第二十一話 尋問
四条大橋、桝屋喜右衛門の正体が割れた。
「野郎……とんでもねぇ狸だな……」
本名は古高俊太郎。長州藩士だ。桝屋という薪炭屋の顔はかりそめであり、その実は新撰組を闇へ葬ろうとする大悪人である。
「歳。すぐ出動しよう」
逸る近藤先生。しかし土方先生はにべもない。
「俺は今からうどんの仕込だ」
「むぅ……」
土方先生にとっては、大事なのはやはり新鮮組の方なんだろう。類まれなる戦術家で、恐ろしく剣が達つといっても、アノヒトの本懐はそこにはないらしい。
いやどうなんだろう。本当のところは分からない。アノヒトはいつも僕の想像を超えているし、聞いても何も答えてはくれない。自分のこととなると、貝のように心を閉ざして語らない人だ。
なのでとりあえず、いつもと同じくうどんを打っている土方先生はおいて、僕は近藤先生以下数名の隊士と共に準備を行う。
そして程なく、桝屋を囲んだ僕ら。もっとも、あくまで喜右衛門……もとい、古高の逃げ道を塞いだだけのこと。実際に桝屋に飛び込んだのは近藤先生自らであった。僕?もちろん同行するさ。
無造作に部屋を横切り、草履を脱がぬまま、座敷で飯を食う古高の脇に立ちはだかる。
「京都守護職会津中将御預新撰組だ。御用改めである。屯営までご同道願おう」
「……ずいぶんと不躾ですな」
古高、まったく動じる様子もなく飯を食っている。
「一体何事でしょうか」
「浮浪の者を雇い入れ、新撰組隊士を無差別に襲わせている件だ」
「なんのことやら……」
「まずはご同道いただこう」
「承知しました。逃げはいたしませぬゆえ、膳を下げるまでお待ちいただけませぬか」
飯を食うのをやめない古高の表情は、先生が部屋の襖を開けた時となんらかわらない。さすが長年狸を演じていただけあって筋金が通っている。切り抜ける自信の表れかもしれない。
あるいは、新撰組をぽっと出の役所組織のような生ぬるい集団と勘違いしているのかもしれなかった。
古高の取調べの凄惨さは想像を絶したものだった。
ご飯食べている人もいるだろうから詳細はご想像にお任せするけど、近藤先生直々の吟味(取調べ)は筆舌に尽くしがたいものとなっている。
理由は二つ。
一つはもちろん仲間の仇であるため。これは言うまでもない。
問題はもう一つの理由だ。監察方が桝屋の捜索を行ったところ、見も毛もよだつような代物が次々と出てきたのである。
一言でいえば、桝屋は、薪炭屋なんかじゃない。彼の実家はまるで武器庫だった。
出てくるわ出てくるわ……鉄砲から、具足から、槍、弓、火薬に木砲まで、これらがすべて不逞浪士の下へ渡ったら、洛中は立派に戦場になるだろう。
それを裏付ける数多くの加盟者たちの連判状までが発見された。
これは只事ではなく、ひょっとすれば新撰組が現在、主に追っている京都焼き討ちの噂と何らかの関わりがあるんじゃないかってことで、古高は死を覚悟させても、白状を促さなければならなくなった。……という次第。
しかしそれら証拠品の数々を挙げて取り調べても、狸である古高は頑として口を割らない。
数日後、困り果てた近藤先生が土方先生を訪ねてくると、彼は硯を手元に置いて、なにやら書き物をしていた。
「歌を詠んでいるのか」
「まぁな」
そう、実は土方先生の隠れ趣味に歌を詠むというものがある。
ヘタに広めたら絶対に殺されるから僕からは誰にも言わないけど、この強面の先生が歌をたしなむというのは、言ってみれば矢久勝基が小説を描くというほどに意外……いやいや、わかりづらいか……任侠の親分がお花畑で四葉の車軸草を見つけて喜んでいるくらいの威力がある。
……しかも、ものすごいヘタなんだ。
どれくらいヘタって、歌を解さない僕でもわかるくらいヘタ。
「どれ、見せてみろ」
「人に言うなよ?」
近藤先生が覗き込む拍子に、僕もちょっとだけ視線を預けてみれば、
春が来る 夏を越えたら 秋が来て 冬の寒さを 春が消すらむ
暖かい 日差しを浴びて 土筆が生える 伸び往く様が うどんの如く
「……」
思わず「……」と叫ぶ僕の隣で近藤先生は大きくうなずく。
「うむ。いいんじゃないか?」
たぶん、コノヒトも歌の心などは微塵も持ち合わせていないのだろう。人は見かけによらないとは言うものの、多分近藤先生の場合は人は見かけによる。
「それよりも歳。古高が口を割らん。知恵を貸してはくれまいか」
「ふむ……」
歌を褒められやや上機嫌にも思える土方先生は腕を組んだ。その悠長さに、近藤さんの気持ちが急く。
「前のようにうどんをすする音と匂いでどうにかなるか」
「無駄だ」
腕を組んだまま言う。
「あの時は同じ立場の者どもが複数いたから疑心暗鬼を生んだのだ。今回は古高一人……通用すまい」
「ではどうする?」
土方先生はしばらく思案。……そしてなぜか僕のほうをじっと見て、何かをひらめいたらしい。
「俺に任せてもらおう」
「心強い」
土方先生、前掛けを取り出して部屋を出て行った。厨房に行くのか?
前川屋敷東の蔵。
……つまり屯所の離れに古高は監禁され、尋問を受けている。
宵の口をすぎて空に瞬いている星の輝きはこの蔵には届かない。行灯を持ち込んで薄赤く揺らめく部屋の真ん中に、拘束された古高の傷ついた姿があった。
土方先生が一杯のどんぶりを両手に持って、彼の前に現れる。自然と僕も合流していた。
「なかなか強情らしいな」
「何度聞かれても……知らぬことを吐くことはできませぬ」
「まずはこれを食してもらおう」
「こ! これは!!!」
叫んだのは古高じゃない。僕だ。
……忘れもしない。それは『食べたら無賃』の、最凶激辛地獄の釜うどんだった。あまりの辛さに僕の場合は一撃で魂が飛び出した。
「さあ食せ」
「こ……この赤さは、何でございますか……!?」
弱っていたにもかかわらず慌てる古高。汁は血の池地獄のような赤銅色である。その質問は無理もない。
「うまみ成分だ」
「ぜ、絶対に嘘でございましょう!?」
「嘘かどうかは食えば分かる。それとも何かを思い出したか?」
「……」
ごくり……ツバというか虫唾というか……何かよく分からないものを飲み込んだと思われる古高の目がうどんから離れない。
「失礼ですが、辛いものは得意ですか?」
思わず僕が聞いてしまうと、表情を硬くしたまま、古高は答えた。
「に……苦手でございます」
じゃあ死ぬだろう。いや、死ぬよりもよっぽど苦しむことになる。
そのとなりでは真っ赤に煮えたぎった地獄が湯気を上げて待っている。気のせいか湯気さえ赤く見える。
「ご堪忍を……」
「いいから食え!!」
うどんを箸で一掴みした先生は、動けない古高の口へ一息にねじ込んだ。
……この時の悲鳴が、四条通の向こうまで届いたというから驚きだ。




