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迷宮世界の英雄譚  作者: ワンサイドマウンテン
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異常な実績

「あっ、やっと起きてくれました! あれから一日中目覚めなくて心配したんですよ!」


「えーと」


 目の前にはミアさんがいる。目の周りが赤い。どうしてだろう?

 そういえば景色が違う。ここは家ではないみたいだ。

 あのモンスターから逃げて街に戻ってギルドに来た後どうしたんだっけ?


「やぁやぁ、意識が戻ったようだね少年。なによりなにより!」


 おっとりとした口調、綺麗なエメラルドグリーンの長い髪を揺らし、手を振りながらカツカツと歩いて来たのはルナ・マーレ。ギルドに所属する冒険者の情報なんかを扱っている人。僕はそう認識している。


「ルナさん? あの、ここはどこなんでしょう?」


「んー? ここはね、ギルドだよ?」


「……ギルド、なんですか? こんな場所知りませんけど」


「あー、そっかぁ。そうだそうだ。少年はここに来るのは初めてだったねぇ。ここはギルド内にある医療施設だよ。戦いで傷ついた冒険者を癒すためのね」


 そんな場所があったんだなぁ、なんて感心する。

 そうか、僕はあの戦いで重傷を負っていたからここに運ばれたのかな? あの後の記憶が無いしきっと倒れてしまったからとかだろう。

 背中の傷なんてとっくに塞がってしまっていて腕の方もかなり良くなっている。


「いやぁ、よかったねぇ。その傷もう治りかけじゃん。隣のお嬢さんが持ってきたAランクポーションのおかげだよ。しかも三本も。これで少年は医療施設(ここ)の使用料だけしか支払わなくていいんだから」


「え!? ミアさん、Aランクポーション三本って」


「お代は結構ですよ! 私を守るためにあんなに傷ついてもあのモンスターと戦って退けたんですから! それに、守ってもらうのは二回目、ですしね」


 ミアさん! その顔を少し傾けてフワッとした感じで笑うの反則! 心臓が飛び出るかと思った。

 ルナさんも隣でうんうん、なんて頷いてる。恥ずかしい!


「それじゃあ、シュリさんの無事も確認できましたし、お店の方に戻りますね。また来てくださいね、絶対ですよ!」


 ミアさんは手を振りながら足早に出ていった。


「さて、少年。少年は今冒険者の間で話題になっているんだよ。理由は第一〇位級の冒険者、しかも冒険者になってから二週間足らずで第九位級冒険者が挑むモンスターの代表格クローベァーを単身で撃退してしまったからね。しかも左目を抉り取った。話題にならないわけがないよ」


「そうなんですか!? でも、そのクローベァー? を撃退したっていっても実は逃げただけですし」


「いやいやぁ、そんなに謙遜しなくても。第一〇位級の冒険者が逃げられる相手じゃないよ? それも一般人を連れて。それに、左目を潰してる。少年の力は早くも第九位級に届きかけてる。昇格の依頼、考えてみてもいいんじゃないかなぁ?」


「……第、九位級。でも、逆境の福音のおかげだと思います」


「それも少年の力だよ。それじゃあワタシは行くねぇ。あっ医療施設(ここ)の料金は三〇〇〇ジールだよ。今回の報酬は途中倒したモンスターと合わせて一二〇〇〇ジールだったから差し引いて九〇〇〇ジールだね」


 ひらひらとてを振りながら部屋を出て行った。

 傷はほぼ全快。僕も続いて医療施設を出た。




「まいど! て、シュリか。今日も剣の整備?」


「はい、お願いします」


 ギルドをでてまず最初に向ったのは「カグツチ」丸一日武器を放置してしまったためなるべく早くに整備をしてしまいたかった。

 いつも通りに代金の五〇〇ジールと剣を渡す。


「うーん? 随分無茶な使い方したんやなぁ。なに斬ったん? ガタガタやで、これ」


 整備を始めたキールさんが早速刃こぼれした刃をみて言った。


「クローベァーの爪です」


「んな!? クローベァーて! 今ちょっと話題になっとる第一〇位級冒険者がクローベァーを撃退したゆう話のその冒険者ってシュリやったんか!?」


「はい、そうみたいです。ギルドの人にも第九位級の実力に届きかけているって言われましたし」


「おお! さすがわいの見込んだ男! わいの目に狂いはなかったんや! こっからシュリと一緒にこの店も大きくなるで!」


 はりきって整備をしてくれた。剣が新品の時より輝いているじゃないかってくらい綺麗になっていた。もちろん、刃こぼれもなくなっていてキールさんいわく切れ味は整備前より上がったとのこと。


 夜、食べに行った定食屋でも僕の話題で持ちきりだった。けど、どれも「そんな新人冒険者がいるらしい」「誰だ」「知らん」「ガセなんじゃね?」「いや、ギルドが認めてる」「冒険者になっていきなりあいつと渡り合うってすげぇのがいるもんだな」「今の俺たちならクローベァーなんて大したことないけどな」なんて内容だ。

 彼らの間ではそんな新人冒険者の話でシュリ・フォルトという僕の名前が知れ渡ったわけではないのだ。実際、キールさんもその新人冒険者が僕だって知らなかったしね。


 周りの冒険者たちの話に耳を傾けながら料理を食べていると店の中が一斉にざわついた。

 気になって周りの人の視線の先を見てみると僕が冒険者になった初日に助けてくれた気だるそうな雰囲気の第四位級の冒険者の男だった。その時と変わらず気だるそう。

 第四位級の冒険者がすごいっていうのはわかるけど店にいる人がみんな一斉にその人に注目を集めるなんてよっぽど有名なんだな。そんな人に助けてもらったのか、僕。

 その人を見ていると向こうも僕に気が付いたのか「やあ」と手をあげてこっちに来た。ていうか覚えられていたんだ!?

 それに対して周囲もざわつく。

「なんだ? あのガキ。知り合いか?」「でも、どうみても新人冒険者って感じだよな」


 彼はそんな周りの声をものともせす僕のところに来た。


「ここ。座っていい?」


 なにかと思えば相席だった。確かに混んでるけど。以前助けてもらったし断る理由はない。


「どうぞ、かまいません」


「どうも。店員さん。これ、下さい」


 僕の前に座ると早々に注文を済ませた。そしてじーっと僕のことを見てくる。それを見て周りの冒険者の視線も僕に集まる。

 耐え切れなくなって緊張の混じった細々とした声で聞いてしまった。


「あの、なんでしょうか?」


「今。クローベァーを撃退した。新人冒険者、の噂がある。もしかしたら、君。かな、って」


「えっと、はい。僕です」


 注目が集まっていたところで話題の新人冒険者の正体が割れたのだ当然、周りの冒険者達は一斉に声を上げた。


「嘘だろ? こんな小さいのがクローベァーを!?」


「もっと、いかついやつなんだと思ってたけどまさかこんな頼りなさそうなのがねぇ」


「ていうか、ガセなんじゃないか? どう考えても無理だろ」


「だよな」


 件の冒険者の正体を知った彼らの反応は最初こそ驚いていたもののいつからか嘘だのインチキだのという批判に変わっていった。


「……やっぱり。思った通りだ」


 ざわざわと騒がしかった彼らが僕の前にいる男の声でピタリと止んだ。


「クローベァー。だけじゃない。前にも、六十匹くらいのコボルト。ほぼ一人で倒した。それは、俺も確認してる」


「……で、でもコボルトって雑魚じゃない」


「新人に。いきなりそんな数のコボルト。まず無理」


「……」


 あれだけ騒がしかった食堂が静まり返った。

 次第に周りにいた冒険者達は元いた席に戻っていった。


「えっと、ありがとうございます」


「何が? これから食べるのに。周りで、うるさかった。それだけ」


「……えーと」


 それほど僕に関心がないのかな? 不思議な人だなぁ。まぁ、無理に話す必要もないし、早く食べて帰ろう。


「名前。なんていうの?」


「え?」


「……だから。名前」


「あ、シュリ・フォルトです」


「そう。シュリ。俺は、ハリス。ハリス・カロライナ」


「あ、はい。ハリス、さん?」


「うん」


「……」


「……」


 興味がないのかと思えば名前聞かれた。名前も教えてくれたけどどうすればいいの!?

 黙っちゃうし、やっぱりこの人変わってるなぁ。

 それから会話があるわけでもなくハリスさんにも料理が運ばれてきて黙々と食べる。


「第九位。昇格。近いかも。その時は。俺が立ち会う」


「え? はい、よろしくお願いします」


「うん」


 読めない。会話が終わったかと思えばしばらく経ってから突然始まる。

 僕からも何か話した方がいいのだろうか? でも、なにはなせばいいんだろう?

 とりあえずまた突然話しかけられてもいいように心の準備だけはしておこう。

 そう思ったのだがそれ以降話しかけられることはなく食べ終わると早々に出ていってしまった。

 最後まで読めなかったなぁ。

 僕も食べ終わったので代金を支払って帰った。




「よう、久しぶりだな! シュリ」


「久しぶり、シュリ」


「ジャック! アーク!」


 翌日ギルドに向かう途中で同じくギルドに向かっていたジャックとアークに出会った。


「聞いたぜ? クローベァーを撃退したんだろ? もう第九位に上がってんのか?」


「上がってないけど。どうして、僕だって知ってるの? 名前は出てなかったはずなのに」


「昨日の夜お前と第四位のハリス・カロライナが話してる時に名前聞いたっていう冒険者がいてな。そこからだ」


 あの時か。確かに散っていったけど注目事態はされてたからなぁ。聞こえていた人がいてもおかしくはない。


「それより、第四位の人と交流あったんだね。あの時以来何かあったの?」


 あの時とは僕が冒険者になった初日、ジャックとアークとコボルト退治に行って大変な目にあった帰りに助けて貰ったことだ。


「あの時以来何もないけど。昨日も偶然会ってハリスさんも僕のこと覚えてたみたいで」


「気に入られたんじゃないのか? 上位の冒険者が名も知れない新人冒険者を覚えてるって中々無いぜ?」


「そう、なのかな」


 確かに名前聞かれたし。……それ以外は何もなかったけど。


「んじゃ、依頼受けに行きますか! シュリも来るだろ?」


「うん、もちろん!」




「今回は何もなくて良かったな! この前は大変だったからな!」


「まだ街に着いたわけじゃ無いんだから油断しちゃダメだよ兄さん」


「何かあったらシュリがいるんだぜ!」


「ええ!? ……そんなに当てにされても」


 前と同じコボルト討伐の依頼だけど今回はなにもなくて良かった。ちょっとジャックの気が大きくなってけどクローベァーは倒したわけじゃないし撃退ってことになってるけど僕が逃げただけだからね? 重傷も負ったわけだし。




「じゃあ、また会ったらよろしく頼むぜ!」


「よろしく」


「うん、また今度」


 結局何事もなく無事グランデまで帰ることができた。報酬は三人で分配して別れる。



 時間、余ったし鍛錬でもしよう。

 いつも通りの筋力トレーニングと体力トレーニング、素振り。

 今は弱いモンスターを倒しているだけだからいいけど階級を上げるためにはもっと強いモンスターを倒せるようにならないといけない。そのためには今のままじゃダメだ。

 それはクローベァーと戦って分かった。

 戦ったのは僅かな時間だけどそれでほとんどの体力を持っていかれた。あれを倒そうとするなら全然足りない。

 力もだ。もっと力があればもっと早く振れる。逆境の福音に頼らなくったって腕なんかを切り落とせるようになる。そのためには力だけじゃなくて技術も必要になるんだけど。

 素振りはそのためにやっている。

 背筋を伸ばし目の前にある刀身に集中する。

 大きく振りかぶって早く正確に振り下ろす。これと同時に足を前に出す。出したら次は出した足を下げながら振る。これを何百回と繰り返す。



「おいおい、こいつって今話題の冒険者君じゃないのか?」


「なんだ、なんだ、調子乗って素振りですか?」


「どうせ、クローベァー撃退ってのは嘘なんだろ? 聞けばお前、冒険者になって二週間経ったくらいなんだろ? それでいきなりクローベァーを撃退ってのは無理だよなぁ」


「だな、じゃなきゃ俺たちなんて今頃とっくに第一〇位なんて超えて第八位級くらいの冒険者になってるさ」


 ガラの悪いいかにも、な二人組の冒険者。片方はスキンヘッド、もう片方は頭の左側だけ剃り込みが入っている、そんな二人が下卑た笑みを浮かべて絡んできた。

 これは乗っかったらダメだ。無視を決め込もう。


「おいおいおいおい、無視かよ。そりゃねぇよなぁ!」


 スキンヘッドの方の冒険者が吠える。

 それに続いて左だけ剃り込みの冒険者がバキバキと骨を鳴らした。


「ああ、生意気だな! こいつは一回冒険者の厳しさってのをたっぷりと教えてやらないとなぁ!!」


「うっ」


 右頬に思いっきり拳を貰った。吹っ飛ばされる。

 殴られた頰が腫れて痛い。


「ははっ、よっわ。こりゃクローベァー撃退は嘘だな!」


 ゲシゲシと蹴られ続ける。頭上ではゲラゲラと品のない笑いが煩い。


「おらっ、反撃の一つくらいしてみろよ!」


 蹲っていると強烈な蹴りが腹に見舞われる。


「ぐっ、かはっかはっ!」


「おい、てめぇら。なにしてんだ?」


 突き刺すような鋭い声が響いた。


「あん? 向こういってろガキ!」


「おい待て! こいつ狂犬だ」


「あ!? 狂犬だと!?」


 ……狂犬? その名前はこの前ギルドで聞いたことがある。確か、ものすごい強い子供。

 頭を起こしてその狂犬、がいると方へ視線を向ける。

 そこに経っていたのはボサボサの深緑の髪で妙に目つきの悪い子供。背も僕より小さいけど筋肉質だ。


「オッさん、下らねぇことしてんじゃねぇよ。そいつはあれだろ、今話題の冒険者。自分たちは何年も冒険者やってて第一〇位級だってのにぽっと出の冒険者がいきなり頭角表したから妬んで襲撃か? しょうもねぇんだよ」


「なんだとこのガキ! 俺はこいつもそうだがてめぇみてぇなガキも大嫌いなんだよ、潰すぞ!?」


「上等だ、かかってこいよ雑魚が」


「本当に()るのか? 狂犬は第九位級の冒険者だぞ?」


「俺たちが何年冒険者やってると思ってる!? 最近出てきたばかりの奴に負けるかよ、しかも二対一で相手は所詮子供。問題ない!」


 二人の冒険者は拳を構えて狂犬と呼ばれている少年に殴りかかった。


「おらぁっ!」


 まずは左だけ剃り込みの冒険者が放った右のストレートは掠めもせず続いてスキンヘッドの冒険者から繰り出されたラッシュも危なげなく華麗に全て回避された。


「くそっ、全然あたらねぇ!」


「まぁ、そこそこだな」


「クソガキがぁ!!」


 狂犬の全て避けきったあとに放たれた一言に当てられスキンヘッドの冒険者が大振りでまっすぐに殴りかかる。

 ズドンッと鈍い音が響いた。


「……ガッ、ハッ……」


 スキンヘッドの冒険者の鳩尾には深くめり込んだ狂犬の拳があった。

 血を吐いてゆっくりと崩れ落ち地面に倒れたスキンヘッドの冒険者を一瞥もくれずもう一人の左だけ剃り込みの冒険者に向く。


「子供に負けるはずがないって言ってたな? 何年冒険者をやっていると思う、だっけか? 何年なんだ?」


「……ッ!」


「答えろよ」


 押し黙る左だけ剃り込みの冒険者をキッと睨むと足元に転がっているスキンヘッドの冒険者の頭を踏みつけた。足元から聞こえる悲鳴など気にも止めずもう一度「何年なんだ?」と質問を繰り返した。


「……ご、五年」


「は、ははは。五年か! それでこの程度か! 拍子抜けだな! お前らはその五年間なにをしてたんだ? それだけあれば少なくとも第九位級にはなれてただろ?」


「な、なんだと!? てめぇ、自分が早くに昇格したからって」


「言っとくが第九位なんて大したことねぇぞ? やることちゃんとやりゃあ割と簡単になれる。未だに第一〇位級で止まってる奴はやることもやらずにただ雑魚モンスターを倒して騒いでるだけだろ。別にそのことを悪く言うつもりはねぇ。好きにしてりゃいい。けど、てめぇらが目の敵にしたそこに転がってる奴は上を目指してやることをやっていた。クローベァー撃退もそれが身を結んだ結果だ。それを上を目指そうとしねぇ奴らが気に食わねぇだの、調子に乗るなだの騒いで邪魔するんじゃねぇよ!」


 威圧。狂犬と呼ばれる少年の纏うオーラが相手を萎縮させる。それをむけられた左だけ剃り込みの冒険者が「ヒィッ」と後ずさり。


「わ、悪かった! 謝罪ならいくらでもする! この通りだ!」


 そう言って丸く蹲り地面に頭を擦り付けるような姿勢で詫びた。

 謝罪する様子をしげしげと見ていた狂犬はその冒険者の元にしゃがみ込んで言った。


「……なぁ、知っていると思うが俺は狂犬って呼ばれてんだ。で、お前らはその狂犬に喧嘩を売った。ただで帰れると思うなよ?」


 最後に笑うと「え?」と顔を上げた冒険者の頭を両手で掴んで固定し顔面に容赦のない膝蹴りを入れた。


「ぐげっ」


 鼻の骨が折れ鼻血を垂れ流し歯が何本か折れた潰れた顔面。


 しかしそれだけでは済まず右頬に強烈なストレートがお見舞いされた。


「……!」


 最早声にならない悲鳴を上げて数メートルほど飛ばされる。

 ガタンと家の外壁にぶつかり気を失っていた。


「大丈夫か?」


 二人の冒険者を片すと歩み寄ってきて手を差し伸べてくれた。ありがたくその手をとって立ち上がる。


「大丈夫、ありがとう。」


「いや、あいつらが気に食わなかっただけだ。恩を感じられることはない」


 そういった彼の言葉は照れ隠しなんかではなくて本当にそうなのだという目をしていた。

 そしてそのまま去ろうとしてふと足を止めると振り向いた。


「……少しは反撃したらどうだ? 一度返り討ちにしたらああいう連中は少しは大人しくなるぞ」


 それだけを言うと今度こそ去って行った。



 あれから一週間が経った。彼に助けてもらった後のこの一週間はああいった人たちに襲われることはなかった。

 それに、一週間も経てば僕の話題自体が収まってきたみたいで、夜食べに行った店でも今は僕の話を聞かない。


「やぁ。また、会ったね」


「ハリスさん!?」


 今日は人が少ないのでそれほど、というかこの前みたいに騒ぎになることはない。


「ここ。いい?」


 どうぞ、と首肯して椅子を引いてそこにハリスさんが座る。


「もう。だいぶ収まったね。話題」


「はい、そうみたいですね」


「最初は、こんなもん。繰り返していけば、どんどん広まる。がんばって」


「っ! がんばります!」


 ハリスさんみたいなすごい人に期待されている。頑張って早く第九位に昇格するぞ!




「おはようございます、フォルトさん。今日はどの依頼を……って、ええ!? ()()ですか!? いえ、止めるほどではないですが少々心配です」


「大丈夫です、お願いします」


「……分かりました。()()()()()()()の討伐ですね。受諾しました、お気をつけて」


 ワイルドボアーは僕が初めて戦ったモンスターだ。あのときも逆境の福音に助けられたっけ? だけど今回は福音に助けられることなく倒すつもりだ。

 逆境の福音の効果はすごいけど追い詰められないと発動しない、一つでも違えば命を落としかねない綱渡りな力だ。それに極力頼らず安定した力を発揮できるようになりたい。

 だから今日は第一〇位級冒険者の中でも上位の実力を持つ人と同じか少し上くらいの力のモンスター、ワイルドボアーに挑む。

 これで福音なしの僕の実力が分かる。この結果によって昇格のための依頼を受ける時期を判断するつもりだ。


「おはようございます」


「ああ、シュリかい! いらっしゃい、しかっり買っていきな!」


 店に入るとエルダさんが気が付いていつもの「しっかり買っていきな!」と言った。

 ごめんなさい、今日はCランクポーション三つだけなんでしっかりは買えません。

 そんなこと思いながらポーションを三つ持ってエルダさんのもとへ。


「冒険者なんだからもっと豪快に使ったらどうなんだい!」


「ごめんなさい、生活がありますから。そういえば今日はミアさんはいないんですか?」


「あたしで悪かったね!」


「いえ、決してそういうわけじゃないですから!」


「冗談さ。ミアなら今日は薬草採りに行ってる。先日誰かが大けがしてそのために無償でAランクポーションを三つも使ったからねぇ」


 ……僕のせいだ。


「気にすることじゃあないよ! 思うところがあるならたくさん買ってくれればいい」


「じゃあCランクポーションをもう一つ」


「一二〇〇ジールだよ」


 ユグドラシルでポーションを四つ補充したらいよいよワイルドボアー討伐だ。

 場所はいつもワイルドラッドやホーンビートルと戦っている場所よりもっと街から離れた場所。

 道中に斬ったいつものモンスターたちの数は二十を超えた。


 一旦休憩かな。そろそろ昼時だ。地図ではこの先が少し開けた場所になっているらしい。そこで休憩しよう。


「!?」


 ……ワイルドボアー!? ここで遭遇(エンカウント)か!


 地図通りに進み予定通りその開けた場所に当直した。

 本来ならそこで昼食も兼ねてちょっと休憩をするつもりだったけどそこには先客がいてそれはなんとワイルドボアーだったのだ。


 まだこっちには気づいてない? なら、後ろから!


 静かに剣を抜いて無防備に晒されているワイルドボァーの背中を縦に斬り下ろす。


「ヴゥゥヴォゥゥ!?」


 背後からの奇襲に驚嘆と悲鳴とが混ざった声を上げるワイルドボァー。

 思い切り斬り降ろしたつもりだけど思ったより傷は浅い。ワイルドボァーがタフな理由の一つだ。

 安全に攻撃できるのはここまでここからはモンスターの攻撃を回避しながらの攻撃になる。

 振り向きざまにワイルドボァーの裏拳。これは屈んで回避。その状態から伸ばされた右腕目掛けて上に斬りはらう。

 片手で降ったからかさっきよりも浅い。

 そんな傷は気にも止めずタックル。


「ぐぁっ」


 回避できずに吹き飛ばされる。けどこれはまだ大丈夫だ。

 開けている場所のおかげで壁に背中を強打することはなく何度か地面を転がったけど途中で受身を取って体制を立て直した。

 本来は四足歩行である猪が二足歩行になっているせいなのか足は遅い。離れてしまえば大した脅威ではない。

 問題なのはタフさだ。遠距離からの、例えば弓矢による攻撃でも中々倒れない。第一〇位級冒険者によくあるのはムキになって撃ち続けて距離を詰められて重い攻撃の餌食になる。剣や槍でも中々倒れないので先にこっちの体力が尽きるなんかで重い攻撃の餌食になる。それがワイルドボァー。

 今の僕を鍛えるならこいつはいい相手だ。


 一番いい戦い方は一撃離脱。機動力では圧倒的に僕に分がある。それなら、あっという間に距離を詰めてその勢いを乗せて渾身の一撃を放つ。そして離脱。これならほぼ攻撃を受けることなく攻撃し続けることができる。勿論、カウンターは警戒しないといけないけど。ワイルドボァーは足が遅いだけで攻撃などの動作はそれほど遅くない。それでも多くの冒険者の方が動きが速いので有効な戦い方だ。


 全力で走って離れた距離を一気に詰めてその勢いを乗せて刃を振るう。


「はぁ!」


 ワイルドボァーの腰あたりを斬った。

 すかさずに距離をとる。


 やっぱりこれならいける! もう一度だ。


 再び走り一気に距離を詰めて刃を振るう。今度はある程度狙いをつけて。左の肩口を狙って振り下ろす。


「ヴゥゥゥオォォ!!」


「うっ、ぐぁっ!」


 そんなに甘くはなかった。油断、足は遅いけど攻撃はそれほど遅くない。知っていたのに見事に拳のカウンターを受けてしまった。


 吹き飛ばされそうになるのをどうにか耐えて再び斬りかかる。

 相手の間合いの中だけど仕方がない。今度はこれでやる。

 ワイルドボァーの攻撃は遅くはないが見切れないほどではない。右拳、左拳、両手で内側から外側に向けて振り払い突進紛いに体を前に出して猛々しい牙を下から斜め上に突き上げる。

 ここだ!


「やぁぁぁ!!」


 ガラ空きになった胴体に縦斬り、横斬り、右下から斜め上に斬りあげの三蓮撃。

 ここで上から拳が振り下ろされたので後ろに下がって回避。

 続けてワイルドボァーの攻撃が始まったので先ができるまで回避し続け、できた隙に斬り込んでいく。

 多くて四太刀ほど入れるとまた攻撃が。これを繰り返す。




 ───戦闘開始から三十分が経とうとしている。

 第一〇位級冒険者がモンスター一匹と戦うような時間じゃない。

 もっと階級が上がった上位の冒険者が挑むようなモンスターならこれくらいは普通でむしろ短いからもしれない。けど、そんなモンスターに挑むような冒険者はこんな状況に耐えることができる。

 けど、謂わば冒険者として未熟者である第一〇位級の冒険者にとってはそんな状況は厳しいもので体力を奪われていき次第に攻撃に当たる回数が増えていき最後には立てなくなり命を落とす。

 第九位級に上がりたいならワイルドボァーを倒すことができるようになることだなんて言われたいるくらいだ。

 今の僕の状況は何箇所かに攻撃を受けて打ち身になっている僕と全身に何十太刀もの傷を受けたワイルドボァー。

 いくらあのモンスターがタフでもそろそろ限界なはずだ。お互いに満身創痍。

 勝負はもうつくだろう。勿論、僕が勝者という結果を望む。


 先に動いたのはワイルドボァー。

 足が遅いのにわざわざ向こうから動くなんていい的だなんて初めは思っていたけど遅い足と決して遅くはない上半身の攻撃。その差異によって生じる感覚のズレ。回避しようにも思っていたよりも早く拳が届く。これに何度かやられた。


 退がるな、前に出ろ! 未だにそのズレは合わせられていない。それなら、繰り出される拳を、その腕を斬ってしまえ!


「はぁぁぁぁ!!」


「オォォォ!!」


 前に出された拳と振り下ろされた刃とがぶつかった。

 当然、刃にぶつかった拳は裂けたが勢いはこっちに伝わってくる。


「くっ!」


 体制が崩れたところをすかさずもう片方の拳が襲う。

 おろし切っている剣を上へ、迫ってくる腕へと突き出した。


「オォォォ!?」


 思い切り突き刺したおかげか攻撃は外側へそれた。どが、それでも攻撃は終わらない。至近距離まで近づいてしまっている僕をワイルドボァーの象徴ともいえる猛々しい牙が襲う。


 突き刺した剣を抜いてからでは間に合わない。

 咄嗟に両腕を顔の前で交差させて防いだ。

 ガィン!

 牙と両腕をさのプロテクタが衝突しそんな金属音を立てた。

 その衝撃で地面を転がる羽目になったけど牙は大きく上側に逸れた。

 すぐに起き上がり腕に突き刺さったままの剣を引き抜きついでにその刺さっていた傷口目掛けて思い切り振る。


「ヴゥゥゥオォォ!?」


 間違いなく一番の深手を負わせた。大きく仰け反り噴水、といったら大袈裟だけどそれに近いくらいそこから盛大に血を周囲に撒き散らす。

 そっちの腕はもう使えないはずだ。


「オゥォォォ!!」


 大量に流れる血を撒き散らしながらまだ使える方の腕での攻撃。外側に回避。

 予想した通り次の攻撃は外側へのなぎ払い。

 これをくぐり抜けて内側へ外側に振り抜いてしまっている腕は直ぐには戻せない。

 この状態なら首が狙える。今の僕じゃあ切り落とすなんて無理だけど首の血管を斬れば倒すことができる。


「これで、終わりだぁぁぁ!」


 ズブリと刃が肉に食い込み体内に深くめり込んでいく。その中には確かにブチリと血管を斬った感触もあった。

 これで、僕をさの勝ちだ。


「オゥォォォ!」


「うぐっ!」


 体当たり!?

 最後の最後に力を振り絞っての攻撃。

 完全に不意を突かれ受身を取ることもできずゴロゴロと地面を転がり六回ほど転がったところで止まった。


 起き上がると、今度こそ噴水のように斬られた首から大量の血を吹き出し辺りを赤く染めているワイルドボァーの姿が映った。

 次第に吹き出す血の量が減り膝からガクリと崩れ落ち血の海の中にバシャリと倒れた。


 勝った。



 牙を剥いで帰路につく。帰りの道のりはいつもよりも長いので帰る前に消耗した体を少しでもマシにするためポーションを一本飲み干す。

 これである程度の体力が回復した。



「依頼、完了しました」


「お疲れ様です。報酬と持ち帰った素材を合わせて七四〇〇ジールです。冒険者になる前に一度倒していたのは知っていますが冒険者になってからたったの二週間と少しでここまでやれる方は久しぶりです。期待したいますからこれからも頑張って下さいね!」


「はい、ありがとうございます! 頑張ります!」




「今日もまた激しい戦いやったんやな。今日の相手はなんなん?」


「ワイルドボァーです」


「早いな。冒険者になってまだ二週間かそこらやろ? まぁ、でも流石やわ。この調子でこれからも頼むで!」



 無事に帰還した後ギルドで報酬を受け取りカグツチでキールさんに武器と今回は防具も整備してもらった。

 ギルドではいつものお姉さんにそれからキールさんにも驚かれていた。やっぱり僕の実績は普通じゃないみたいだ。けど、今日ワイルドボァーと戦ってみてわかったけどあれじゃあクローベァーと戦って勝つなんて無理だ。ワイルドボァーはここらで僕の実力を上げるにはいい相手だというとこも分かったししばらくはワイルドボァーを討伐しよう。



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