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第2話 理由

 今日も弓道場で一敗地に塗れた俺はさっさと帰宅することにした。

 自宅へと続く道を歩きながら、先ほど攻撃を受けた箇所を擦る。

 火属性だったため服がその辺りだけ焼け焦げて素肌が見え隠れしている。

 威力自体は大したことのない一撃だったので痕が残ったりはしないだろうが、多少赤くなっている。

 恐らく今晩の間は痛みを引きずることになるだろう。


~~~


 俺は、付近一帯を治める小領主が居を構えるこの町を中心に、それなりの規模で商売を展開している商人の家の一人息子だ。

 一応並の人間よりは裕福な暮らしをしており、それなりに大きめの木造の平屋が立ち並ぶ一角に俺の自宅はある。


 そんな俺の家の前にたどり着くと、一人の少女がこちらを見て仁王立ちしていた。


 少女の名は伊予里悠いよりはるか


 我が家の隣に住んでいる、小領主に仕える武士の家の次女で、俺が生まれた頃より真緋路家と伊予里家は家族ぐるみの付き合いがある。

 俺とは同い年で、所謂幼馴染の関係にある。

 そんな悠は俺の服にある焼け跡に気付くと、ため息混じりに口を開く。

 

「また負けてきたのー? お姉ちゃんみたいな天才ならともかく、

 烈はうだつの上がらない二流剣士なんだからさ、

 諦めて弓術士に鞍替えしたらいいのに。

 弓が買えないほど貧乏ってわけでもないでしょ? 烈の家って」


 正直、大きなお世話だ。

 俺だって一応夢というか、目標があって剣士をやっているのだ。

 弓術士にも勝てる力を持った、一流の剣士として活躍するという目標が。

 そしてそんな目標を抱いたきっかけであり、最大の理由は、悠の二つ上の姉である、もう一人の幼馴染でもある少女にあった。


 伊予里仄いよりほのか


 彼女は若干十歳の頃から、剣士の身でありながら法弓などの道具にも頼らずに霊力を自在に操り、己が物としていた。

 本来それは血反吐を吐くほどの長く厳しい修行を乗り越えた剣士の中でも選ばれし者だけが得られるような、剣士にとっての言わば秘技とか奥義と呼ぶべき力だったのだが、仄はいつの間にやら体得し、あっさり使いこなした。

 その力で、幼い頃より大の大人である弓術士とも対等以上に渡り合い、父を助け、父が仕える領主の小さな土地を敵の手から守っていた。


 天才剣士と称された仄が戦う姿を、俺は一度だけ見たことがある。

 霊力を使い高速で移動をしながら巧みに戦う弓術士が射掛ける強力な弓術を、彼らをも上回る速度で回避しながら接近して、斬り伏せる。

 当時の俺の目には、その剣舞のような立ち回りがとてもかっこよく、そして綺麗に移ったものだ。


 以来、俺は強くてかっこよくて綺麗な仄に憧れた。

 その気持ちが仄の持つ力への憧憬だったのか、仄自身への恋慕だったのかは分からないが、とにかく憧れた。

 単純ではあったが、幼い少年の心を動かすには十分な動機であった。

 俺もそんな憧れの存在と同じ力を得て、隣に並んで共に戦えるようになりたいと思った。

 目標ができた俺は、毎日のように仄の元を訪ね、剣の教えを請うた。

 そうして訪ねる理由の半分は純粋に、仄に会いたい、側にいたいという思いからでもあった。

 憧れであり目指すべき目標でもある存在と共に己を鍛える。

 そんな毎日は恐らく俺の今までの短い人生の中で最も楽しく、充実した日々だった。

 だがある日突然終わりを告げた。


 俺が十一、仄が十三の時、俺達の暮らす町の近くで大きな大名同士の合戦があった。

 そういったこと自体は今までも何度かあったが、問題はその合戦で敗れた落ち武者達がこの町にやってきたことが発端だった。


 彼らは食料や武器、金品などを寄越せと押し入ってきた。

 その所業はさながら盗賊であったが、落ち武者とはいえ彼らは大大名の配下、弓術士の中でも一流だった。

 碌に兵もいない、いても精々二流三流の弓術士ばかりの小さな町では彼らに抵抗する手段など無い、のが当たり前のはずだった。

 だがこの町にはあったのだ、否、正確にはいたのだ。

 狼藉を働く連中を打ち倒すだけの力を持った存在が。


 それが仄だった。

 仄は数で勝る一流の弓術士達を相手取り、いつもよりも遥かに強大な敵を前にしても、いつものように戦った。

 いつものように、華麗な立ち回りでばったばったと斬り倒した。

 

 小さな仄の戦いぶりを見ていた一人の男がいた。

 後に覇王と呼ばれ、和の国最強の軍団を作り上げることになる当時新進気鋭であった大名。

 前述の戦で勝利し、自らの手で逃げた敵将の首を取るべくやってきた彼は、ようやく見つけた因縁の相手が名も知らぬ少女によって討ち取られるまさにその瞬間に鉢合わせたのだ。


 その時彼は直感したのだろう。

 少女の力が野望を叶える重要なピースとなることに。

 だから彼は、仄と出会ったその場で己の軍団へと勧誘した。

 仄の両親は名誉なことだと喜んだ。

 そんな親の顔を見たからだろうか。

 力はあれど功名など興味のない、野心などまるでなかったように見えた仄であったが、彼の勧誘を受け、その軍団と共に故郷を去っていった。


 今となっては自分の考えが突拍子も無い勘違いというか思い上がりだと理解してはいるが、当時の俺は自分が弱く、一緒になって戦う力が無かったから俺の元から仄がいなくなってしまったのだと子供ながらに考えた。


 憧れた少女の隣に並び立つ。

 小さかった俺の初めて抱いた夢は、脆くも砕け散った。

 今思えばそれは失恋にも似た感覚だったかもしれない。

 だがそれでも、剣で弓に勝ちたいという漠然とした思いは依然として残っていて、それを投げ出すことはしなかった。

 多分ここでやめたら弱いままだという、意地みたいなものもあったのだろう。

 そして仄がいなくなった後も剣を振り続けていく中で、次に会った時に仄に認めてもらえる力を持った剣士になろうという、新たな目標を抱いた。

 

 と、昔の事を思い出していると、悠のじっととした視線がこちらに向けられていた。 


「私嫌だからね、旦那がまともな稼ぎもない夢追い人なんて」

「余計なお世話だ」


 旦那、とは俺と悠が許婚どうしであることに起因する単語だ。

 とはいえそれは親が勝手に決めたことで、俺にその気はない。


「そうだ。烈のお義母かあさま、今日もお義父とうさまの手伝いで帰って来れないって」

「そうか」


 呼び方がなんとなく引っかかるがいつものことなので今更突っ込んだりはせず、我ながら素っ気ないとも思える返事をしておく。

 そのまま別れを告げることもなく扉をガラガラと引いて家の中に入り、閉めようとするが、何かが引っかかって閉まらない。


「だからひもじい思いしないように私がご飯つくってあげるよー」


 扉の隙間からずいっと笑顔を覗かせる悠。

 それで何となく察しはついたが足下を見てみると、やはり扉の間には悠の足が噛ませてあった。 

 流石の俺もその状態から無理に力を込めて扉を閉めようとするほど鬼ではないので、仕方なく開けて招き入れる。

 

 俺にその気がないといっても、関係する周りの人間はその限りではないのだ。

 悠はかなり乗り気、というよりはむしろ実は彼女が言い出した話なのではないかとすら思える節もあるのだが――まずは胃袋を掴めと俺の母の後押しまで受けているようだ。


 事前に母の予定まで聞いているらしく、母が不在の日にはこうして代わりに夕食をつくりにやってくる。

 ありがたくないと言えば嘘になるが、こちらが乗り気でない以上正直申し訳なさも感じている。

 使用人の一人でも雇えばいいのではと両親に直談判したこともあるが、それは家の方針がどうとかで断られた。

 どういう理由なのかは知らないが、それ故に使用人はいないし、商店の方でも従業員と呼べるような人材は雇っていない。

 変なことに拘って手が回らなくなって母に家業を手伝わせたり、その結果家のことをする人間がいなくなったりしていたら世話ないような気がする。

 まあ俺自身が一番役に立っていないので強くは言えないのだが。


 ともあれ今日の夕飯は悠がつくってくれることになった。

 出来上がるまでの間、俺は飾り気も風情もないがそこそこ広いのが取り柄の我が家の庭で素振りをして己を鍛える。

 新入り弓術士にすら軽くあしらわれる現状でこの行為にどれだけの意味があるのかは判然としないが、かつて仄より怠ることのないようにと言い付けられた教えであるが故に忠実に守り続けている。

 一回一回に力を込めて、ゆっくりと刀を振りかぶり、掛け声とともに振り下ろす。


 今までの人生で何回繰り返したか分からない動作を今日も何百回と反復したところで、土間のほうから嗅ぎ慣れた味噌汁の匂いが漂ってくる。

 それを嗅ぎつけ、いい具合に腹も減ってきていることを自覚した俺はそろそろかと刀を鞘に収めて廊下に上がり、茶の間へと向かう。


「あ、ちょうど今出来たとこだよー」


 茶の間にて配膳をしていた悠は俺の姿に気づくとニコニコと笑いかけてくる。

 俺は一言お礼を告げて、膳の前に胡坐をかく。

 今日の献立はご飯と焼き魚と味噌汁、ついでに漬物。

 シンプルで平凡な内容ではあるが、悠の作る料理ははっきり言ってかなり美味い。

 特に味噌汁は若干十七歳にして所謂お袋の味のような懐かしさすら感じさせる。

 まあ、俺のお袋は家を空けることも多いとはいえ同じ場所に住んでいるのだが。

 

 俺が食事に有り付いている間、悠は給仕に徹している。

 別に一緒に食べればいいのにと提案するのだが、何が楽しいのかお決まりの笑顔で「これが私の役割なんだよー」などと言ってやんわり断ってくる。


 食事の世話をしてくれるだけでも大助かりではあるのだが、悠は更に風呂の支度までしてくれる。

 まさに至れり尽くせりだ。

 以前何の気なしに「きっといいお嫁さんになるな」などと口を滑らせたら頬を紅潮させながら滅茶苦茶嬉しそうにしていて心が痛んだ。


 こういう日、悠は何やかんやと理由をつけて我が家に泊まっていく。

 今日は夜道が危険だから、だそうだ。

 まあ実際そうなので送っていこうかと言うと頼りないとか返してくるが、それなら他の男を探せよと思ってしまう。

 

 明日も早いので、さっさと眠りにつくことにしよう。

 そう思って寝室に向かい、灯りを消そうとしたところに悠がやってきた。


「ご一緒してもよろしいですか、旦那様。なーんて」

「お前の布団は客間だ」


 相手にせずにそう言って締め出して、襖を閉める。

 向こうから「烈のいけずー」なんて聞こえてきたが気にせず布団に潜る。

 今日も今日とて代わり映えのしない一日が終わりを告げようとしていた。

ここまでお読み頂きありがとうございます。


こちらはカクヨムに投稿したものを転載した小説です。

今はあちらがメインなので更新は向こうの方が早いです。

3/9時点で9話まで投稿しています。

続きが気になった方はそちらも是非どうぞ。

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