第二話 うどん処
「何をボーっとしてやがる。手伝え」
唖然としているのは僕のほかに、剣の天才沖田先生。現代を生きる前田慶次の左之助さん。
「いよいよ新鮮組の出陣さ」
「うどん処……?」
怪訝そうな左之助さんの表情。さかさまから読めば別の意味なんじゃないかと身体を横向きにしたりしてるけど。
暖簾になんのカラクリもないことを土方先生は眉一つ動かさずに言い切った。
「ああ、まずはうどんからだ」
どうやら土方先生としては、もっと総合的な商店にするつもりだったらしい。ところが、(当たり前だけど)誰も具材を手配しないものだから、仕込までに揃ったものはうどん粉とカツオしかなかったようで。
沖田先生が笑う。
「アハハ、土方さん、うどんなんて打てるんですか?」
「お前には打ったことがなかったな」
思えば、多摩はうどん作りが盛んだ。理由は地質の関係で米よりも小麦ができやすいためで、多摩の百姓は祝い事にうどんを打つ習慣がある。
しかしだ、しかし。土方先生がうどんを打ってるのは見たことがない。そして、それはどうやら隣で目を輝かせている沖田先生に至ってもそうらしく、
「わぁぁ、食べてみたいなぁ、土方さんのうどん」
「お前らの分はもう用意してある」
「え?」
土方先生、僕たちを暖簾の奥へと誘う。沖田先生は中の造りの本格さに「うわぁぁ」と小さな声を上げていた。
広い室内には整然と並べられた上がり座敷の畳。それが敷き詰められてはおらず、一畳の大きさで浮島のようにぼこぼこと置かれていて、土間があみだくじのように迷路状になっている。
「こうしておけば、胡座で食いたい奴は座敷に上がればいいし、面倒な奴は足を投げ出せば草鞋のまま食えるだろう」
当時はテーブルや椅子なんて存在しない。多人数で膝をつき合わせて一緒に食べるって風習もないから、一席にいいとこ二人しか座れない状況が庶民の外食の様式に合致している。
「歳さんはこういうとこ無駄に頭がいいよなぁ」
感心する左之助さん。その隣で沖田先生が首をかしげた。
「でも、よく銭がありましたねぇ」
「会津中将から頂いただろう」
「え!? あの二百両ですか!?」
「ああ」
土方先生は事もなげにうなずいたが、沖田先生は慌てた。
「だってあれ、新撰組の運転資金ですよ」
「だから、新鮮組を運転するために使ったんだろうが」
……勘違いが、「しんせんぐみ」の音が一緒なために伝わらない。
「それより麺が延びるから早く食え」
と、怖い顔で厨房に皆を引っ張っていく土方先生。あの時のカツオダシのいい匂いは、今も忘れられない。
そして問題のうどん。
もりうどんだ。温かい出汁につけていただくのだが、そんなことよりも……。
皆、言葉を失っていた。いや、失っていたというより、一言も発さずに皆がすべてを食べきった。
「う……うめぇ……」
つゆまで飲み干した左之助さんが一言漏らしたように、味は決して素人の仕事じゃない。
「絶妙な麺の太さだ。ガッシリしててコシが強いから喉越しに確かな質感を感じるぜ。そしてつゆとのからみ方……こんなに味がしっかりついてくるうどんは食べたことがねぇ!」
土方先生を映す左之助さんの目が、まるで歴史の偉人を見るかのような色に変わっている。
「こんな才能が歳さんにあったとは意外だぜ!!」
「俺も、左之助にそんな批評ができるとは意外だったな」
「これ、売れますよ土方さん!」
さっきしきりに首をかしげていた沖田先生も上機嫌だ。
「売れなきゃ困る。俺たちは今日から新鮮組として京に名を轟かせていくんだからな」
土方先生というのは本当になにをやらせても器用な人だ。必要なものはなんでもその辺のもので作ってしまうし、一見困難そうに思える作業も効率よくやってのけてしまう。
「でも、本業の市中見廻りはどうするんです?」
「何を言ってやがる。本業はうどんを打つことだ」
ただ、こうと決めると曲がらない。
新撰組を立ち上げるにあたって、寝食のために間借りしている八木さん宅を改造したわけでもなく、基本的に『新撰組屯所』という看板を掲げただけだから、土方先生は『しんせんぐみ』と聞いて、本気で飲食屋だと思ったようだ。もともと薬の行商だった土方先生だから、商人として京で一旗あげるのも面白い、と、思ったのかもしれない。
さっきの剣術道場と百人一首の話じゃないけど、『剣術道場が無ければ道場を作るのみ!』という一本気に夢を追う近藤先生と、『道場が無いなら他のものを探せばいいじゃない』という現実主義の土方先生の違いだろう。この凸凹な二人は互いを補い合ってとても相性がよかったりする。
さてしかし、問題がある。
『新撰組』を立ち上げるために拝領した二百両を『新鮮組』につぎ込んでしまったのだ。その中には皆のお給料も含まれていたわけで、当然困る。皆困る。
それを何とかしようとしたのが芹沢先生という人だ。
実は清川先生がとち狂った時、京に残ったのは我らが近藤先生とその一派だけではなかった。もう一つが芹沢一派。芹沢先生は神道無念流の達人で、とても問題提起から答えまでが近い人だ。
例を挙げると分かりやすい。
「あれがほしい。だから、あれをもらう(強奪含め)」
「あいつじゃま。だから、アイツ消す(殺人含め)」
……実に欲望に忠実だ。よく言えばとても行動力がある。
今回も、
「金が無い。だから、金をもらいにいく(強奪含め)」
という結論に至ったらしい。
そして、大坂の鴻池という豪商に無理やり資金協力を仰ぎ、これをせしめてきたのである。
このことが隊内でも問題となった。




