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序章 第8話 戦いすんで日も暮れて

朝の竜王寺屋前。



「まさか甚兵衛が首領とは」


弥太郎が吐き捨てるようにいった。


「あいつの弟がその手先としてこっちでやってたらしいが、いよいよということで京にきたらしい。この店だけじゃなく、他人の店まで押し入ってその金まで薩摩や長州に流していたなんて。おそらく幕府を転覆させたら、そのおこぼれにでもあずかろうとする目論見だったんだろうけど。しかしあいつがそこまでのやつだったとは。島田さんは五銭組と薩長がどこかで絡んでるんじゃないかと睨んでいたらしいけど。

くそっ。あいつの目をみたとき、なんでもっと探りを入れなかったんだ、俺は」


左衛門も甚兵衛の正体に気づかなかった自分を責めた。


そこに島田がやってきた。


「弥太郎さん左衛門さん。今隊長に聞いたんだが、ふつうならあんた方二人にも沙汰があって然るべきところだけど、今回はこの凶悪な五銭組をひとり残らず捕縛したということで、奉行所はもちろんだが組のほうにもたいそうお上から賞賛の御言葉をいただいたとのこと。なので今回はお咎めなしだそうだ」


島田がそういうと弥太郎と左衛門に少し安堵の色が戻ったが、


「ただ私が甚兵衛から金をくすめたので、佐賀屋さんや赤谷屋さんがやられたんじゃないかと思うと……」

「いや、それは違う。手下に聞いたところ二つとも、弥太郎殿が甚兵衛を追い出す前に押し込む手はずは整っていたと。今度のことはしかたない。綿たちももっとあいつにきつく探りを入れておくべきだった。あまり自分を責めてはいかん。」


島田は弥太郎を諭し宥めた。


「しかしそれにしてもあの空で光っていたもの。大きな輪が空で光ったら竜王寺屋へという合図だったが、何の事が分からないまま待ってたら、ほんとにそういうものが空に浮かんであれには正直驚いた。音もしないしずっと光りっぱなしだったし、隊のみんなもあれには不思議がっていたんだが、あれはいったい……」


島田が弥太郎にたずねると、


「あれはリサが持ってきた舶来の新型の花火みたいなものでして、残念ながらあれ一発しかなかったので、今は説明がこちらもできないものでして」

そういうとりリサの方をみて片目をつぶった。


リサも軽く肩をすぼめてニコッと笑みかえした。


「では私はこれで帰隊する。茜、これだけの事があったのだ、何かあるといけないので命があるまで竜王寺屋で警護の任をもうしばらくつとめるように」

そういうと島田も茜に片目をつぶってみせた。


「あ、ありがとうございます」

茜は片膝をつき島田に深々と頭を下げた。



「左衛門殿、今回はほんとうに感謝する。五銭組のような悪党を捕縛できたのはあなたのおかげです。あのとき左衛門殿が隊に連絡しに来てくれなかったら両親にも顔向けが……」


凛之介が言うと、


「いや、凛之助さんもあっちで大活躍だったって聞いたぜ。それに昨日のことはリサさんが私のところに来て弥太の指示を教えてくれなかったら……。みんな弥太郎とあの二人の娘さんのおかげですよ。たいしたもんですよ、あいつらは」


そういうと左衛門は凛之介とともに、嬉しそうに笑ってる三人の方をみた。



空はどこまでも青く、風はくるりと輪を描いていた。



皆が立ち去り、三人も店の中へと戻る。

茜はこのときあることに気づき弥太郎の傍に寄ってきた。


「弥太郎さん。それ危ないですし弥太郎さんには似合わないですよ。私がしまってきましょうか?」


弥太郎は懐に入れてあった包丁をその言葉で思い出した。そして

「すまねえ。ただその前にもうひとつ大仕事だ。この包丁のように綺麗にさばけるといいんだがな」

そういうと三人はそのまま離れに向かった。そこには庄吉に連れられてきたお貴がすわっていた。


皆がお貴の前に座ると


「あなたには介抱してもらったお礼があります。それにあなたの場合言う事を聞かなければ、あなたの子供が殺されると脅されていたのですよね」


茜にそういわれるとお貴は泣き崩れた。


リサが続けた。


「不思議だったんだよ。警戒陣の光で五銭組の仲間が店に二人いる事はわかったけど、その光が妙に不安定なので、一人は何等かの理由で心がゆれてるんじゃないのかなと。それで弥太に頼んで遊びにいくという名目でいろいろとお願いしたんだけどね。


まあもうひとりのお絹は根っからの悪党で、私たちだけでなくお貴さんも見張りながら手下として使い、ここへ仲間を手引きするそれをみはからってたんだから。これが終わったらあいつ、お貴さんの事だけでなく子供達も殺してたよ。きっと」


リサが言い終わると弥太郎が続けた。


「リサに言われていろいろ外をみてきたらどうも妙な動きがあって、茜に組に戻るとみせかけていろいろと外の状況を調べてもらったのさ。そしたらお貴さんのところが不穏な奴らが出入りしてると分かってな。とにかくあんたの子供達は、この前離れに来ていた凛之助さんと左衛門の配下の者がちゃんと助け出してみんな無事だ。安心しな。ただ今回の事はやはりはっきりと話さないといけない。左衛門にはすべて話してあるし、茜を一生懸命介抱してくれた件も島田さんを通して伝わっている。息子さんたちも近くの人たちが面倒みてくれるというし、うちからも様子をみに人を出すから安心していってきな」


「ありがとうございます」


肩を叩かれながらの弥太郎の言葉に、お貴は涙ながらに答え、庄吉に連れられ左衛門のいる奉行所へと向かった。


茜は弥太郎から包丁をあずかると、いつもならお貴がいる台所にそれを戻しにいった。




その日の夜。竜王寺屋の離れ。



「いやあ、ほんとうに長い一日だった。ところでお貴の事なんだが」


茜とリサ心配そうな表情になった。


「さっき左衛門に聞いた話ではニ三日泊められた後きつくお叱りを受け、その後無罪放免になるそうだ」


「よかった」

二人はそれを聞いて安堵の色を浮かべた。


「それにしても弥太、あれはないよ」

リサが切り出した。


「帰国命令なんていうからビックリしちゃって。で、中みたらいきなり日本語。しかも書いてあったのが『俺に話をあわせろ』、ただそれだけ。無茶すぎるよ。それにあの黒い袋。領事館なんてでっち上げの話だから交通費じゃないことはわかってたけど、あれもし僕が中を開けなかったらどうする気だったのさあ」


「いやあ、リサがあのとき、うまくノリであわせて演技してくれたから、あれも絶対開けると信じてたよ。それに俺からリサに何かあげるなんて初めてだし。とにかく二人がずっと見張ってたんで、あれしか手がなかったんだ。まあかんべんしてくれよ」


「たしかに僕がいなくなってからやっと動き出したからね」


「弥太郎さんの最初の作戦は、私が隊へ戻るというゆさぶりをかける。動けばすぐに近くに待機していた左衛門さんに連絡する手はずだったんですけど、けっきょくのってきませんでしたね」


「ちょっとみえみえだったような気がして心配だったんだよなあ。まあ、あのとき茜がお絹に『リサはそこそこ使える』といったら、その晩やつらはこなかった。あれでだいたい大筋は読めたけどな」


「あのひっかけも弥太郎さんの作戦でしたね。お見事でした」

茜がうれしそうに言った。


ようやく三人の顔から安堵の色がみえたとき、弥太郎は急に神妙な顔をして二人に向かい座り直した。そして、


「今回は店のみんなや、お貴の子供達を守るためとはいえ無理をさせてすまなかった、ほんとうにありがとう。茜さん。リサさん」


そういうと弥太郎は二人の前で深々と頭を下げ、そして二人の手を各々強く握ると、


「無事でよかった。ほんとに二人とも無事でよかった」


そういって涙を流した。


「よしてよ弥太、なんか恥ずかしいよ。だいたい店の中で二人で迎え撃つと言い出したのは僕たちの方だし、ぜんぜん無理でもなんでもないから。だからそんなこと気にしないでよ」

「そうですよ。これくらいのこと、私もぜんぜん平気ですから。それに私は助けてくれたお礼もありますし、ああでもしないと気も収まりませんでしたし……」


そういうと二人も目を潤ませながら弥太郎の手をより強く握り返した。


「すまない、ほんとにすまなかった」


弥太郎はずっと二人に謝り続けた。



しばらくするとリサが、


「いいですよ。弥太と僕の中ですから。それにけっこう楽しかったし」

といい弥太郎から手を離した。


すると少し落ち着いた弥太郎が

「すまねえ。ところでリサ、こんなときにいきなり言うのも何だけど、その服装のことなんだが……」

「服がどうかしたの?」

「いや、そのなんだ、何でそんなに足みせてるんだ」

「えっ?」

「私も驚きました。というか見ててちょっとドキドキしちゃって。私も夏にはこういう涼しそうな装束をたまにつけますけど……」

「これ、ちゃんとした僕の家に代々伝わる正規の女性用の戦闘服ですけど。足がみえてるとそんなに変ですか? 動きやすいんで、けっこう僕気に入ってるんですけど」

「いや、なんというか、刺激が強いというか、まわりの男たちもなんかじろじろとあんたの事ずっとみてたしなあ」

「えっ、みんな僕の事女性としてみてくれてたんだ。なんかうれしいなあ」

「いや、そうは言ってもだなあ、こういうことが終わったら、これからはすぐいつもの服に着替えてくれないかなあ。なんていうか自分の娘が人様の前で肌さらしてるみたいでちょっとなあ」


それを聞くとリサは、


「僕が弥太の娘? 彼女じゃないの。えー、ちょっとショック」

「おいおい、リサ、茜もお前も俺にとっちゃ可愛い娘みたいなもんだといってるんだよ」

「私も娘なんですね」


茜も露骨に不満な表情を弥太郎にみせた。


「おいおい茜まで。なんだよ二人とも」


おたおたする弥太郎をみてリサは

「わかった。これからは弥太が僕を彼女にしてくれるまでずっとこの恰好でいるから」

「えっ、なんだよそれ。おい茜なんとか言ってくれよ」

「それじゃあ私も明日から夏用の装束にさせていただきます。けっこう色っぽいですよ。それ」

「おいおい茜まで。勘弁してくれよ」



三人の声が明るく響く中こうしてこの事件は終わった。



茜はその後しばらくして新選組を辞め竜王寺屋に奉公人として住み込み、リサも竜王寺屋で暮らしながらいろいろと働いた。


ただ京都は次第に治安が著しく悪化していったため、弥太郎は店をたたんだ後三人で京都を離れ、父の経営する越野屋のある江戸へと引っ越した。その後横浜の地で再び竜王寺屋を再開したものの、三人は次第に「幕末と明治維新」という時代の波に翻弄されていくことになった。


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