神薙兄妹に気に入られた俺
作者がその時の気分で書いたものです。
息抜きに「またこいつ駄文書いてるぜ」な感じで読んでいただければ。
※まさかの日間2位…。
正直、評価する作品を間違えてませんかと聞いて回りたい気分です。
こんなにも評価してもらえるとは思っても見ませんでした。
ここまでの評価をしていただき感謝です。m(_ _)m
「屑共が…」
凉兄の、本気で怒っている姿。
ここ数年は1度も見たことがなかった。
この2ヶ月で、誰も信じないと誓った自分の、数少ない例外。
初めて会ったのは、10年と少し前。
小学生になった自分に、今と変わりない表情で。
――お前が遠野冬樹だな。俺が班長の神薙凉介だ。歓迎しよう!
あまり話したことがない人が多い班だったけど、不安はなかった。
当時でさえ王様や王子と呼ばれた、ハイスペックな兄貴分がいたからだ。
その頃は特に接点があったわけじゃないけど、近所で知らない人はいないほどの有名人。
地元の名士の長兄で、常に自信に満ちた、俺の憧れの人だ。
その人が今、俺のために本気で怒ってくれている。
「冬樹、行くぞ。その屑共、徹底的に潰す」
――敵と認識した人間には容赦せず、自分の身内には最大限の愛情を。
決してすべてを引き受けず、決してすべてを任せず、ただただ共に。
始まりは3ヶ月前、自分たちのクラスに転校生が来たところからだ。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能と、どこの漫画の主人公だと最初は思った。
そいつはすぐにクラスの中心に、学年の中心に、学園の中心になった。
そしてひと月経った頃、そいつの財布が無くなったとちょっとした騒ぎになった。
クラスみんなで探すことになり、もちろん俺も参加して、一番近い自販機の所で見つけた。
そいつに財布を届けて礼を言われて終わり、になるハズだった。
――その時のそいつの目に、少しイヤな予感がした。
1週間後には、俺はクラスの人間から距離をおかれるようになった。
そいつの財布を、実は俺が盗ったのだと噂が流れた。
世話になってる生徒会の先輩も、同い年の幼なじみも、仲の良い妹も、気にするなと言ってくれた。
その1週間後には、3人とも俺に近づかなくなった。
中学からの親友には、女子が近づける雰囲気じゃないみたいな事を言われた。
その親友だったやつも、3日もすれば俺と目も合わさなくなったが。
立て続けに起こった些細な出来事はすべて俺の仕業と言われた。
ペンが無くなったことから怪我をした事まで、1つも見に覚えがないというのに。
慕っていた先輩には「キミがそんな人だとは思わなかった」と言われた。
恋人だった幼なじみには「最低。2度と近づかないで」と言われた。
仲が良かった妹には「兄妹だと思われたくない、話しかけないで」と言われた。
無二の親友には「お前をダチだと思った事、1度もない」と言われた。
ついでにご近所にまで俺の噂は流れ、親にも腫れ物扱いされる事になった。
唯一の救いは、同じ学園に通う後輩で凉兄の妹、佳奈だった。
彼女だけが周りの噂に流されず、昔のままに接してくれた。
さすがに、学園で接触するのは俺から遠慮させてもらったが。
ある日、スマホに入れていたSNSに知らないアカウントからメッセージが来た。
駅前のファミレスで待つという内容だったが、後に聞くとその頃の俺はもう爆発寸前に見えたらしい。
指定された場所に行くと、佳奈の昔と変わらない対応に嬉しく思った。
それからは駅前で1人暮らしをしているという佳奈の部屋に入り浸っていた。
家も居づらいだけだったから、お言葉に甘えて必要最低限の物だけ持ち込ませてもらった。
家にいつ帰っているかも分からない状況はすぐ周囲に知れ渡り、不良のレッテルを貼られるのもすぐだったのは笑った。
この時点で、自分の中ではほとんど区切りがついていた。
――身内と、敵。
そして1週間前。
佳奈に「後少しだけ、堪えてください」と言われ。
今日、凉兄が来て、話を聞いてくれ、行くぞと言ってくれた。
ああ、もう我慢する必要はないんだな――。
目の前には、苦虫を何十匹も噛み潰したんじゃないかと思う表情をしたそいつこと柳田健一。
俺は柳田の前に堂々と立ち、後ろには神薙の兄妹。
兄は不敵な笑みを浮かべ、妹は小馬鹿にしているかのような笑みを。
やっぱり兄妹だなーと思いつつ、俺は無表情に務める。
そして周囲には、信じられないという表情をしたギャラリー。
その中には、かつて俺と親しかった人間も混ざっている。
……まあ、もう関係ない話だな。
「…で、映像に音声データと晒した訳だけど。何か反論はあるかい?」
「ある訳がないだろうよ。すべて事実だという事は、そこの屑がよく知っている」
「そもそも、監視カメラがある事は周知されてるでしょうに。バカじゃないですか」
おお、煽る煽る。
苦虫をさらに追加で噛んでるんじゃないかな、柳田くん。
それと、バカだから簡単に追い詰められてるんだよ、佳奈。
まあ、たった1日で証拠集めと裏付けが済むとはさすがに思わなかったけど。
恐るべきは神薙家と凉兄の人脈と情報網だな。
それらに力添えをしてもらって集めた情報は、今までの嫌疑が柳田の自作自演だと言っている。
ここから巻き返すのは無理だ。
「さて、茶番は済んだな。俺の義弟を貶めてくれたのだ。相応の報いは受けてもらうぞ」
獲物を追い詰める、獰猛な表情。
柳田以外にも顔色が悪くなったやつは、凉兄の事を知っているんだろう。
この学園は、結構地元の人間が多いからな。
酷いのだと、脚が震えてるのが遠目でもわかる。
――ところで凉兄、今なんとおっしゃられたのかな。
あ、待って佳奈様。嫌なわけじゃないんだ。
嬉しさやら何やらで色々と処理が追いつかなくてですね。
だからそんな「文句ある?」的な鋭い視線向けるのヤメテ。
「後処理は俺の会社の人間がやる。冬樹、次はお前の家だな」
「そうだけど、あの家に置いてる私物は処分の方向で」
「おや、いいんですか?」
「本当に必要な物は佳奈の所に持っていってるからな。
残しておいて、他人に使われるのも気味が悪い」
「わかった。部下には廃棄を徹底するように伝えておこう」
次のスケジュールを確認する俺たちに、待ってと声がかかる。
振り向いた先には、元恋人や慕っていた先輩。
これから他人になる妹に元親友と、今の俺にとってはどうでもいい人間。
「私は、冬樹くんの事信じてたよ?だから――」
「あー、黙ってもらえます?」
「っ!!」
縋り付こうとする元恋人を、佳奈が止める。
佳奈は1度だけ俺に視線を向けてから、元恋人たちに向き直る。
女の戦いだから口出し無用なんですね、わかりました。
凉兄に至っては、汚物でも見るかのように親しかった面々を睨んでる。
俺も、同じような表情をしてる自信あるけど。
「散々最低だのと罵った挙句、立場が替われば擦り寄ってくるビッチさん。
碌な裏取りもせずに冤罪を黙認するなんちゃって生徒会役員さん。
頭と股の緩い、私の人生の汚点となった元友人さん。
金輪際、過去の人間がふゆの前に姿を見せないでください。
ふゆは私が責任持って支えますので、あなた方は早々に退場願います」
おおう、辛辣。
あと凉兄、全然笑い堪えられてないからね。漏れてる漏れてる。
凉兄の方をそんな冷めた視線で見るのやめたげて、佳奈。
凉兄、身内からの攻撃には脆い所あるから、
「それからそちらの方も、友人面しないであげてください。
ふゆに言わせれば、今も昔も対等な友人は私と兄くらいらしいので」
佳奈の口撃で唖然とする面々を見ても、何の感情も浮かばない。
精々が間抜け面だなー、程度か。
それだけ、こいつらが自分の中でどうでもよくなったって事か。
「くくっ…。行くぞ、2人共。まだまだやる事は多いからな」
「わかった」
「わかりました」
凉兄に促されてその場から離れる。
今回は、後ろから呼び止められる事がなかったのは幸いだ。
これで縋られるようなら、さすがに平静でいられる自信がないし。
「…そういえば、冬樹。何故あんな連中に無様に転がされていた。
お前なら、あのような屑に遅れを取る事などなかっただろうに」
「いやぁ、学校では目立たないように成績調整してたからさ。
急に人が変わったかのように事実確認しだしたら、面倒なことになりそうだったし」
「3年間、テストの点数オール80点なんて下らない挑戦してるからです」
「まあ、予定より早く俺の所に来る事になったのだ。
その点だけは、あの屑共を評価してやらんでもない」
「そうですねー。あの尻軽女たちから引き離せた事だけは評価してあげましょうか」
敵にはとことん辛辣だねぇ。
…まあ、人のことは言えないけれども。
さあ、これからは本気を出して頑張らないとな。
冬樹くんは、本来ならすべての教科でトップを獲れる程のハイスペックさんです。
初めて会った時から凉さんに一目置かれ、佳奈さんとともに教育されてましたので。
今回遅れを取ったのは、健一くんがアウトオブ眼中だったことが原因。
3年間まったく同じ成績とか、そんな人普通に考えているわけねーです。
ただ、比較対象が凉さんなので自己評価が低いのが神薙兄妹曰く難点とのこと。
冬樹くんの爆発云々は、本気で敵対した人をつぶしにかかる的な意味です。
ちなみに、学校は凉さんの会社が経営に関わっております。
一部の職員を除いて大変優秀、今回の件も意図的に泳がせておりました。
今後の冬樹くんは家と縁を切り、佳奈さんと婚約&婿養子コースです。
元カノとは告白されて付き合ってただけで、特に進展があった訳でなく。
佳奈さんと「どこまで行ってたの?」「特になにも」「そう(よし!)」的な会話があったりなかったり。
佳奈さん共々、凉さんの側近として順風満帆な人生を送ります。
健一くんや親しかった4人は、以後冬樹くんの前に現れることはなし。
主人公は冬樹くんだけど、凉さんみたいなオレ様系キャラをちょろっと書きたくなっただけのお話でした。
衣遠兄さま最高!