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迷宮世界の英雄譚  作者: ワンサイドマウンテン
3/39

冒険者生活一日目

 扉を開けると扉から見た正面一面に赤い絨毯が敷かれていて奥には数名の人とカウンターが設置されている。あそこで登録をすればよさそうだ。

 ちょっと緊張するなぁ。おかげでカウンターまで進む足取りがいささかぎこちないものになってしまった。

 カウンターまでたどり着くとカウンターの後ろに控えている白い袖の長いシャツの上に黒のベスト、同じく黒のパンツをかっちりと着込んだお姉さんの挨拶があった。

 美人だなぁこの人。緊張する。



「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか」


「えっと、冒険者の登録、をしたいんですけど」


「冒険者の登録ですね。ありがとうございます。では、こちらの書類にサインをお願いします」


 カウンターの下から冒険者の登録に必要な書類とペンを取出し目の前に置く。

 サインだけで終わりなのか。思ったより簡単だな。

 ペンを受け取ると眼下の紙の内容に目を向ける。

 内容は、指名、年齢、性別、そんなものだ。意外と少ない。


 シュリ・フォルト 17歳 男、と書いてお姉さんに紙とペンを返す。


「シュリ・フォルトさん、ですね。登録完了いたしました。では、説明をさせていただきます。冒険者には一位から一〇位まで階級があります。数字が小さいほど上位の冒険者になります。フォルトさんは登録したばかりですので一〇位からとなっています。階級の昇格条件ですがこれはいつでも昇格できます。というのも我々ギルドの指定した依頼を完遂していただければそれで昇格です。受けるかどうかは任意ですので自身の実力がそれに見合った、と思えばいつでも受けてください。詳しいことはその依頼を受けるときに説明しますね。それから・・・・・・」


 説明は続き収入は依頼をこなしそれに見合った分だけ得られること、駆け出しの冒険者用に借家を斡旋してくれること、一人で挑むより何人か仲間を集って挑んだ方が成功率、達成率が高いこと、依頼やそれ以外で迷宮に居るときに何かおかしなことに気づいたらどんな些細なことでも報告することなどたくさん説明された。


「以上で終わりです。では、最後に診断をしますのでこちらへ」


 奥の扉に案内される。

 診断? って何の? もしかしてその結果によっては冒険者になれないのかな。それは困る! でもさっきは登録完了したって。ああ、わからない!

 気を引き締めて案内された扉をくぐる。

 その先は廊下が続いていた。進むともう一つ扉が現れ開かれた。

 中は書斎を思わせるような本棚に囲まれた部屋だった。何冊か本が床に置かれていたり紙が散らばっていたりと少々散らかっている。中央には机が置いてあり人が突っ伏している。勿論その机も散らかっている。

 お姉さんがその人に近づいて声をかけるとむくりと起き上がった。

 起き上がったのはエメラルドグリーンの長い髪と翡翠色の目を持つ端正な顔立ちをした女の人。一言で言えば美女だった。


「新人です、お願いしますね」


「んー、了解了解。そこに立ってないでこっちにおいでー」


 おっとりとした印象を与えるゆっくりとした話し方だ。その声に促され中央の机の前まで行く。


「やぁ、ワタシはルナ・マーレ。ギルドの冒険者全員の情報を管理するのが役目かな。新人の冒険者の情報の一つとしてその人の授かっている福音の有無、授かっていればどんな福音なのかを確認するのも仕事の一つなんだ。よろしくねぇ」


 この人の声を聞いてるとまったりしてくるな。ていうか、福音ってなに?


「福音っていうのはねぇ、あったら便利なんだよぉ。少年にもあるといいねぇ」


「……えっとぉ」


 説明になってないんですけど!? あったら便利なのはわかったけどなんなのさ!?


「説明になっていませんよ、私が説明します。福音というのは先天的に備わっている特殊な能力のことです。例えば冒険者の武具を作る優秀な鍛治士は大抵、鍛治の福音、みたいなのを授かっているんです。今のはほんの一例で他にも色々な福音が確認されているんですよ。中には冒険者をやるならあれば上位の冒険者に近づきやすくなるというのもありますます」


「そーそー、それを調べることができるのがワタシってわけ。ワタシは鑑定の福音を授かってるからねぇ、他人の福音とかを見れるんだよ。というわけで早速君の福音を……てっ、なにこれぇ!?」


 まったりとした口調で話していた彼女がいきなり大声をあげたので思わずビクッとなってしまった。おっとりしてる人がいきなり大声出すとか思わなかった。それは僕だけではなくお姉さんも同じのようだった。


「えっとそんなにすごいんですか? 僕の福音。ていうか、福音を与ってるんですか僕?」


 福音なんて初めて聞いたけどあって損でないならあって欲しいなぁ、くらいに思っていたら僕にもあったなんて。


「そりゃあもう凄いよ、君! 昇格早いかもねぇ!」


 その問いに彼女は冷めない興奮を露わにして食い気味に答えた。


「君が与っている福音はねぇ、なんと! な・ん・と! 逆境の福音!! これはこの福音を与っている人が苦境に立てば立つほどその場を乗り越えられるほどの力を発揮できるっていう福音なんだ! 今までにそんなことなかった?」


 言われてみれば昨日のラビュリントゥスで追い詰められたときに動けるはずがないのに身体が動いてあのモンスターに勝てたんだったな。あれはこの福音のおかげだったのかな。

 それにしても凄い福音だ。ピンチに落ち容れたときにそれを乗り越えられるほどの力を発揮できるなんてまるで英雄! これがあれば僕も英雄に!


 よし、やった! と拳を握りしめて悦に浸っているとお姉さんが一言。


「確かにフォルトさんが与っている福音は凄いものですが福音というのはあくまで我々を後押ししてくれるものですのでそれを過信しているとあっさりと死んでしまいますよ?」


「そーなんだよねぇ。さっきの例に出た鍛治の福音だってそれがあれば必ず名工になれるってわけじゃないからねぇ。名を馳せている名工たちは大抵鍛治の福音に与っているけどそれは彼らのたぐいまれな努力があったからこそなんだよねぇ。それを後押ししてたのが鍛治の福音ってわけで。勿論、鍛治の福音に与っていない人でも凄腕の鍛治士はいるよぉ」


「ですからフォルトさんが必死に鍛錬を積んで戦いに挑みそれでもほんの僅か届かないところに後押ししてくれるのが福音だと思ってください」


 やっぱり英雄なんてものは少し福音に恵まれたとかそんなのじゃダメなんだ。自分の福音のことを聞いて多少なりとも……いや、大いに自惚れた自分を恥じる。


「では、これで以上になります。最後に何か質問などはありますか? なければ借家の方の案内になりますけど」


 そうだこれは聞いておいた方がいいだろう。僕の夢に大きく近づくことができる大遠征について。これのために少々無理をしてここまでやってきたのだ。


「一年後の大遠征についていいですか?」


「フォルトさんはまだ冒険者に登録したばかり、第一〇位級の冒険者ですので今回は縁が無いかと。特例がある場合を除けば最低ラインは第六位級冒険者からの参加ですから」


「その、特例がある場合っていうのは」


「流石に第八位級の冒険者は厳しいですけど第七位級の冒険者でも第六位級ほどの見込みがあると判断された場合は参加できるケースもあるんですよ。殆ど見られないレアなケースですけど。フォルトさんは新人なので無茶はしてはいけませんよ」


「はい、ありがとうございます」


 最低でも第六位級か。ひとまずの区切りは定まった。まずはそこを目指して九位、八位と上がっていこう。





「ここが、今日から僕の住む場所」


 あの後お姉さんから冒険者用の借家がひしめいている区画へ案内され僕に割り当てられた借家の前にいる。こんな場所はここだけでなく『グランデ』内のいたるところにあるらしい。僕が住むことになったのは街の中心に位置するギルドから北西に少し進んだところ。エルダさんの『ユグドラシル』からそう遠くない場所だ。

 木造で一人で暮らすぶんにはちょうどいいくらいの大きさだ。扉を開けて中に入ると室内は奥にベッドが備え付けられていて部屋の中央にはテーブルもある。

 入ってすぐ右の扉はトイレ。少し進んで左手には小さな台所。とまぁこんなものだ。ギルドが管理していて毎月二万ジールをギルドに支払えば住むことができる。ギルドに借りた方が安いらしい。

 手持ちのお金は四〇〇〇ジールと心もとない。

 とりあえず今日は乗り切れるだろうけど明日以降は厳しくなるし装備も剣一本よりかは鎧もあった方がいい。モンスターの攻撃を生身でくらうのは危険すぎることは昨日身を以て体験した。勿論鎧があるにせよないにせよ攻撃なんてもらわないのが一番だ。けど保険はかけておくべきだろう。


「よし、早速ギルドで依頼を受けて一稼ぎだ!」


 実践慣れは大事だし経験は多く積んでおかなければならない。一年なんてあっという間だ。それまでに第六位級の冒険者に!

 勇んで再びギルドに向かった。




 ギルドの建物内に入りまっすぐ受付のお姉さんの元へは向かわず一旦右の多くの他の冒険者たちが集っている広間に向かいそこの壁にデカデカと掛けられている掲示板に臨む。そして掲示板に貼られている無数の依頼の紙の中から手頃なのを選んでからお姉さんの元へ。


「あっ、フォルトさん。早速依頼を受けられますか?」


「はい、ちょっと行ってみようかななんて」


「コボルト退治ですか。確かに新人向けですけど一人よりかはあの広間で一緒に行ってくれる他の冒険者を何人か集って行った方が安全ですよ。報酬は等分することになるので減りますがそこをケチって一人で挑んで死んだ新人冒険者は珍しくありませんので仲間を集めることをお勧めします」


「はい、そうさせてもらいます」


「では、受諾しました。仲間が集まったら出発して下さい、お気をつけて」



 一緒に行ってくれる仲間を集めるために広間にいってみたのだがどうにも敷居が高いというかこう同じような新人冒険者が見つからない。第一〇位級の冒険者らしい人を探してみるものの大抵立派な鎧に身を包んだどうみても一〇位や九位級の冒険者ではなさそうな人たちばかり。これは厳しいかな。


「君、よかったら俺たちと一緒に依頼を受けてくれないかな?」


 そう思っていた矢先に声をかけられた。

 振り向くと僕と同じような駆け出しですという感じの格好をした同年代くらいの二人だった。片方はデカイ。


「俺たち最近冒険者になったばかりで新人向けの依頼を受けて回ってるんだけど今日はもうなさそうでな。君の受けたので最後なんだ。で、君は仲間が見つからなくて困っている。俺たちは依頼がなくて困っている。取り分はそっちが多めでいいから俺たちと一緒に行かないか?」


 ニカッと笑って手を差し出してきた。

 僕にとっては好条件でしかない。仲間が見つかってそれでいて取り分は僕が多くていい。これで手を取らないという選択肢はない。


「助かります、お願いします!」


「ああ、こちらこそな!」


 手を取るとがっしり握り合ってここらで軽く自己紹介となった。


「僕はシュリ・フォルトです」


「俺はジャック・ライト。んで、こっちのデカイのがアーク・ライト。弟だ。とりあえずはこんなところにして続きは移動しながら話そう」


 二人とギルドを後にしてコボルト退治の現場である『グランデ』の南方面に広がる迷宮を目指す。

 街のメインストリートを南下しながら二人と話す。


「シュリの装備はその剣一本だけか?」


「はい、お金がなくて」


「まぁ、最初はそんなもんだよな。俺はナイフを使う。弟は槌だ。似合ってるだろ?」


 そう言ってハハハと笑う兄に対して弟は少し恥ずかしがっているようだった。


「こいつは体はデカイのに気が小せぇんだよ。まぁ、戦闘になったらしっかり働くから安心してくれ。どっちかっていうとシュリの方が心配だな。福音はあるのか?」


 ちなみに俺たちはないと彼はカカッと笑いながら言った。弟のアークは変わらず無口である。


「逆境の福音っていうのに与ってます」


「へぇ福音に与ってんのか。いいなぁ! でどんなのなんだそれ?」


「ルナさんがいうにはピンチの時に力を発揮できるって」


「おお! いいじゃんそれ! 今回は相手がコボルトだから大丈夫だけどな!」


「……でもそれでも死んでる新人はいるわけだから油断は」


 ここにきてアークがようやく口を開いた。大胆な兄としっかりした弟。いい感じのバランスで安定している。この二人となら安心かもしれない。



「んじゃ、コボルト退治行きますか!」


 いつの間にか『グランデ」の南端まで来ていたようだ。厳重に冒険者に守られた街と迷宮との境界。そこを越えれば死との隣り合わせの冒険の世界。


 迷宮に入り大胆なジャックもさっきまでと同じように振舞ってはいるが緊張感というものが出ている。

 アークはよくわからないな。迷宮に入る前からこんな感じだ。ただ、やたらと周囲をキョロキョロと見回している。


「なぁ、シュリ。シュリは冒険者なったばっかだから知らないかもしれないけど迷宮にはたまに思わぬ副産物があったりしてなそれを見つけて持ち帰れば収入の一つになる」


 それでアークは周りを見ながら歩いているのか。警戒しすぎなんじゃないかと思ってたけどそういう理由だったのか。


「副産物ってどんなのなんですか?」


「んー、例えば死んだ冒険者の装備とか。野生の動物とかだな。特に野生の動物はレアだぞ。モンスターのせいで数が減っちゃってるからな剥製とかを欲しがるお金持ちが多いんだよ。あとな、冒険者の装備はいわば遺品だが冒険者の間では暗黙の了解として受け入れられてる。だから気にすんなよ。流石に第二位級の冒険者とかのだったら拾って我が物にとかはやめた方がいいけどな」


「……」


 やっぱり冒険者(このせかい)は過酷なんだな。

 死ねばそれまで。生きていくなら他の方法もあるだろうに自分の命を懸けて戦ってを繰り返していく。僕の場合はあのアレク・ロットを超える英雄になりたくて、冒険者はその手段としてなったけど。そうじゃない人もいる。僕とは違った夢を追いかけるための手段として冒険者をやっている人もいるだろう。

 多くの人が心半ばにして誰にも知られぬままに死ぬ。帰って来なければギルドで死亡と判断される。

 ジャックの話で僕はそんな環境に身を置いているのだ、甘い世界ではないと気付かされた。



 石の壁がひたすらに続く殺風景な景色の迷宮の中を進む。今回は二人が正確な地図を持っているので迷うことはない。


 正規ルート周辺に最近コボルトが増えて来ているらしくそれをまとめて駆除するのが依頼内容だ。それに少々信じられないがモンスターは食材にもなる。人間の領域が限られた中で食料を大量に生産することは難しい。だからモンスターも食材としている。中にはダンジョンの中で食べ物を栽培したりすることもあるらしいけど期待できるほどの成果は上がっていないみたい。だから倒した後のモンスター肉は持ち帰ったりする。


「っと、そろそろだな。気を張っとけよ」


『グランデ』を出て三〇分ほど。コボルトたちが沸いているとうあたりだ。


 ジャックのその言葉を合図にそれぞれが武器を構える。僕は鞘から抜き出し、ジャックはスッと逆手にナイフを持って、アークは背負っていた槌を取り出しいつでも振り下ろせるように構えて索敵を行う。


「ようやく遭遇(エンカウント)だな」


 ジャックの足が止まったかと思うと四匹のコボルトが現れた。

 物語に出てくるようなゴブリンに近い姿ではなく現実のコボルトは狼が二足歩行している感じだ。注意するのは爪と牙。鋭い爪に引っ掛けられてあの牙で噛みつかれたら死ぬよね。爪に引っ掻かれるだけでもだいぶ深く抉られそうだ。


「ギィィィー」


 まずは一匹、奇怪な声をあげて飛びかかってきたコボルトをジャックはひらりとかわしてそいつの背中にナイフを突き立てた。そして二度三度中身を抉るようにグリグリと捻って抜いた。


「グギィ!? グッガッ……」


 口から血を吐きながら死んだ。

 一匹がやられてもまたすぐに二匹目三匹目が襲いかかってくる。今度はアークがそれを思い切り振り下ろした槌で潰す。


 グジャッっとなんとも言えない骨と臓物が潰れる音がして声を上げる間も無くもう一匹は絶命した。


 それで恐れをなしたのか残りの二匹はジリジリと後ずさり。

 僕はそれを逃さなかった。


「はぁっ!」


 ドンと踏み込んで袈裟斬りになぎ倒す。

 もう一匹は続く刃で切り上げる。


「ガッ!?」


 浅い。最後の一匹はまだ生きている。けどそのあとすぐにジャックのナイフがサクッとコボルトの右首を裂いた。

 ブシャァァァと少々大袈裟な効果音つけてもいいくらいに血を撒き散らしものの数秒で事切れた。


「思ったより動けるんだなシュリ!」


 ナイフに付着した血を拭いながら倒したコボルトのそばにしゃがむジャック。しゃがむとさっき使っていたナイフとは違う小さめのナイフでコボルトの毛皮を剥ぎ始めた。

 きちんと依頼をこなしましたよという証拠のためだ。あと売れるらしい。その作業をしながら話す。


「実は昨日『グランデ』にくる途中でイノシシのモンスターと戦ってて」


 僕も剣に付着した血を拭き取りながら答える。


「ええぇぇぇ!? お前それ、ワイルドボアーじゃねぇか!? ありゃ結構タフで新人冒険者にはかなり厳しめだぞ! そんなのによく」


「シュリって見た目は頼りなさ気だけど実はすごいんじゃないの兄さん」


 そんな評価をしてもらえるのは嬉しいんだけど剣は素振りはしててたけど素人もいいところでそのワイルドボアー? のときはちゃっかり死にかけたんだよね。


「さて、お喋りはこのくらいにして。依頼書には十五から二〇匹だったな。もう十匹前後も狩れば終わりだな」


「はい!」




 程なくして三匹のコボルトに遭遇(エンカウント)して難なく倒す。

 それを三度繰り返した。


 斬る・斬る、刺して抉る・潰す。各々がそれで合わせて二十と少しを殺した。


「これで大体二〇匹くらいか。さっさと皮剥いで帰ろうぜ」


「……待って、兄さん。何か、来る」


「あ?」


 言われてみれば確かに足音みたいなのがしないことはない。しかも、その数が多い!?

 ジャリ、とかザッとか地面を踏む複数の音が近づいて来る。

 そしてそれは


「「「ッ!?」」」


「コボルト!? それも大軍の」


 わらわらとコボルトの群れが出てくる。さっきまでの多くても四、五匹で出てくるのではなくて数十匹と群れている。


「嘘だろ? 依頼書にあったのと倍くらいの差があるぞ」


「あの、どうすんですか、逃げます?」


「・・・・・・残念だけど囲まれてる」


「くそっ、()るしかないか」


 各々武器を構える。それにあわせてコボルトたちもジリジリと包囲の輪を縮めてくる。

 そしてババッと何匹かが踊りかかる。それを合図に残りのコボルトたちも一斉に襲い掛かる。


「おらぁぁぁぁぁ!!」


 僕たちは何とか数匹を倒し壁を背に戦うことができるようにした。

 先頭でジャックと僕が襲い来るコボルトと激しく切り結び後ろに控えるアークが僕たちの討ち漏らしを潰していく。


「くっ」


「大丈夫ですか!? うっ」


 迫る鋭利な爪を躱してはナイフで切り裂く。その隙を僕が切り倒す。それでもやはり二人に対してコボルト(むこう)の数が多すぎるせいでどうしても何匹か討ち漏らす。それを的確にアークの槌が頭から叩き潰す。それの繰り返しで僕とジャック、アークはもちろんのこと周囲の壁や地面もコボルトの血で赤く、赤黒く染まっている。そんな中今まで少々の傷を負っていた僕らだけどついにジャックの左腕と背中が深く抉られてしまう。

 そして立て続けに僕もわき腹を抉られた。


「まだだぁぁ! シュリ!」


「はい!」


 二人傷口から鮮血を撒き散らしながら奮闘を見せる。

 けど、それも長くは続かない。奮闘を見せるといっても負傷が響かないというわけでなないので多少なりとも動きは鈍る。振り下ろした刃がコボルトの身体に食い込む。けど同じように別のコボルトの爪やら牙やらが僕にもダメージを与える。ジャックも同じようだ。コボルトは殺すがそのたびに確実に大なり小なり傷を増やしていった。

 後ろのアークにも相対するコボルトの数が増えるわけで彼も見る見るうちに傷を増やしていく。


「・・・・・・はぁはぁ、どんだけいるんだよ」


「でも、半分くらいは倒しましたよ。最初より数が減ってます」


「侮ったらいけねぇな。このざまだ」


「ジャックさん!?」


 ガクッと倒れこみ膝を着いた。それを逃さずコボルトも仕掛けてくる。

 横薙ぎに切り伏せたが次から次に襲い掛かってくる。


「……兄さんは、任せて」


 ジャックを彼に任せると目の前に群れるコボルトとの多対一だ。いままでは二人で捌いていたのが一人になる。アークはジャックを守っている。つまりは僕がこの状況を打開する唯一の光。やらなければ……いや、やってみせる! ミアさんのときと同じだ。


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 悪戦苦闘、獅子奮迅、何度も視界が霞んで倒れそうになる。手に握る剣も腕も重い。足も動かない。けどその度に気力を蒸し返し必死に剣を振るった。回避もそこそこにただ前に群れるコボルトを切り倒す。負っていく傷はお構いなし。流れる汗と混じった血は最早自分のものなのかコボルトの返り血なのかわからないくらいになっていた。


 周囲は静まり返っている。そこに広がっているのはただ赤黒く染まった石の壁と地面。そこら一面に深紅の薔薇が咲いているようだった。その中には壁に寄りかかっている大柄の男。その足元に倒れている男。そして、その二人からやや離れたところに切っ先から今だに血が流れ落ち続ける剣を手に握り立ち尽くしている小柄な少年。他には無数に転がる獣の死体。

 特に少年は三人の中で一番赤かった。周囲の景色と同じ、同化できてしまいそうなほどであった。もちろんそれは全身に浴びた返り血と自身から流れる血の両方のためだ。


「・・・・・・シュリ?」


 まず先にガランと剣が落ちた。次に膝。ビチャリと弾けたような音がして全身が倒れた。

(終わった、のかな?)

 腕は硬直したように動かない。脚も腕ほどではないが同様だ。上半身は特に傷が多くてズキンズキンと終始痛みを訴え続けている。


「大丈夫か?」


「うん、なんとか」


 動けないで居る僕をぐいっと起こして肩を貸してくれたのはアーク。彼のもう一方の肩にはジャックが居る。アークは三人の中で一番傷が少ないとはいえ決して浅くはない。そんな状態で二人を背負っている。


「あー、悪いなアーク。大丈夫だもう歩ける」


「兄さん、よかった」


 まだフラついてはいるがヨロヨロと歩く。

 アーク自身負傷があり、さらにシュリを背負っている。ジャックの足が多少遅くとも問題にはならない。


「おい、お前ら大丈夫か!?」


「ひどい怪我だ」


 ここは『グランデ』の南側に広がるダンジョンの街からそれほど離れていない正規ルート。コボルト退治の場はこのルートから少し外れた場所であったが帰還はこのルートを通ることになる。正規ルートかつ街から近いということもあり他の冒険者たちとの遭遇率も高い。

 三人は正規ルートに戻って直ぐに他の冒険者に出会った。


「一体何があった?」


 その冒険者の一人が状況を確認するべく尋ねる。もしかしたらこの三人をいや、三人より多かったかもしれない彼らをここまでにした存在を認知しなければ自分たちも危ないかもしれない。当然の思考回路。


「俺たちはコボルト退治に来ていた。依頼ではコボルトは二十匹前後。だが、実際は依頼の倍以上の数だった。なんとか全部片したが多勢に無勢でこのざまだ」


「……そんなことが。わかった。一応俺たちで確認に向かう。場所は?」


 依頼書の内容を軽く書き写したメモを手渡した。それを受け取った若い冒険者は場所を確認すると一緒にいた仲間に行くぞと指示を出し早々に現場に向かった。

 一人は残ったようだ。


「『グランデ』まで同行する」


 さっきの指示の中にあったのだろうか残った一人は護衛のような役割を果たす。


「とりあえずこのポーションを。気にしなくていい早く」


 受け取ると二人はポーションを飲み干しシュリにはアークが飲ませた。


「……大丈夫そう、か」


「かなり楽になった、ありがとな。でもこれって値段が張るやつなんじゃ」


「いい、気にするなって言った」


 何事もなく街に帰還することができついて来てくれていた冒険者は「じゃあここで」と『グランデ』に入ってすぐに別れた。



 暗い世界が段々と薄まっていく。いや、明るくなっていく。それに伴い温度、感触、振動が少しずつ感じられるようになってくる。そして───


「?」


「……あっ、起きたんだねシュリ」


「心配したぜ。今は『グランデ』まだ帰ってきて南のメインストリートだ」


「……えっと」


「悪いが説明は後だ。とりあえずギルドまでいくぞ」


 まだ朦朧とする意識のまま力なく首肯し二人と歩く。意識が戻ってからは背から下ろしてもらいアークの肩だけを借りて歩いている。


 僕たちの足取りは重い。全員ボロボロだからだ。こんな光景はこの街では珍しくもないらしい。けど僕は返り血と自分の血で全身真っ赤なので少々どころかかなり人目を引いている。ここまで来るのに時間がかかり過ぎたけどもうギルドだ。

 朝よりも重く感じられる扉をよいしょと開き中へ。


「あっ、お待ちしていました。フォルトさん、ライトさん」


 中に入るとカウンターの外に出ているお姉さんに呼ばれた。

 隣にはなんだかやる気のなさげな冒険者の姿がある。



「あー! さっきの冒険者の人!?」


 それを見るなりジャックが声をあげた。


「途中でこの人とその仲間に助けてもらったんだよ」


 どういうことなんだと思っているとアークが教えてくれた。


「皆さん大変な目にあったようで。まずは無事帰って

 いただいて何よりです。……無事ではないようですが」


「後で確認にした。あのコボルトの数、新人じゃ無理。よくやった」


「そうなんです、彼に報告してもらって知ったんですけど依頼内容は二十匹前後。ですが実際はその三倍はいたようで、それを全滅させるなんて本当に凄いことですよ!」


「……そんなに!?」


 それを聞いて絶句した。四十匹に近いコボルトを相手にだということとそれを全滅させたのが僕たちだということに対してだ。


「……一番活躍したのはシュリだよ。兄さんが倒れてからはたとえ無数の傷を負っていっても怯まずにコボルト殺していってた。一人で三十匹程倒してるはずたよ」


「これ、もう第九位になってもいいんじゃないか?」


「それは、無理」


「はい、新人で包囲された状態でコボルトの集団を全滅させたのは評価に値しますが今回あなたたちが苦戦して倒したコボルトは低位のモンスターです。第九位に上がるにはそれに応じたレベルのモンスターを倒してもらわないといけません。……ですが、先に言ったように今回のことは十二分に評価に値します。よって追加の報酬を用意します!」


「おお!やったぜ!」


 そういうとお姉さんはカウンターの裏に戻りよいしょっと大きめの袋を取り出した。

 それをカウンターの上に置くとまた前に出てきてそれに手を指して


「本来の報酬が六〇〇〇ジールでしたが、追加でもう四五〇〇ジール。よって合計一〇五〇〇ジールとなります。どうぞ」


 袋を受け取り中を確認してきっちり入っていることを確認するとその場で三人で分配となる。


「取り分なんだが、六五〇〇ジールをシュリが待ってってくれ。二人の合意の元だ」


「えっ、でも」


「シュリがいなかったら死んでたから。それに元から取り分はシュリが多めだって話だったよ」


「まっ、正当な分配だろ。遠慮せずにとっとけとっとけ!」


「じゃ、じゃあ」


 六五〇〇ジールを受け取りごそごそとしまい込みぬぼーと立っている僕たちを護衛するような感じで『グランデ』まで付いてきてくれた冒険者に向き深々と頭を下げた。


「あの、ありがとうございました! ボロボロの僕たちを助けてくれたみたいで」


「いいよ。成り行きだったから」


「でも、良かったですね。たまたま通りかかった人たちが第五位級と四位級の冒険者のパーティだったなんて。ここにいるその人は第四位級の冒険者なんですよ」


「「「え!?」」」


「すす、すいません。知らなくて、その、態度とか!」


「いい、そんなのどうでもいいから。気にしてない,……そんなことより、怪我。酷いんだから手当てした方がいい。なるべく早く。あと、返り血も洗った方がいい」


 この気怠そうなぬぼーとした人が四位級の冒険者だったなんて。

 特に気にしてないようで僕をたちを気遣ってくれているようなのでもう一度礼をいうとギルドを後にした。


「じゃあ気をつけてな! また、縁があったら頼む!」


 ギルドを出て直ぐにジャックたちとも別れた。

 この後に僕がすることは一つこの傷を治療すること。その前に体と服を洗うべきか。


 質の高いポーションを貰ったみたいで傷口こそ塞がっているもののまだ完治には至っていない。明日1日くらいは安静にするべきなのかもしれない。

 それにしてもポーションって飲むだけで痛みが引いたり傷口が塞がったりするのか。とても不思議だ。


 疲れも相まってか家に帰るのに時間がかかってしまった。家に帰るとすぐに服を脱いで申し訳程度に水を全身に浴びる。時間が経っていたのですぐには落ちないと思っていたが肌に付着していた血はとりあえずは落ちた。僕より酷く真っ赤にいや、今は乾いて黒っぽくなっている服を着るわけにはいかないので変えの服に着替えるとその服をどうしたものかと見つめる。

 今日は多めに資金が手に入ったわけだが余裕があるとは言えない。よって捨てるとかは無し。かといって洗えば落ちるのかと言われればまぁ厳しいだろう。ある程度で妥協するしかないか。


 服に付着してパリパリに固まってしまった血と格闘すること数十分。なんと驚いたことに見事に落ちて綺麗になってしまった。諦めていた分感動が大きい。

 剣に着いた血も拭き取って磨いておく。武器の手入れも大事。


 というわけで本格的に洗い流すために冒険者用の湯治場へ足を運ぶ。ギルドが運営しているものでなんと無料で利用することができる。原理は田舎者の僕にはよくわからないけどシャワーというレバーを捻れば伸びている管の先にある膨らんだ、蛇の頭ののような部分からお湯が出てくる装置がある。それで体を洗い流す。

 石鹸なんかも用意されていてそれも持ち帰らなければ自由に使っていい。今はまだ日が沈む前なので冒険者はほとんどおらず湯治場は空いている。ピークのときにはごった返しになるらしい。そのときはあんまり行きたくない。


 大きな浴槽もあり人もいないのでそこに広々と体を伸ばしてくつろぐ。


「っ」


 塞がっているとはいえ生傷がしみるが疲れ切った身体にはたまらない。ほっこりする。

 今日はこの後も用事があるので早めに出なければと思うのだがどうにも出られずに結局人が増えてくるまで居座ってしまった。


 帰りに屋台に出されていた串焼きを何本かと他にも美味しそうな揚げ物を一つだけ買って帰り家で食べた。

 考えてみれば昼もろくに食べずにここまで過ごしていた。そんなときに食べるご飯は身にしみて美味しかった。


 食べ終わると今日一日分の疲れがどっときて瞼が急激に重くなる。

 なんとかベッドまでたどり着き寝転がるとそのまま意識を失ったように眠りに入った。


 冒険者生活一日目は色濃いものになった。








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