【二】漂着
顔をさらう波に勇作は目を覚ました。砂浜らしきところに打ち上げられたようだ。
九死に一生を得て、無人島に打ち上げられた勇作は身体のあちこちに擦り傷を負っていたものの、大きな怪我は無かった。
周りを見ると同様に打ち上げられた女子達が目に入った。甲板で居合わせた女子達だった。
しかし、乗船していた男性教師、男子生徒、乗組員共に行方知れずである。
この無人島に生還?できたのは生徒男女合わせて十四名と引率の教師四名の合計十八名の内、女子生徒七名、引率の女教師二名そして勇作の合計十名のみであった。
偶然にも各学部から一人ずつ生還できたのは幸運と言えた。
直ぐにも学部ごとに現状把握と生きていくための基盤作りを開始した。
政経歴文外語学部(経外部)と言う文系総取り的な学部は水谷志摩が無人島の地理、歴史、経済、言語についての調査を開始した。
情報技術土木建築学部(技建部)では宮崎心愛が救助が遅れることを予想して、拠点の建設、情報の収集、材料の入手、加工手段の構築等技術系全般を進めてもらう。
芸術家政衛生学部(芸家部)は鎌田希美が主に炊事、洗濯、衛生面での仕事を請け負ってもらうことになった。
医薬保体学部(医薬部)からは仲野早苗が医師、薬剤師、保健医、体育インストラクターとして治療技術の構築、薬の調合、リハビリに加え武術を生かした偵察、巡回を担当する。
農林水畜産学部(農畜部)は浅井陽鞠が現地調達できる食料の確保、可能な栽培、養殖技術の構築等を引き受けてもらう。
航空宇宙兵器学部(防衛部)からは久保花梨が陸路、海路、空路での移動手段の構築と確保そして後々の問題として拠点防衛等を担ってもらう。
経営戦略学部(統括部)の勇作は部長、同学年の伊藤愛理は副部長として統括本部を立ち上げた。
また、引率の教師二名、西尾初音、大島花江も生徒達のバックアップに回ってもらった。
統括部の勇作と愛理も統括業務以外に各部のサポートに回ることになった。
情報収集の結果、統括部の勇作、愛理のもとに次々と現況報告がもたらされた。
情報を精査した結果、以下のことが判明した。
一、この島は周囲百キロ程の孤島で人は住んでおらず周囲には島らしきものは無い。
二、無人島ではあるが、淡水の湧き水も有り、動植物は独自の生態系で存在している。
三、かつては人が住み、文明が栄えていたと思われる史跡、遺跡がある。
四、打ち寄せられた船の残骸から生活基盤を作るための材料が確保できる可能性がある。
ここで緊急会議を開いて八項目の方針を決定した。
方針1 この島を徹底して探索する
方針2 皆が暮らしていける拠点を設営する
方針3 継続的な食料、飲料水を確保する
方針4 エネルギー源、材料を確保する
方針5 医薬品、他の原料、材料を確保する
方針6 身を守るための武器、防衛機器を開発する
方針7 船などの移動手段を開発する
方針8 遭難者の捜索、漂着物を探索する
まず拠点の設営を開始する。地上三階、地下二階の一階あたり二百平米という規模のものである。
その他にも方針で掲げた課題を手分けして達成していくことになった。
引率教師の西尾初音は経外部や医薬部、大島花江は芸家部や農畜部の補佐に当たる。
漂着して二日程は女性達の精神的、肉体的ショックも大きかったので大きな動きは避けてきた。
しかし、食料はたまたま所持していた携帯食で過ごして来たが、それも底を突いた。
三日目からは本当の意味で無人島サバイバル生活が始まることになった。
経外部の志摩、医薬部の早苗から、海岸線に多くの漂着物が流れ着いていると情報が入った。
統括部を一時閉鎖し、全員でその海岸線に移動した。
見たところ流木や船の船体の破片のようなものに混ざって、日本語で書かれた非常用袋や生活関連品が多数漂着していた。
波打ち際から二十メートル程の沖合に誰も乗っていない救命ボートの一部が波間に見え隠れしていた。
勇作は皆に声を掛けて救命ボートにロープを縛って岸へと引き揚げることにした。
あと十メートル程というところで急に重くなって動かなくなった。
担い手のほとんどが女性ということもあって無理が利かない。
「ここは私の出番かねぇ・・」
医薬部の早苗が潜って確認したところ、何かの荷物らしきものにロープで繋がれていて海底を引き摺っているので海底の岩に引っ掛かって引き寄せられないらしい。
岩礁を避ける位置にボートを誘導して引き揚げる位置を決めると、早苗に頼んで救命胴衣をいくつか荷物に括り付けて作動させた。
重かった荷物に浮力が与えられ何とか岸まで引き揚げることができた。
荷物は船が遭難する直前に勇作がボートに括り付けた材料や機材だった。
「良かった・・一部無くなっているものもあるみたいだけどほとんどは無傷で回収できた」
勇作の咄嗟の機転によってもたらされた奇跡であった。
「これもしかして勇作くんがボートに結んだの?」と愛理が聞いてきた。
「ああ、もしかしたら大事な材料や機材が助かるかもと思ったんだ」
「これはすごい・・勇作ぐっじょぶ!」
いつもの無表情は変わらないが、親指を立てていくらか頬を紅潮させる技建部の心愛は勇作を褒め称えた。
「そうですわ、ファインプレーと言っても過言ではありませんわ」と防衛部の花梨。
「早速、荷物の確認やね・・」と天然系オタクで経外部の志摩。
「あたしが準備していたのあるかなー?」と荷物を漁るいつも明るいロリっこ系農畜部の陽鞠。
「あらあら、みんな必死ね・・喧嘩はしないのよ」とお母さん系芸家部の希美。
「それにしても救命ボートに繋ぐとか、あの状態でよくやったねぇ」と独り言を言っている医薬部の早苗。
「初音先生、花江先生、女子達に指示して学部別に材料や機器を仕分けた後、本部のある拠点に運んで下さい・・俺はもう少し付近を調査してみます。愛理はどうする?」
「・・じゃ、私も勇作くんと一緒に行くわ」
女教師二人に引き揚げた荷物は任せて愛理と付近の調査を始めた。
しかし、壊れた船体の一部やコップ、ペットボトルなどの生活品がほとんどだった。
ただ、波打ち際に点在している様々な色に輝く石(宝石の類かも知れないが勇作には判断が付かなかった)や金属を収拾しておいた。
そろそろ拠点に戻ろうかと思っていた時、愛理が沖合を指さして叫んだ。
「勇作くん、見て!沖に船がいるよ」
愛理が指さした方角を見ると確かに米粒程の大きさの船らしき物が見えた。
「愛理は目が良いんだね・・っと、それどころじゃ無いか、皆のところに戻ろう」
急いで拠点に戻ると、皆に先ほどの情報を伝えて海岸線に移動した。
最初に見た時よりも船影は大きく、船形が分かるほどになっていた。
勇作は技建部の心愛と防衛部の花梨に意見を求めた。
「心愛、花梨・・船形からどんな船か分かるか?救助船かも知れないし・・」
「ハッキリとは分からない・・でも、貨物船や漁船で無いのは確か」
「そうですわね、大体砲身を携えた帆船なんていつの時代の物かってことですわ」
「えっ・・砲身?帆船?」と驚く愛理。
「ええ、通常では空母や駆逐艦などの軍艦でも無い限りあんな無骨な砲身は持っていませんわ」
「そう言うこと・・中世ヨーロッパの軍艦に似ている」
皆、唖然として二人の意見を聞いていた。
戸惑うメンバーをよそに中世似の軍艦が近付いて来た。
経外部の志摩と医薬部の早苗にも意見を求めた。
「志摩、早苗・・俺が聞いている限りではこの無人島には港として使えそうな場所は無かったんだよな?」
「そうやね、島の全てを確認できているわけや無いけど・・多分無理やと思うわ」
「私も同じ意見だねぇ、別の意味で怪しい場所はあるんだけどねぇ・・」
「・・そ、そっか」意味深な早苗の言葉に引き気味になりながら勇作は答えた。
中世似の軍艦はかなり沖合に停艦すると錨を降ろし帆を畳み始めた。
注意深く観察していると四、五人乗りの木製ボートが下ろされ数人の男達が乗り込んでいた。
「あれー?上陸するつもりなのかな?・・かな?」
「あらあら、変な格好の男の人が来るわよ」
陽鞠が気付き、希美が注意の声を上げた。
「私が対応してみるのが良いやろね」
「私はねぇ、護衛として付くよ」
志摩が一歩前に出ると早苗も後に続いた。
木製ボートが波打ち際に辿り着くと、漕ぎ手を除く中世の西洋騎士のような鎧で身を固めた男三名が海岸に降りてきた。
志摩は流れ着いた荷物の中から自身が開発したと言う「翻訳機」を持ち、早苗も自身の荷物から伸縮式の特殊警棒を手に向き合った。
「○×☆♪・・◇△※・・」
一人の中世騎士が一歩前に進み出て話し出したが、勇作には何を言っているのか分からない。
「◇▽#・・%◎&・・」
懸命に説明しているようだがやはり何を言っているのか分からない。
「そうですか、私たちは船が難破してこの島に流れ着いた者です」
そう志摩は説明した。なんと志摩には彼らの言葉が分かるらしい。
「■=*・・@§★・・」
「救助船を待っているのですが・・そうですか残念です」
「・・・」「・・・」「??」「・・・」「??」「・・・」「・・・」
更にいくつかの会話をした後、納得したのか西洋騎士達は引き揚げて行った。
遠巻きに見ていた勇作達は志摩に駆け寄った。
「志摩、相手の言葉が分かるなんて凄いですね」「・・志摩、すごい・・」
愛理と心愛は志摩を賞賛した。
他の面々も賞賛の声を上げる中、勇作は会話の内容を聞いた。
「どんな話だったんだ?途中、大分驚いていたようだけど」
「私も驚いてて全然整理つかへんわ、混乱もしてるし・・それでも聞く?」
勇作達が是非にと答えると志摩は語り出した。
・西洋騎士達はアサルド王国という国から来た王国騎士である
・この島は無人島で現在どの国にも属していないが、近くを通り掛かった漁民が自分達を見て領主に知らせがあったため確認に来た
・先程の帆船は王国所有の軍船であり、最も大型で戦闘力の高い精鋭船である
・風力を利用した帆船が主流で蒸気などの動力を使用した船は無いという
・通常航路から大きく外れているこの島は寄港する港も無く遠浅のため、遠洋漁業の漁民以外に近寄る船は無いので救助船は期待できない
・西洋騎士達が使用していた言語はスペイン語に近いものだが、かつての世界で現存するどの国のものでも無い。
「「「「・・・」」」」一同声が無かった。
今の話を要約するとここは自分達の知る世界では無いことになる。
まるで別世界にタイムスリップしたかのようだ。
静まりかえる皆の中で勇作が言葉を発した。
「皆に話がある、一度拠点に戻って話し合いを持とう」
勇作の言葉を皮切りに意識を徐々に切り替えたメンバーは自分の担当する荷物を拠点に運び始めた。