳥はゼルマには見向きもせず、すぐに別の場所へと移動していった。ホッとしたのも束の間、ゼルマはその火喰鳥がピクリと鶏冠を震わせたのに気が付いた。
次の瞬間、彼女は岩陰から飛び出し、無我夢中で短槍を繰り出していた。グスタフに迫っていた火喰鳥の嘴と魔力を帯びた槍の穂先が触れ合い、凄まじい火花を散らした。
金属音に驚いて頭を上げた火喰鳥がけたたましい奇声を上げる。
「ゼルマ!!」
「グスタフ、逃げてください!!」
ゼルマはふらつく体を槍で支え、火喰鳥の前に立ち塞がった。さっきのグスタフへの攻撃を逸らすために、彼女は魔力のほとんどを使って魔槍術を繰り出した。
そのせいで目がかすみ、激しい頭痛がする。今にもへたり込んでしまいそうな彼女だったが、火喰鳥の次の一撃に備えて決死の思いで槍を構えた。
だが火喰鳥はゼルマには目もくれず、岩陰から立ち上がったグスタフめがけて再び嘴を突き出した。
偶然、足元の岩に躓き大きくふらついたことで、グスタフは寸でのところでそれを躱すことができた。火喰鳥の嘴が彼の隠れていた岩を打ち砕く。その衝撃でゼルマとグスタフはその場から跳ね飛ばされた。
火喰鳥たちは跳ね飛ばされたグスタフめがけて殺到した。三度、嘴が繰り出されたが、今度はマヴァールが両手に持った剣を思い切り嘴めがけて振り下ろすことで、それを逸らした。
両手に伝わる激しい衝撃にマヴァールが思わず顔を顰める。しかしその一撃は火喰鳥たちに何の痛痒も与えなかったようだ。
攻撃したにもかかわらず火喰鳥たちはマヴァールを完全に無視し、やはりグスタフに狙いを定めた。
「ちょ、なんで、俺ばっかり狙われるんだ!?」
グスタフは悲鳴を上げて岩の間を逃げ回った。火喰鳥たちはそれを執拗に追い回す。
「そうか!! さっきのガス!」
エマの上げた声を聞いたグスタフは、ハッとして自分の体を見下ろした。次の瞬間、さっきまで隠れていた岩が火喰鳥の嘴で破壊された。
岩の破片と共に弾き飛ばされたグスタフだったが、受け身を取って立ち上がると岩の間を逃げながら大声で叫んだ。
「ちくしょう! この鳥野郎め! 来るなら来い!!」
グスタフは岩の間を巧みに逃げ回ることで鳥たちの追撃を躱した。仲間たちはグスタフを守るため、鳥たちに攻撃を仕掛けた。
傷を負わせることはできなかったものの、グスタフへの攻撃を多少逸らすことができた。
岩場を散々転げまわったことで全身傷とあざだらけになったグスタフだったが、それでも生きるために必死に逃げ続けた。
隠れる岩場が豊富にあったことと、鳥たちの狙いがあまり正確でなかったことが幸いし、目にも止まらぬ火喰い鳥たちの攻撃をグスタフは奇跡的に躱すことができている。
鳥たちは目でなく臭いでグスタフを追っているようだ。しかしそれでも鳥たちの動きは凄まじく、グスタフは次第に追い詰められていった。
すでに革の盾は失われ、片手剣も半ばから折れてしまっている。たまらず彼は叫び声を上げた。
「ひいいっ!! ちょっと待った! やっぱ助けてくれー!!」
その時、逃げ惑うグスタフの足元に青い光の線が走り、巨大な魔法陣が描き出された。グスタフが逃げ回ってくれていたおかげで長い詠唱を終えることができたエマは、短杖を構えたままゼルマに叫んだ。
「いいよ、ゼルマちゃん!!」
「グスタフ!! 飛んでください!!」
「うひいぃ!!」
ゼルマの叫びに応えてグスタフは手近な岩を駆け上り、両手を広げて立っているゼルマめがけ大きくジャンプした。受け止めたゼルマと一塊になり、二人はもつれ合って地面に倒れた。
グスタフが魔法陣から飛び出し、それを追って鳥たちが魔法陣に入ったのを確認したエマは、最後の起動呪文を唱えた。
「出でよ、氷獄の顎!! 《氷柱の牙》!!!」
魔法陣から飛び出した無数の鋭い氷の柱が鳥たちの体を貫いた。鳥たちが悍ましい断末魔の声を上げて絶命すると、魔法陣は青白い光の粒となって消え去っていった。
大魔法を成功させたエマがぐったりとその場にへたり込む。鳥たちを攻撃するため走り続けたマヴァールたちも、同じようにその場に座り込んだ。
疲れ切って動けない彼らを、赤い光が照らした。ふと気づいて空を見上げると、すでに太陽が西の空に傾こうとしていた。
日が傾いてきたので私は魔獣探しを中断し、ドルーア山のねぐらに戻った。
《警告》の魔法でさっきエマが大きな魔法を使ったのは分かっている。でも身の危険の知らせが届くことはなかったので、私はホッと胸を撫でおろした。きっと魔石集めもうまくいったに違いない。
私は《人化の法》で背中に生やした翼を引っ込めた。そして、まじない師の服に着替えると《転移》の魔法でエマたちと別れた火竜山付近の岩場へと移動した。
その場にエマたちの姿はなかった。けれど魔力を頼りに探すとすぐ近くにエマがいるのが分かった。
私はなぜが粉々に砕け散っている岩の間を抜け、エマの魔力を感じる方へ歩いて行った。程なく岩陰で一塊になって座り、休んでいるエマたちを見つけることができた。私は手を振りながら、皆に近づいた。
「エマー! みんなー! 迎えに来たよー! ん・・・? 皆、大丈夫!?」
エマ以外の皆はひどくボロボロで疲れた様子をしていた。特にグスタフくんの装備は酷いことになっている。おまけに体から何だかすごく変な臭いがしていた。
心配する私にマヴァールさんは悟り切ったような顔をして「まあ、なんとかな」とぽつりと言った。
戦斧を持った人と短刀を持った人はぐったりと座り込んだままで、「俺、さっき一瞬死んだ親父の顔が見えたよ」とか「俺も死んだばあさんが光の向こうから手招きしてるのが見えたぜ」と話している。
ドルイドさんとロウレアナさんは疲れた様子で座り込んでいるし、ゼルマちゃんとグスタフくんは横になったまま動かない。
一体何があったのだろう。おかしいな。この辺りにはそんなにすごい魔獣は出ないはずなんだけど?
私はエマにお願いされて、近くで倒れていた少し大き目の鳥の魔獣を《収納》にしまった。魔獣からはエマの魔力の匂いがした。だから多分この鳥はエマが倒したのだろう。
こんなに美味しそうな鳥を二羽も捕まえるなんて、流石は私のエマだよね!
皆ひどく疲れているようだったので、私はすぐに《集団転移》で皆を村へ連れ帰った。
ギルドで皆を見送った後、今度はエマと一緒にゼルマちゃんを王都のヴァイカード家に送り届けた。
ゼルマちゃんは真剣な表情で「とても勉強になりました」とエマと私に何度もお礼を言ってくれた。
村に帰ったエマはフランツ家の天幕に入るとすぐに、倒れ込むように眠ってしまった。私は眠ったエマを《どこでもお風呂》の魔法できれいにした後、藁で作った寝床に寝かせた。
安らかな寝息を立てるエマはとても満足そうな顔をしていた。きっと今日、すごく頑張ったからに違いない。明日、エマから冒険の話を聞くのがとても楽しみだ。
「おやすみ、エマ。」
私はエマのほっぺに軽く口づけをした。そしてそのまま一緒の寝床に横になるとエマの体温を感じながら、夜が明けるまでエマの寝顔を見つめて過ごしたのでした。
読んでくださった方、ありがとうございました。