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第二十三話 前夜を生きる男たち

 そしてついに、監察方による具体的な日程が持ち込まれた。

「六月五日。長州一派、会合の動きあり」

 島田さんという、巨漢の隊士の報告だった。

「場所はわからんのか」

 近藤先生が思わず口にしたように、具体的とはいえ、日にちだけだ。長州一派と言っても実際は土州、作州、肥州、播州、因州などの西国浪士たちが集まるので、長州藩邸ということはありえない。

 腕組みをして座っている近藤先生は京の見取り図に視線を落として呟いた。

「丹虎ではないか?」

 丹虎とは鴨川の少し手前、木屋町通にある料亭で、長州、土州など、西国の士が馴染みとしているところだ。連判状に記載されていた人数が集まるのであれば適当な場所である。

 が、

「確たる証拠が出るまでは一つ所に設定するのはやめたほうがいい」

 と土方先生。会津藩に援軍を要請し、共同で洛中に散らばり、情報を集めるしかない。

「憂慮すべきはこの男……」

 連判状の一つに指を差す土方先生。その先には達筆で、桂小五郎と書いてある。

「神道無念流の免許らしい。竹刀剣術では江戸随一だそうだ」

 二番隊隊長、永倉さんの情報だ。永倉さんは古くから試衛館道場にいたけど、実は天然理心流じゃなくて、神道無念流という別の流派の免許を持っている。つまり桂小五郎とは同門なので、よく知っているらしい。

「そしてこれだ」

 土方先生がまた、別の名を指差す。市村左門。

「腕は達つのか」

「恐らくこの中ではもっとも危険だ」

「流派は」

「わからん。が、この男が現れたら少なくともあんたか俺……」

 他、新撰組の剣の天才たちの名を挙げて、

「……が、当たらねば、巻き返される恐れがある」

「総司は?」

 近藤先生は当然の疑問を口にした。今の"天才たち"の名に、沖田先生の名がなかったのだ。

 土方先生、しばし沈黙の上、静かに言い放つ。

「奴はこたびの件、留守を任せたい」

「そうか……そうだな……」

 納得する近藤先生。僕も、隣で唇を噛み締めた。

 沖田先生は懸念の通り、労咳だった。それもすでにかなり進行している。まだ幹部の数名しか知らない。自分からは誰にも相談しなかった沖田先生はやはりすごいけど、正念場で万が一があってはならない。

 それだけ、両先生は沖田先生のことを大事に思っている。試衛館道場時代からの仲間は多かれど、この三人の絆は特別だった。


 しかし、その決定を沖田先生は許さなかった。

「土方さん!!!!!」

 翌日、屯所を出て新鮮組に向かおうとする土方先生の胸倉を掴まん勢いで突っかかった沖田先生の表情を、僕は、以後もずっと忘れることができない。

「なんで僕を外すんですか!!!」

 この先生が本気で怒ることなんてあっただろうか。血走った目をカッと開けて、眉をこわばらせる先生を、少なくとも僕は今まで……そして二度と……見ることはなかった。

 突き上げるような沖田先生の気組を受け止めながら、土方先生は静かに言った。

「無理をするな総司。お前に大事があってはこっちが困る」

「いやだ!!」

 子供のように感情をむき出しにする沖田先生。

「僕は二人についていく!! 置いてかないでください!!」

「置いていくわけじゃない」

「こたびの討ち入りに、隊士の数は足りていないはず! 一番隊隊長の僕が行かなくて誰が行くんですか!!」

「しかし、お前は労咳……」

「討ち入りで土方さんがやられたら労咳関係なく死ぬじゃないですか! 死を覚悟する意味では労咳も討ち入りも同じこと! 行かせてください!!」

「俺が討ち入りなんぞで死ぬと思うか?」

「僕が労咳なんぞで死ぬと思いますか!?」

「いうことを聞け!!」

「もしつれてってくれないなら一生恨みます! もううどん屋も手伝いません!!」

 僕は、鴨川で笑っていた日の沖田先生を思い出した。

 ……僕は人を斬るしかとりえがない。だからその部分で役立たずにはなりたくない。あのすごい先生たちに、僕はせめて剣の力で最後までついていきたいんだ。

 沖田先生の必死の形相にその言葉が重なって、僕は胸が締め付けられたようになる。

「土方先生……」

 僕は思わず声をかけてしまったが、先生は振り向こうともしない。

 うん、わかってる。僕が入り込む余地なんてない。僕はただ、二人がにらみ合っているのを、隣で見ているしかないんだ。

「俺はな……」

 沖田先生よりも少し背の高い土方先生が、微動だにせず語調だけは緩めた。

「お前を労咳なんかで失いたくはないんだよ。今ならまだ間に合う。だからゆっくり養生しろ。ゆくゆくは、より大きな仕事をお前に任せたいんだ」

「聞けば天下に鳴り響く剣の達人もいるそうじゃないですか。その人たちに仲間が一人斬られるたび、僕は出動しなかったことを後悔するでしょう。それがもし近藤先生や土方先生なら、僕はその場で腹を割りたい気分になるに違いない」

「俺たちよりも強いつもりか」

「強い弱いではなく、両先生の前に立って剣を振るのが僕の役目なんです。僕がやられて、土方先生がやられてしまうならまだ納得がいく。でも両先生がやられた時、僕が屯所で指をくわえて待っていたとあらば、これはもう、七度生き返っても忘れられない後悔になりましょう。僕は武士なんだ。勤めを……士道をまっとうさせてください!!」

「……」

長い沈黙だった。でも、僕は、仏頂面を決め込む土方先生の断腸の苦悩が分かった気がした。

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