序章 第2話 新選組と五銭組
その夜、竜王寺屋の離れにて。
時は子の刻。
離れにある畳十六畳ほどの部屋で、弥太郎は吊るされ拷問を受けていた娘を介抱していた。
娘は布団に寝かされ、身体を温めるために多めの布団がかけられていた。
長い髪を後ろで結わえ色白で清楚なつくりの顔をしている娘に、
「まさかこんなところでまた会うとはなあ。しかしほんとにすまねえことをした」
弥太郎はそう呟くとひとつ溜息をついた。
そのとき後ろで急に人の気配がした。
「どなたさまでしょうか」
弥太郎は振り返ることなくたずねた。
すると何者かが音もなく弥太郎の背後につき、そして話しかけてきた。
「この者の容態は?」
男の声だ。
「この人のお仲間ですか。かなり激しく打たれ身体がずいぶん冷たくなっておりますが、ニ三日もすれば歩けるようになると、そうお医者様が言っておられました。かなりの名医の見立てなんでおそらく大丈夫かと。本当に申し訳ありません。こんなことになってしまって……」
弥太郎が言うと、男は弥太郎の横に座りそしてたずねた。
「身体が冷えているのはもとからなのでそれは大丈夫だ。ただこの者はかなりの使い手、なぜこのような事になったかお話を伺いたい」
それを聞くと弥太郎は座り直し男の方をみた。全身黒装束の忍びだった。
「私は直接はみていないのですが、まわりの者に聞いた話ですと、なんでもうちにいた若いのがこの人と小競り合いになって。で、そのとき近くにいた小さな女の子がうちのに掴まれまして。おそらくその子を使って脅されそれで捕らえられたのではないかと。それでよってたかってこんなふうに……。本当に申し訳ない。責任はすべて私が背負いますので、家の者はご容赦いただけないでしょうか。このとおりです」
弥太郎は深々と頭を下げ畳に額をこすりつけた。
「御沙汰を拙者でどうこうできないが、あなたの今言ったそれは伝えておきましょう」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「ところでひとつ聞きたいのだが、この者をこのような目にあわせた者たちはどこへ」
「はい、私が叩きだしました。あのような者たちを置いてはいけないと思ったものでして」
「それは逃がした、ということか」
一瞬弥太郎に緊張が走る。
「いえ、女子供に危害を加えるような者という事を思いますと、逆上して他の家の者に危害を加わえることもありうると恐れまして。それに店の評判にもかかわる事でもありますので、早々にこの場から追い出すべきと。本当は然るべきところに突き出すのが筋とはおもいましたが、もし歯向かわれたら私一人ではそれもかなわぬと思いまして。ただそれ以上にこの方をお助けするのが第一と思い、そうした次第にございます」
「なぜそこまでこの者を」
すると弥太郎は床で眠る娘の顔をみながら、
「このお方、茜という名前ではありませんか」
「お主どうしてそれを」
男はひどく驚いた声を出した。
「ああやはりそうでしたか。じつは一か月程前ですが、私が江戸から京に行く途中、加賀の方についでの仕事で寄ったんですが、そのとき京に行くのを急ぐため途中の旅籠で京へ行く近道を図に書いてもらい、それを見ながら山越えをしようとしたんですが、あいにく途中で道に迷ってしまって。困り果てて山の中にあった古いお堂で一休みしてたら、この娘さんが若いお武家様のような服装でいきなりやってきて、『京へ行く道を教えてくれ』と。
娘さんなのになぜ男の姿をしてるかは分かりませんでしたが、とにかく私は旅籠で書いてもらった図をみせて、これこれこういう理由でじつは自分もと言ったら、二人でなんとかしましょうって事になったんです。それでまあ二人でもう一度その図をみながら今来た道を戻りながら、ああでもないこうでもないとあちこち歩き回りまして、それでようやく夜明けには街道にでられたというわけです。
そのころにはお互いなんか打ち解けまして。これも何かの縁という事で、京まで二人旅とあいなったわけでして……。まあ途中でいろんなことがありましたが、そのときはけっこう茜さんに助けていただきました。
おかげで京に着いた時はじつに名残惜しい気持ちになりました。別れ際に再会を約束したんですが、まさかこんな形で再会することになるとは思ってもみませんでした。
とにかく茜さんは私の命に代えてもしっかり介抱させていただきます」
「茜とはけっこう話したのか」
「はい、最初はあまりお喋りにはならなかったのですが、途中からお互いにいろいろとざっくばらんに世間話などを……」
(あの茜が世間話だと。隊でも寡黙な氷のような女と言われていたあの茜が……?)
男は弥太郎の話を聞き怪訝に思いながらもしばらく黙っていたが、
「わかりました。今日はこれにて失礼をいたします。明日別の者が来ると思いますが、それまで茜をよろしくお願いいたします」
そう言うと男は部屋を音もたてずに出ていった。
ほっと胸を撫でおろす弥太郎。
夜泣き蕎麦の笛が遠くから聞こえてきた。
〇翌朝、開店前の竜王寺屋。
弥太郎は店の者を集め簡単に昨日のいきさつを話した。
ただ甚兵衛の事は急に実家に戻ることになったといい、そのあたりの事は多少うやむやに流して伝えた。
店が開くとすぐに新選組の隊士が二人入ってきた。
今まで新選組など来た事がなかっただけに、店の者たちはいっせいに不安気な表情になった。
「ここの主人はいるか」
隊士のひとりがたずねた。
「私にございます」
弥太郎が奥からあらわれ、隊士の前に座り頭を下げた。
「お主が弥太郎か」
「左様でございます」
「拙者、新選組の島田甲斐と申す」
「昨日の事でございますね。お待ちしておりました。さあどうぞこちらへ」
そういうと弥太郎は島田達を中に入れ、離れへと案内し、茜のいる部屋へと向かった。島田は堂々とした体格の持ち主で、店のみんなはそれに圧倒されてしまった。
「お貴さん、入るよ」
そういうと弥太郎は襖をあけ、島田達とともに部屋の中に入った。
すると中では茜がすでに目をさましこちらを見ていた。
茜は弥太郎の後ろにいる島田を見ると突然表情が変わり、
起き上がろうとして身を起こした。
「うっ」
茜は思わず身体に走る激痛に苦悶の表情を浮かべ、脇腹をおさえそして激しく咳き込んだ。
「いけません。まだ寝てないと」
お貴は茜の身体を支え背中をさすりながら言った。
「いえ、これくらいのこと……」
「茜、無理をするな」
島田は無理をして起きようとする茜を制した。
「もうしわけありません」
茜はそう言うとゆっくりとお貴に支えられ横になった。
「話はだいたいここにいる凛之介から聞いた。ただ事の顛末をお主から直接聞かねばならないが、よいか?」
「はい」
「すまぬが我々三人だけにしてくれぬか」
「承知いたました、外におりますので御用がありましたらどうぞ声をおかけ下さい」
そういうと弥太郎とお貴は部屋の外に出ていった。
弥太郎は離れを出て外にある石段に腰をおろし、空に浮かんでいる雲を見つめ、呆っとしていた。
「旦那様……」
お貴が心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫 何も心配することはないよ」
弥太郎は軽く返した。
(そうは言っても相手は新選組。ただですむとは思えねえが)
しばらくすると、凛之助が島田から話があるという事を伝えに弥太郎のところまできた。
弥太郎が再び部屋に入ると島田は弥太郎に、
「ここにいた番頭の事だが」
「甚兵衛の事ですか」
「あいつは薩摩や長州の浪人と連絡をとっていた謀反人だ」
弥太郎はその瞬間自分が地面の底に沈んでいくようにかんじた。
(終わった。これで俺は死罪だ)
「だが茜の話ではお前はここに来たのは一か月前。そのためそれを知らなかった。相違ないか」
「はい、相違ございません。ただ気づかなかったのは私の責でございます。他の者には寛大なお慈悲をお願いいたします」
弥太郎は頭を畳にこすりつけるように土下座をした。
「確かにお前のやったこと、特に首謀者を逃したことは本来許されない話だ。だが、茜の命を救ってくれたこと、そしてお前がこの店に来てから薩摩や長州に金が急に流れなくなった事を鑑み、今回はすべてを不問に付す」
「あ、ありがとうございます! (金が流れない……って何の話だ?)」
「しかしお主、甚兵衛の金の横流しをどう止めたのだ。茜はそれだけが分からなかったと言っているが」
「はあ、それはそのう……」
弥太郎が答えに窮していると軒先の方から声が聞こえた。
「そりゃあ、そいつが使っちまったからですよ。新選組の方々」
みるとそこには同心がひとり立っていた。
「左衛門!」
弥太郎の幼馴染で同心の左衛門だった。
「与太、お前がこのひと月、盛大に遊びに使い込んだあの金がそれだよ。
お前、昔っから金が店のどこにあるか分かるっていつも俺に自慢してたじゃねえか。竜王寺屋に来た時、「この店はなんだかあちこちに金が置きっぱなしになっててどうしようもねえ」と言ってたけど、それ聞いて「ああ、こいつあいかわらずやってんな」と。
おおかた甚兵衛が横流しするために貯め込んでた隠し金を、そうとは知らずかたっぱしから使ってたんですよ。甚兵衛も人に言えない金だから文句も言えねえ。それで隠し場所を変えるけど、こいつはとにかくそういうのをみつける天才なんで、またそこから使っちまう。その連続で結局薩摩や長州に金が流れなくなる。
まっ、知らねえこととはいえこんなことするのは与太郎くらいですよ。新選組の旦那方」
「与太郎?」
島田は怪訝な顔をした。
「ああこいつの仇名ですよ。どうしようもねえ昼行燈で遊びにすぐ金を使っちまうんでね。それとこいつ俺と同じ江戸の生まれなんで、それで江戸落語に出てくる「与太郎」を文字ってみんなそうよんでるんですよ。こっちの生まれならさしずめ「喜六」ってとこですがね。あと今は丁寧に受け答えしてますが、俺と同じでいつもはけっこうなべらんめえ口調ですぜ、こいつは」
「与太郎か、これはいい。私も以前江戸にいたからよく分かる。しかし薩摩や長州へ渡るはずの金がそういう使われ方をしていたとは。いやはやこれはまいった」
島田は厳しい表情から一転、破顔一笑した。
「お恥ずかしいかぎりにございます」
弥太郎は島田にさらに深く頭を下げた。
「弥太郎殿らしいですね」
寝ていた茜が弥太郎に話しかけた。
「ああ、あいかわらずさ。以前道中でいろいろ話したこと、嘘じゃなかったろ」
「自慢にならないですよ。それ」
茜は弥太郎の言葉にクスッとした。
(ほお、あのいつもは無表情な茜がこんな顔をするとは)
島田は驚きの表情をみせ、横にいた凛之助も
(ほんとうに茜と喋ってる。しかも笑顔で……これはいったい)
こちらもやはり驚きを隠せなかった。
「それにしても茜さん。隠れてないで直接会いに来てくれればよかったのに。水臭いなあ」
弥太郎の言葉に茜は、
「それも考えたのですが……、ただここの番頭がかなり危険で……」
「危険? 甚兵衛がか」
「はい、あの人じつは多少の使い手で、弥太郎殿が巻き込まれると危ないと思って」
それを聞くと左衛門が
「ああそれは俺もかんじてたなあ。あいつの目つき、ありゃあ何人も人を殺めたような目だったなあ」
「左衛門、そういうことは早く言ってくれよ」
「悪いなあ。最近少し風体の悪い奴らが集まって来たんで、そろそろ話そうかとはおもっていたんだけどな」
「ところで弥太郎殿、茜はどれくらいで動けるようになるのだ」
島田がたずねると、
「玄斎先生の話ですと、あとニ三日もすれば歩けるようになると言っておりましたが」
「玄斎先生? あの通り向かいの玄斎先生の事か。先生にはうちも世話になっている。あの人にみてもらっているのなら確かだ。茜。無理せず養生しろよ」
そういうと島田は立ち上がり帰ろうとしたとき弥太郎が
「左衛門、ところでなんでここに? まさか俺の「与太話」をこの方たちに聞かせるためにきたんじゃないだろう」
「いけねえ忘れてた。与太、三条の佐賀屋がやられたぞ。「五銭組」だ」
「えっ? またか! それで店の人たちは」
「全員やられた、女子供皆殺しだ」
「ひでえ事しやがる。どんでもねえ奴らだ」
弥太郎が吐き捨てるように言うと、
「左衛門殿、その話もう少し詳しく聞かせてくれぬか」
凛之助が左衛門に歩み寄ってきた。
島田も立ち止まり、それまでにみせた事のないほどの厳しい顔つきになっていた。
「こいつはもう俺たちだけでどうこうという話じゃなくなってきてるかもしれねえな。いいでしょう。
ただこれは俺から聞いという事だけは黙っておいていただけないでしょうか。まだ噂なのか本当なのか分からないところもありますので」
「承知しました」
凛之助がそう返事をすると左衛門はあたりを見渡し、誰もいない事を確認すると声を殺し気味に話しだした。
「「五銭組」という江戸の方でかなり凶悪な押し込みを働いてる奴らがいる事は御存じの事と思いますが、こいつら、取り締まりが厳しくなったので、江戸を離れ大阪や堺で押し込みをはじめ、ついにはここ京の都にどうもやってきたらしいと。
そこで注意はしてたんですが、今言ったように佐賀屋さんがやられてしまいました。これでもう三軒目。おそらく奴らはまたどこかを襲うはず。だけどそれがどこなのかが皆目見当がつかねえんです。
そして問題はここからなんですが、どうも佐賀屋は内側から手引きされた形跡があると。つまり佐賀屋の中に五銭組の仲間がいたという事です。本当はこのことを広めればいいんですが、そうなると手口を変えられちまう。なので最近大店で新しく雇った丁稚や女中がいないかとそれとなく聞き込みをしてるところでして、それさえ分かれば先回りして一網打尽というのがうちらの今の方針なんですが」
「島田さん」
凛之助が島田をみた。
「左衛門さん。私らがどこまでできるか分からないが、この件は我々新選組にとっても決して関係ないとは言っていられないかもしれない。今は私のところでとどめておくが、事態が切迫したら隊長に話すことになるかもしれないが、それでもよろしいか。もちろんあんたの名前は出さない」
「わかりました、そういうことにならないよう願いますが」
そういうと島田は弥太郎と左衛門に一礼し凛之助とともに出ていった。
「それじゃあ俺もそろそろ行くわ。今話したこと、何か心当たりがあったらいつでもいいから教えてくれ」
左衛門もそういい残し軒先から外へと出ていった。
島田たちが店をでる。
「あの男、どう思う」
島田が凛之助にたずねた。
「はい、茜の話からしてもあの男の言う事は信じてよいかと」
「うむ。それにしてもあの茜と笑顔で話しているのには驚いたな」
「まったくです。いつもは寡黙でピリピリしているあの茜だけにちょっと……、ところで島田様、五銭組のことですが」
「五銭組については些か気になることがあるが、今しばらくは静観だ。あと茜はしばらく竜王寺屋に警護としてとめおく。よいな」
「はっ」
二人はそう話しながら隊へと戻って行った。
お貴が弥太郎のところにやってくるが、すべてうまくいったことを弥太郎から聞くと、晩御飯の準備をするため母屋の方に戻っていった。
離れの部屋は弥太郎と茜のふたりだけとなる。
茜は横になりながら、
「弥太郎殿。助けていただき本当にありがとうございました。それにお貴殿にはとてもよくしてもらって」
「礼には及ばねえよ。むしろこんなことになってすまねえなあ。このとおりだ」
弥太郎は茜に頭を下げた。
「弥太郎殿は悪くありません。気にしないでください」
「そう言ってもらうと助かるが、しかし、まさか新選組が奉公先だったとはなあ」
「すみません。あのとき素性はちょっと……」
「まあ、こういう事をしていたんならそりゃしょうがないよ。ところでひとつ聞きたいんだけど、あんたかなりの使い手らしいけど、そのあんたがなぜ捕まったんだい。小さな女の子を人質にとられて、それでというのは聞いているがなんでそんなことに」
「じつは、金の流れがどうしても掴めなくて。それで普段甚兵衛がよくいるこの離れに人がいないのを見計らって忍び込んだのですが、じつはわざと離れに人をいないようにして甚兵衛が巧妙な誘い込みを私にかけていたのです」
「それでかい」
「はい、ふつうそういうのは気づくのですが。とても巧妙に誘い込まれてしまって。なのでここに迷惑がかかると拙いと思い早く逃げようと外に出たところ、運悪くちょうど女の子がそこに通りあわせて、それで……」
「そういうことか。あんた優しいからなあ」
「い、いえべつにそういうわけでは……」
茜はちょっと恥ずかしそうな素振りをみせた。
「ところでひとつ聞きたかったことがあるのですが」
茜がやや切り出しにくそうに話し出す。
「うん?」
「あの、以前山奥のお堂で初めて私を見たとき、どうして私が女だとすぐわかったのですか?」
「あん? ふつうわかるだろ」
「いえ、あの姿だと今まであまり女と見られた事がないので」
「そりゃ今までの奴らがよっぽど女を見る目がないんだよ。初めてみたとき、なんでこんな可愛いくて綺麗な娘さんが男の恰好してるのかと、とにかく不思議でしょうがなかったよ」
(可愛いくて綺麗……)
予想もしない言葉に茜は頬を赤らめた。できれば布団を頭から被りたい気持ちもあったが、さすがにそれも恥ずかしいのでかろうじて思いとどまった。
「まあ最初の頃はなんか全然喋らねえしビリビリしてるし、なんだかなあと思ったけど、そのうち俺の事警戒してるんじゃないかなって思ってね、それでいろいろと俺の事話したらようやく茜さんも話をしてくれるようになってくれて、あんときは嬉しかったなあ」
「わたし、けっこう人見知りしちゃう方で、特に面と向かって人と話すのがとても苦手で、それで……」
「まあでもその後はいろいろあったよな。越前での捕り物とか、彦根の道場破りの話とか」
「随分やっちゃいましたね」
「あと風呂覗かれた時に尻さわられてかなりの大立ち回りを……」
「その話はやめてください」
「お、おう、すまねえ」
気まずい沈黙
「と、ところでさっき島田さんの連れの人、声からして昨日ここに茜さんの様子を見にきた人みたいだけど、あの人はいったい……」
「あの方は凛之介さんといって私と同じ忍びです。私のように京に疎い人間にもいろいろと面倒をみてくださる指導係のような方です」
「それにしてもあの人、五銭組と聞いて血相が変わったけど」
「凛之介さんは子供の時両親を押し込み強盗に殺されて。それでそういう盗賊をとても憎んでいるんです」
「そういうことか。しかし佐賀屋さんがやられたとは。しかも皆殺しとは、許せねえ!」
「弥太郎殿。じつはひとつ聞きたいことがあるのですが」
「茜さん。前も言ったけど、その『殿』というのはそろそろやめてくれないかい。なんかこそばゆくっていけないよ」
「わかりました。それじゃあ、弥太郎……さん、でいいですか?」
「ああそのほうがしっくりくるなあ。じゃあこれからはそれでということで」
「わかりました。それで弥太郎さん。その聞きたいことなんですが、じつは……」
「最近新しい人を雇わなかったか? だろ」
「はい」
「いちおう心当たりはあるが、この店の者は皆よく働くし気が利くし、あまりそういうことで疑いたくはねえんだが。茜さんからみてそのあたりはどうなんだい」
「それについては少し……」
そういうと茜は身体を起こそうとした。
「いけねえよ。俺が耳貸すからそのままでいな」
そういうと弥太郎は茜の顔に耳を近づけた。
「なんかドキドキするねえ」
「ふざけないでください」
茜はちょっと怒った顔になった。
「す、すまねえ。それで」
そういうと弥太郎は耳を近づけ茜の話を聞いた。
みるみるうちに弥太郎の顔が厳しくなっていった。
主人公、次回やっと出てきます。おそくなりすみません。