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第六話 常連さん

 時は文久三年十月。京へ上ってもう半年が経った頃。

 すでに僕の中で一生分の事件がこの間に起きた気がするけど、近藤先生率いる試衛館の鉄人たちは何食わぬ顔で事に当たっている。注文した新撰組の旗や浅葱色に白のだんだら模様という、かぶいてる羽織りも出来上がって、洛中で堂々たる活動を始めていた。

 市中警護というのが主な任務で、つまりは公方様に仇なそうとする不逞の輩を探し出し、斬る……という、非常に単純かつ明快な巡察活動を行っている。

 誰を斬るかは事実上一任されていたから、在京の人々の命は新撰組が握っているとさえ言えた。

 冷静に考えればとんでもない仕組みだけど、これが認められてしまう世の情勢こそが不穏なのだ。京は当時、無秩序な状態で、殺戮の嵐。朝になると河原に生首が晒されてるような猟奇的な事件もあり、これくらいの強権がないとなにもできないという恐ろしい時分だった。人の命と家畜の命の重さが、そうかわらない。

 あるいは、土方先生がいう"誠実"は、「尊皇攘夷の過激派と新撰組は、同じ人斬りでも意味合いが違う……」ということを鮮明にしたかったのかもしれない。なににせよ鬼の副長の作成した新撰組の規律は厳格だった。

「平五郎」

 僕の名前だ。先生は僕が必要な時だけ、いつもすぐそばにいる僕の存在を思い出す。

「はい。何でしょう土方先生」

「暖簾に京うどんと書け。親しみが出るだろう」

「……」

 前言撤回。やはりコノヒトは政治的なことは何も考えていない気がする。


 うどん屋自体はなかなか盛況で、手伝う方も手伝い甲斐があり、沖田先生などは時間外でも喜んで店に立っている。愛嬌満点の沖田先生のことだ。もともとこういうのが好きなのかもしれない。

 いや、だけど、そういう問題じゃなく……土方先生だけ新鮮組に生きている現状に、みな疑問はないのだろうか。この勘違いを、誰もツッコまなくていいんだろうか。

 ……考えれば考えるほどフシギなんだけど、実際、新撰組と新鮮組の隊務を、みなはなぜか自然とこなしていることも相違ない。

 ……もしやフシギだと思っているのは僕だけ……?

 なににせよ、だからなおさら、土方先生は「新鮮組はうどん屋だ」と信じてまい進しているように思えた。

「聞いているのか平五郎」

「あ、はい! 親しみは出ると思いますが、すでに看板には『武州名産』と銘打ってあります」

「そうだな」

「意味が喧嘩しませんか?」

「しないよ」

「え、でも武州名産……」

「京で作るうどんは京うどんというのだ平五郎」

「……」

 だから、『武州名産京うどん』は別に矛盾しないらしい。

「創業千六百三年とも書いておこう。将軍家による平定と共に創業したとすれば聞こえがいい」

「それは法螺ホラですか」

「何言ってやがる」

 土方先生、怖い顔をする。

「土方家はもっと昔からある。先祖が一度もうどん屋を営まなかったとは言い切れまいよ」

「……」

 すごい理屈である。


「お得感を出そう」

 土方先生はさらに言った。

「お得感ですか?」

「ああ。うどんを食えば食う程特典がついてくるようにすれば食い甲斐があるとは思わねえか」

「確かに。しかし如何しますか」

「来るたびに木札を渡すのさ。千枚集めたら豪華景品を進呈する」

「千枚じゃ、毎日食べても三年かかりますよ」

「なぁに、三食うどんなら一年で達成できる」

「さすがに偏食すぎて死ぬとおもいます」

 結局、この話はお客の持参する木札の枚数に応じて、漬物や揚げ、天ぷらなどを添える案に落ち着き、札も十枚札、百枚札と、節目で一枚にまとめられる別札を作ることになった。

「して、その木札はどのように調達します?」

「そんなものは俺が作る」

 土方先生はこれという物をたちどころに作る特技がある。彼が"作る"というのだから、きっと贋作できないような工夫をして拵えるのだろう。


 常連客が、一目でわかるというのは予想以上に便利だった。

 常連も自分が常連だという意識があるから、特別扱いされることを期待する。上がり座敷に木札が広がっていれば、彼らへの融通も利かせやすいし、応対するのが新加入した平隊士で面識がなくても、注文時にたちどころに分かる。

 土方先生もよくしたもので、素うどんは白、きつねうどんは赤など、色分けした木札を用意するため、木札の色がいくつも同じ場合は注文を取るまでもなくお客が所望しているものが分かり、なおさら配膳は円滑になった。

 なお、木札には穴が開いており、紐で結わえてまとめられるようになっていた。

 中には十枚目で十枚札にまとめず、三十枚も四十枚もジャラジャラと首から提げてくる人もいる。こういう人は「うどん処新鮮組」の、生きた広告塔にもなってくれるわけだ。

「ご盛況だねぇ」

 ジャラジャラの人が会計の時、店内を見回して言う。確かに千客万来状態だ。当時すでに京でのちょっとした名所となっていた。

「はい、おかげさまで」

「うめえからな。打ってる奴は相当腰の据わっているンだろう」

「そりゃぁもう」

 お客もまさか新撰組の副長自ら腕を奮っているとは思わない。まぁ知ったとしても、新撰組の名が京に鳴り響くのはもっと後だから、"新撰組副長"といっても火消し団のまとめ役くらいにしか思われないだろうけど。

「今度手が空いたら一度面を拝ませてくれと伝えといてくんな」

「今呼びましょうか?」

「ああ、いい、いい。こんな客が入ってる時に悪いでな」

「はい、では伝えておきます」

 決して高価そうではない浴衣のような木綿のぺらぺらを着流しているが、どこかそれが粋な遊び人風体の男。たまに「丁半で勝ったから」と小遣いを握らせてくれる彼は、気軽に声をかけてくれるのがちょっとうれしくなる常連さんとなった。

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