違和感
「朱夏、起きてるー!?」
母の怒鳴り声でハッと目を覚ます。
枕元に置いた携帯を手繰り寄せると、時刻は午前7時半。
遅刻する!
布団から飛び出し、慌ててリビングへ向かった。
「なんでもっと早く起こしてくれなかったの!」
「いつも自分で起きてるじゃない。珍しく夜更かしでもした?」
それが最初に感じた違和感だった。
「…まあ、ね」
私はずっと寝坊ばかりで、毎日のように母に叩き起こされていた。
この世界の“朱夏”は、朝に強かったのか。
「行ってきます」
急いで着替え、鞄を掴んで家を出た。
学校は同じはずだ。
定期を確認して小走りに駅へ向かう。
「朱夏」
駅に着くと背後から聞き慣れた声で呼びかけられた。
「杏珠」
小学校の頃からの付き合いの、中本 杏珠だった。
よかった、やっぱり周りの環境は変わらないという魔女の言葉は本当だったらしい。
今朝のことがあって不安を感じていたから救われた気分になる。
「珍しいね、この時間なの」
いつもこの電車で杏珠と通っているのに。
そんなことを言う杏珠を不思議に思っても仕方がない。
ここは違う世界なのだから。
「ちょっと寝坊した」
言い訳しかできない自分がもどかしい。
すべて話してしまおうか。
信じられないような話だけど、杏珠なら分かってくれるはずだ。
『だめだよ』
呼んでもいないのに、脳内に魔女の声が響く。
『ワープのことは誰にも言ってはいけない。もしも口にしたら…あんたも杏珠も消さなきゃいけなくなる』
杏珠も消される______
私を脅かすにはそれで十分だった。
「朱夏、顔色悪いよ」
心配した表情の杏珠に覗き込まれる。
バレてはいけない。
この世界の“朱夏”にならなければならない。
「大丈夫、寝不足なだけ!」
必死に元気な風を装う。
「ほんと?なら良いけど」
「ありがとね」
「いーえ」
私が知っているのと変わらない笑顔の杏珠を見て安心した。
「そう言えば昨日ね、和谷くんと話せたんだ」
嬉しそうにそう言った杏珠に胸がざわつくのを感じる。
「…そう、なんだ?」
「うん!朱夏が取り持ってくれたおかげだよ、ありがとね」
私が取り持った…?
この世界の私は、和谷くんを好きじゃなかったの?
様々な疑問が頭の中を駆け巡る。
『ここの“朱夏”は、杏珠に先に言われて言い出せなかったみたいだね』
『呼んでないのにどうして出てきたの』
また突如現れた魔女の真似をして、声には出さずに尋ねてみた。
『一応会話は聞こえてるんでね。ついでに言うとあんたの考えも筒抜けだけど』
プライバシーの欠片もない。
けどこれが、ワープした私に付けられた足枷なのだろう。
『あとで聞きたいことあるから』
とにかく今は、目の前の杏珠に専念しなければ。