第十二話 京都守護職の御事情伺い
佐々木殿をうどん屋から追い返した件について、京都守護職屋敷への出頭要請があった。
「まずいことになったな。歳よ」
呼ばれたのは局長の近藤先生、副長の土方先生。出頭の理由が、新撰組の進退について触れてあるところに、近藤先生は半ばうろたえていた。
「とにかく歳は黙っておれ。ここは俺が誠心誠意をもって事に当たる」
土方先生は終始、むっつり黙ったままだ。
京都守護職は天子様のおわす御所の東側、黒谷にある光明寺に本陣が置かれている。
もともと西国の不穏な動きに対しての防波堤の役目で京都所司代というものが置かれていたが、京都の治安が極度に悪化し、すでに形骸化していた所司代では手に負えなくなったために、急遽新設された京都の治安組織だ。地位についているのはすでに何度も名前の登場している会津中将松平容保様。会津中将の名のとおり、岩代、会津藩の大殿様だ。
もともとは温厚で名の知られる仁君なのだが、今は新撰組、京都見廻組という、有無を言わさぬ剣客集団を従える徹底的な強硬派である。
なぜかといえば、下手に出たら尊攘派がつけ上がったから。いくら話し合いの席を持とうとしても、愚連隊と化した尊攘派はその行為を嘲るように京で横暴を繰り返したため、とうとう会津中将の逆鱗に触れた結果となった。
いくら温厚だからって象みたいな存在をからかい続けちゃいけないんだよって話。いつの時代にもこんな話はあるんだね。
ちなみに、当時の僕は象を知らないけど、明治の世になって開園した上野の動物園で見た。でかかった。
広い座敷に両先生は通された。僕もいるんだけど、誰にも頓着されない存在感の薄さ。
しばらくして奥の間より出ていらしたのは会津藩士、外島機兵衛殿だ。
「ご足労であった」
出てくるなり慇懃に頭を下げる外島殿は両先生に対座する。
「御用向きは存じておろうな」
「見廻組よりの通報にて、新撰組に不逞の嫌疑あり……ですな」
近藤先生、出頭理由をなぞる。外島殿は「うむ」とうなずき、
「彼らは君らが御用を妨害し、人別外の者を匿ったとしている。事情を伺いたい」
「誠に申し訳なく!!」
外島殿の声を打ち消すような近藤先生の声が……ひょっとしたら屋敷の外まで響いたんじゃないだろうか。
驚いて近藤先生のほうを見てみれば、広い額が畳を割って、もぐりそうなほど深く沈んでいた。
「申し開きもございません! ただ、情状酌量がございますれば、我等はまだ道理の分からぬ田舎者ゆえ……」
以下、弁明という名の平謝りが続く。が、隣の土方先生は一向に頭を下げる気配がない。
そのあまりの対照的な姿に外島殿は近藤先生を制して土方先生のほうを向いた。
「土方君、近藤先生の弁に異存でもあるのか」
土方先生はむっつり黙ったまま目をつむっていたが、やがて、
「恐れながら、伺いたいことがあります」
と言った。
近藤先生の「コラ! 歳!!」を打ち消しながら、少し驚いた顔をした外島殿に向けて、先生は「例えば……」と切り出す。
「……会津の御本陣に賊が逃げ込んだとして、他藩の要人が本丸内の探索を申し出たら、何とされますか」
「うむ……?」
「よもや、お認めになりますまい」
土方先生、微動だにしない。
「それは何故か。……他藩が、会津藩と同格であるが故でしょう。将軍家直々のお達しならいざ知らず、同格である藩に城を踏みにじられるなど、到底看過できぬ。……左様ではございませぬか?」
「……」
……土方先生はさらに"同格"について、伺いを立てた。
「ことに、見廻組は新鮮組に対して格上でしょうか」
「いや……」
外島殿は頭をふった。実際に格の違いなどを考えたことはなかったかもしれないし、気圧されたのやもしれない。ここで新撰組のへそを曲げさせるのを賢しとしない向きもあったのかもしれない。
いずれにせよ、二つの組織は同格であるということを外島殿は認めた。
「されば、この件に関しては見廻組の言い分の方が横暴かと存じますが如何?」
「うむ……」
「不肖、新鮮組は士道を何よりも重んずる隊でございます。たとえ新鮮組邸内に賊が入り込もうとも、探索すべきは新鮮組であり、見廻組ではない」
「……」
外島殿、何も言い返せない。
「近藤さん。あんたは新鮮組の局長なんだ。おいそれと頭を床にこすり付けられては困る」
帰路、土方先生が声を上げたのは光明寺が見えなくなるのと同時だった。
「しかしああいう時はだな。"誠"の文字を尽くさねばならぬ」
「俺ぁあんたのそういうところは嫌いじゃないがね」
誠実……必要だ。俺もそう思っているから隊旗に"誠"を掲げたわけだし、そういう人間だからこそ信用ができる。……先生はそんなことを、しばらく近藤先生の目を見ることによって伝えていた。
「だけど、今日ばかりは近藤さんのやり口では取り潰しは免れなかったと思うぜ」
「原因は誰にあると思っている」
「強いて言えば新鮮組を軽んじている佐々木只三郎」
「違いない。だがもともとあちらは直参だ」
「そういう意識を捨ててもらおう」
本当に嫌そうな顔をする土方先生。
「豊国大明神(豊臣秀吉)は最下層の出自ながら天下にまで登りつめた。その際、かかる卑屈な気持ちのままでは到底おぼつかなかっただろう。あんたももはや単なる町道場の主ではない。新鮮組を城のように思い、他の武士どもと対等に渡り合ってもらわねばならぬ」
武士としての誇りを守りぬくために死を賭して戦う……今誇るべきは新鮮組という存在であり、それを貫くことこそが士道である。例え相手が直参だろうが、殿様だろうが、自分の置かれている立場を貶める様な卑屈は困る。
「わかった」
近藤先生はその剣幕に圧された。
そのまま、無言になる二人。四条通に入り、間もなく屯所が見えてくる。
「しかし……」
壬生菜を漬ける匂いが薫った時、土方先生は呟いた。
「佐々木に言われて初めて知ったが……新鮮組はいつ市中警護など始めたのだ」
「やはり知らなかったのか!」
「先生も知らないことを知らなかったんですか!!!」
……近藤先生のすっ転びそうな驚きにも、ついでに驚かされる僕だった。




