掃除
「今日からお前がここの領主だ」
そういってドデカイ王国の王様が地図を杖で強打した。その勢いで杖は折れたため、実際どこが自分の領土なのかはその時はわからなかったが、地図をもらって数日かけてやってきたのは国の北に位置する小さい村だった。
村よりも少し高い位置にある領主の館にくるまでに、村を観察してみたが、あまり男手はない。女性や老人が畑を耕していた。
それには理由があった。少し前までドデカイ国の北に存在していたキムジョ国との戦争があったのだ。男たちは戦争に参加を余儀なくされた。戦争は泥沼化して多くの死者が出た。キムジョ国のトップに君臨するデブンは国民を何とも思わない男で、自爆覚悟で特攻を平気でおこなうし、国内の飢餓で死んでいく者たちなど知らんぷりで戦争を執拗に続けた。ドデカイ国は戦争に乗り気ではなかったものの、何度もやってくるキムジョ国を相手にしないわけにはいかなかった。ついにキムジョ国に侵攻して、デブンやその取り巻きを処刑した。侵攻した際にデブンの洗脳を受けたキムジョ国民がゲリラ戦を仕掛けてくるために、ドデカイ国は多くの人々を殺した。自国の領土にしても人がいないという状態になっていた。ドデカイ王は少しずつ人を送り込んで、領土として発展させていこうとした。その領土をうちの一つを賜ったのが私だ。私は自分の村を安定させ、少しでも多くの税を取ることが仕事になるわけだ。
が、私はそんな面倒なことはしたくない。勝手に畑を耕して、勝手に税を納めて、勝手にすくすく子供が育てばいいのだ。そして、私は領主の館でぬくぬくと一生を終えてやるのだ。
自分の館の前に来るまでにそんなことを考えていた。そしていざ、館の前につくとため息が出た。
「ぬくぬくは少しお預けだ」
ひどい館だこれは。扉は半壊している、窓のガラスは粉々で部屋の中にも飛び散っている。蜘蛛の巣は張っているし、最悪だよこれ。
館を出て、村をぐるぐる回りながら、暇そうな人材を集めることにした。やはりおとこは少ない。女は働いている。大きな木の周りで遊んでいる子供に声をかけることにした。
「きみたち、ちょっと掃除を手伝ってくれ」
子供たちはいきなり声をかけられたためか、じっとこっちを見つめている。木の上にいる男の子は太い樹に腕を絡ませながら言った。
「お兄さん誰?」
「今日ここにやってきたこの村の領主だよ。館があんまりな状態なんで掃除を手伝ってほしいんだ」
同じことを二回言うのは好きじゃない。
「ちょっと、姉ちゃんに聞いてくる」
そういうと樹から、とんと降りてくる。結構な高さなのに足を痛めた様子もなく、走っていく。その後ろを四人の子供が追いかける。どうやらあの子がリーダー格のようだ。わたしは彼らが走っていく先を目で追い歩いた。走って体力を使いたくない。追いつくと、畑を耕している娘に子供たちが話しかけている。こちらを見たリーダー格の男の子があの人だというと娘はかしこまった様子で話しかけてきた。
「ようこそいらっしゃいました領主さま。館の掃除ですね。私が子供たちを使って掃除させていただきますわ」
「よし、じゃあ、さっそく始めるから行こう」
「領主様もいっしょになさるんですか」
驚いた様子で娘が言った。
「今日中に終わらせたいんだよ」
「わかりました。ではお願いします」
そういって娘はほうきを子供たちに持たせて、館へ向かう。
娘が子供たちにあなたはどこやれ、これやれといって指令を出すと子供たちはいっせいに取り掛かった。
思った以上にてきぱき動くので、わたしは自分の持ち場を持たないまま掃除しているさまを眺めた。暇そうな私を娘が見ると困惑した表情を浮かべた。自分でやると言ってやってないからだろうな。
「子供たちが思った以上に働くもんだから、しなくてもいいかなって」
私がそういうと、にっこりと笑った娘が言った。
「そういうことでしたら、扉の修繕をなさったらいかかがです。窓はともかく、家の出入り口が開けっ放しはお嫌でしょう。」
「でも道具が」
娘はまた笑って一礼した後、金槌と木の板、ねじを持ってきた。くそったれめ。用意周到な野郎だ。
娘は私にそれを渡してお願いしますと言ってさっと自分の持ち場に戻っていった。
しょうがない、自分の館だし。そう思いながら扉の応急処置をした。金槌なんかを使ったもんだから、腕が痛い。木版のささくれも指にささって痛い。
扉の修繕を終わらせて、一度子供たちの働きぶりをまたみる。働いている。おかしいな。子供なら途中で放り出して箒で打ち合いでもやっているかと思ったこれだ。自分の都合だが一回休憩を挟もう。そう思って子供たちに休憩するように言って回った。
館を出て、村に流れている小川で手や顔を洗う。子供たちも一息ついたようだ。娘がこっちにやってくる。彼女は領主である私にあんまり物怖じしない、というか子供たちもだけど。
「領主さまはお疲れですか」
「久しぶりに金槌なんて握ったし、基本的肉体労働は向かないの」
「じゃあ、領主さまはなにがおできになりますの」
にっこり笑って言った娘の言葉が痛い。なんだかこの娘は笑って何か言うときは、わたしのいたいところをついてくる。
「いろいろできるの、いろいろ」
そういって館へ戻る。子供たちもついてくる。
さて後半戦だ。私も箒でもって、二階の小部屋を掃除する。ここは特に用途なしだけど。なので軽く箒ではいたら終わり。そこが終わると廊下の掃除だ。先に娘がいて、箒ではいている。私が廊下の掃除をすることがわかると、ちらちらこちらを見ながら掃除している。私は目線がうっとおしくなってきたので話しかける。
「この町に来てどれくらいたつの」
娘は元気に答えた。
「半年ぐらいです」
「それは家族で?」
「はい、母と私で。ここに来るように役所の方から言われて」
父親がいないのはやはり戦争で亡くなってしまったからかもしれないな。どんな死に方をしたのか。胸に剣が突き刺さったのか、特攻に巻き込まれた四肢が吹き飛んだのか、死ぬ寸前まで拷問されたのか。かわいそうに。
「ここの村はどう?、過ごしやすい?」
「そうですねー、前いたところと比べたらおんぼろですけど、でもあの人がいなくなっただけましですけど」
「あの人?」
「私の一応父です。飲んだくれで、母に暴力ふるうし、最後は敵前逃亡して、結局殺されたそうです。あとで戦争に出た母の知り合いの人から聞いたんですけどね」
「へえ~、うん」
何がかわいそうにだ。 ろくでなしじゃないか。しかしここまで淡々と話されると怖くなってきたな。
「だから、ここに来れてすっきりしてます。お母さんもよく笑うようになったし、みんないい人ですし。ああ、そういえば村のすぐ横に森があるじゃないですか。あそこにですね、魔物がですねいるらしいんですよ。とはいっても、野犬みたいなもので、やってきたのを村で追いまわしたら、怖がって来なくなったんですよね。前にここにいた人たちが、つまりキムジョ国民ですけど、ずいぶん数を減らしたみたいだし、そんなに怖くはないんだけど」
ちらりとこちらを見た。
「木材を取りに行ったり、夜になると少し心配になっちゃうですよね。どうにかならないかな。心配で仕事の効率が落ちちゃうかも。何でもできちゃう凄い人がいたような」
なるほど、俺にそれをやってこいというわけか。これって俺の仕事なのかな。でも確かに男はあんまりいないしなあ。しょうがないか。
「はいはい、わかった。明日にでもどうにかしてくるから」
「本当ですか、ありがとうございます領主さま」
またにっこり笑っていった。これは無邪気でいってるじゃなくて、もしかしてこの娘は腹黒いのかな。
掃除を続けた。いつの間にか、窓から差し込んでいた、ガラスはなく直接貫通していたが、日がなくなり、辺りは暗くなってきたようだ。腹減ってきたしここまでだな。
子供たちに掃除を切り上げるように声をかけ、館の大きな広間に集める。
しかし、本当に真剣に掃除してくれてたみたいだ。部屋をのぞいてみてもほこりや蜘蛛の巣はしっかりととってあった。褒美に何かやろうと思って、持ってきた布の袋からキャンディを取り出す。子供たちに適当に取らせる。娘はいらないといったが礼だと言って渡した。もしかしたら、もっといいものがほしかったのかもしれないけど、手持ちがこれだしな。
するとさっそく、一人の男の子が口に入れた。すると、うまいと言いながら体を上下に揺さぶったり、落ち着かない様子になってきた。周りがびっくりしていると、体が熱いんだと言っている。
「実はこのキャンディは元気の出るキャンディと言って、実際めちゃくちゃ元気になるんだ。材料はなぜか誰も知らない。城下町の働く人々に大人気。これであなたも、一日中働けます。って売り文句。」
私も口に放り込む。やっぱすごいなこれ。他の子供たちも気になったのか、次々と口に放り込んでいく。娘だけは子供たちとキャンディを交互に目を走らせなている。どうも食べるのを躊躇っているようた。
「よしお前たち、今日はご苦労。いい仕事ぶりだった。このまま全力で家へ走って帰って、親たちに領主さんが来て、とてもいい人でしたとつたえるんだ」
子供たちに大きな声でいって、人差し指をびしっと村の方へさした。
子供たちもうなづくと我先にと館を飛び出ていった。たぶん、体が元気になり過ぎて、ものすごく動きたくなっちゃったんだろうな。大きな音をしたのち館からどたどた走り去っていくのが音で分かった。
娘だけは結局口に入れなかったためか、あっけにとられて子供たちを見送った。
口が開けっ放し、目は大きく開いている。したたか、もとい腹黒娘のこんな表情が見れたのは中々愉快だ。しかしなんだか、俺も走り出したくなってきたぞ。衝動を抑えるために腕をブンブンを振り回す。
「君もそれ食べて、元気に帰宅するんだな」
「はあ、じゃあ失礼します」
娘が大広間から出ていくの見送ろうと玄関の扉を見ると、応急処置した木の板が吹っ飛んでいる。さっきの大きな音は扉を蹴破った音だったのか。なんて強力なけりだ。キャンディのせいでもあるか。と感心していたが、扉の無残な姿に目をやり、はあとため息がでた。
「元気にさせ過ぎたみたいですね」
娘はそう笑って言った後、無残なドアを軽く手で押して出ていった。