序章 第3話 異人さんがやってきた
数日後。
「今日からここでお世話になります茜といいます」
竜王寺屋開店前、弥太郎が島田の命により竜王寺屋に住み込むことになった茜をみんなに紹介していた。
「じつはみんなも知ってのとおりいろいろと最近物騒なんで、新選組配下の茜さんにしばらくいてもらうことにした。若くて可愛い娘さんだがけっこうな使い手なんでこれからは安心しておくれ」
(可愛いって……、もう、やめてください弥太郎さん)
茜は必死に恥ずかしさをこらえた。
だが店のみんなはそうはいわれてもちょっとピンと来ない表情をしていた。
それをみてとった茜はそばに立てかけてあった箒を手にとると、目にも止まらぬ速さでそれをくるくると体の前でまわし、頭の上でさらに回した後、ピタッと小脇に抱え片膝をついた。
するとさっき箒をふりまわしていたあたりから、銀色の細かい粉のようなものがキラキラと輝きながらあらわれ、そしてふっと消えていた。
その見事な手裁きと最後の美しい光景にみなはあっけにとられた。
弥太郎もしばし呆然としていたがすぐ我に返り、
「まっ、そういうことだ。みんな茜さんをよろしくたのみますよ。少し人見知りする性格なんで慣れるまではちょっと我慢しておくれ。あと茜さんの事はこの店以外の人に言っちゃいけないよ。わかったね」
みなもようやく我に返り茜の見事なそれに歓声をあげ手を叩いた。
「すごいな、茜さん」
「たのもしいね、頼んだわよ」
「わからないことはどんどん気軽に聞いておくれ」
みな茜を笑顔で歓迎した。
茜はあまり慣れていないのかちょっと戸惑いをみせながらも、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と、店のみんなにペコリとお辞儀をした。
(これなら大丈夫か)
弥太郎はホッと一息ついた。
店が開き、また活気のある一日が始まった。
その日の昼下がり。
(ん? この気配は何だ?)
竜王寺屋の前で立ち止まりそして店の看板をみている者がいた。
「竜王寺屋……、あっ、ここ弥太の店か!」
そういうとそのまま店の中に入って行った。
「すみません」
中に入ると店の者に声をかけた。
「はい、ただいま」
新しく番頭になった庄吉がでてきた。庄吉は若いがこの店ではかなりの古株だ。
その庄吉が一瞬固まった。
みると目の前には背の高い金色の髪と碧い瞳がひと際目に着く若い異人が立っていた。
「あ あ あ 」
庄吉は緊張で声が出なくなったが、そんな庄吉に
「ここはひょっとして弥太郎さんのお店ですか?」
驚く程綺麗で流暢な日本語だった。
「は、はい、確かに弥太郎は当店の主にございますが」
と庄吉が答えると、
「どうしました。番頭さん」
そういいながら弥太郎がでてきた。
すると
「弥太! ひさしぶり」
そういって異人はいきなり弥太郎に飛びつき抱きついてきた。
「おっ、リサじゃないか。どうしたんだいこんなところに」
「偶然通りかかったんだよ。あいたかったあ」
そういうとリサは弥太郎にハグしてきた。
あまりのことに一同ポカーン。
「おいおい、みんな驚いてるじゃないか。あ、みんなこの人はリサさんといって、何日か前に道に迷ってたんで町を案内してあげたというお嬢さんだよ」
「旦那様が以前おっしゃられていた外国の御婦人ってこの方なんですか。私はてっきり……」
「男と思ったんでしょ。大丈夫、僕、慣れてますから」
リサは庄吉に笑顔で応えた。
「えっ、あの人女の人? わあなんか素敵やわあ」
「ほんまに、異人の女の人であんなにきれいでかっこいい人初めてみたわあ」
店の奥にいた女性陣はみなリサの容姿に釘付けとなった
「まあここじゃなんだ、せっかくだからちょっと寄ってかねえか」
「いいの。じゃあお言葉に甘えて」
そういうとリサは靴を脱ぎ弥太郎の後をついて離れの方にむかった。
離れのところにくるとちょうどそこに茜がいた。
茜は一瞬リサをみてビクッとした。
そんな茜をリサは指をさしながら鋭い目つきでこう言った。
「あなた、人間ではありませんね」