三日目
家具を一通り買い、家の中は多少充実した。
ユグドラシルでボロボロになったポーチに変わり丈夫で機能的な物に買い替えた。最低のCランクだけどポーションも買ったしBランクポーションも貰った。
カグツチでキールさんから胸当てを買い、両腕のプロテクタもおまけして貰った。
今の僕は剣一本だった一昨日までとは違い胸当てと両腕のプロテクタ、腰にはポーションの入った丈夫なポーチ。形だけは冒険者として新人から半歩くらいは進めたかな?
その分、お金はほぼほぼ使い果たしちゃったけど。
日々の生活と家賃、そしてなにより強くなって一年以内に第六位級、最低でも七位級の冒険者に昇格するために多くの依頼をこなして強くならないといけない。
西のメインストリートを街の中心地にあるギルドに向かって歩く。
程なくしてギルドに到着し中に入り一直線に掲示板まで進む。
掲示板は依頼を受けにきている街中の冒険者の群れに覆われている。
グランデは現在確認されている人間の領域の中でも最大の規模を誇る街だ。人口は多い。ものすごく多い。当然、冒険者の数も多いわけでそんな数の冒険者に対して掲示板一つに貼られてあるだけの依頼では依頼を受けられない冒険者が続出する。だから数多くの依頼があるし掲示板も一つじゃない。五つくらいはある。けどそのどれもが冒険者の群れに覆われていて近づけない。
依頼とは関係なしに個人でダンジョンに挑みモンスターを倒しその素材を持ち帰って売ったりも出来るんだけど大抵の場合足元を見られて碌な値段で買い取ってもらえない。名前が通っていたり階級が高ければその限りじゃないみたいだけど今の僕には無理だ。
だから依頼を受けて確実にお金を稼がなければならない。
けどあの群れの中に割って入る勇気は僕にはない。ここで揉め事にあることも珍しいことではないらしいし。
大人しく後ろのテーブルについて人が減るのを待つことにした。テーブルには僕の他にも同じような人がたくさんいる。
「おい、ふざんけんなよ! それは俺が先に手に取っただろうが!」
「あ? ウルセェよ、どう見ても俺が先だっただろうが!」
どうやら奥の掲示板の方で揉め事になったらしい。周りの人は「またか」「はは、ほぼ毎日だろ? でも今日はまだ一件目だぜ?」とか言って観戦モード。
依頼を巡っての揉め事は近くの人が言っていたようにほぼ毎日起こる。それも何件も。だからここではギルドが仲裁に入り解決する。それでもというなら処分が下される。
ちなみに街でも冒険者同士の喧嘩は起こる。それもほぼ毎日。大抵は夜の酒場。この場合は基本的にギルドは干渉してこない。この広い街の各所に何百件という酒場があり一々それを収めに行くなど出来ることではないだろう。だからよっぽどのことがない限りはギルドは出てこない。
それに周囲も野次馬よろしくって感じでその喧嘩を見ながら酒を飲んで楽しんでいる。中には冒険者だけじゃなくて一般の人も見物している。
行き過ぎた場合は周りの冒険者が止めに入ることは暗黙の了解として知れ渡っている。
僕はまだ慣れないけど冒険者同士の喧嘩は日常茶飯事。
「おい、邪魔だ。騒ぐなら他所でやれよ」
「あぁ? ガキが調子乗んなよ?」
「オレの邪魔するなら捻り潰すぞオッサン」
「ッッ!? 上等じゃねぇか!」
「おい、待て! ガキのくせにヤケにギラついた目つきの悪さ、ボサボサの深緑の髪。……こいつ、狂犬じゃないのか?」
「なに!?」
「おい、オッサン。どうすんだ? オレに潰されるかそこをどくか、どっちだ?」
「……チッ」
さっきまで「いいぞ、やれやれ」とか言って煽ったりして騒がしかった掲示板の周りは静まり返った。しかしそれも一瞬のことでさっきとは違った意味で騒がしくなった。
そんな中その一団から一人の少年が悠然と依頼書を持って出てきた。
「うわっ、静かになったのってあいつが来たからかよ」
「例の狂犬、だったか? まだガキのくせに相当強ぇんだろ?」
こっちの方でも話題に上がっている。狂犬ってあの少年のことを指しているのかな?
僕より年下みたいだけど凄いなぁ。
狂犬と呼ばれていた少年の騒動から待つこと数十分。
ようやく掲示板の前の人が少なくなって来た。
冒険者が去った後の掲示板に残されているのは少なくなった依頼書。それでもまだ残っている人が全員受けられるくらいはある。物凄い高難易度のものと物凄い簡単なのしか残ってないみたいだけど。
僕は残っていた依頼書の中から二枚の依頼書を取ってお姉さんのいるカウンターへ向かう。
依頼を受けるのは一人につき一つまでとかそんなルールはない。可能なら複数の依頼を同時に受けてもいいのだ。
受けた内容によるがその日のうちに依頼はこなさなければならないわけではない。受けた日から期限内にこなせばいいのだ。失敗すれば罰則を受けるけど。
「おはようございます、フォルトさん。今日は二つですね? 『ワイルドラッドの討伐』と『ホーンビートルの討伐』ですね、確認しました。それでは、頑張ってください。今回は一人のようなので無理はしないで下さいね」
それにしてもあのお姉さん、僕の名前覚えてたんだ。あんなに冒険者がいるのに覚えてるなんて凄いなぁ。
依頼を受けた後すぐにギルドを出て再び西のメインストリートを歩き街の外、ダンジョンに挑む。
依頼内容の「ワイルドラッド」と「ホーンビートル」は新人冒険者向けのモンスターで特にワイルドラッドは数多くいるモンスターの中でも最弱と言われている。大きな前歯を持った大鼠のモンスターなのだが大きな図体のせいか好戦的な割にその動きはとても遅く攻撃を貰うことはないしこちらの攻撃の的になるくらいだ。しかも大きいと言ってもせいぜい膝下くらい。三から四匹の群れで行動しているのだが、問題にもならない弱さらしい。
ホーンビートルはその名の通り角のある虫。
これだけ聞くとそういう種類の虫なのだがモンスターな訳で規格外のサイズなのだ。一般人の大人のこぶし四つ分くらいの大きさ。
こっちは群れることはなく一匹で行動している。
見た目は硬そうな緑色の甲殻を持っているが実は全然硬くなく普通に斬れば普通に斬れるらしい。
また、特徴の角を活かした攻撃も直線的で速さもなく楽に回避できるらしい。
今回はそんな雑魚に分類される二種類のモンスターの討伐依頼。この間のコボルトのように正規ルート付近に確認されてきているらしい。冒険者にとっては雑魚でも一般人にとっては十分脅威。だから討伐依頼が来たのだ。
今回は一人だから相手が雑魚といわれているモンスターでも油断は禁物。それにここはダンジョン、想定外の事態も起こりうる。
グランテの西から出て正規ルートを五分ほど進んだ街からそう離れていない辺り。早速、一匹のワイルドラッドが角からひょこっと出てきた。
膝下くらいまであるそのワイルドラッドは実際に遭遇してみると思っていたより大きく感じた。
「キィィィィ」と鳴きながら巨大な前歯を剥いて襲い掛かってきた。
遭遇から次の動きまで相手の方が早く僕は遅れを取る形になってしまったが聞いていた通りその動きは遅く危なげもなく回避する。そしてすぐに腰に下げてある剣を抜き思い切り振り下ろした。振り下ろされた刃はワイルドラッドの胴体に食い込みその肉を裂き骨を砕き内臓を押しつぶした。手にはその感触がしっかりと伝わってきた。あれだけコボルトを斬っていてもまだこれには慣れない。刃は胴体の半ばまで食い込みワイルドラッドはビクビクと痙攣して息絶えた。それを確認して胴体に食い込んだままの剣を抜く。ズルリと生々しい音がして思わず寒気が背中を走る。傷口からは血があふれ出し、地面を赤く染めていく。刀身にも血と油がべったりだ。
モンスターを殺すたびにこんなことを感じていたら埒があかない。慣れていかないとなぁ。
ちゃんと討伐したという証拠を持ち帰るためにワイルドラッドの一部を抉って持ち帰る。これは収入の一つになる。前回のコボルトの時はそれどころじゃなかったかのでその収入は無かったけど他の冒険者が討伐の確認をしてくれたので報酬を受け取ることができたのだ。
依頼は六匹なのであと五匹。ホーンビートルも同じく六匹なので合わせてあと十一匹。
ワイルドラッドが出てきた角を曲がって進むと予想通りそこにはワイルドラッドの群れがいた。数は五匹。どうやらこの群れは討伐依頼のワイルドラッドのようだ。これを倒せば依頼の一つは達成となる。
剣を構えると向こうも僕の存在に気がついたようでキィキィと煩く声を上げて威嚇してくる。こいつらは動きが遅いので攻撃を仕掛けてきてから動いた方が安全だ。勿論、こちらから仕掛けても問題は無いがより安全なのは前者だ。
待っていると五匹が一斉に大きな前歯で襲いかかってきた。
僕はそれを躱すまでもなく斜め下を横に一薙ぎ。三匹の大きく開いた口をかっさばいた。刃は頭を横に半分に切った。切られた頭の上半分が地面に転がる。切り口からはその衝撃で頭の中身がぶちまけられた。
それに構わず僕は残った二匹を躱し背後を取る形になった。
そしてそのまま下に斬りはらい二匹の首を飛ばす。一匹目はなんとか首を落とせたけど二匹目はそうもいかず首の血管を裂くまでに終わった。それでも裂かれた血管から大量血を撒き散らし絶命に至らせた。
これで依頼のひとつは達成。あとはホーンビートルを六匹倒すだけだ。
倒した五匹のワイルドラッドの一部を抉って持ち帰ると次はホーンビートルの元へ向かう。だいたいの場所は依頼書に書いてあるけどモンスターも動くのでそれをあてにし過ぎると中々遭遇しない。運良く遭遇することもあるけど。
ワイルドラッドの示されていた場所から少々離れていた。今いる場所はグランデを出てからわずかに進んだ正規ルートからほんの少しだけ外れた場所。向かうのは同じくグランデからほど近く正規ルートからほんの少しだけ外れた場所。簡単に言ってしまえば今いるところに来るまでに曲がった場所を反対に曲がって進んだ場所だ。
早速一匹のホーンビートルを発見した。虫特有の小うるさい羽音を立ててホバリングしている。
背を向けているためまだ僕には気づいていない。
気づかれる前に背後から緑色の甲殻を叩き斬る。綺麗にサクッと切れて青色の体液を吹き上げ地面に落ちた。
既に事切れたはずだが脚の先端がピクピクと動いている。
これの討伐した証拠は一つしかない。立派な角を切断して持ち帰る。
それを繰り返すこと五回。接近して察知されても次の動作までが遅くてその間に全て斬った。
やはり雑魚と呼ばれるモンスターだけあってか楽に二つの依頼を終えてしまった。十一匹のモンスターと戦って傷ひとつ負っていない。全てのホーンビートルから角を切り取り帰路につく。
途中でコボルトに遭遇した。想定外のことだったけど振り下ろされた爪をひらりと躱し斬り伏せたいところだったけどすぐに抜いて切ることが難しかったのでボディーブローをお見舞いしてやる。
僕の力程度じゃあ後方に飛ばすことはできなかったけどわずかにでも崩すことはできた。咄嗟に剣を抜き袈裟斬りにする。コボルトは「グガァ」と悲鳴をあげて倒れた。
ふー、と一息つきたいところだけどそうもいかない。もう三匹のコボルトが出てきたからだ。
今度はこっちから先制して斬りかかる。ダンッと踏み込んで縦一直線に切り下ろした。真ん中にいたコボルトの中心がパクっと割れて血と内臓を垂れ流して絶命した。即座に左右の二匹が一方は牙でもう一方は爪で同時に挟撃。
牙で噛み付いてきた方は噛みつかれる前に浅いけど斬り、怯ませたけどもう片方はどうにもならなかった。咄嗟に腕を上げてプロテクタで防いだ。ガチンという金属の音が鳴りコボルトの爪を止めていた。プロテクタには薄く傷が入っただけだ。
片手は塞がっているので心臓目掛けて突いた。ズブブっと切っ先がコボルトの胸部を貫きその体が大きく痙攣した。引き抜くとドシャリと倒れこんだ。
残った最後の一匹は一太刀目で腕を切り落とし二太刀で倒した。
この四匹のコボルトも一応一部分だけ持ち帰る。
ギルドに戻りお姉さんに報告を済ませると持ち帰った証拠を確認し依頼達成となった。
二つで四〇〇〇ジール。帰りに倒した四匹のコボルトと持ち帰った十一匹のモンスターの素材を含めて五二〇〇ジールとなった。これが今日の収入だ。
まだ昼を少し過ぎたくらい。ギルドの広間で軽食を取り掲示板の前に立つ。
簡単な依頼ならもう一つくらいこなせるかもしれない。
お手頃な依頼をもう一つ受けた。
依頼をこなしギルドに戻り報酬を受け取る頃には陽が傾き始めていた。
結局今日の収入は六一〇〇ジールとなった。
陽が完全に落ちる前にカグツチに向かう。今日一日使った剣の整備をするためだ。
「まいど。ああ、シュリか。今日はどしたん?」
「剣の整備を頼みたくて。いいですか?」
「勿論や。貸しぃ、五〇〇ジールや」
五〇〇ジールと剣を渡すと奥の工房に行き十分ほどで終わった。
「また来てなぁ」
軽く別れの挨拶を済まし湯治場へ足を運ぶ。湯治場に着いた時には既に多くの冒険者がいたが入らないことは無かったので汗を流し家へ帰った。