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第十七話 妙見寺での死闘

 妙見寺は十条通まで下って鴨川を越えた辺りにある。

 近くに有名な千本鳥居の伏見稲荷があり、参拝道として、飯屋や土産物屋が並んでいる。それら商店の掛け行灯が、うすらうすらと照らす路地を一つ入って、めっぽう暗くなる場所にその寺はある。

「ここ数日、四ツ(二十二時)に戻る者あり。暗がりのため人相は不明」

 監察方の報告だ。つまりは三須間厳彰かは分からないが、侍が深夜に寺を出入りする様子だけは目撃したということ。頼りないけど、逆に確固たる情報が手に入る方が少ないから、後は接触して確かめるしかない。

 その日は土方先生も沖田先生も羽織を着ずに店と店の隙間の闇に溶けている。なぜか僕もいる。只今五ツ(二十時)。張り込みをしていた者の話では、それらしき姿が寺に消えた形跡はない。

 篭もって出てこないか。あるいは戻ってこないのか。じれる気持ちの間を風が通り過ぎれば、桜の芽吹く季節とはいえ首筋に堪えた。

 沖田先生が咳をする。

「風邪か? 総司」

「これだけ寒きゃ咳も出ますよ」

「そんなに寒いか」

「あぁやだやだ。さすが鬼の副長は、面の皮まで鬼並みでいらっしゃる」

 ……そんな日が、数日続いた。

「勘付かれたか……」

 その日も徒労に終わろうとしている張り込みの幕引きを、土方先生はその言葉で行おうとしていた。

 しかし矢先、不意な影が目の前を通り過ぎる。

「新撰組土方殿とお見受けする」

「……」

 思わず身をかがめるが遅い。影は僕らを中心にして、幾重にもわかれて膨らんでいた。いつの間にこれほどの数が埋伏していたのか。

 答えも出ぬ間に闇の中でいくつものはばきが鳴る。遅ればせに現れた提灯持ちの男たちが僕らを照らし、京格子の店の壁を背に、追い詰められていることが瞭然となった。

「どうします?」

 しかし落ち着いている沖田先生の声。

「逃げるさ」

「平五郎が逃げられるかなぁ……」

「大丈夫だ。コイツも天然理心流の立派な門弟だからな」

 ……無責任なことを言う。

 しかし僕もそれにケチはつけられない。先生の言ったとおり、僕も道場での厳しい鍛錬に耐えてきたんだ。先生方にあこがれて京までついてきてしまった時点で、覚悟を決めるべきところであった。

 蝋燭の光が頼りなく戦場を照らしている。両先生、身をかがめ鯉口に手をやりつつもまだ刀を抜いていない。

 敵は幾人か。影にまぎれてよくわからない中で、一つが動いた。

 タンッと地を踏み込む音と共に上段から振り下ろされる真っ向が沖田先生を襲う。

 が、次の瞬間顎を跳ね上げられたのはその侍の方だった。沖田先生は右足を極端に前に踏み込み前傾すると腰から鞘ごと抜いて突き出し、柄頭で顎を砕いたのである。

 そのまま鞘を引けば淡い提灯の光を反射して、ギラリと刀身が現れる。

 加州清光。それほどの業物ではないが、この二尺三寸三分の刀はすでに数え切れないほどの血を吸っていた。

 それから刹那の間もないうちに二人斃れた。何をやったのか、目の前の僕にも分からないほどの手の速さだ。

 しかし、数に物を言わせ次々と覆いかぶさってくる闇の者たち。ある意味勇敢だが、彼らの決死の突撃も、沖田先生の腰が一尺動くたびに、まるで布であるかのように柔らかく軽快に翻る加州清光の一撃を受け、次々に撃ち落とされてしまう。

 その手並みに恐れをなしたか、後続が土方先生の方へと向かった。が、こちらもこちらで鬼であることに、彼らはすぐに気付かされることになる。

 先生の得物、和泉守兼定は二尺八寸もある。物干し竿と呼ばれた巖流様(佐々木小次郎)の刀、備前長船が三尺余というから、それとほとんどかわらない長さを誇る。

 しかし恐るべきは長さではない。その長くて重い刀を片手で振り回しても人を真っ二つにできる、先生の怪力だ。

 ……ぴんとこないかもしれないけど、片手で人を両断するというのは、片手で人の首をへし折るくらい難しい。それを、土方先生は平然とやってのけるのだ。特別腕が太いわけでもないのに、なんだろね、あの剛剣は……。

 敵にしてみればそれが、自分たちよりもはるかに遠い間合いから飛び込んでくるのである。驚愕の表情がそのまま死化粧と化す恐怖に、皆、声も出ない。

 たちまち形成される血の池地獄。手の届くところから人が消えれば、先生はさらに血を跳ねて更なる獲物に喰らいつく。その姿は正に鬼神の如しだ。

 僕?……とりあえず刀は正眼に構えているが、誰も存在に気付いてくれない。でも、ヘタに手を出せば先生たちの邪魔になるのも分かっているから、誰かが突っかかってくるまではこのままでいようと思う。


 さて圧倒的だ。

 しかしそうはいっても数の差は歴然としているし、完全に包囲されている今の状態では右を斬れば左が空く。大きな怪我をしないうちにここを引くという方針は、さっきの「逃げるさ」で固まっていた。

 両先生の電光石火の活躍により、包囲円の一角がいびつにゆがむ。すると申し合わせたように土方先生は、沖田先生の背中で長く刀を突き出し、睨みを利かせて後詰めの者たちの針路を阻んだ。

 その一瞬の間で沖田先生は薄くなった包囲網の一角へ踏み込んで二人斬り、活路をこじ開ける。

「走れ!」

 土方先生の声が辻に舞い、僕らは必死で鴨川へ向かって駆けた。

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