【六】巨大海洋生物討伐
討伐戦当日は船出を祝うかのような快晴に恵まれ、海も穏やかだった。
各自、武装を整えた上でホバーに乗り込み、マルカナ島へ向けて出港した。
拠点には現段階では戦闘が難しい初音と花江に残ってもらうことになった。
初音達には武器に慣れるための戦闘訓練を行っている段階である。
拠点にメンバーの一部を残すに当たって、現段階で出来得る限りの防衛システムを構築し、稼動させた。
まだまだ、大掛かりなトラップを多用するしか無く、理想には程遠い。見直しが必要だ。
緊急時に使用する隠し避難通路や脱出経路についても初音達には伝えてあった。
メンバー達はホバーの本格運用開始とあって幾分の緊張感が伴った航海だったが、大きなトラブルも無く順調に進んだ。
出港当日の夕方にはマルカナ島が見えてきた。
島の船着き場に着いた勇作達は港を管理している衛兵に断りを入れて、島の最高権力者である村長宅へと出向いた。
勇作には愛理、志摩、陽鞠が同行してくれた。
残りのメンバーは念のため有事に備えてホバーで待機することになった。
村長から聞いた話を要約すると巨大海洋生物は長い身体を持つこと、全長十メートルを軽く超える大きさであると言った話であった。
かつての世界の空想であるような火を吐いたり、毒を撒き散らすような怪物では無いようで少しホッとする。
今夜は島の船着き場に停泊させたホバーの中で一夜を明かすことにした。
ホバー内には長距離移動を想定して、操舵室兼作戦司令室や居住エリアに加えて厨房、トイレ、バスなども完備された二階建てになっている。
食糧庫は船底に配置され、厨房にはエネルギー収束機構から発電した電気で温冷庫を装備、飲料水は海水を濾過して作り出している。
ここまでの装備が必要なのかと疑問に思う勇作であった。
さながら動くホテルのようであるホバーだが、自身も女性でありメンバー内の女性比率が圧倒的に多いことから設計者である心愛にとって、この辺は譲れなかったらしい。
まあ、遠征中であっても身綺麗でいたい、快適に過ごしたい気持ちは分からなくも無い。
翌朝、村長に出発する旨を伝えて、巨大海洋生物の出現する海域へと向かった。
ホバーの操縦は心愛が担当することも出来るのだが今回は愛理が担当することになった。
見た目からはとてもそうは見えないが、愛理は国内A級ライセンスの持ち主なのだ。
年に数回のペースでレースに出場し、毎回上位に入賞していたらしい。
来年にも国際B級ライセンスに挑戦する予定だったとのこと。
人は見掛けによらないものだ。
今回の基本的な作戦としてはホバー甲板から遠距離戦闘チームが攻撃をして注意を引きながら後退し、入り江内の浅瀬に誘い込む作戦だ。
やはり不利な海上での戦闘は避けたいのが本音だ。
入り江から二キロ程沖に目的の海域はあった。
海底には岩礁帯があり、島の外側を走る海流がぶつかる魚の宝庫であり漁師達にとって最高の漁場である。
マルカナ島の漁師が危険を顧みず、この海域へ漁をしに来るのも頷ける。
目的の海域に到着して五分ほど経過した時、ホバー操舵室の警報が鳴り響いた。
ホバーに搭載した全方位ソナーに識別不可の何かが近づいていることを知らせていた。
「正体不明の物体が急速接近中です!」愛理の切迫した声が艦内に響いた。
警報と同じくして甲板から「大きな影が近付いてきますわ!」と甲板で哨戒中の花梨から連絡が入る。
「総員、第一種戦闘配備・・作戦は伝えた通りだ、各自の判断で攻撃開始!」勇作は指示を出す。「「「「了解!!」」」」
昨夜の内に作戦の内容、緊急時の対応などについてメンバー全員に通達済みだ。
ソナー画面に映る影は優に二十メートルはある。聞いていた大きさの倍はある。
海面に影のみ映る不気味な巨大海洋生物に心愛と花梨の遠距離用収束砲が火を噴いた。
エネルギー収束砲であるため、海中に入ると著しく減衰してしまう。
しかし、心愛と花梨の二人は敵が海面すれすれに来る瞬間を狙っていた。
「行きますわよ・・心愛!」「・・分かってる・・」
「「発射!!」」
二人の収束砲から放たれた砲撃は、巨大海洋生物の頭部と胴体部を轟音と共に見事に打ち抜いていた。
さすがの巨大海洋生物も大きなダメージを負った。血飛沫を上げながらもがきだした。
「ズシャャャ・・」
だが、最後の足掻きか今まで海中にあった頭部を海上に持ち上げて、頭の中に突き刺さるような叫び声を上げながらホバーに突進してきた。
この距離だと着弾した後のホバーへの影響が大きく遠距離砲である収束砲は使えない。
「私達に後は任せろ!・・」「あら、出遅れないようにしなくちゃ・・」
心愛と花梨に代わって志摩と希美が前に出た。
杖鞭を振りかぶって杖の先端を巨大海洋生物に向かって射出した。
鞭の先端は見事にそれの頭部に突き刺さった。
「バリバリバリーーー!」
その直後、轟音と共に一万ボルトの電撃が放たれ、巨大海洋生物の頭部は黒焦げになっていた。
通常時は対人用として出力を最低に抑えて気絶を狙う方法を取っている。
しかし、今回の相手は巨大海洋生物である。遠慮はいらない。
リミッター無しの全力電撃攻撃を受け、為す術も無く絶命した。
しかし、ここで想定外なことが起こる。
巨大海洋生物は重力に引かれるようにホバーへと落下してきたのだ。
愛理が即座に緊急回避行動を取るが間に合わない。
「ここは私達に任っかせなさーい」「私も行くかねぇ・・」
志摩、希美に代わって陽鞠と早苗が前に出た。
落下してくる巨大生物の頭部目掛けて陽鞠は薙刀を一閃。早苗が二刀流居合抜きを発動。
巨大海洋生物の頭部は無残にいくつもの肉片に切り刻まれ海へと落下して行った。
崩れ落ち、肉片となって海面に落ちる巨大海洋生物にメンバーは歓声を上げ、ハイタッチで喜び合った。
「ふー、少し危なかったが、何とかなったか・・」
勇作は戦闘配備を解くと、メンバーの活躍を労った。
後にメンバーが調べたところでは、巨大海洋生物はかつての世界で言う、架空生物「シーサーペント」ではないかと言う結論に至った。ようは巨大な海蛇である。
無事討伐に成功した勇作達は形として残ったシーサーペントの残骸である胴体を曳航しながらマルカナ島に帰還した。
港に集まった村長以下島民は五百人に上り、勇作達は大歓声をもって迎えられた。
島民のほぼ全員が揃って出迎えたことになる。
その夜、島では討伐成功を祝って大規模な宴が開かれた。半信半疑だった島民も巨大なシーサーペントの切断された胴体を見て腰を抜かせていた。
シーサーペントの胴体は細かく切り刻まれ、宴の様々な食事に使用されていた。
毒が無いことは医薬部である早苗が事前に調べてくれていた。
島民達は見た目が見た目だけに最初こそおっかなびっくりだったものの、一口食べればその美味しさに魅了され宴は大騒ぎとなっていた。
味としては・・脂の乗った鶏肉のようであり、焼いても揚げても煮ても美味しかった。
予想に反してどんな料理にも合い大好評だった。
唐揚げ、串焼き、油炒めなど山のように並べられた料理を前に、恐る恐る口に運んだメンバー達は一様に驚き、猛然と口へ次々に放り込んでいた。
「見た目はともかく美味しいですわ」「・・うん、美味・・」「美味しーい!」「美味いねぇ・・」「皆、お行儀の悪い・・あら、本当に美味しい」「いけるもんやな、見た目じゃ分からんもんやね」
「中々の美味ですね、勇作くんは食べないんですか?」
愛理はメンバーの歓声の中に入らない勇作を気にして声を掛けた。
「あ、うん、俺はお腹いっぱいなんだ・・」
「そうですか、美味しいのに・・」と愛理はすぐに勧めるのを引っ込めた。
ところがここで空気を読まない一人の女子がいた。
「勇作―!これ美味しいよ・・はい、あーん!」
陽鞠から不意打ちを喰らった勇作は、その存在自体を避けていたはずの肉を口に放り込まれた。
「むぐっ!・・○♪♯§★」目を白黒させて藻く?勇作は次第に動きを弱め、椅子から崩れ落ちてついに動かなくなった。
「勇作!」メンバー達が慌てて抱き起し声を掛けるものの反応が無い。
「早苗!・・勇作くんが・・急いで診て!」
そう叫ぶ愛理に早苗は医療器具の揃っているホバーへ移動するよう指示を出す。
急いでホバーまで運ばれた勇作を診察したところ、急性のアレルギー中毒と診断が下った。
エルピス島で採れた様々な薬草のから早苗が個別に抽出し、調合したものの中からアレルギー症状に効果のある生薬を勇作に少しずつ飲ませると痙攣も次第に治まり徐々に回復していった。
この生薬は早苗の調合技術により、安中散、竜骨湯に成分の酷似した成分を持たせたものである。
翌朝、体調の回復した勇作が目覚めるとベッドサイドにはメンバー全員が集まり見守られていた。
陽鞠は一歩前に出て「ごめんなさいー!」と深々と頭を下げた。
他のメンバーも一斉に頭を下げた。
「勇作、昨夜のこと覚えてるか?陽鞠に無理矢理例の奴を食べさせられたやろ?」
「・・その後、勇作倒れた・・」「もうビックリしましたわ」「私も気が動転して何の指示も出せませんでした」
「今、症状は収まってると思うよ・・私が薬を飲ませたからねぇ」
「あらあら皆、勇作のこと心配だったのね、そう言う私も昨夜は慌てちゃったわ」
「迷惑掛けちゃったみたいで済まなかった・・実は俺、あっち系の食べ物がダメなんだよ・・言っておけば良かったな」
もう済んだことだと勇作が明るくメンバーに語り掛けた。
何回も申し訳なさそうに謝る陽鞠に「もう大丈夫だ・・気にするな」とと伝えたが、しょんぼりしている陽鞠がいつもの調子を取り戻すにはもう少し時間が掛かった。
シーサーペントは島民総出で食しても大部分が残ってしまったが、保存食として活用するらしい。
漁をして生計を立てている島民達だ。
昨夜、各テーブルにはマルカナ島で採れる四季折々の果物もところ狭しと並べられていて、メンバーの女性陣が群がっていた。
島からはこれらの果物を山のようにお土産として持たせてくれた。
また、これらの果物から数多くの果実酒も作られていて、酒樽に入れた様々な種類の果実酒が贈られた。
勇作達は夫や息子をシーサーペントに殺された遺族から代わる代わるお礼を述べられ、様々なお土産をたくさん贈られて拠点に帰還した。