16 火の魔石集め 前編
長くなり過ぎたので二つに分けました。勢いで書いたので後で少し直すかもしれません。すみません。
「本当に俺たちを置いて行っちまうんだな・・・。」
グスタフはドーラが消えた後を見ながら不安そうに呟いた。エマは呆れ顔でそれに応える。
「昨日も話したでしょ。お姉ちゃんがいたら魔獣が近寄ってこなくなっちゃうからって。」
エマの隣にいたゼルマはエマの言った言葉の意味が分からず、二人の顔を代わるがわる見る。ゼルマの戸惑った表情を見たロウレアナは可笑しそうにくすくすと笑いだした。
「ロウレアナ、魔獣の気配はするか?」
マヴァールに声を掛けられた彼女はすぐに表情を引き締める。長い耳をぴくぴくと動かした後、軽く肩をすくめた。
「全然。多分怖がって、皆逃げちゃったんじゃないかしら。」
(怖がって逃げる?)
ゼルマはロウレアナの発言に疑問を抱いた。だがさっきのエマの言葉と併せて考えてみると、自ずと答えが見えてくる。
魔獣をも恐れさせるもの。神の如き強大な魔力を持つ存在。その時、彼女の脳裏に焼き尽くされた学校の格闘演習場の様子が閃いた。
「そうか。じゃあ、仕方ねえ。手筈通りに行こう。エマ頼む。」
マヴァールの声でゼルマは現実に引き戻され、ハッと顔を上げた。
そんなはずはない。魔神が人に姿を変えて、私たちのすぐ側にいるなんて。現実離れした自分の考えを否定しながらも、彼女は体の芯がぞくりとするような寒気を抑えることができなかった。
「おい大丈夫か、ゼルマ?」
青い顔をしている彼女を心配したグスタフが声を掛ける。彼はゼルマの肩をポンと叩いて明るい調子で言った。
「魔獣と戦うのは初めてなんだってな。大丈夫だって。ギルドで打ち合わせた通りにやればいいんだぜ。」
屈託のないグスタフの笑顔のおかげで少し気持ちを落ち着けることができた。そうだ。これから初めての実戦。気持ちを切り替えなければ。
「・・・ありがとう、グスタフ。」
余計な詮索は命取り。下級貴族としての処世術が彼女の思考を目の前の魔獣討伐に引き戻す。彼女はふっと息を吐いた後、おろしたての短槍をぐっと握りしめた。
マヴァールの指示を受けたエマは《収納》から手の平大の赤い石を取り出した。
「すげえ!! きれいな石だな!!」
グスタフが思わず歓声を上げた。ギルドで聞いてはいたが、実物を目にするのは初めてだったからだ。彼のように声こそ出さなかったものの、宝石のように美しい輝きを放つその石に、他の仲間たちも珍しそうに目を向けている。
「これがお姉ちゃんの作った『魔獣寄せの石』なんだ。皆、危ないから目を塞いでて。」
エマは持っているだけで凄まじい魔力を放つその石を掲げると、軽く自分の火の魔力を流した。石はそれをスッと吸い込んでいく。そして次の瞬間、地上に太陽が落ちてきたのかと思うほどの強い赤光を放った。
放たれた光は同心円状に広がっていき、すぐに消えた。エマが《収納》に石をしまい、仲間に「もういいよ」と声を掛けた途端、索敵に当たっていたロウレアナが「何かが近づいてきます!」と声を上げた。
正直、半信半疑だったグスタフは「本当に来た!!」と驚いた。エマはそんなグスタフに「でしょ? お姉ちゃんはすっごいんだから!」と得意げに両腕を腰に当て、胸を張ってみせた。
この魔獣寄せの石の使い方を編み出したのは、最初の持ち主であるガブリエラだ。彼女は何度かの実験の末、特定の魔力を流すことでこの石の魔獣誘因効果をある程度コントロールする方法を発見した。
その後、石は制作者であるドーラの元へと返され、ガブリエラの覚書と共に彼女の《収納》の中に保管されていた。それをエマが今回の魔獣討伐のために借り受けてきたのだ。
エマは接近してくる魔獣の姿を見て、魔獣寄せがうまくいったことを確認し、ホッと胸を撫でおろした。
「なんだありゃあ! 虫が燃えてるぞ!?」
「火甲虫っていう魔獣なんだって。お姉ちゃんが図鑑で調べて教えてくれたよ。」
ドーラと打ち合わせた通りの魔獣を呼び寄せることができたことで、エマは笑顔を見せつつグスタフに答えた。ドーラの見せてくれた図鑑によれば、火甲虫はこの辺りではもっとも弱い魔獣の一種らしい。
この魔獣についてはあらかじめ対処法を打ち合わせてある。マヴァールはすぐに仲間たちに指示を出した。
「隊列を組め。エマは俺たちの中心に。グスタフ、ゼルマはエマを守れ。羽を傷つけるなよ、来るぞ!!」
東側に見える火竜山の方からこちらに接近しつつある火甲虫の数はおよそ20体。
人の頭よりも二回りほど大きいその赤い虫たちは、体に纏いつく炎をまき散らしながら飛行している。ほとんど球形に近い体をした虫たちは、岩場の中心に集まったエマたちの上空を取り囲むように、ブンブンと音を立てて飛び回った。
火甲虫の体から放たれた炎がエマたちに雨のように降り注ぐ。彼らはこうやって獲物を取り囲んで燃やすことで狩りをし、犠牲者の体を捕食するのだ。
しかしドーラの《耐火》の魔法は虫たちの炎を瞬時に打ち消していく。ゼルマは自分に降り注いできた炎が、水の中に沈めたようにスッと消えていくのを驚きの目で見つめた。
ゼルマも《耐火》という魔法があることは知っている。だが聞いていた魔法はこれほど強力なものではなかった。
一般的な《耐火》はせいぜいごく短時間、火傷の程度を軽くするくらいのもの。ドーラの魔法はその効果も持続時間もまったく常識外れだ。
ただ他の冒険者たちはそれを特におかしいとも感じていないようだった。降り注ぐ火が消えていくのを目の前で見ていても、別に驚くことはなくごく当たり前のように振舞っている。
その様子に彼女は、もしかしたら自分の知識が足りないだけなのかもしれないと思いなおした。
火甲虫たちは自分たちの炎が効果がないことにすぐに気が付いた。上空を旋回しつつ、獲物の様子を確かめるように少しずつ距離を詰めてくる。
そろそろ武器の間合いに届くだろうというところまで近づいたとき、マヴァールがロウレアナに声を掛けた。
「ロウレアナ、頼む。」
ロウレアナは腰につけた水袋の口を開くと、すぐに詠唱を始めた。
「麗しき水の乙女よ。今、我らが刃にその力を宿し、悪しき炎を打ち消す流れを為せ。《精霊の鋭刃:水》」
ロウレアナの詠唱に応えて水袋から透き通った水の体を持つ美しい娘が空中に飛び出してきた。彼女は冒険者たちの体をすり抜けるようにしながらくるりと優雅に一回りした。娘の体から巻き上がった水滴が冒険者たちの体を優しく覆っていく。
そして最後にロウレアナの周りをクルクルと浮遊し、また水袋へと戻って行った。
清流の乙女が去った後、冒険者たちの体を覆っていた水滴が彼らの武器へと集まり、青い光を放ち始めた。火属性の魔獣に対する攻撃力を格段に引き上げる上位の精霊魔法《精霊の鋭刃:水》が効果を現したのだ。
「すごい! これがエルフ族の魔法・・・!」
思わず漏れたゼルマの呟きに、すぐ前にいたロウレアナが振り返って苦笑した。素直に感動してくれたのは嬉しいが、この後のことを思うと簡単には喜べないからだ。
帰り際、清流の乙女は熱い空気の中に呼び出されたことを、召喚主にかなり愚痴っていった。
いつもよりも多めに魔力を渡すことでなんとか宥めたけれど、あの怒り様では討伐が終わった後、彼女の機嫌を取るためにまた森の中の泉へ連れて行ってやらなくてはならないだろう。
しばらく仲間と離れなくてはならないなと考えたところで、自分がいつの間にか森の中にいるよりも人間たちと一緒にいることを当たり前に感じていることに驚き、彼女は軽く笑みを漏らした。
ロウレアナはフッと息を吐いて愛用の細剣を手に取ると、最近行っていない泉はどれだったかしらと考えながら、接近してきた火甲虫の頭を次々と刺し貫いて行った。
ロウレアナに負けじと、マヴァールは長柄の片手剣を、短刀使いの男は逆手に構えた左右の短刀を閃かせて、接近してきた次々と火甲虫を倒していく。
ゼルマは戦斧の男とグスタフと共に背中合わせで小さな陣を作り、その中央で呪文を詠唱しているエマとドルイドの男を守っていた。
目の前で繰り広げられる本物の魔獣との戦いと、鮮やかな剣士たちの動きにゼルマは魅了された。同時に自分も負けるものかと、槍を持つ手に力を込める。
「おい、ボヤッとするな!! 右だ!!」
戦斧の男が発した声に目を向けると、火甲虫が高速でゼルマに接近してきていた。自らの発する炎で赤熱化した甲虫の鋭い牙と鉤爪が不気味な羽音と共に彼女へ迫る。
ゼルマは「やあっ!!」という気合の声と共に槍を繰り出した。短槍で頭から尻までを刺し貫かれた火甲虫は動きを止め、ぼうっと炎を噴き上げた。
それに確かな手ごたえを感じた彼女は、槍を大きく振るうことで火甲虫の死骸を岩の上に振り落とした。
「なかなかやるじゃないか!」
グスタフは革の小型盾と小さめの片手剣を振るい、火甲虫を器用に牽制しながらゼルマに声を掛けた。
「あなたも、グスタフ!!」
ゼルマがそう答えると、彼はいたずらっ子のような表情で笑った。その笑顔を見た途端、ゼルマは胸がとくんと高鳴るのを感じた。ほんの一瞬、ゼルマの動きが止まる。
「おい、何やってんだ馬鹿!!」
グスタフの声で我に返った時にはすでに、新たな火甲虫の牙が目前に迫っていた。慌てて槍を掲げて身を守ろうとするが、火甲虫はそれを躱して彼女の首に牙を突き立てようと顎を大きく開いた。
間に合わない。そう思った瞬間、ゼルマは左から激しく突き飛ばされた。
地面に倒れ込んだゼルマは自分を突き飛ばしたグスタフが、盾を構えて火甲虫の前に立ち塞がる姿を見た。
彼女の目の前で火甲虫は彼の盾に激突した。その途端、火甲虫の体は中心から膨れ上がり、爆炎と共に砕け散った。
「ぎゃあああぁ!!」
炎に包まれたグスタフの絶叫が響く。爆発の衝撃で炎に包まれたままのグスタフが岩場を転がっていく。
「グスタフ!!」
悲鳴のような声で彼の名を呼びゼルマが立ち上がろうとした瞬間、背後から詠唱の声と共に青白い光が沸き上がった。
「・・・るべき姿を留めよ。凍てつく氷獄の風よ。刃となりて我が敵を撃て! 《氷雪の矢》!!」
戦闘開始時からずっと続いていたエマの詠唱が終わると同時に、彼女の周りに無数に出現した青白い光の矢が一斉に解き放たれた。魔力で誘導された氷の矢が高速で飛び回る火甲虫たちを正確に捉えていく。
火甲虫たちは矢に頭を撃ち抜かれ、一匹残らず地面に落ちてその動きを止めた。生きている火甲虫がいなくなるとすぐに、仲間たちは岩の上に倒れたまま動かないグスタフに駆け寄った。
ゼルマは泣きたい気持ちをぐっと堪え、唇をきつく噛んだ。声を出したら気持ちが折れてしまう。ゼルマは自分を叱咤し、一心に足を動かした。
一番に駆け寄ったドルイドがうつ伏せに横たわるグスタフの肩に手を掛けて、彼の体を仰向けに返した。
次の瞬間、グスタフは自分からむくりと体を起こした。自分の体を確かめて、ふうと大きく息を吐く。
「あいてて、ドーラ姉ちゃんのおかげで助かったぜ。危うく消し炭になっちまうところだった。」
ドルイドはグスタフの体に大きな傷がないのを確かめると、なぜか顔を顰めてさっとその場を離れた。
離れたドルイドに代わり、エマとゼルマが彼の元へ駆け込んでいった。エマはグスタフの上半身に縋りつくようにその場にしゃがみこんだ。
「大丈夫、グスタフ!?・・・って、臭! 物凄くくさい!!」
慌てて鼻をつまみグスタフから遠ざかるエマ。同じ匂いを嗅いだゼルマの鼻の奥もツンと痛む。さっきとは別の意味で、思わず涙が出そうになってしまった。
グスタフの体からは卵が腐ったような、不潔なトイレのような凄まじい臭いが漂っていた。
遅れて駆け寄ってきた戦斧の男は鼻をつまみ、遠巻きに離れたまま彼に言った。
「うわあ、本当にすげえ匂いだな。お前まさかまた漏ら・・・。」
グスタフはさっと立ち上がると、大きな声で叫んだ。
「違いますって!! あの野郎が出したガスを浴びちまったんですってば!!」
駆け寄ってきたグスタフに「ちょ、お前、こっちくんな!!」と言いながら戦斧の男が逃げ回る。
マヴァールたちは近寄って来ようとすらしなかった。元気に駆け回るグスタフの様子に彼らは互いに顔を見合わせて安堵のため息を吐いた後、思わず苦笑いを漏らしたのだった。
グスタフの臭いの原因は火甲虫の体内から放出された可燃性のガスだった。本来ならば体外に出ると同時に気化して燃えてしまうはずのガスがドーラの《耐火》の呪文のせいで発火しなかったのだ。その結果、グスタフは気化する前の液体状のガスを全身に浴びてしまった。
ドルイドが癒しの呪文で仲間の傷を癒している間に、エマはグスタフに何度も《消臭》の魔法を使って臭いを取った。その甲斐あって、隣にいても何とか耐えられるくらいには臭いを減らすことができた。
自分の体を嗅ぎながら「まったく、あの虫野郎の屁のおかげでひでえ目に遭ったぜ」とぼやくグスタフに、ゼルマは「すみません、私のせいでこんなことに・・・」と謝罪した。
グスタフは申し訳なさそうに俯いているゼルマを無言のまま見つめた。そしておもむろに彼女の頭を革手袋をしたままの手で、こつんと小突いた。
「痛い!!」
思いがけない痛みにゼルマは声を出した。驚いて顔を上げると、すぐ目の前でにししと笑いながらグスタフが彼女に言った。
「へっ、これでチャラにしてやらあ。これからは戦いの最中にぼんやりすんじゃねえぞ!!」
ゼルマは驚きのあまり、口を開けたまま固まってしまった。彼女を庇おうとエマが「もう、乱暴しちゃダメでしょ!!」とグスタフを叱りつける。
だがグスタフはニヤリと笑い「はん、先輩からのありがたい忠告だぜ!!」と悪びれることなく逆に胸を張ってみせた。
そのやりとりを聞いていた短刀使いの男は、隣の戦斧の男にわざと大きな声で話しかけた。
「おうおう見ろよ、あいつ成長したなぁ。」
「ああ、本当にな。大したもんだぜ。あれが最初に魔獣と戦った時、怖くてびーびー泣いてた小僧だとはとても思えねえよ。」
戦斧の男がこれ見よがしに大げさな仕草でその言葉に応じる。片手剣を鞘に戻していたマヴァールがその会話に加わった。
「あん時は大変だったよな。森林狼の群れに囲まれて小便・・・。」
「ちょ、止めてくださいよ、マヴァールさん!! もう3年も前の話じゃないですか!!」
グスタフはマヴァールたちを止めようと両手をばたばたさせながら慌てて走り出した。耳まで真っ赤になったグスタフを見て、彼の仲間たちは明るい笑い声を上げた。
取り残されたゼルマはエマと視線を交わした。エマは笑顔でこくんと頷くと彼女に手を差し出し「行こう」と言った。
ゼルマは胸の奥に何とも言えない暖かな気持ちが沸き上がるのを感じた。彼女はエマに頷き返すと差し出された手を取って一緒に仲間の元へと走り寄り、その笑いの輪に加わったのだった。
傷の手当などを終え、ロウレアナが周囲の安全を確認している間に、エマたちは素材の回収をすることになった。
短刀使いの男は器用に火甲虫を解体しながら、使える素材の集め方や魔石の位置などを仲間たちに説明していく。
赤熱化していた火甲虫の体が十分に冷えたことを確認してから、短刀使いの男は火甲虫の外羽を慎重に取り外した。すると赤い外羽はだんだんと透き通っていき、みるみる間に七色の輝きを持つガラス状の物質へと変化した。
「なにこれ、すっごく綺麗!」
エマが上げた歓声に、短刀使いの男は「だろ」と言って頬を緩めた。
「この羽はいろんな装飾品の素材になるのさ。王都ではかなり珍しい素材だから、持って帰ったらすごい儲けになるぞ。大きいほうが高く売れるから、出来るだけ丁寧に扱ってくれよ。」
男の言葉にエマ、ゼルマ、グスタフの三人は共に元気よく返事をし、一斉に作業に取り掛かった。
「私が倒した虫は羽が傷んでしまっていますね。」
ゼルマは自分が槍で貫いて倒した火甲虫を見つめて、思わずため息を吐いた。彼女が手にしている火甲虫は槍を引き抜いたときの衝撃で羽にひび割れができ、色もくすんでしまっている。
しかも心臓にあった魔石も砕けてしまい、回収することができなかった。
「こういう奴は大抵頭を狙うんだ。ギルドの打ち合わせでも言ってたし、エマもそうしてたろ?」
手を止めることなく言ったグスタフの言葉で彼女は、エマが《氷雪の矢》で火甲虫の頭を正確に狙っていたことを思い出した。ゼルマは採集用の短刀を手にしたエマに尋ねた。
「エマ様はこの素材のことを知っていらしたんですか?」
「ううん、知らなかったよ。でもガレスさんに物凄くうるさく言われてたからね。」
エマは苦笑いを浮かべてゼルマに答えた。迷宮探索をしていたときのこと、最初の戦闘で焦って放った魔法の矢で、エマは森林狼の毛皮をズタズタに引き裂いてしまった。
それでガレスにこっぴどく叱られたのだ。エマはそのことを少しばつが悪そうにゼルマに話した。エマの言葉にグスタフも頷いた。
「俺も最初はそうだったぜ。とにかく魔獣にやられないように必死でさ。でたらめに剣を振り回してたもんだよ。」
「あー、それでおしっこを・・・。」
「おい!! それは関係ないだろうが!!」
二人のやりとりを聞いてゼルマが少し寂しい笑みを浮かべてぽつりと言った。
「お二人は本当に仲がいいんですね。」
その言葉に、エマとグスタフは互いに視線を合わせた。
「まあな。こいつがおしめしてた頃から知ってるし。なあエマ、お前よく寝小便して泣きべそかいてたっけ。懐かしいなー。」
「なっ、そんなの4つの時までだもん!! あんただって昔は広場の木に縛り付けられて泣いてたじゃない!」
「こらっ!! お前ら、ちゃんと手動かせ!!」
言い争いを始めた二人を短刀使いの男が一喝する。3人は慌てて作業に集中し始めた。だがゼルマが視線を感じて目を上げると、自分の方を見ているエマと目が合った。
エマはぺろりと舌を覗かせると、てへへと照れ笑いをした。彼女はそれまでなんとなく感じていたもやもやした気持ちがスッと晴れていくのを感じた。
エマに微笑みを返した後、手元の火甲虫に目を落とす。ひび割れた羽を苦労して外しながらそっと二人の様子を窺うと、グスタフもエマも手際よく作業を進めていた。
二人の様子を見ているうちに、自分には学ぶべきことがまだまだ多くあるという気持ちが自然と沸き上がってくるのを感じた。
すっきりと前向きな気持ちになったゼルマは、残った羽を外すために採集用の短刀の刃を甲虫の外皮に滑り込ませていった。
読んでくださった方、ありがとうございました。