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喫茶「のばら」  作者: 冬村蜜柑
第一章
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ミント茶に砂糖(その七)


 静寂である。

 店の中が、妙に静かすぎた。

 それに……客たちは、みな一様に、こちらをみて、目を大きく見開いている。信じられないものを見てしまった、というように。

 気まずい静寂が、店内の、そしてサーディクとウィラータの時間を凍り付かせている。

 

 やがて……常連らしい誰かが、ぽつりと発言した。

「砂糖、五杯……か……」

「紅茶でこれやってたら、店主さんが叩き出してたんじゃないかな……」

「いや、そこまで、は、そこまでは……」

「やりかねませんね」

「えぇ」

「私も同意」

「五杯、かぁ……」

 ――どうやら、自分たちはこの店の重大なルール違反をしてしまったようだ。

 ぼそぼそと、話す常連らしい客たちの言葉をつなぎ合わせると

 砂糖の入れすぎは茶の味を損なうために、多くてもスプーンに3杯まで

 という、暗黙の了解が存在していたようである。

 ……とはいえ、その見えざるルールを理解したはいいが、時すでに遅い。夫婦は、二人合わせて砂糖をスプーン十杯もいれて飲んでしまったのだから。

 

 ……気まずい……

 一体どうすればこの気まずさ満点の空気から抜け出せるか、と思案し始めた時、


「はいはいはーい、ご注文のザッハトルテ2皿にー、ミルフィーユと林檎のタルトタタンに白鳥シュークリームとドライフルーツパウンドケーキとクレームブリュレを一皿ずつー! あとは、こちらの焼き菓子の盛り合わせは当店からのサービスとなりますよー」

 からりと明るく氷をとかす温かい太陽の光のような声が店内に響く。

「南方の砂の多いとこではね、もー、とにかく暑いから、爽やかな風味のミントティーに体を冷やす効果のある砂糖をたーっぷり入れて飲むんだよー。そうすれば身も心も涼しくなれるってわけなのだよー」

「ははは! マレインちゃんは物知りだねぇ!」

「そりゃあ、生まれた場所のー風習ぐらいは、知ってるよー。あぁ、ちなみにだけどねー、北方ではきっついお酒をいれたお茶をねージャムを舐めながら飲むしー、東方の極東列島では豆を甘く味付けしたお菓子をねー砂糖を入れないとっても苦いお茶といっしょにいただくことでねー……」

 大陸のあちこちの風変わりな茶の飲み方を解説しはじめる、小麦色肌の給仕娘(どうも彼女はマレインという名前のようだ)は、客たちに愛嬌を振りまきながら、サーディクとウィラータのいる席の方向へウインクを投げてくる。

 二人を助けてくれた、らしい。

「……本当に気の利く娘さんだね」

「えぇ、それに頭もよくて可愛らしいし。あの娘さんの年齢はうちの末っ子息子と同じぐらいか少し上、かしらね」

「うちの末っ子坊主はどうもふわふわしているばかりでいざとなっても頼りないところがあるから、ああいう娘さんに支えてもらうというのもよさそうだな」

「うちの息子を気にいってもらえなければ、いちばん上の孫も、もうそろそろ十四歳になりますしね」


 そんなことを話し合いながら、夫婦はザッハトルテというケーキを食べる。

 それは、あのマレインという名の娘が言っていた通りで、ケーキ表面のチョコレートの層は、しゃりしゃりとした砂糖の感覚がある。それが口の中で甘くあまくとろけていくのがたまらない。

 すかさず、ミントティーを飲む。

 うっとりするような甘さで、口の中が楽園のようだった。

 他の菓子にも手を付けるが、どれも美味だ。

 きっといい砂糖を、そしていい菓子職人を使っているのだろう。


 ……なぜ、こんな街に、それなりに人口はあるとはいえ、このような海からも離れてよい砂糖や茶葉などなかなか運ばれてきそうにない、こんな場所で、こんな店が存在するのだろう……?


 そう思ったのはウィラータだけではなく、サーディクも同様のようだった。

 そこでさっそく、マレインを呼んで聞いてみる。

「んー、なんでなんでしょうかねぇー、前に聞いたところによるとー、店主はー、ここのお水が、おいしい紅茶を淹れるのにとても適しているとかなんとか、いってましたねー」

「そういえば、ここの水目当てに医者や料理人も訪れるとか聞いたような――」

 そこで、もう一人いる黒髪の給仕が、盆を手に近づいてくる。

「お客さん、お話中のところすみません。うちの店主が、ぜひとも紅茶をのんでもらいたいってことで、お客さんたちにサービスですよ。たくさん注文してもらっちゃったこともありますしね」

 盆の上には、南海の島々でよく見かけたのに似ている文様が色鮮やかにえがかれたカップが二つ。

「店主曰く「うちに来て、紅茶を飲まずに帰らせるわけにもいかないので、ね」とのことでしたよ」

 黒髪の給仕は、夫婦のテーブルにある空になった菓子皿をマレインと一緒に片付けてから、そっと、二つのティーカップを置いた。

「これはどうも」

「ありがとうございます」

 給仕たちに、それとカウンターにいる店主の方向に会釈し礼をいう。


 せっかくの店の好意であるため、夫婦は紅茶には、今度は砂糖をスプーンに1杯だけいれるにとどめておくことにした。


「……うまい、な」

「えぇ、これは……美味しいですね……甘いお菓子にもよく合います……」


 その紅茶を味わいながら、夫婦は明日もこの店に来ようと、決意するのだった。

 もちろん、この店の紅茶に入れる砂糖は一杯で、多くても三杯、というのも心に刻んだ。






 そうして……


 大陸南方でも一、二を争うと言われる豪商の中の豪商タジェル商会の大旦那と大おかみである夫婦は、このサフィロの街への滞在を予定よりも七日も延長することになるのであった。



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