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喫茶「のばら」  作者: 冬村蜜柑
第一章
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雨の記憶に咲く花(その一)

今回はちょっと抉り描写注意です



 ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。


 ユレイファの王族であり国王の軍師であるアルフィ―ゼ・ドラク・ユレイファにも雨粒はふりそそいでいるが、雨粒が体にあたる感覚もなければ、その冷たさもすらも感じられない。


 それで理解した。ああ、なんだまた夢を見ているのか、と。

 


 これはユレイファ王国軍とエリピア王国軍による、合戦のひとつが終わったあとの出来事だ。

 アルフィーゼにとってはあまりにも簡単すぎる戦の展開。

 ただがむしゃらにお馬鹿さんみたく進軍してくるエリピア軍を、罠にかけて」、一網打尽。

 さすがに相手は味方よりもだいぶ数が多いので、あっというまに終わった、というわけにもいかないが、簡単な戦であったことには変わりはない。


 さて、アルフィーゼにとっての本当の戦いはエリピア軍を壊滅させた、そのあとからであった。

 敗走する敵総大将を追い、討ち取るため、部下とともに馬を走らせる。

 さすがに、というべきかそれとも意外にも、というべきか総大将を護る近衛騎士たちはなかなかに士気が高く、忠誠に厚く、実力者がそろっていた。あのようなぶざまな戦で兵士たちを無為に死地に追いやるような、愚物を護らせるにしては勿体ないぐらいに。

 アルフィーゼと優秀な部下たちは、近衛たちをひとり、ふたり、さんにん、と片づけていく。

 近衛騎士隊長と思われるひときわ立派な鎧を身に着けた精悍な男が、矢と魔法弾と石つぶての一斉掃射を受けて、ようやくたおれてそのまま動かなくなると、もうあとは敵総大将を護る者などはいなかった。

 敵総大将の乗っていた、大げさなまでに立派な馬具をつけられた見事な白馬さえも、とっくに泡をふいてたおれていた。どうやら、アルフィーゼの部下が投げた短剣に塗り込められた毒がまわったらしい。

 今回の戦の敵総大将――敵国エリピアの王族のなかでも国家元首に限りなく近く限りなく等しい存在――は、妖精銀で作られている防御効果だけでなく芸術品としての価値もあるだろう華麗な鎧や、あちらの王侯貴族の中でもひとにぎりの者にしか着用を許されないという濃紫のマントや、はるばる大陸東方から運ばれてきたのであろう美しい絹織物であつらえられたサーコートが汚れるのもかまわず、泥水の中を這い回っている。

「……! ……!」

 彼が呼ぶのは、誰かの、どうやら近衛騎士たちの名前のようだ。彼は近衛騎士隊長と思われる男の変わり果てた存在にすがり、涙をこぼしているようだった。

 だが、彼らはもうとっくに旅立っている。

 配下が待っているのだ、上役であるこの男も速やかに旅立つべきだ。


「さぁ、うつしよから旅立つ支度はできているかい、エリピア女王のご亭主」


 アルフィーゼがそう声をかけると、女王の亭主と呼ばれた男は泥水を跳ね上げて、こちらにがむしゃらにまっすぐに愚直に突進してくる。まだそんな体力と精神力が残っていたとは。

「まぁ、支度できていてもいなくても、どのみち旅立ってもらうのだけど」

 まるで、そのつぶやきが魔法を形成する呪文であるかのように、アルフィーゼの背後に昏い光を放つ魔法陣があらわれ、そこから異形の大腕が伸びる。

 これは今回のために、特別に念入りに部下に用意させていた魔法だった。

 現れ出でし異形なる大腕はねじくれた長い指を男の心臓がある場所に向ける。

 それだけでもうおしまいだった。

 男の息の根も、ついでにこのばかばかしい戦も、完全におしまいだった。

 しかしアルフィーゼにはまだまだこの男に用がある。


「持っているはず、こいつなら、今、この時なら、確実に、持っている」

 そう、この男が所持しているはずの品、それをアルフィーゼは必要としていた。いや、渇望していたと言ってもいいだろう。

 アルフィーゼは国王陛下より賜った愛用の武骨な短剣で、いまいましい男の泥にまみれたサーコートを切り裂く。

 妖精銀の鎧も、それはそれは見事な国宝クラスの逸品といえる物なのであろうが、そのような事にかまうことなく留め具や金具の脆い部分を見つけては短剣で壊していく。

「どこだ、どこに隠し持っている」

「アルフィーゼ様」

「アルフィーゼ様……」

「アルフィーゼ様、兵たちの、目があります」

「ああ、かまわないよ、捨て置くんだ。どうせ噂が流れたとしても、流れるのは根も葉もあるほうの噂だ。刈り取るのも捻じ曲げるのも自由自在でたやすいことだ、そうだろう?」

 持っているはずだ、持っているはずだ。

 あの国では戦のときにそれを御守りとして携帯する、そういう風習が古くからあるのだという。

 あれは、あの国は上に行けば行くほどに、こちらから見るとまったくばかばかしくてこっけいなぐらい、伝統、しきたり、ルール、そういうものに縛られて動いている。

 この場で、こいつが、持っていないわけがない。

 アルフィーゼはなりふり構わず、男の死体からはぎとりを続ける。

 死者の持ち物だったものを活かしてやるのは生者の特権であり義務である正当なる行為だ。

 持っているはずだ。

 持っていなかったとすれば、多分本陣の天幕かどこかには、必ず、ある!

 あるはずだ、あるはずだ、あるはずなんだ!


 こいつならこいつならば「エリピア女王のご亭主」であるこの男なら、自分が恋い焦がれてやまない女性 エリピア女王 イヴレッタ・ロゼ・エリピアードの肖像画を持っているはずだ!



 ……やがて、アルフィーゼの執念が実を結んだのか、彼はようやくお目当てのそれを見つけだす。

 あるいは、戦女神が今回のいくさの見物料を支払ってくれたのか、それとも恋の守り手でもあるという詩女神や雷女神の加護がもたらされたのか――などと吟遊詩人であればいうのかもしれない。


 最初は金銀と宝石で出来た鏡かなにかではないかとおもった。

 アルフィーゼのてのひらよりもひと回り以上は小さいぐらいの、女性が化粧直しにつかうようなコンパクト形手鏡のように開けられるようなつくりになってる。

 震える手で、その留め具をはずして、開ける。

 ――あった。

 そこには、アルフィーゼの望み通りの品物が、期待した以上のできばえで、精巧さで、美しさで、収まっている。

 それは何度見ても、アルフィーゼの恋するたったひとりの女 イヴレッタ・ロゼ・エリピアードのおそろしく精密なおそろしく美しい肖像画であった。

 こぼれてくるのは笑みであり、あふれだすのは笑い声。

「…く……くくくくく、ふ、ふ、あはははははははははは! あははははははははははははは! 私の勝ちだよエリピア女王の御亭主ぅ! 私が勝ったのだ!はははははははっ、あははは、ははははは、あーーーっははははははは!」


 渇望していた品を手に入れて満足しきって何もかもをかなぐり捨てたかのような、アルフィーゼ・ドラク・ユレイファの哄笑が、戦場だった場所に響き渡った。




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