序章 第7話 竜王寺屋の戦い
リサと茜の五銭組との決着戦。第一部のクライマックスになります。
その日の夜をまわった丑の刻。
外はじつに静かで新月。まっくら闇。竜王寺屋の中も物音ひとつしない。
そのとき暗闇の中にひとつの影が竜王寺屋の母屋からでてきた。
それはそっと離れの近くを通り、裏にある木戸口の止め木を外し戸を小さく開いた。
しばらくすると足音を殺した黒い人影が大勢あらわれ、
竜王寺屋の小さく開いた木戸から次々と忍び込んでいった。
黒い人影がすべてはいりきり、ひとりの男が木戸口のそばに一文銭と四文銭を一枚ずつ置いたその時、
「ラウル、リドルバルト、スナリ、レイスタンド!」
声とともにいきなり空に巨大な光輝く警戒陣が浮かび上がり、竜王寺屋全体を真昼のように照らし出した。
そしてそれを合図に呼子の音が少し離れたところから竜王寺屋を取り囲むように一斉に聞こえた。驚く五銭組。そのとき
「まってましたよ、五銭組のみなさん」
みると離れの屋根の上に光り輝く警戒陣を背にした一人の忍びが立っていた。
「誰だ、てめえ」
色めき立つ五銭組。
忍びは下を見降ろしながらゆっくりと頭巾をとると、長く束ねた黒髪が大きくたなびきながら、警戒陣に照らされキラキラと輝きを放った。
茜だった。
茜は五銭組をしっかり見据えると、
「新選組二番隊付き、茜、押してまいる!」
そう叫ぶと風を切り裂くように屋根から飛び降り、
着地するや否や鋭く回転するように数人を蹴りと拳で一瞬にしてなぎ倒した。
驚異的な駿速の体裁きによる、あまりの一瞬の出来事に唖然とする五銭組の面々。
「ひ、怯むな、殺れ!」
五銭組が一斉に茜に襲い掛かろうとしたその時、
「凄いね茜さん。新選組でも一二を争うってやっぱりほんとうだったんだ」
五銭組が驚いて横をみると、西欧風の黒い上着とショートパンツの上から、より黒いマントを身に着けたリサが立っていた。
「リサさん。そっちお願いします」
「OK、ここは誰も通さないから。というか通れないし」
そういうとリサは片手を大きく縦にふると、後ろにある竜王寺屋の母屋を光で包み込んだ。
「これでもうここから先は通れないよ。あっ、そうそう君たちの御仲間さんは弥太と庄吉さんが中で捕まえちゃってますから」
「この野郎、やっちまえ」
「それはこっちの台詞だよ」
そういうとリサも次々と拳や蹴りで相手を倒しはしじめた。
母屋の中では店の人たちが奥の部屋にまとまり皆ブルブルと震えていた
「大丈夫だよ。みんな、茜とリサがなんとかしてくれるから」
弥太郎がみんなを安心させ落ち着かせるように声をかけた。
そして部屋の隅には庄吉にしっかりと袖と帯をつかまれている人影があった。
(茜っ、 リサっ、無事でいてくれ)
弥太郎は祈るような気持ちで外から音のする方を凝視し、懐にはもしもの時の為、台所から持ち出してきた包丁を忍ばせていた。
その外では次から次へと眼にも止まらぬスピードとキレで押してくる茜と、
桁外れのパワーで相手を次々となぎ倒し蹴り飛ばしていくリサが大暴れしていた。
その力の差は歴然とし、たった二人に五銭組の強者どもが次々と倒れていった。
「これでもくらえ」
五銭組のひとりがビンのようなものを茜に投げた。
バシャーン!
茜の足元でビンが砕け散るとそこから勢いよく炎が立ち上がった。
「ざまあみろ」
男が叫んだ次の瞬間
「させません!」
茜の声が炎の中から聞こえたか思うと、
次の瞬間吹雪のような一陣の風が巻き起こり、
一瞬にして茜の足元がすべて氷つき炎もすべて消えていた。
[茜] (うう寒っ、だからこの力使うの嫌なの)
さすがの五銭組にも焦りの色がみえたそのとき。
茂みの陰からリサに対して吹き矢がとんできた。
「あっ」
茜が叫ぶまもなくリサの首元に矢が衝き刺さった。
しかし
「ふうん、けっこうな毒を仕込んでるみたいだけど、僕にはこんな子供のおもちゃは通用しないんだよ」
そういうとリサは首に刺さった矢を抜き、
それを片手で握りつぶすと手を横に一閃、
矢を放った男は大きく後ろに吹き飛ばされた。
「ば、化け物だ、逃げろ」
一斉に逃げ出す五銭組。
「化け物はあなたたちの方です」
そういいながら茜は次々と、眼にも止まらぬ速さで拳と蹴りを見舞い相手を倒していった。
「逃がしはしないよ」
リサもその長い手足を使った力強い打撃で、
次々とこちらもなぎ倒していった。
(強いですねリサさん。やはり私なんかとはパワーが違う)
(凄いなあ茜さん。人間であれだけの身のこなしをする人なんてみたことないよ)
最強の忍びと最強のヴァンパイア、
この二人が本気を出せばさすがの凶悪な五銭組も成す術もなく、
何人かはそこから必死に外へと逃がれていったものの、
残りは皆二人によって完膚なきまでに倒されていった。
「ほんとうなら切り殺してもかまいませんが、あなたたちには然るべきところでしっかりとした裁きを受けていただきます」
茜は倒れた男達を一瞥しながそう吐き捨てた。
「さて、それでは最後にそこにいるお嬢様のお相手をしないと」
リサはそういうと、
木の陰に隠れている人影のところに茜と二人で近づいていった。
「お絹さんですね」
茜がたずねた。
「やはりあなたが手引きを。弥太郎さんが私を助けてくれたとき、女中のあなたがそばにいたという事を聞き不思議に思ったんです。あの離れは風体の悪い男達がたくさんいて、ふだん女中は怖がって誰も近づかない。なのに新入りのあなたは……。首領の甚兵衛が離れによくいたので当然だったのでしょうね」
「てめえ」
お絹が切りかかってきたがその小刀を茜が振り払うように弾き飛ばすと、リサが溝内に拳をいれお絹を気絶させた。
竜王寺屋の中は完全に沈黙。
リサはまわりの安全を事前に手の平に張ってあった小型の警戒陣で確認すると、
「終了っと」
そういい母屋にかけた光の防御壁を解いた。
「リサさん、大丈夫ですか。さっき首に矢が……」
茜が心配してたずねると
「ああ、平気平気、ほら、もう傷跡もないでしょ」
リサが矢の刺さったあたりの首筋を茜にみせると、そこにはもう刺さったような跡も何もなかった。
「よかった」
茜はホッと溜息をついた。
すると外から左衛門率いる町方が大勢入って来た。
そして次々と倒れている五銭組を捕縛していった。
「あんたたち二人でこれやったのかい」
左衛門が驚きの表情でたずねると
「はい、がんばりました」
二人は笑顔で左衛門に応えた。
「あと何人か外へ逃げたようですが」
茜がたずねると、
「心配いらねえよ。外は俺たち以外にも島田さんの新選組も来ている。今頃は全員一網打尽さ。しかし島田さんはすげえなあ。逃げようとした奴の首根っこ掴んだら、片手でぶんぶんふりまわしてたぞ。人間じゃねえな、ありゃ」
それを聞いて思わず茜はリサの方を振り向いたが、リサは察したのか速攻で目線を外しあさっての方をみた。
茜はリサのそんなそぶりをみてクスッと笑うと、
「弥太郎さん、終わりました。もうでてきて大丈夫ですよ」
それを聞いた弥太郎は雨戸を思い切り開け、中から飛び出してきた。
「二人とも大丈夫か」
「平気ですよ、弥太郎さん。あとは左衛門さんたちがちゃんとやってくれますし。ただ私、今からちょっと行くところがありますので」
茜がそう言うと、
「行くところ? 行くところって、いったいどこだ」
弥太郎は心配そうな顔した。
その様子をみたリサは
「茜さん、ひょっとしてそれ僕も行った方がいいかなあ」
と聞くと茜はニコッと笑って、
「できればお願いします」
「OK」
そういうと二人はあっという間にそばの高い塀を飛び越え外に消えていった。
「すげえなあの二人」
左衛門はビックリした顔を弥太郎にみせた。
(すげえことはすげえが無理すんなよ、茜、リサ)
弥太郎は二人が消えた方をじっと見続けていた。
外では逃げようとした残りの五銭組を一網打尽にするため、
島田率いる新選組と大勢の町方が、凄まじいほどの大捕り物を展開していた。
だがそこから少し離れたところを、
それを巧妙に逃れた一人の男がその場を立ち去ろうとしていた。
あの甚兵衛だった。
甚兵衛はしばらく走ると物陰に隠れ黒装束をとり、素早くふつうの商人の恰好になり、何事もなく道を歩き出した。
「これで誰もわかるめえ。畜生、仲間を集めて再度で出直しだ」
そのときその甚兵衛の前に、すうっと黒い影が立ち塞がった。
「お久しぶりですね。甚兵衛さん」
茜だった。
甚兵衛はあわてて元来た道に引き返そうとしたが、
「こっちも駄目。残念でした」
リサが道を塞いでいた。
前傾姿勢をとり今にも走り込んできそうな茜。
拳こぶしを真っすぐこちらに向け睨みつけているリサ。
「この野郎」
甚兵衛は懐から短筒を取り出し茜を撃とうとしたが、茜はそれより先に甚兵衛の懐に飛び込み短筒を片手で叩き落とすと、もう片方の手で首筋を一閃。
甚兵衛は力なく前のめりに崩れ落ちた。
茜は落ちている短筒を拾うと、
「甚兵衛さん。借りは返しましたよ」
気を失って倒れている甚兵衛を見下ろし呟いた。
「おいなんだいあれ、なんか変なのが光ってるぞ」
この騒ぎで眼を覚ましたのか、家の中から戸を開け空をみあげる人たちがあらわれはじめ、空の警戒陣に気づき始めた。
「あっ、そろそろ消さないと、これ以上やってると騒ぎが大きくなっちゃう」
そう言うとリサはあわてて手を空にかざし警戒陣の光をゆっくりと弱めながら消していった。
あたりが暗くなると茜とリサは互いに歩み寄った。
「ご苦労様、それにしても強いなあ茜さんは」
「リサさんこそ。アルティメット・ヴァンパイア、さすがです」
そういうと二人は笑顔で軽くハイタッチをした。
こうして五銭組は全員捕縛された。