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少年の道

『…………お前だけでも逃げろ』

『…………ッッ!! そんなことッ!!』

『あれはっ……駄目だっ……強すぎる……っ!!』




『なんで逃げた……?』

『…………』

『なぁなんでお前は生きてるんだよ!! どうしてこんなところにいるんだよ!!』

『…………っ』




『誇りはないのか。意思はないのか。貴様など戦士の片隅にもない。死に場の失った戦士など化け物風情に等しいぞ』

『…………』








『そこで、散れ』

『はい』

『俺くらいは、貴様の最後を見届けよう』



 恥などとうに捨てていた。

 仲間達の悲鳴が、恨み言が日々脳内で反響する。

 戦場に背を向けたあの日から、選択肢など選ぶつもりもない。

 だからここにいるという訳でもないけれど。

 だけどどこかで道を外したような気はしていた。

 それでもそれで良かった。














 ぺちぺち。

 と冷たいものが何やら顔に当たっている。

 徐々に深い場所へあった意識が浮上していく。


「……ガク?」


 目を覚ましてみると、最近ようやく見慣れた酒場がそこにあった。

 木造の床にテーブル。加工された石を塗装し作られたカウンター。

 それとむせかえるように匂ってくる強烈なアルコール臭。店内の端には、乱雑に貼られた依頼表達が手荒く破かれている。


「大丈夫ですか?」


 すると視線の先へ、唐突に少女の顔がずいっと割り込んできた。

 白い髪をふわりと揺らし、視界が埋まるほど顔を近くに寄せてくる。

 そしてこちらの瞳を、その黒い目でまじまじと覗き込んできた。


「…………っ!! あぁ、大丈夫だから」

「本当ですか?」


 少女は無表情のままに首を傾げて、疑問気でいることを表現してくる。

 彼女の動きと共に髪が揺れ、花と石鹸のように甘い匂いがふわふわと漂ってくる。


「あ、ああ。俺は嘘なんてつかないよ」

「そうですか。しかし口元から過度のアルコール臭がします……」

「っ!! そ…………そうかな!?」


 すんすんと鼻を鳴らせて、顔を近づけて無表情にこちらを見つめてくる。

 いろいろ不味い状況だった。

 いや本当に不味い。いろいろと。


 彼女は身体を押し付けるように寄せてきて、さらに濃く甘い匂いが押し付けられるように漂ってくる。

 その中で、黒い瞳は時折瞬きを挟むも、ピクリとも揺れない。

 不味い。いやまだ大丈夫。


「ガク。私は軽々しい嘘で約束が破られたことに私は酷く胸を痛めようとしています」

「い、いやいやハハハ。全然約束は守ってるよ?」

「では、現状の説明を願います」

「……えー……ぉお。ああ、えっと……」


 とりあえず辺りを見渡す。

 酒臭い酒場。ごちゃごちゃで整列していないテーブル達。倒れたり遠くに飛ばされたりしている椅子達。食い散らかされ汚れた食器、ナイフ、フォーク。

 それと空き瓶、空きジョッキ、アルコール臭、汗、男臭、アルコール臭、アルコール臭。


「あぁ~~っ…………わ、わ、分からない。気付いたら床で眠っていた」

「そうですか。では彼らは?」


 そう彼女が指差す方を見る。

 まあそうだよな。

 今までなるべく見ないようにしていた部分を説明するように言われている。


 そちらには全裸でひっくり返り、床で大いびきをかいて眠るむさ苦しい男達が居た。

 硬質な筋肉に覆われた屈強な肉体を放り出し、秘部をさらけ出し、足をぽーんと投げ出して、何にも縛られることなく眠っている。


 それに彼女の指差したほうだけでない。

 他のいたるところにも、暑苦しそうな体躯の男達が全裸で自由に眠っている。それはテーブルの上だったり、石造りのカウンターの上だったり、柱に抱き着いていたり、階段の下で丸まっていたり。

 マジで何してるんだアイツらは。

 常識というか知性というものを欠片も感じない。


「…………さあ? そういう趣味なんじゃないか?」

「なるほど。ガクもそういった趣味趣向をお持ちで?」

「……?」


 そこで違和感に気付き自分の恰好を見る。

 全裸であった。

 丸出しであった。


「…………いや、そういう趣味はないけど」

「ではどうして服を着ていないのですか?」

「……んー、なんでだろ?」

「なんででしょうね?」

「ハハハッ、ティーネはなんでだと思う?」

「ガク、記憶のままをあったことを明瞭に述べてくれますか?」

「はい……」


 無表情のままに、瞳の奥まで覗くようにずっとこちらを見てくる。

 姿勢を正座にして背筋を伸ばす。


「私はガクへ、以前お酒の量に制限を設けた記憶があります。それは既に一度ガクは失敗を犯しているからです。そして二度と過ちを犯さないため、約束は絶対に守るとガクは約束した記憶があります。ガクは覚えていますか?」

「……はい、覚えています」

「では何故服を着ていないのですか?」

「………………ゥぐぅ」


 もはや隠すべきとかそういったことも思わない。

 恥ずべきとかそういったことも思わない。


 俺は元から全裸で生きているよ?

 え? なんで服って着る必要があるの?

 そんな風に、むしろ晴れ晴れしく清々しいくらいに理性が抵抗をしない。


「……おそらく、服が勝手に脱げたんじゃないか?」

「ガク、心配は要りません。私は、個人の趣味趣向にて人を判断すべきでないことを、深く理解していますから。そういう意図であれば、そういった欲が自身にあったと正直に述べてくれると助かります」

「…………」


 どこで彼女は含蓄のある言い回しなど覚えたのだろうか。

 出会った時はもっと純粋で純粋なくらいだったのに。

 誰だ悪い事を教えた奴は。

 彼女に汚れた世界を見せるんじゃない。


「あと、少しは隠そうとしてください。それが常識です」

「はい」


 すっ、と股間に手を置いて隠す。


「…………仕方ありません、まずは服を着てから話をしましょうか。それでガクの服はどこに?」

「分かりません」

「服が逃げ出したのですかね?」

「ですね。それしかありえません」


 ぺちり。

 と、頬を冷たい両手で挟まれる。

 それから、ぐぐいと力がこめられて口がタコ型になる。


「明瞭に。明確に。誠実に。正確に。誤解なく事実のみ。ハッキリとした言葉でお願いできますか?」

「はい」

「服はどこへ?」

「酔った勢いで脱ぎ捨てたので、どこへ行ったか分かりません」

「そうですか。では探しましょう」


 彼女はそういうと立ち上がり、全裸の男共を跨いで避けながら辺りを見渡し始める。

 すごいな、俺でもなんか汚らわしくて躊躇するのに。

 逞しいことこの上ない。


 いつの間にあんなに成長して。

 ティーネちゃんの成長にガクくんもう心打たれまくり。

 もう手で股間を隠しながら正座で感動しちゃう。誰しも成長するんだなあ、嬉しい反面寂しいなあ。こうやって皆どこかへ飛び立つんだなぁ。

 感傷に浸り過ぎて、オンオンと目から悲しみのダイヤモンドが流れてしまいそうだ。


「ガクも探してください」

「はい」



 無言で立ちあがって、男共を蹴り飛ばしながら服を探した。

 下からうぐぅ、とかげふぅとか声が聞こえるが無視していく。

 すると何やらパンツが落ちていたので被っておく。ひとまずこれで安心だ。


「ガク、もしかしてまだ酔ってますか」

「お酒なんて一滴も飲んでません」

「酔ってますね」











 恥などとうに捨てていた。

 戦場にて死に場の失った亡霊紛いに、選ぶ選択肢などない。


 それが如何なる間違いだと知ろうとも、それこそが俺にとって唯一の正道であった。

 気付けば服が脱げていた。

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